小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【第5章】

【第二話 目撃情報】

 その日も、まったく収穫の無い一日だった。ラクトスはまだアルバイト中で、フリッツとティアラは宿屋に戻っていた。フリッツは自分のベッドに腰掛け、ティアラは椅子に座り、二人とも深々とため息を吐き出した。ルーウィンは見つからず、かといってこの街には他に目的があるわけでもない。ルーウィンがいなくなってから、十日が経とうとしていた。

 そろそろ目処をつけよう、とラクトスは言っていた。三人にもそれぞれ目的があるのだ。勝手に出て行った、それもここにいるかどうかもわからないルーウィンのためにこれ以上時間を割くのは無駄に過ぎない。それでも三人は出来る限りのことをしたつもりだった。フリッツはともかく、滅多にため息をつかないティアラがそうしているのだ、事態は深刻だった。

「ルーウィンさんが帰ってこないのは、もしかしたらわたくしのせいかもしれません」
 俯いたまま、ティアラはぽつりと呟いた。

「どうしたの? なんで急にそんなこと」
 フリッツは顔を上げてティアラを見た。ティアラの表情は曇っている。

「前々から考えてはいたんです。わたくしが加わったことで、みなさんの旅のペースが遅れてしまっているのではないかと。わたくし、料理が不慣れで食材をだめにするし、歩くのも遅いし、宿に着いたら早々に寝てしまいます。朝だって起きません」

 フリッツはそんなことはないよ、と言いたかったが残念ながらそれは全て事実だった。

「ルーウィンさん、わたくしとの旅に嫌気が差してしまったのかもしれません。お優しいから、わたくしに出て行けとは言えなかったのでしょう。それに、わたくしが小さな物音ですぐに起きられたなら、ルーウィンさんを止められたのかもしれません。止められなくとも、せめてもう少し詳しいお話を聞かせていただけたかもしれません」
「ティアラのせいじゃないと思うよ。むしろ、ぼくの方が」

 フリッツもそう言って黙り込んでしまった。ティアラが原因でないことは明らかだった。ルーウィンはそこまで器の狭い人間ではない。それになんだかんだで、ルーウィンがティアラの世話を焼くのも板についてきていたのだ。
 部屋の戸が開いて、ラクトスが帰ってきた。昼と夜との営業の間の休憩だ。

「うおっ、何だこの空気。辛気臭っ」

 事情を聞いて、ラクトスは鼻で笑った。

「そんなんであいつは居なくなったりしねえよ。お前を同行させるって時点で、足手纏いなのはわかってたんだ。今更ぐずるようなやつじゃない」

 それでも二人の暗い空気は晴れなかった。ラクトスはドアを開けたまま、フリッツとティアラを手招きした。

「それより、お前らに客だ」

 ラクトスは二人を階下に促した。








「みなさん、お久しぶりです」

 待っていたのはミチルとチルルだった。宿屋のすぐ外にパタ坊をつないであるらしく、行き交う人々が興味深そうに眺めたり、ぎょっとしているのが中からも窺える。フリッツはミチルとチルルに挨拶した。ミチルは相変わらずにこにことしており、チルルは兄の隣にちょこんと立っている。

「久しぶり。って言っても、わりとつい最近会ったような気がしないでもないけど」

 切りそろえた前髪の下から、ミチルの青い瞳が興味深そうにフリッツを見つめた。

「クーヘンバウム、ぼくたちが発った後に大変だったって聞きましたよ。フリッツさん、なにかご存知です?」
「うーん、ぼくらもよくわからないや」

 実はあの巨大モールを引き寄せた原因が自分たちにあるかもしれないとはとても言えない。いや、あくまで可能性だからと、フリッツはあさっての方向を向いて生返事をした。それを見てミチルはにこにこと微笑んだ。

「まあ世間話はこれくらいにしておいて。フリッツさん、もしかしてルーウィンさんと今別行動中ですか?」

 その言葉に、フリッツとティアラは過剰に反応を示す。ティアラはミチルの方に飛びつくように身を乗り出した。

「ルーウィンさんを見たのですか?」
「はい、間違いなくあれはルーウィンさんですね。ここから北にあるちょっとした洞窟です」

 フリッツとティアラはお互いに顔を輝かせた。ラクトスは腕を組んで大人しく聞いている。ミチルがルーウィンを目撃したのを知っていて、ここに連れてきたようだ。

「いつ見たの?」
「今日ですよ。ぼくらはさっきこの街に着いたんですが、その前にその洞窟へ寄ってきたんです。その時、ピンク色の髪の弓使いを見まして。チルルが反応したし、間違いないと思います」

