小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【第5章】

【第三話 樵からの依頼】

 アルバイト先の店の裏口に男が座っているのを見て、思わずラクトスは声をあげそうになった。濃い影にまぎれてしまって見えなかったのだ。男のほうもラクトスがいるのに気がついた。
 男はこの店の常連客で、カウンター席でよく主人と話している男だった。ラクトスは注文を取る際に二言三言しか言葉を交わしたことはなかったが、最近はほぼ毎日のようにやってくるので顔を覚えてしまっていた。

「…きみか」

 男は力なく呟いた。男のほうも、ラクトスの顔ぐらいは覚えているようだった。男は店の主人と話をしにきたのだろうと、ラクトスは察した。

「あんたなあ、店長に話があるなら表でもうちょっと待ってりゃ良かっただろ? なにもこんなところで」

 言いかけてラクトスは口をつぐむ。男は裏口に置かれた日陰のベンチに腰掛け、手を組んでその上に額を乗せていた。なにかを思い悩んでいるようだ。心なしか顔色も悪く、疲れているように見える。

「あんた、なにがあった? ちょっと普通じゃないな」
「そう見えるかい? ちょっと困ったことがあってね」

 男の言葉は溜息とともに漏れた。正午の日差しが照りつけ、影と日向とのコントラストがくっきりと浮かび上がる時刻。その中で、男は影に息を潜めているようだった。なにかがおかしいと、すぐにわかった。
 ラクトスはしばし考えた。このまま見なかったことにして店に戻ることも出来る。店の主人にいつもの客が来ていると伝えることも出来る。男の表情から、彼が面倒くさそうな問題を抱えていることはだいたい察しがつくし、自分には関わる義理もない。
 ラクトスはあまり自分のカンというものを信じる性質ではない。それが当たらないからだ。しかし、なぜかその日はひっかかるものがあった。

「相談ごとか? それは店長に言って、解決するものなのか?」
「…それもそうだな。彼に言って解決することじゃない。忙しいだろうし、また日を改めて食事に来させてもらうよ。主人にはよろしく言っておいてくれ」

 男はのっそりと重い腰を上げ、疲れた顔でラクトスに微笑んだ。言うべきかどうか少し迷って、ラクトスは口を開いた。

「相手が人間かモンスターなら、なんとかしてやれないこともない」

 男に不思議そうに見上げられ、ラクトスは自分の前掛けを見て苦笑する。

「こんな格好で言ってもばかみたいだけどな。この街にはちょっと寄っただけなんだ。今は旅費稼ぐためにこんなことしてる」
「なるほど。冒険者か、懐かしいな。わたしも若い頃は」

 男の顔はわずかに明るくなった。しかしなにかを思い出したように、男はまた口をつぐんだ。ラクトスはそれを見て眉根を寄せる。

「ギルド経由じゃないから、ちょっとは安くなるぜ? 話だけでもしてみないか?」
「ありがとう。少し考えさせてくれないか」
「ああ。気が向いたら、またここへ来てくれ」

 男はゆっくりとした足取りで来た道を戻っていった。ラクトスはしばしその場に立ち尽くし、頭を掻いてベンチに乱暴に腰掛けた。
 またその日も、なんの進展もなく過ぎ去ってしまうかのように思われた。









「喜べ。仕事の依頼だ」

 フリッツとティアラの二人を閉店後のアルバイト先に呼び出すなり、ラクトスから開口一番に飛び出した言葉はそれだった。しんと静まり返った、やや照明の落とされたうす暗い店内はどこか物悲しい。
 ティアラははじめきょとんとしていたが、その意味を噛み砕くと訝しげな表情を浮かべた。

「ラクトスさん。こんな時にお仕事をしている場合では」
「こんな時だから、だ。ここに滞在して何日目になると思ってる? 宿代がかさんでしょうがねえ。おれの日雇いのバイト料とフリッツのちまちました稼ぎじゃ、資金が底を突くのは時間の問題だ。あいつを捜したいんなら、もう少しここに留まる必要があるだろ。ここは一つ、腰を落ち着けて長期戦に持ち込もうぜ」

 それを聞いてフリッツは驚いた。まさかラクトスから一番に滞在の延期が提案されるとは思っていなかった。それは嬉しいことだったが、滞在時間が延びてもルーウィンの手がかりがないのでは意味がない。正直今は仕事どころではないだろうと、フリッツは焦っていた。しかし先立つものがなければ、街に滞在していられないのも事実ではある。

「そういうお考えがあるのなら」

 ティアラは意外にもあっさりと認めた。彼女はひたすら宿での留守番をさせられているため、資金の話になると主張する立場にはないのだった。フリッツはラクトスに尋ねる。

「ここのアルバイトはどうするの?」
「ここには、あいつらしき人間が立ち寄ったらすぐにでも知らせてくれと言ってある。依頼人にも頼んでもらったから、よっぽど大丈夫だろ」

