小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【4.5章】

【第二話 復讐と返り討ち】

 フリッツはロブと作戦を練った。
 本人が言ったとおり、ロブの復讐作戦のレーパートリーはまだ残っていて、その中から使えそうなものを選んだのだ。首を刎ねるとか腹部に風穴開けるとか爆破するとかいったものがでてきたらどうしようとフリッツは内心ヒヤヒヤしていたが、そんな心配は必要なかったことがわかり安堵した。

(ちょっとルーウィンに罠にかかってもらって、ロブの言いたいことが言えて、それですっきりしてくれるといいんだけど…)

 ルーウィンに打ち明けてわざとひっかかってもらう、ということは一切考えなかった。彼女に子供のお遊びに付き合ってやるほどの器の大きさは無い。間違いなく無い。
 まずは話を持ちかけたフリッツが大変な目に遭い、続いてラクトスも大変な目に遭い、最後にロブが最も大変な目に遭う。事前に打ち明ければ、結局男三人が「大変な目に遭う」事態は避けられない。どうせリスクがあるのなら、ロブの思うとおりにやらせてみよう。フリッツはそう判断した。
 
 フリッツとロブは時間をかけて手はずを整え、ラクトスとティアラにも報告をした。
 長年の仇、ピンクの悪魔を討ち取る。いよいよロブの壮大な復讐劇が幕を切って落とされたのだ。



  



 その一、落とし穴作戦。
 ロブとフリッツは村へと続く小道に落とし穴を作った。かなりの時間をかけた大作だ。ひとたび人間が落ちれば、すっぽりと頭まで嵌ってしまう。穴に落ちてしまえば、ピンクの悪魔ももう怖くない。
 今までの恨み辛みを浴びせかけ、抵抗できない悪魔に追い討ちのように攻撃を加えてもいい。上から土を被せるなり、ウシの糞を投げ込むなりすれば、きっと泣いてすがって今までの狼藉を謝ってくるに違いない。
 自分や父さんや母さんにした仕打ちを何倍にもした、屈辱という形で返してやる! 
 ロブは意気込んだ。

「来た!」

 ロブは近くの草むらに身を隠した。小道の向こうからフリッツとルーウィンがやってきた。ルーウィンは肩に木の棒を担いでいる。棒には生け捕りにした鳥が手足を縛り付けられ、命乞いをするようにバサバサと揺れている。あんなにかわいい鳥を食べるつもりだ、かわいそうにと、ロブは鳥を哀れんだ。
 なんという残忍な悪魔だ、必ずここで打ち倒さなくては。ロブの使命感に火がついた。

 しかし、並んで歩いているフリッツとルーウィンは結構楽しそうだった。仕方がないか、もとは仲間なんだものとロブは自分を納得させる。しかし、ロブの心にふとした疑念がよぎる。
 まさかあのデコっぱち、作戦を悪魔にバラしていないだろうな。
 しかしフリッツはなんだかぎこちない歩き方をしているし、ルーウィンも獲った鳥をどう調理するかで頭がいっぱいなようだ。考えすぎだったと、ロブは頭を振った。
 その足は確実に落とし穴の位置まで近づいてくる。

(…いいぞ、あと少し!)

 ロブは手に汗握る。ルーウィンが次の一歩を踏み出せば、そこはもう落とし穴だ。

「あ、そうそう」
 不意にルーウィンはフリッツを振り返った。

「あんたさあ、焼くのと煮るのとどっちがいい?」
「え、ぼく? うーん、煮るほうかなあ」
「じゃあ焼くほうに決まりね!」

 調理方法が決まって、ルーウィンは満面の笑顔を浮かべた。

(じゃあなんで聞いたんだよ!)

 ロブは叫びだしたくなるのを、草むらの影でぐっと我慢した。
 上機嫌になったルーウィンは滅多に踏まないスキップをしてみせた。偶然にも、見事に落とし穴のある位置を飛び越えてしまう。フリッツはあれ、ここじゃなかったっけ、と思った。
 その困惑の表情をロブが確認したときには、もう遅かった。ルーウィンが落ちなかったことで残ってしまった落とし穴に、フリッツはいとも簡単に嵌ったのだ。
 フリッツの悲鳴が聞こえ、続いてドサドサとカモフラージュが崩れ落ちていくのが聞こえた。

「なんでデコ兄ちゃんがはまるんだよお!」

 思わずロブは叫び、やばいとばかりに再び身を隠した。フリッツが突然いなくなりあっけにとられていたルーウィンだったが、穴から土まみれのフリッツが顔を出すと、思わずぷっと吹き出した。