 チルルは相変わらず黙ったままだが、兄の言葉にうんうんと頷いていた。

「声を掛けようとしたんですが、ルーウィンさんの足が速くて追いつけなくて。ルーウィンさんを探しに行くなら、ご一緒しませんか? あの洞窟には、珍しい鉱物があるんです」

 ミチルがそこまで話して、ラクトスははっとした。

「お前まさか、洞窟への同行者が欲しくてホラ吹いてるってことは」
「ないですよぉ。チルルを見てもらったらわかるんじゃないですか」

 ミチルが指差すと、チルルは頬を膨らませていた。子供ながらに疑われるのはさすがに心外だったようだ。

「あ、悪い」

 ラクトスは素直に謝った。それを見て、ミチルはにこりとする。

「じゃあ決まりですね。どなたが同行してくださるんですか?」
「ぼくが行くよ。ラクトスはまた仕事だし、ティアラはルーウィンが帰ってきたときの留守番を頼むね。チルルと一緒に」

 ルーウィンがまだいるかもしれない。確信ではなく可能性に過ぎなかったが、三人の中にかすかな希望が湧いた。
 こうしてわずかな手がかりを追って、フリッツはミチルに同行することになった。







 北の洞窟というのは、ステラッカの街をすこし行ったところにあった。貴重な鉱物や植物が採れるということで、冒険者がそれを目当てに出入りしたり、また依頼されて向かったりする、この辺りではわりと有名なダンジョンであるということだった。
 強いモンスターが棲みついているわけでもなく、冒険者にとっては比較的安全な洞窟で、難易度自体はそう高いものではない。しかし問題は、自然の恵みが豊富にあることで冒険者が集まり、その冒険者同士で利益をめぐる争いが勃発することだ。

「というわけで、人間にはくれぐれも気をつけましょうね」

 もちろんそのあたりの注意事項は、街を発っての道すがら伝えられたことだ。フリッツはため息をついた。

「大丈夫です。ここの洞窟は広いから今日はパタ坊も一緒ですよ。多少の戦力にはなりますから」
「グエッ」

 パタ坊はカエルが潰されたような声で鳴いた。相変わらずよくわからない姿をしている。ミチルは馬だと言い張るが、どちらかというと足元など鳥に近いような気がしなくもない。パタ坊が付いてくると聞いて、フリッツは複雑な気持ちになった。

「うん…。よろしくね」

 二人と一匹は洞窟に足を踏み入れた。確かにわりと大きなもので、大の大人が歩いても横にも縦にも余裕がある。冒険者がパーティを組んでぞろぞろ行くには丁度いい大きさかもしれない。

「ミチルとはいつも洞窟に来てるような気がするよ」
「まだ二回目ですよ。ぼくは職業柄、洞窟に色々用がありますから」

 それを聞いてフリッツは不思議に思う。

「商人って、洞窟に用あるかな?」
「ありますよ。ぼくの場合は仕入れ代を惜しんで、自分で採りに行くことが多いからですけど。でもこの調子だと、ぼくの欲しいのはもうなくなっちゃっているかもしれません」

 洞窟には人の行き来した形跡があり、果たしてミチルの入手したいものが残っているかどうかはわからなかった。暗い中でカンテラを灯しながら、足場に気をつけて二人はゆっくりと歩む。
 フリッツはどんな形跡も手がかりも見逃すまいと目を皿のようにして進んだ。万が一にも、ルーウィンの所持品が落ちているようなことはないだろうか。彼女の声が聞こえたりしないだろうか。
 しかし進めど進めど人のいる気配はなく、どんどん奥に進んでしまった。それはミチルにとっては喜ばしいことなのだが。
 突然、ミチルが声を上げた。

「フリッツさん、肩!」
「え、なに?」

 フリッツが言われるままに横を向くと、黄色い大きな瞳と目がかち合った。暗闇にぎょろっと浮かび上がるそれを見て、フリッツは悲鳴を上げる。

「うわあ!」
「パイヤーですよ、気をつけてください!」

 驚いたフリッツが闇雲に暴れまわると、羽をバサバサと言わせてパイヤーはフリッツの肩から飛び去った。パイヤーは空飛ぶ吸血鬼と呼ばれ、その名のとおり生物の血を吸い取って糧にしている。口から覗く鋭い牙に噛まれれば、牛一頭の血を吸い取って殺してしまうこともある。洞窟にはよくいるモンスターだが、油断していると群れになって襲ってくることもあり、注意が必要だった。血を吸われて体力を削られては、易しいはずの洞窟でも抜けるのが困難になってしまう。