 ラクトスは店の隅のテーブルに腰掛けている男性のもとへ二人を案内した。
「紹介する。仕事の依頼人、カーソンだ」

 そこにいたのは、三十代後半から四十台半ばほどの男性だった。男は座っていたところをわざわざ椅子から立ち上がって会釈した。

「話には聞いていたけど、本当にみんな若いね。カーソンだ、よろしく。ステラッカの森できこりをやっている」

 男の髪の毛にはすでに白いものが混ざりはじめていた。上背があり、体つきもがっしりとしている。しかしその表情は穏やかなもので、口に蓄えた髭も紳士的な雰囲気を出していた。
 カーソンが右手を差し出して、フリッツは握手をした。ごつごつして角ばった手だが、同時に大きくて安定感のある手だった。感じのいい中年男性の代表格のような人物だ。

「挨拶はほどほどに。さっそく仕事の内容に入ってくれ」

 ラクトスに急かされて、カーソンは頷いた。
 フリッツは、この人物にどこかで会ったような気がしていたが、それがいつだったのかをようやく思い出した。数日前、ギルドの依頼をこなして休憩と報告がてらこの店に立ち寄ったとき、フリッツのすぐ後にやってきた客だった。フリッツがラクトスを見ると、ラクトスは小さく頷いた。あの時の、やや挙動不審な客で間違いないようだ。

「頼みたいのはわたしたち樵仲間の護衛なんだ。今年は気候が良くてね。特に目立った災害なんかもなくて、順調に木が育ったんだよ。それはいいんだが、モンスターのほうにも都合が良かったらしくてな。ワルモーンが大量発生して、仲間に喰いついてくるんだ。出来れば駆除もしてもらいたいんだが」

 カーソンの話をフリッツとティアラは大人しく聞いていた。モンスターの駆除は危険も伴うためあまり気が進まないが、それなりに報酬も良いのだろう。そうでなければラクトスが引き受けるはずがないからだ。

「で、それを建前にして、本当はおっさんの身辺警護をして欲しいって話だ」

 うんうん、と頷こうとしたフリッツはその動きを一瞬止めた。思わずラクトスに聞き返す。

「ごめん、もう一回」
「だから仕事内容は、ワルモーンの駆除かつ作業中の樵の護衛。かつ、同時にこれがメインなわけだが、このおっさんの警護。それが今回の仕事だ」

 フリッツはカーソンに視線を走らせた。カーソンは申し訳なさそうに苦笑している。

「その通りだ。笑ってくれてかまわないが、ここ数日間誰かに見られているような気がするんだ。いい歳して、こんな妄想に取り付かれていると知られるのは恥ずかしいんだが」

 ティアラは気遣わしげな表情でカーソンを見つめた。
「どなたかにご相談はされたのですか?」

 カーソンは首を横に振った。

「ここの主人とは前からの知り合いで、相談しようとなんども来たんだが、いざとなると恥ずかしくて言えなかった。そこを彼に見つかって、言い当てられてしまったというわけさ。
 それにワルモーンの話は本当なんだ。そっちのほうは組合から資金が下りる。でもわたし自身はただの樵に過ぎないから、護衛をしてもらうための報酬まで払えるほどの余裕はないんだよ」
「それでギルドでは仕事を依頼せずに、直接ぼくらと交渉というわけなんですね」

 フリッツは納得する。ギルドが絡めば、信用がありしっかりとしている分仕事内容はよりわかりやすく明示しなければならない。今回のように、主となる仕事のついでに別件を頼むということは不可能だろう。
 フリッツはラクトスをちらりと見た。まだその表情からは、彼の考えは読み取れない。ラクトスを知っていればわかることだが、彼がおまけやサービスで仕事を請け負うはずかないのだ。絶対に、なにか考えがある。 それはティアラも同じように考えているらしく、隣に座る彼女もまた腑に落ちないような顔をしていた。そんな二人の心中はお構いなしに、ラクトスはてきぱきと話を進めていく。

「あんた個人の護衛もつきっきりでやってやる。ただし、やるからには徹底的にやらせてもらうぜ。おっさん、所帯は?」
「妻と三つになる子供が一人いるが」
「おれたちのうち、二人はあんたの家に棲み込みで警戒させてもらう。一日三食簡単な食事と、そうだな、寝る場所がなけりゃ外でも構わない」
「大丈夫だ、土地が広いのだけが自慢でね。一応、人が寝られる場所はある。だけどそれだけでいいのかい?」
「ああ。上等だ」

 フリッツはラクトスに尋ねる。

「一人は宿に残って、ルーウィンを待つんだね」
「そこは臨機応変にいく。あいつが戻ったときのため部屋はとっておきたいからな。でも三人じゃ人手は足りないから、まだどうなるかはわかんねえ。とりあえず、さっそく一人部屋に移る手続きをしなきゃな。部屋代が浮くってもんだぜ」

 ラクトスはにやりと笑った。

「きみたち、誰かとこの街で待ち合わせでもしているのかな?」

 フリッツの言葉を聞いてカーソンは尋ねた。ラクトスはこちらの事情はまだカーソンに告げていないようだった。ティアラはカーソンに向き直った。

「わたくしたち、人を探しているんです。ピンク色の髪を一つに結った、小柄な弓使いの女の子を見ませんでしたか? わたくしたちと一緒にこの街に来たのですけれど」
「はぐれてしまったのかい? いや、知らないなあ」
「そうですか」

