【第3章】
【第八話 人知れず死んでいったあの蝶のようには】
目覚めると、その日も自分は息をしていて、いつも同じ景色が目に入った。
決して手の届かない高さの天井に丸く切り取られた窓には、十字の格子がはめられている。白と空色のコントラスト。
その天窓に、蝶がひっかかっていた。前の日まではぴくぴくと痙攣していたが、目覚めたときにはもう死んでしまっていた。強い風が吹いたようで、彼女の見ている前で、蝶のなきがらはさらわれていった。
ここにあの蝶がいたことは、自分以外だれも知らない。静かにもがき、ひっそりと死んでいった、あの蝶。
自分も、ここに居ることを知られずに、ひっそりと死んでいくのだろうか。何も出来ずに、いつもと同じ白く清潔な牢獄に囚われたまま、老いてゆくのだろうか。
この身体は脈を打って、確かに息をしている。もともと白い肌であったが、外に出ないせいでさらに色をなくしてしまった。自分はこのまま白いシーツや壁に溶けていっても不思議ではないと、彼女は思った。
そして彼女は、決意した。
地盤を繰り抜いただけの横穴のような牢の中で、捕まったルダは息を潜めていた。わずかに灯されただけの明かりが心細い。
大聖堂の真下にある地下牢だった。まさかこんな女神のお膝元に、牢獄があるなんて誰も思いもよらないだろう。ここ最近人の出入りが激しかったため、ネズミが少ないのは幸いだ。しかし辺りに漂うかび臭さは一掃されず、そのせいで余計に気分が滅入る。ルダは冷たい地面に腰を下ろし、膝を抱えて俯いていた。
(わたくしは、また何も出来ずに終わるの?)
歯がゆさに、思わず唇を強く噛む。儀式が終われば、もう自分に用がないのは分かっている。むしろ邪魔な存在だ。幽閉されるか、すぐに殺されるかもしれない。
それでも自分の行く末の恐怖より、身に染みるのは自分の無力さだった。真っ先に殺されるのは病床についた教皇だ。教皇を慕っていた神官たちも投獄され、今後どのような処分が下されるかはわからなかった。そしてパーリア教の行く末を憂いた。
本来無関係であったフリッツやルーウィンまで、自分のために巻き込んでしまったことも悔やまれた。時間もなく、追われる身となった以上、他人の迷惑を考えている余裕はなかった。目の前に現れた彼らに縋るより他無かった。
(せめてお二人だけでも、ご無事で…)
儀式の阻止を諦めたわけではない。しかし、ルダは二人の無事を願わずにはいられなかった。
「交代だ」
牢の鉄格子の向こうで声がした。交代の見張りの兵が来たようだ。何気なく顔を上げたルダは、その向こうに現れた人物を見て絶句する。
(ルーウィンさん!)
ルダは思わず身を起こし格子にしがみつく。ガシャンと軽い音がし、ルーウィンを連れた兵はルダの方を見た。ルーウィンは手枷をつけられており、ややぐったりしているように見える。ルダはフリッツがその場に居ないのを、どう考えたらいいか分からなかった。上手く逃げられたのだろうか。まさかという思いがよぎる。
「ん? なんだそいつは」
見張りの兵が訊ねた。
「ああ、これか。どうしてか知らないが、ここに忍び込んで来てたんでな。儀式が終わるまで監禁する。その後の処理は上がするさ」
「そうか、ご苦労だったな。しかし牢はもういっぱいだ」
「それならこのお付と一緒にぶちこんどきゃいい。他は聖職者といえど、いい年のおっさんばっかだ。さすがにそんなのと鮨詰め状態は気の毒だろ」
ルーウィンを連れてきた僧兵が肩をすくめると、見張りの僧兵は納得したようだった。
「それもそうだな。交代、頼んだぞ」
見張りの僧兵は交代した。鍵が開けられ、ルーウィンが牢の中へと入れられた。ルダは堪えられなくなって声を上げる。
「ルーウィンさん、わたくしのせいで」
「よかった、無事みたいね」
ルーウィンは微笑んだ。続いて僧兵が入ってくるのを見、ルダは立ちあがってルーウィンをかばうように前へと出た。ルーウィンがなだめるようにルダの肩を叩いた。ルーウィンは僧兵に目配せする。