「あんた大丈夫? ところで、今何か聞こえた?」
「いや、何も聞こえてないよ。空耳じゃない?」

 穴から這い出したフリッツは息も絶え絶えだった。ロブは悔しさに小さく舌打ちをした。







 その二、頭上からタライ作戦。
 ロブとフリッツは村への入り口の木の上にタライを設置した。道に引いてある細い糸がルーウィンの足に引っかかって、頭上からタライが落ちてくるというものである。想像するだけでその間抜けな絵面に、ロブはついほくそ笑む。
 軽く脳震盪を起こせば、しめたものだ。その場に転がったところを捕まえて簀巻きにして、煮るなり焼くなり好きなようにしてくれる。自由を奪ってしまえば、顔に落書きをしたり、デコピンをしたり鼻フックをしたりと、かなり酷い目に遭わせられる。屈辱的な思いをさせられること請け合いだ。
 これで自分や父さんや母さんの無念を晴らすことができる! しかし皆健在だが。
 ロブは再び意気込んだ。

「来た!」

 ロブは近くの草むらに身を隠した。小道の向こうからフリッツとルーウィンがやってきた。フリッツは先ほどの落とし穴のダメージをかなり受けているようで、足元もふらふらとおぼつかない。さすがおれの作った落とし穴、常人に対する威力は凄まじいと、ロブは自分の落とし穴の威力にごくりと唾を飲む。
 ロブはフリッツに心の中で謝った。作戦をバラしているのではないかと疑った自分がばかだった。現にフリッツはルーウィンの代わりに落とし穴に嵌ってしまっている。

 一方、ルーウィンはなにごともなかったかのように鳥をぶら下げた棒を持ったまま歩いていた。時折夕飯のことを考えて気持ちが高ぶるのか、棒を振ったり回したりしている。その度に鳥が目を回してバタつき、非常に可哀想だった。
 その足は確実に仕掛けの位置まで近づいてくる。

(…いいぞ、あと少し!)

 ロブは手に汗握る。ルーウィンが次の一歩を踏み出せば、そこにはタライが降ってくる。

「あ、そうそう」
 不意にルーウィンはフリッツを振り返った。

「あんたさあ、塩ダレと照り焼きとどっちがいい?」
「え、ぼく? うーん、塩ダレかなあ」
「じゃあ照り焼きに決まりね!」

 料理の味付けが決まって、ルーウィンは再び満面の笑顔を浮かべた。

(だからなんで聞いたんだよ!)

 ロブは叫びだしたくなるのを、草むらの影でぐっと我慢した。
 その時、狙い通りルーウィンの足首に糸が引っかかった。ロブはやった!と思わず声を上げそうになる。
 しかし糸は僅かな引っ掛かりのはずだが、ロブも予期せぬことにルーウィンはバランスを崩した。近くにあったフリッツの腕を、ルーウィンはとっさに掴む。ゴーンと心に染み渡るような音が響き、続いて人の倒れる気配がした。
 なんとか転ぶのを回避したルーウィンの代わりに、頭でタライを受け止めたのはまたしてもフリッツだった。

「なんでデコ兄ちゃんに当たるんだよお!」

 思わずロブは叫び、やばいとばかりに再び身を隠した。フリッツが突然倒れてあっけにとられていたルーウィンだったが、フリッツがぴよぴよと目を回しているのを見て、思わずぷっと吹き出した。

「あんた大丈夫? ところで今何か聞こえた?」
「いや、何も聞こえてないよ。空耳じゃない?」

 頭に大きなたんこぶを作ったフリッツは、ぐるぐると目を回していた。ロブは悔しさにぐぬぬと唸った。






 こうしてロブの作戦は続けて失敗に終わった。二人は罠のポイントを通り抜け、その足は食堂へと向かっている。
「デコ兄ちゃん、ドンくさ過ぎだろ…」

 呆然となったロブはしばらくその場に立ち尽くしていたが、ぶんぶんと首を横に振り、頬を叩いて気を引き締めた。

「いいや、まだだ! まだ最後のダメ押しがある!」

 今度は周りにラクトスやティアラもいて、不自然な環境ではない。仲間が揃って、完全に気を抜いているところを叩く。しかも今度は、フリッツではなくロブ本人が仕掛けに行くのだ。失敗するはずがない。