 あまり期待していなかったとはいえ、ティアラは力なく微笑んだ。
 話もついて、ラクトスは椅子から立ち上がった。

「じゃあ、さっそく明日からな。今日のところは帰るわ」
「ああ。妻も喜ぶよ、樵仲間もだ。明日からよろしく。わたしはもう少しここにいるよ」
「気をつけろよ、あんたは大事な依頼主なんだからな」

 そう言ってラクトスは奥にいた店の主人に声を掛けると、そのまま外へ出て行こうとした。慌ててフリッツとティアラも立ち上がってカーソンに会釈し、ラクトスの後へと続いた。

 ガス灯が点々と灯る寂しい夜の通りを三人は歩いた。クーヘンバウムの後に着いた街ということもあり、ステラッカの夜は酷く静かだった。辺りが暗いので、ちかちかと星が瞬いているのがよく見える。森が迫っているため、ホウホウと夜の鳥の声が街にまで聞こえていた。ただっ広い地面が慣らしてあるだけの素朴な通りに、今は三人しかいなかった。
 フリッツは少し先を歩くラクトスに尋ねた。

「ラクトス、どうしてこの仕事引き受けたの?」
「どうしてもクソもあるか。金がないんだよ。ここは林業が盛んだからな、報酬もわりと良かった。それに無駄に二人部屋を二つも取っていられるほどの余裕はない」

 ラクトスの言い分は最もだった。日頃そのあたりのやりくりを考えているのはラクトスで、フリッツとティアラはルーウィンを見つけることばかり考えていた。だがそれを続けるためには、やはり資金繰りが必要不可欠だ。

「こうなったらヤケだ。こんなにも時間を浪費させやがって。あいつがシッポを出すまでは、こっちも我慢だ。わかったな? なんだ、腑に落ちない顔してるな」

 フリッツとティアラは顔を見合わせた。

「理由は本当にそれだけですの? でしたら、やはり今までのようにルーウィンさんを待っていたほうが」
「これだけ待って出てこなかったやつが、今更のこのこ顔を出すかよ。やり方を変える」

 フリッツとティアラは、この決定に不満というほどではないが、共にもやもやしたものを抱えていた。
 昼間に宿をからっぽにして、仕事に全員が出掛けていていいものか。もしかしたら万が一にもルーウィンが顔を出す可能性だってあるかもしれない。しかし、ラクトスはそんなことはないと思っている。
 ルーウィンを見つけ出すための長期戦だが、宿に戻ってくるかもしれないという可能性がある以上、フリッツとティアラはそのことに不安を覚えた。

「ルーウィンさん、本当にどこにいらっしゃるんでしょう」

 彼女が出て行ってからというもの、ティアラも目に見えて元気がなかった。単に寂しいという思いと、やはり自分のせいではないかと疑っているのだろう。しかしフリッツも、励ますだけの気の利いた言葉が見つからないのだった。
 ラクトスはやや不満げに声を上げた。

「なんだお前ら、ずいぶんと乗り気じゃないな」
「…だって」

 フリッツはその先を言えなかった。
 八方塞りだった。ルーウィンを探したいが、そのために街に留まる資金を稼がねばならない。しかしそれでは彼女が探せなくなり、本末転倒になってしまう。かといって彼女を探してばかりでもなにか情報を得るわけでもなく、路銀と時間は浪費されてくばかりだった。
 二人の心中を察したのか、不意にラクトスは足を止めた。

「お前らが納得いかないみたいだから、モチベーションを上げるために言っとく。もしかしたら、万が一にも、だぞ。カーソンの周りをうろうろしてる視線の主は、穀潰しなんじゃないか、と思ったわけだ」

 その言葉を聞いて、正直フリッツは拍子抜けした。考えていてくれるのは嬉しいが、それはあまりにも漠然としすぎているものだった。そもそもルーウィンが一人でこそこそ誰かのあとを付けていることが考えられなく、そうすればやはりそれは彼女ではありえない。ラクトスには悪いが、やはり今回の依頼は引き受けるべきではなかったのではないかとフリッツは思ってしまった。

「でもどうして? どうしてルーウィンがカーソンさんを尾ける必要があるの?」

 その発想にはいささか無理があった。ルーウィンがカーソンを付回す理由がない。どうして何の関係もないただの樵を、彼女が追いかける必要があるだろう。それも黙ってパーティを抜け出してまで。
 ラクトスはフリッツとティアラから向けられる不安と落胆の混じった視線に少々苛立ったようだが、なんとか努めて冷静に話そうと努力していた。

「お前らのその、おれをバカにしたような視線が腹立つな。考えに至った経過は追々話してやるよ。これはそれ以上の憶測だから本当は言いたくないんだが、言う。お前らに無理につきあわせるのも気分が悪いし、なによりおれがイライラするからな。この依頼を引き受けた理由だが」

 ラクトスは息を吸い込んで、苛立った気持ちを落ち着かせた。

「カーソンがギルド潰しのダンテかもしれないと、おれは思っているからだ」





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