「行った?」
「ああ、もういいぜ」
僧兵が答え、ルダは困惑のまなざしをルーウィンに向ける。ルーウィンは歯を見せてにやっと笑った。僧兵は法衣の頭巾をうっとおしそうに払って、顔をあらわにした。
「もう顔を忘れたか?」
そこには黒髪に目つきの悪い魔法使い、ラクトスが立っていた。ルダはあっと息を呑む。
「あなたは! ええっと、ルーウィンさんの薄情なお友達」
「その通り」
ラクトスはにやりと笑った。ルーウィンはラクトスに向き直る。
「ところであんた、どうしてこんなところにいるの?」
「観光に飽きたから、金稼ぐために警備してただけだ」
「またまたぁ。嘘はもっとうまくつきなさいよ」
ルーウィンがラクトスを肘で小突くと、ラクトスは心底嫌そうな顔をした。
「…うるさい。それよりお前ら、ここにおれが居なかったらどうするつもりだったんだ」
「いや、どうするってどうにも。とりあえず掴ったらもしかしたら、万が一にもルダに合流できるかな、と思って。数多かったから抵抗する気失せたってのが本音だけど」
「行き当たりばったりにもほどがあるぞ。フリッツも置いていきやがって。ちったあ先のこと考えて動け」
「へいへーい」
ラクトスの小言にルーウィンは生返事をしてまったく耳を貸す様子はない。そんなやり取りを見て、しばらくあっけにとられていたルダだったが、しばらくするとくすりと笑いが漏れた。
「なんだか、なんとかなるような気がしてきました。一緒に居てくださる方がいると、こんなにも心強いものなのですね」
しかし、ルダが微笑むのを見てラクトスは怪訝に眉根を寄せる。
「おれはあんたに協力するなんて言った覚えはないが?」
ルダはラクトスに向かって言った。
「もう手遅れですわ。わたくしとルーウィンさんを合わせてくださった時点で、あなたは立派な共犯者です」
「まだ間に合うとは思うんだがな。手のひらひっくり返すかもしれないぜ」
そう言いながらも、ラクトスにルダとルーウィンを教会側に売る気がないのは明らかだった。
「まあ、それはいい。それより面白いものを見つけた」
ラクトスは色とりどりの紙切れを顔の横で振って見せた。とたんにルダの顔色が変わる。
「これ、なんだかわかるな」
「…免罪符」
ルダは呟き、唇を噛んだ。
「最近やたら教会の羽振りがいいのは、主にこいつが収入源だ」
「ああ、この前フリッツがその青いやつだけ持って帰ってきたわよ。説明は、なんだかよくわからなかったけど」
説明するフリッツ側に落ち度があったのか、あるいは聞き手のルーウィンに問題があったのか。おそらく両方だろうと思って、ラクトスは苦笑いする。
「免罪符ってのは、まあ要するに、これ買ったら今までやってきた罪や悪事が全部チャラになるって代物だ。これを買って教会に寄付をする形になり、晴れて罪はなかったことになる」
「バッカバカしい。そんなんで帳消しになったら誰も苦しまないっての」
ルーウィンは吐き捨てた。ラクトスは説明を続ける。
「赤は横恋慕や浮気、不貞。青は虚偽、まあ嘘や詐欺だな。緑は金がらみ。黄色のほうがしっくりくるけどあえてそれをしないのは、女神のシンボルカラーに合わせたかったからだろうな。色の三原色じゃなく、光の三原色のほうだ」
ルーウィンは黒い札をひらひらさせた。
「ねえ、じゃあこの黒いのは何よ?」
「殺人」
ラクトスが答えた。ルーウィンは呆れ返ってため息をつき、ティアラは地面に視線を落とした。
「殺人という罪がチャラになる。教会はそれを許しているどころか意欲的に斡旋してさえいる。しかもこの札、本体とも言える中身には、赦しの一粒が入っている」
「なにそれ?」
「ぶっちゃけると麻薬だ。幸い、これに気づいて使ってる人間はまだそこまでいないようだが」