「やるぞ! デコ兄ちゃんの尊い犠牲のためにも、絶対にやつを倒してみせる!」

 ロブは気合を入れて、最後の作戦の準備に取り掛かった。








 その三、毒を盛る作戦。
 もとい、食べ物に辛いスパイスを混ぜる作戦だ。

「かくなる上は、おれがあの悪魔に直接手を下す!」

 ロブは昔母に聞かせてもらった物語を思い出した。
 回りくどい間接的な手を使って、姫の暗殺に失敗した魔女がいた。しかしその魔女も最後にはやきもきして、直接自分の手で終止符を打とうとしたではないか。
 しかし、物語との現実との立場は違う。自分は勇者で、悪魔を討ち取ろうとしているのだ。お話のあの魔女とは格が違うのだ。あれ、そういえば自ら手を下したあの魔女ってどうなったんだっけ。ロブは一瞬疑問に思ったが、まあいいかと考えを打ち消した。

 この村に一軒しかない食堂の裏に、ロブは潜んでいた。ラクトスとティアラが席でくつろいでいるところへ、鳥を持った悪魔とふらふらになったフリッツがやってきた。ティアラは驚いてフリッツを労わり、ラクトスは同情と哀れみの眼差しを向けている。

「おじさん、この鳥調理して。照り焼きでお願い!」

 ピンクの悪魔は意気揚々と食堂の主人に鳥を突きつけた。完全に締められた鳥を見て、思わずロブは目を覆う。悪魔は鼻歌を歌いながら、何も知らずに席へと帰っていった。
 ロブは帽子を深く被り、白い前掛けを締めている。これなら食堂の子供に見せかけ、店の手伝いをしているように見えるだろう。悪魔に自分の正体が見破れるわけがない。なにせ完璧な変装だ。
 さあかかってこいと、ロブは武者震いをした。

「へい、お待ち!」

 主人は景気よく大きな声を出し、次の料理へと取り掛かった。悪魔が次から次へと大量に注文をするものだから、普段滅多に客の来ない食堂の主人はてんてこ舞いだ。悪魔の持ち込んだかわいそうな鳥は、ついに照り焼きとなってロブの前に姿を現した。
 可哀想に、お前の仇も一緒にとってやる!

 ロブは身をかがめて裏口から厨房に入り込んだ。慌しく働いている主人は気がつかない。ロブは鳥の照り焼きに激辛特製スパイスを振りかけた。そして大皿を持ち、静々とテーブルへ運んでいく。特定の皿だけ警戒されないよう、他にも幾つかの料理を運んだ。悪魔は何も気づいていない。
 しかしフリッツがロブを視界に入れるたびに表情が固まるのを見て、なんてわかりやすい人間なんだとはらはらする。ラクトスはいたって変わらず、ティアラも悪魔と話すことで自分へ注意が向かないようにしてくれている。
 ロブが運んだ料理がテーブルに所狭しと並べられ、食事の時間は今か今かと迫っていた。ロブは運びながら、期待と緊張感に胸を躍らせているのがばれないよう、唇を噛んでじっと我慢していた。

「じゃあ食べるわよ、いただきます!」

 悪魔が両手を合わせて、待ちきれないといった様子で料理に飛びついた。そうだ、そのまま食べてしまえ。しかし悪魔は最初に照り焼きではなく、芋のバター焼きの方へと手を伸ばした。焦るな、ゆっくりでいいとロブは自分に言い聞かせる。自ら狩に出て仕留めた獲物を口にしないはずがない。
 いずれは必ず、悪魔のフォークが照り焼きに向かうときがくるはずだ。

「あ、そうそう」

 お盆を持って裏手に戻ったロブはその言葉に身をぴくりとさせた。
 この日何回目かの、嫌な予感のするフレーズだ。

「キャラバン明日にでも来るらしいわよ。やっと先に進めるわね」

 そう言いながら、悪魔は食事の手をまったく休める気配は無い。しかし別の問題が起こった。他の三人が一向に料理に手をつけないのだ。食が進まない三人を見て、さすがの悪魔も不思議に思ったようだ。

「あんたたち、ぼやぼやしてると全部あたしが食べちゃうわよ」

 口からレタスをはみ出したまま、悪魔がもごもごと言った。

「だ、そうだ。そろそろ食べるか、フリッツ」
「う、うん。わあ、美味しそう。いただきます」

 ラクトスがフリッツに目配せをし、フリッツはぎこちなく笑った。様子を窺っていたロブは自分の失敗に気がついた。

(しまった、デコ兄さんにどの料理にスパイス入れるか打ち合わせしてなかった!)