「フリッツさん、頭下げて!」

 フリッツは言われるままにその場にしゃがみ込んだ。頭上を何かが通過していくような感覚があった。パリンとなにかが砕ける音がし、続いてほぼ同時にポンという破裂音と少しの風圧、硫黄の匂いとバタバタとたくさんのものが落ちてくる気配がした。

「もういいですよ」

 フリッツが目を開け、ミチルがその先をカンテラで照らす。
 そこにはおびただしい数のバイヤーが地面に落ちていた。フリッツはパイヤー自体そこまで嫌いではないが、さすがに地面を覆いつくすほどの量には鳥肌が立った。逆に言えば、これだけの数が洞窟の天井にぶら下がっていたということだ。気がつかずに抜ければ、大惨事になっていただろう。

「ミチル、今なにしたの?」

 ミチルはにっこりと笑った。

「小さな手榴弾を投げたんです。ぼくのお手製なんですよ」
「しゅ、手榴弾?」

 手榴弾とはまた物騒なものだった。ミチルが作ったと聞こえたような気がしたが、怖いのでそれ以上は聞かないことにする。

「なにはともあれ、助かったよ。ありがとう」

 地面に落ちたパイヤーで足の踏み場も無い通路を見て、フリッツはため息をついた。

「どうしよう。この先を進むんだよね、気が進まないなあ」
「大丈夫です。パタ坊、おやつの時間だよ」

 大人しくしていたパタ坊がすっと前に出ると、首を下げて地面に顔を近づけた。フリッツがまさかと思っていると、パタ坊は口を開けてたくさんのパイヤーを咥え、喉を逸らして上を向くと喉に流し入れながら租借した。口の端からパイヤーの一部がちらりと見えて、フリッツは視線を逸らした。

「…パタ坊、食べれるんだね」
「モンスターなら大体なんでも食べれますよ」

 確実に馬ではないが、敢えてフリッツはこのことにも触れないことにした。
 しばらく進むとミチルはお目当ての鉱物を見つけて、うきうきと採取にかかった。その間、フリッツはパタ坊の手綱を握っていなければならなかった。つい口元に目をやってしまったが、食べ残しを見たくはないので結局目を逸らさなければならなかった。獲物を次々と袋に入れながら、ミチルは満面の笑みを浮かべている。

「ぼくの目的は達成できちゃいましたけど。どうしましょう、ルーウィンさんのいる気配はないですね。もう少し奥へ行きますか?」

 フリッツは首を横に振った。

「いや、そろそろ引き返そう。ルーウィンはこの道には来なかったと思う」

 ここをルーウィンが通ったのなら、パイヤーが出るのだから矢が一本は落ちていてもいいはずだ。しかし、その形跡は無かった。ということはここには来ておらず、別の通路を行ったのかもしれない。
 フリッツとミチルは洞窟の入り口へと引き返した。その時、向こう側から明かりが見えた。まだ出口は遠いはずだから、人間の持っている明かりということになる。フリッツはそれを見て駆け出した。

「ちょっと待って、フリッツさん!」

 ミチルが止めるのも聞かず、フリッツはその明かり目掛けて走った。フリッツの気配を感じて、明かりの主も足を止める。追いつけると思った。
 フリッツは息を切らして、何とか明かりまで辿りついた。その場で息を整えて顔を上げると、その明かりは杖の先に灯されたものだった。カンテラではない。
 明かりの先には見知らぬ顔の冒険者らしき男と、もう一人の男、そして女がいた。突然走ってきたフリッツを眉間にしわを寄せて怪訝そうに見ている。しかしフリッツが肩で息をしている状態であるため、武器をとって警戒をしたりはしなかった。

「…すみません、人違いでした」

 フリッツは深く息を吐いた。どうして明かりを見つけただけでルーウィンだと思ってしまったのだろう。もう少しよく見れば、カンテラの明かりか魔法による明かりかを見分けることが出来たはずだ。
 フリッツは顔を上げた。暗闇の中突然駆けてこられたのが相当不快だったのだろうか、冒険者たちは苛立っているようにも見える。
 しかし、躊躇っている暇はない。