ラクトスはちらりとルダに視線をやった。ルダは下を向いたままだった。ルダは免罪符の存在は知っていたようだが、実際に手に取ったのは初めてなのだろう。
「腐敗は相当のレベルだな」
ラクトスは言って札から手を離した。免罪符はゆっくりと舞いながら地面に落ちていった。
ルダは相変わらず地面を見つめたまま、口を開いた。
「父が教皇だった頃には、懺悔室が開かれていました」
ルーウィンやラクトスからは、彼女の表情は読み取れなかった。
「父は悩みや罪のある方たちのお話を親身になって聞き、その罪の意識で潰されるのではなく、それを生かして前に進んでいけるよう手助けをしたいと、常々言っていました。それが今では、懺悔室はひとつも開けられず、救いを求めてやってきた方も、まっすぐ免罪符を買いに行く始末」
ルダは苦しそうだった。大切なものが誰かの手によって汚され踏みにじられていく中、自分は手をこまねいて見ていることしかできない、その歯痒さ。ルダはぎゅっと膝の上の拳を強く握った。
「パーリア教は変わってしまった。もはや女神様の存在など、どうでもいいのでしょうか。人々は祈りを捧げて心を穏やかにすることより、女神様を持ち上げていかに合理的な方法で豊かになるか、そんなことばかりに夢中になっているのでしょうか」
その問いかけは悲痛なものだった。しかしルーウィンもラクトスも、その問いには答えなかった。
そんな様子のルダに、間髪入れずラクトスは言った。
「落ち込んでいるヒマはないぜ。神器も聖水も大聖堂から持ち去られた。あとは上でなんとかするしかない。とっとと案内してくれ、ご令嬢」
その言葉に、ルダは弾かれたように顔を上げる。
「だよな? 本物のティアラさん」
フリッツの目の前の『本物のルダ』は、その雰囲気は『本物のティアラ』によく似ていた。
それは聖職者によくある独特の雰囲気なのかもしれなかったが、やはりその中でもより敬虔な信者であるがゆえに似通っている部分なのかもしれない。同じように巫女の法衣を着てしまえば、彼女らをよく知らない者ならある程度は欺けるだろう。
しかしよくよく見れば顔立ちはやはり違うし、フリッツの知っている『ルダ』のほうが、物憂げな表情は多かったものの、一方で好奇心旺盛で活発であったように思える。
「わたくしはティアラ様のお世話係りで、巫女見習いのルダと申します。わたしが本当のルダです」
本物のルダは話し始めた。彼女の後ろには先ほどの僧兵が控えている。しかし彼はルダとは面識があるようで、彼女の味方だった。
「ティアラ様は御歳十八になられますが、その半分以上の時間をこの塔に閉じ込められて生活されてきました。わたくしはティアラ様の給仕係りとしてこの部屋へ通っていました。お言葉を交わすことは固く禁じられていたのですが、あの方の寂しそうな様子を見ているとそのようなことは出来ませんでした」
人生の半分以上を、この塔のこの部屋の中で。身体も発想も若く自由な人間にとって、それはどれだけの苦痛だろう。来る日も来る日も同じ一日が彼女を迎え、何事も無く一日が終わる。誰とも関わることなく、何も見聞きすることなく、自分という存在の意義もなく。その平穏で残酷な日々は、彼女になにを思わせたのか。 彼女の知っているものとえいば天窓から見える丸く切り取られた空と、壁いっぱいに敷き詰められた本の中の世界だけだ。フリッツはティアラの長い軟禁生活を思うといたたまれなくなった。
「ティアラ様は物心ついたときにはすでに高度な治癒魔法を習得されており、神の御業として教会内では有名な方でした。教会の者でも、何人かはティアラ様の手で救われています。そのような経緯でティアラ様に恩を感じている方々や、教皇様の人徳やお人柄に惹かれてお仕えしていた方々は、背信者としてブルーアの手により投獄されてしまいました」
フリッツはその事実を初めて知った。教会内で派閥があるのは僧兵たちの会話から察することができたが、まさかそこまでしているとは思っていなかった。