 まさかこんなに大量の注文をするとは思っていなかったし、そもそも大皿料理だとは考えていなかった。
完全に作戦ミスだ。ラクトスとティアラはフリッツが安全なものを口にしてから、続いてそれを食べるという手はずだった。鳥の仇をとってやろうと、取り分け料理の照り焼きを選んだのがまずかった。確実に悪魔しか口をつけないもの、例えばスープなどであればこのような危険を冒すことはなかったのに。
 哀れなフリッツは今、自分も一枚噛んでいるはずのロシアンルーレットで窮地に立たされていた。

「じゃあ、せっかくだし、ルーウィンの捕ってきた」

 お約束だった。
 これからフリッツの身に起こる悲劇を直視することができず、ロブは思わず後ろを向いてしまう。どうしてこのデコ兄さんは、自ら過酷な運命へと身を投げてしまうのだろう。
 耳を劈くような悲鳴が聞こえた。ロブは思わず身を小さくする。
 特製スパイスたっぷりの照り焼きを口にしたフリッツは、しばらく身悶えたあと、座ったまま静かに昇天した。ティアラの悲鳴が聞こえ、ラクトスの呼びかけが聞こえる。客席で起こった悲劇を察して、ロブはそろりそろりと抜け出そうとした。

「…そこのお運び」

 悪魔に呼び止められ、ロブはぎくりとした。きょろきょろと辺りを見回すが、残念ながら自分以外には店の主人しかいない。主人は相変わらず料理を作るのに必死だ。ロブはそろりと振り返り、凍りついた笑みを貼り付け、両手をすり合わせながら少しだけルーウィンに近づいた。

「へい、なんですか、お客さん」
「いいから、こっち来な」

 水を無理やり飲まされていたフリッツはまずい、と思った。ラクトスとティアラも同様の反応だ。ルーウィンの口調が恐ろしい。手で来い来いと指示するルーウィンの言うままに、ロブはそろそろとその距離を縮めざるを得なかった。

「口開けな」

 ルーウィンはフォークに鳥の照り焼きを突き刺すと、ドスの効いた低い声で言った。その表情は、影になっていてフリッツたちからも読み取れない。ロブは恐れおののいてすっかり縮みあがっている。

「どうした、さっさと開けなさいよ。このあたしが直々に食べさせてやろうって言ってんの」

 ロブはその場に固まっていた。先ほどまでの威勢のよさはすっかりなくなってしまった。逃げることも、後ずさりすることもできない。業を煮やしたルーウィンが、片手でテーブルを強く殴りつけて立ち上る。

「開けろって言ってんだろうが!」

 ルーウィンはロブの口を無理やりこじ開け、中に照り焼きを捩じ込んだ。刺激物の大量の投入に、ロブの喉と唇は拒否反応を起こす。見る見る顔が赤くなり、火を吐きながら、ロブはあたりを駆けずり回った。

「お水!」
 ティアラが水を差し出す。やっとのことで口内の痛みがやや落ち着いたロブに、本当の恐怖が襲い掛かった。食堂の壁際でしりもちをついているロブに、ルーウィンの影がゆらりと迫る。

「食べ物を粗末にするやつは地獄行きよ。ましてや、よりにもよってあたしの料理に盛るとはね。とんだ命知らずだわ」

 確実に迫り来る悪魔の影に、ロブは震え上がった。しかし、彼の中でなにかが切れた。自分でも驚いたことに、ロブは大笑いしながら腰に手を当てて立ち上がった。だがその両足はガタガタと震えている。頭のてっぺんから噴出す脂汗も尋常でなかった。

「ばれてしまっては仕方ない! おれはさすらいの冒険者トーマの息子ロブだ! ここで会ったが百年目、お前を退治してくれる!」

 しかしそんなことでルーウィンがひるむはずもない。ロブは壁際にいたため、なにもしなくても追い詰められる形になる。ルーウィンはぎりぎりまでロブに近づき、片手で強く壁を殴った。ルーウィンは自分の顔の下にある子供の頭部を冷ややかに眺めた。

「あんた誰? そもそもトーマって誰? 悪いんだけどさあ、まったく覚えないわ」
「お、お前とダンテが襲ったギルドの冒険者だ」
「名前なんか知らないって」
「おれはお前に復讐しに来たんだ!」
「あんたさぁ」

 ルーウィンは少し身を離した。しかしそれは、ルーウィンの怒りがエスカレートしたことによるものだった。ルーウィンはロブの胸倉を掴んで、自分の顔に引き寄せた。

「簡単にフクシュウ、って言うけど。言葉の意味、ちゃんと知ってる?」

 ロブは悪魔の瞳を否が応でも見せつけられた。その目は、怒りと憎しみで燃えている。今までに見たことのない、紛れも無い悪意がそこには映りこんでいた。ギラギラとした視線は鋭く、まるで眼球の目の前にナイフを突きつけられているような感覚に襲われる。