「突然すみません。あの、ここに女の子が来ませんでしたか? 小柄な弓使いの」

 フリッツが言い終わるのと同時に、後ろからミチルが追いついてきた。

「なあに、アンタあいつの知り合いなのかい?」

 腕を組んだ女が唇を舐めた。隣の細い男が、ニタニタと笑いながらフリッツを下から睨んだ。

「教えてあげなくも無いけど、どうしようなぁ」
「あ、もう大丈夫です。ありがとうございました」

 女の言葉で、ルーウィンがここに来たのは確認できた。小柄な女の子で弓使い、それも一人で行動しているのはルーウィンくらいしかいないだろう。彼女だと考えてほぼ間違いない。まだこの辺りにいると知って嬉しかった。
 同時に、まだ近くにいる、すぐに追えば見つかるかもしれないという希望が湧いた。
 一刻も早く彼女を追わなければ。フリッツはミチルを伴って冒険者たちを通り抜けようとした。

「ちょっと待ちなよ」

 フリッツの腕を、女が掴んで引き止めた。

「あの子ってアンタの連れ? アタシらさあ、あの子に酷い目に遭わされたんだよねえ」
「ちょっと憂さ晴らしに付き合ってくれてもいいんじゃないのかい? お兄さんたち、誰かをボコボコにしたくてたまらないんだよ」

 杖を持っている魔法使い風の男が、バキバキと拳を鳴らした。

「うわぁ、下衆ですねぇ」

 ミチルは正直だった。フリッツが冒険者たちに声を掛けた時点でこの展開を予想していたのだろうか、焦りのない間延びした感想だった。
 反対に、フリッツはしまったと思う。
 洞窟の中で人間にあったら注意しろとミチルに言われていたにも関わらずこのザマだ。そしてルーウィンと出会った冒険者など、間違いなく平和なお喋りで終わっているはずがない。目の前の冒険者は、フリッツの中でならず者として認識された。三人のならず者は、それぞれ自分の武器を手に持ち始めた。

 獲物を手にした三人の無骨者に、対するは見習い剣士と丸腰の子供。自分ひとりでミチルを護れるのかと、フリッツはじりじりと後ずさりする。

「おっとお、動くなよ。さあて、なにしてもらおうかな。サンドバッグ代わりに殴られてもらって、最後はお財布でも置いていってもらうか」

 ならず者たちは二人を見下したように笑った。細い男が、刃物の切っ先をちらつかせて二人に近づいてくる。暗い洞窟の中でカンテラの光を受けたナイフが反射した。
 フリッツはまた一歩下がった。相手はじりじりと、まるで楽しむかのように距離を詰めてくる。不意にミチルが口を開いた。

「動かないでください」
「お前、この状況わかって言ってるのか? そっちが命令できるような」

 ガラスの割れる音がした。
 男がそのセリフを言い終えることはなかった。突然の爆風に、フリッツは剣を持ったまま腕で顔をかばった。砂埃に咳き込み、反射的に目を閉じる。驚いたパイヤーが我も我もと羽ばたき逃げていく。
 洞窟の湿った空気が戻り、あたりが静まり返った。フリッツが目を開けると、目の前に居た男は昏倒している。そしてその横にはミチルがいつもの笑顔を浮かべて立っていた。

「ミチル、大丈夫?」

 フリッツの問いかけにミチルは肯いた。ミチルの手の中には赤い小さな小瓶が握られている。

「あなたたちは本当に運がいいですね。本日初公開の新作です。これで逝けるなんて、本当に運がいい。名づけて、『ドッカン赤色君』です。こう見えても威力はすごいですよ。ちなみに今のはミニサイズです」

 突拍子もない子供のセリフに、ならず者たちは苦笑いを浮かべた。

「それがいったいどうしたって言うんだ。どうせ脅しだろ?」
「いいんですか、そんなこと言っちゃって。もう一人はてるのに。ほんとに投げちゃいますよ?」
「ふざけろ! そんなことをしたらこのデコ坊主も木っ端微塵だぞ」