逃げ出したルダは処分が下るらしいというのは聞いていた。事実は「ルダに扮して逃げ出したティアラ」なのだが。そうなると、本物のティアラが掴ってしまったことになる。それがブルーア側にばれてしまえば、大変なことになるだろう。
ルダの横に控えていた僧兵の青年が口を開いた。
「おれはダニエルといいます。おれもティアラ様に助けていただいた者の一人です。高熱で死にそうになっているところを助けていただきました。それから教会に入りましたが、ブルーア派の力は圧倒的で、逆らうだけ無駄でした。それで仕方なく、どんなかたちでもティアラ様にお仕えしようと、腐りきった教会に残ったのです」
ルダとダニエルの様子から察するに、本物のティアラの留守をルダが変わり身になり、ダニエルが最も近いところで番をするというのは三人の話し合いで決められていたようだ。
ルダは話を続けた。
「ブルーアが現れたことで、パーリアの腐敗はあっという間に進行しました。神官たちの間に欲にまみれた思考を蔓延らせ、瞬く間に自分の駒にしてしまったのです。汚れを浄化するのは難しく時間がかかりますが、汚すのは本当に簡単なことなのだと、わたしには当時はたいへんなショックでした」
本物のルダは視線を落とした。それはフリッツたちと一緒に居たルダ、否、本物のティアラの言動からも知っていた。フリッツたちは以前の教会の在り方を知らないため、いったい教会がどこまで変わってしまったのかはわからない。ただ話を聞く限り、教会の腐敗がどの程度なのかを察することは出来る。
教会はもはや敬虔な信者のためのものではなく、欲望の温床になりつつあるのだ。最初は大げさだと思っていた本物のティアラの話も、あながち外れてはいないのかもしれなかった。
「今回の教皇任命の儀式が執り行われることを知り、ティアラ様はわたくしに影武者になることを依頼されました。そしてティアラ様はわたくしの名を借り、ただの一尼僧となってあなたがたのお力を拝借する運びとなったのです」
フリッツの知る『ルダ』と出会い、行動を共にしたのはつい昨日のことであるのに、もうずいぶんと前のことであるかのように感じた。そういういきさつで、フリッツたちは彼女に出会ったのだった。
「あの、つかぬことをお伺いしますが。ひょっとしてぼくはここに来るべきではなかったんでしょうか?」
話を聞きながら、実はさっきからフリッツはそのことがひっかかっていた。囚われのティアラが偽者で、その番を味方がしているのであれば、よほどのことがない限り大丈夫なのではないだろうか。
そうすると自分はやはりまっすぐルダ、もとい本物のティアラを助けに行くべきだったのだろうか。その考えがフリッツの顔に出ていたのだろう、ルダとダニエルは笑った。
「儀式の準備が進めばいずれ生贄としてわたくしは呼び出され、偽者であることがばれてしまうでしょう。いつか抜け出すタイミングを窺わなければと思っていましたが、わたしたちにはそれがいつなのかわかりませんでした。でもあなたが来てくれた。きっとそれは、今だと思うのです」
それを聞いて、フリッツはほっとした。自分がここに来たことはどうやら全くの無駄ではなかったらしい。しかし、笑っていたダニエルは口元を引き締めた。
「では、我々は逃走しましょう。ここからは捨て身の強行突破になります。あなたは剣を使うとお見受けしますが、協力を仰いでもよろしいでしょうか」
二人にまっすぐに見つめられ、フリッツのするべき返事は一つしかなかった。
「こちらこそ。お願い、します」
ルダとダニエルはほっとしたように顔を見合わせたが、強行突破という言葉にフリッツは心の中では涙を流していた。
「…いつからですの」
ルダ、もとい『本物のティアラ』はラクトスを見た。
「最初から、なんかあるなとは思ってたからな」
「じゃあ、あの時あんたが泣いた本当の理由は…」