「こっちはそんな文句聞き飽きてんのよ。怪我させられて夢が追えなくなった? 冒険者でいられなくなった? そんなの知ったこっちゃないわ。負けた方が悪いのよ。弱いくせに、勝てもしない相手に楯突くのが悪い。そんなこともわからないの?」

 敗者に対する罵倒だった。ロブはがちがちと鳴ってしまいそうな奥歯を噛み締める。今は不在の父親への罵倒、それだけは許すことが出来なかった。ロブは声を張り上げた。

「父ちゃんは男のプライドを賭けて闘ったんだ! そんな言い方すると許さないぞ」
「はあ?」

 ルーウィンは顔を歪めて、ロブの頭に強い頭突きをお見舞いした。あまりの痛みに驚いたロブは声も出ない。ただただ強い衝撃に痛いという認識をする間も無く、続いて頬を強かに叩かれた。バシンと激しい音がして、ロブはそのまま体ごと吹っ飛ばされた。床に倒れこむ激しい音がして、店主はやっと客席の異変に気がついた。
 ボロ雑巾のように投げ捨てられたロブに向かって、ルーウィンは立ったまま言い放つ。

「プライド? それが何の役に立つの? それって美味しいの? それがあれば食べていけるの?」
 
 ルーウィンはしゃがみこむと、ロブの髪の毛を鷲&#25681;みにして無理やり顔を上げさせた。

「確かにさ、あんたの幸せぶち壊したダンテやあたしは悪者よ。けど、それはきっかけに過ぎないじゃない? あんたの人生が転がっていってのは、あんたや、あんたの両親が弱かったからよ。これはね、復讐って言うんじゃない。ただの、逆恨みって言うのよ」

 ロブはじわりと浮かんでくる涙をこらえるのに必死だった。
 怖い。酷い。怖い怖い。本気で殺されるかもしれない。

「で、あんたはどこまでカクゴできてるの? あたしにちょっかいかけてくるからには、そう生半可な覚悟じゃないんでしょうね。ほっぺ殴られても、鼻が圧し折られても、耳を千切られても、あたしに喰らいついてくるだけの気持ちはもちろんあるのよね?」

 ロブの瞳に恐怖だけが残り、戦意喪失したのを見たルーウィンは、そのままロブの頭を床に強く打ち付けた。床が軋むほどの勢いだった。

「あたしの大嫌いなもの、教えてあげる。弱いくせに一丁前に武器なんか持ってるやつと」
 
 フリッツはびくりと身体を震わせた。旅の序盤で言われたことだ。

「口先だけしか能の無い、自分一人じゃなんにも出来ない無力な子供」

 ルーウィンは床に力なく転がっているロブに向かって叫ぶ。

「ケツの青いクソガキは、とっとと家帰って母ちゃんにでも甘えてな!」

 その怒声が決定的なものとなり、ついに店の奥から主人が顔色を変えて現れた。ティアラは金縛りが解けたかのようにロブに駆け寄り、それと入れ違いにルーウィンは店の出口へと向かう。フリッツもはっとして、出て行こうとするルーウィンを追いかけた。

「ちょっとやりすぎだよ、ルーウィン」
「黙れ」

 振り返りもせず、ルーウィンはそう吐き捨てた。フリッツはその場に縫いとめられたかのように、後を追うことが出来なかった。
 ルーウィンが出て行って、食堂の中には食い散らかされたテーブルとおどおどする主人、そして床に倒れたままのロブと介抱するティアラ、立ち尽くすフリッツとラクトスが取り残された。

「う、う、うわあああ!」

 突然ロブは大声を上げて、ティアラの腕を振り切って外へと飛び出していった。

「待って!」
 ティアラはすぐに追いかけたが、彼女が店の入り口から顔を覗かせた頃にはロブの姿はなかった。

「どうしましょう…」
「大方、ママのところにでも帰ったんだろ」
「ラクトスさん!」

 心無いラクトスの物言いに、ティアラは肩を怒らせた。

 フリッツはショックだった。
 自分が大きく加担したことで、ロブを傷つけてしまった。怖い思いをさせてしまった。しかもそれが、ルーウィンによって与えられた恐怖なのだ。あんなに怒った彼女は久しぶりだった。フリッツでさえ、怖いと思ってしまったほどだ。

「ぼく、ロブの家に行ってみるよ。なにかあったら困るし、親御さんにも説明しなきゃ」

 フリッツは店の主人にロブの家を尋ね、すぐに彼を追いかけた。
 フリッツも行ってしまって、ティアラは店の主人に謝罪をした。
 ラクトスは一人、顎に手をやって呟いた。

「あいつ、どうしてあんな勢いでキレたんだ?」






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