 いつの間にか、ミチルはフリッツから少し下がった場所にいた。フリッツは自分の置かれている状況に初めて気づき、きょろきょろと首を動かす。

「お得意様じゃないし、別にいいです」
「ちょっとミチル!」

 フリッツはあわててミチルの方を振り向いた。

「だってフリッツさん、ぼくの商品買ってくれてないじゃないですか」
「いや、そうだけど。今までそんな機会なかったじゃないか」

 ミチルは大きく振りかぶる。それを見た二人のならず者は色めきたった。

「まっ、待て! 話し合おうよ」
「あっ」

 ミチルは小さく声を上げる。まさに振り下ろさんばかりの手から、するりと小瓶が落ちた。小瓶はガシャンと音を立てて割れた。しかし何も起こらない。

「あれ? 空瓶でしたね」

 ミチルがにっこりと笑った。ならず者の男女は、爆発に備えて間抜けにも頭を腕で覆い隠してしゃがみこんでしまっている。フリッツはその隙に、さきほど昏倒した男を捕まえてパタ坊のほうへと引きずり寄せた。男の頭はパタ坊の口の真下にあり、いつでも噛み付けるような場所にある。かなりの罪悪感があったが、フリッツはそれをかなぐり捨てた。パタ坊はきっと、かけひきの間には噛み付かないいい子だと信じることにした。
 
 何も起こらなかったことに気づいた男女は、恥ずかしさと怒りにわなわなと肩を震わせる。そして倒れた仲間を人質に取られていることに気づき、さらに顔色を変えた。ミチルはフリッツを指差して言った。

「この人はあなた方をどうにかできなくても、ぼくとぼくの奇獣はあなたたちをどうにでも出来ますよ。大人しく開放してくれたほうが身のためだと思いますけど」
「てめえ、騙したな!」

 女が口汚く叫んだ。

「そもそも、こんな狭いところで爆薬なんて使いませんよ。天井落ちてきたらぼくまで死んじゃうじゃないですか。ねえ、フリッツさん」

 ミチルは頬を膨らませて悪びれもなく言ってのけた。フリッツは苦笑いを浮かべる。

「ねえ、ミチル」
「なんですか?」
「あとでアイテム、買わせてください」

 ミチルはにっこりと微笑んだ。

「まいどありぃ。では、仕上げをしますね。フリッツさん」

 ミチルは口元を手で押さえる仕草をして、フリッツに方目をつぶってみせた。そして今度は別の小瓶を取り出して地面に投げつけた。もうもうと煙が立ち込め、視界が失われる。フリッツは口を押さえ、ミチルに腕を引っ張られてその場から脱出した。ならず者たちはごほごほと咳き込んでいたが、やがて洞窟の中に三つのいびきが響き始めた。

 フリッツとミチルは走って洞窟を出た。
 すでに日が傾きはじめている。フリッツは息を切らせたままミチルに笑いかけた。

「助かったよ。ぼくの出番全然なかったなあ」
「子供二人と一匹の旅ですからね。なにかと物騒なので、それなりに用意はしているつもりですよ。ちなみに最後に投げたのはグースカ草の花粉です。猛烈な眠気に襲われます。フリッツさんがぼくの言いたいことに気づいてくれなかったら、使えてなかったですけどね」

 一応フリッツを助けることは視野に入れていたようで、フリッツはほっと胸を撫で下ろした。

「それにしても、ルーウィンはなんでこんなところに一人で来たんだろう」

 ならず者たちのあの言い方では、一方的に酷い目にあわされたという印象だった。その後彼女らしき人物は見なかったので、きっと無事に洞窟からは脱出しているに違いない。
 しかしたった一人で行動し、冒険者にからんでいるとは。フリッツは考えをめぐらせ、ミチルは首をかしげた。

「いったい、なんででしょうね。案外、あの人たちとお喋りしたくて来たのかもしれませんよ」
「まさかあ」

 はははと笑って、二人はパタ坊とともに洞窟を後にした。








 宿に帰ったフリッツはミチルたちと別れ、ラクトスとティアラに一部始終を話して聞かせた。

「でもこれで、あいつがまだこのあたりをうろうろしてるってのは確定したな。無駄に粘った甲斐があったってもんだぜ」
「そうですわね。でもルーウィンさん、やっぱり心配です」

 ティアラは相変わらずの様子だった。
 ルーウィンがまだこのあたりにいるというのは収穫であったものの、彼女が一人で無茶をしかねない状況に変わりはない。これで決定したのは、ステラッカでの滞在をもう少し伸ばす、という後ろ向きなものだった。 具体的な案は何一つない。

「問題は、これからどうするか、だな」

 さすがのラクトスも、二人に続いてため息をついてしまいそうだった。






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