ルーウィンはフリッツと『ルダ』とで、教皇の静養所へ訪れたときのことを思い出す。あの時は、自分の娘とルダのことを取り違えてしまうほど病状が悪化しているのだと思い、そのために『ルダ』が涙を浮かべたのだと思っていた。
『本物のティアラ』は首を横に振って、わずかに微笑んだ。
「嬉しかったんです。お父様が、名を偽ってもわたくしであるとわかってくださったことが」
実の父親の痛ましい姿を見るのはさぞ辛かったことだろうと、ルーウィンはらしくもなく思った。しかし、不意に腹部に痛みを覚えて患部をさする。
「痛たた。あいつら結構やってくれたわね」
「お前、無抵抗じゃなかったのか。どうせなんか余分なこと言って刺激したんだろ」
「うるさいわねえ」
痛がるルーウィンをよそにラクトスは呆れていた。
「待ってください。すぐ治します」
ティアラは両手をルーウィンの腹部にかざした。両手がわずかに光を帯びる。しかし、またその光は消える。それを見たラクトスは顔色を変えた。
「今すぐやめろ! お前、封印がかかってるだろ」
「封印って、何よ」
ルーウィンの言葉を無視し、ラクトスはティアラを制止した。
「鍵のかかった扉を、無理やりぶち壊して向こうへ出るようなもんだ。そんな状態で力を使ったらお仕舞いだぞ」
ラクトスはより鋭い目でルダを睨んだ。
「おいあんた、そこまで頭は悪くないだろ。今そんなことしても、足手まといになるだけだ」
ラクトスに説得され、ティアラは悲しげな目をしてかざした両手を下げた。
「わたくしは、本当に役立たずですね。わたくしのために傷ついたルーウィンさんを治してさしあげることすら出来ないなんて」
彼女にしてはらしくもなく、自嘲の混じった呟きだった。
「それがお得意の治癒術か。ブルーア側に封印魔法でもかけられて、今は力を使えないってところか」
「その通りです」
ティアラはラクトスに向き直った。
「悔しいけれど、いまのわたくしではあなた方のお邪魔にしかならないようです。しかし今は、あなたがたがここから無事に脱出できることが先決です。無関係なあなたたちを巻き込んで危険な目に合わせて。それもこれもわたくしが考え無しに先走ってしまったから」
その言葉は儀式を阻止することよりも、ルーウィンやラクトスを無事に逃がすことを優先したものだった。 ルーウィンはそれを聞いて、腰に手を当てて言った。
「それじゃあ、あんたはこれからどうするの?」
「わたくしがなんとかします」
「一人でなんとかなるの?」
ルーウィンはティアラの瞳を見つめた。ティアラはルーウィンの瞳から逃げるようなことはしなかったが、その目の中には言葉ほどの自信は感じられなかった。ティアラの中にこれからの手立てがなにもないことが、ルーウィンにはわかった。
「とりあえず、こんなシケた場所からはとっととずらかろうぜ。話はそれからだ」
ラクトスが言って、ルーウィンは息を吐いた。
「この地下牢のどこかに囚われている神官たちもいるんじゃないの。さっき牢がいっぱいだ、って言ってたわよね」
「そうです。けれど…」
ティアラは言いよどんだ。ルーウィンたちをこれ以上巻き込むまい、迷惑をかけまいと考えているのは明らかだった。
「一応、あたしはあんたに雇われてるんだけどな」
ルーウィンは多くを言わなかったが、ちらりとティアラに目配せをした。ティアラはしばらく黙っていたが、やがて何かを決めたように、しかし遠慮がちに口を開いた。
「お願いします。囚われている神官たちも、助けていただけないでしょうか」
「…だそうだ。穀潰し、どうだ?」
ラクトスがルーウィンを見、ルーウィンはにやりと笑った。
「このまま放っておいたら人質にとられかねないしね。大所帯は動きにくいけど、仕方ないか。ここなら狭いし通路が細いから、相手に気づかれなきゃなんとかなる。そうと決まれば、さっさと行くわよ」
ルーウィンは立ち上がって、土ぼこりを払った。