小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【第5章】

【第四話 幸せな家庭】

 朝早く、三人は宿を後にしてカーソンの自宅へと向かった。カーソンの家は街の中心からは外れたところにあり、ほぼ森の中といっても過言ではなかった。青々と生い茂る緑の中に、点々と家が建っている。
 そのうちの一つの前で、三人は足を止めた。こぢんまりとした可愛らしい家で、ここ数年のうちに建てられたばかりのようだ。フリッツは表札を確認すると、控えめにノックをした。

「はい、どなた?」

 ドアから女性が顔だけを覗かせる。女性は三人を見ると、それぞれの顔に視線を走らせた。カーソンが出てこなかったことにフリッツは驚いて、やや上ずった声で言った。

「あの、旅の者ですけど。カーソンさんに依頼されて」

 それを聞くなり、女性の顔はぱっと輝いた。
「あら! あなたたちがうちの旦那を護ってくれる冒険者さんかしら」

 さあさあどうぞどうぞと促されて、三人は家の中へと招かれた。
「わたしはカーソンの妻です。メアリと申します、よろしくね」

 そう言ってメアリはにっこりと笑った。髪を簡単に束ねた、やや小柄でかわいらしい女性だった。まだ二十代半ばといったところで、カーソンの妻にしてはずいぶん若い。
 メアリは入ってすぐのダイニングに案内すると、椅子を引いて三人を座るように促した。フリッツは戸惑いながらもゆっくりと腰を下ろすと、その間にコースターと飲み物がてきぱきと出され、あっという間におもてなしが完了した。朝早くで家事もたまっているだろうにと、フリッツは申し訳なく思ったがメアリは楽しそうな様子だ。

「あなた、皆さん来てくださったわよ」

 メアリは奥のほうに向かって叫んだ。
 まだ木のよい香りがする新築だった。小さなログハウスは、メアリのお手製であろう細々とした小物たちで飾られている。
 フリッツは少しだけ、自分の家のことを思い出した。母が元気だったころは、フリッツの家もこんなふうに細かいところまで行き届いていたものだった。

「新婚さんの幸せなお宅ですね。憧れます」
 ティアラはきょろきょろとあたりを見ていた。彼女にしては無遠慮だが、それほどに興味を引いたようだ。

「おれは合わん」

 ラクトスは一言だけそう言った。どうやら慣れない雰囲気に居心地の悪さを感じたようだ。
 カーソンを起こしにいっていたメアリが帰ってくると、三人は居住まいを正した。メアリは動きながらも、三人に話しかけた。

「こんな辺鄙なところじゃ、ろくに話し相手もいなくてね。お隣さんとも距離があるし、ちょうど人恋しかったところなの。男の子と女の子、両方来てくれるなんて嬉しいわ。若い方とお話しするのって久しぶりなの」

 メアリはよくもまあ舌が絡まらないものだと感心するほどの速さで喋る。その間も、手だけはてきぱきと動いているのだ。しかしうるさいといった印象は与えない。
 本当に嬉しいのがわかり、フリッツは少しばかり気恥ずかしくなった。旅を始めて、こんなに歓迎されるのは初めてだった。

「皆さんのお名前は伺っているわ。眉の下がったあなたがフリッツくん、つり目のあなたがラクトスくん、上品なあなたがティアラちゃんでしょう?」

 名前はばっちり合っているが、約二名が複雑な気分に陥った。

「眉の下がった・・・」
「毎度のこととはいえ、この夫婦もか」

 フリッツは肩を落とし、ラクトスは苦笑いを浮かべた。にっこりと微笑み、メアリはカットしたロールケーキを三人に差し出した。

「筋肉隆々のごつい方たちばかりだったらどしようって思っていたから、少し安心したわ」
「…ママ」

 小さな女の子が寝ぼけ眼でやって来た。目をこすりながらメアリのエプロンの端を握り締め、知らない人間の出現に少し警戒している。メアリの後ろに隠れたまま、こちらの様子を伺っていた。ティアラは女の子と目があったらしく、にっこりと微笑んだ。

「おはようマリィ。ちゃんと着替えてきなさい、お客さんがみえてるから。この子、娘のマリィです」
 メアリはマリィの頭の上に軽く手を置いた。

「マリィちゃん、なんさいですか?」
「…にさい」

 ティアラが尋ねると、マリィは指を二本たててはにかんだ。ティアラはそれを見てとろけそうな表情をした。

「かわいい」
「でしょ?」

 メアリはマリィを膝の上に乗せると頬ずりをした。

「やあ、おはよう。たいしたもてなしもできなくてすまないね」
「まあ、それはわたしに失礼なんじゃないの?」

 奥から姿を現したカーソンに、メアリは客の前でくってかかった。それを見てティアラは小さく笑う。

「奥様のロールケーキ、とても美味しいです。カーソンさん、毎日幸せですね」
「そう言ってもらえると幸いだ。待っててくれ、今支度するよ」

 カーソンは再び部屋の向こうへと姿を消した。それを見届けると、メアリはマリィを優しく床に下ろす。
 背筋を伸ばして姿勢を正し、改まって三人に頭を下げた。

「今日は来ていただいて、本当にありがとうございます」

 その様子に驚いて、フリッツとティアラもつられて頭を下げる。ラクトスは腕を組んで座ったままだったが、首をすこしだけ前に傾けた。顔を上げると、メアリはいたずらっぽく微笑んだ。

「はしゃいじゃってごめんなさいね。わたしも主人も、あなたたちが来てくれて本当に心強いの。誰かに見られているかもしれないなんて、街のギルドに相談したらご近所に広まってしまうかもしれないでしょ」
「余所者が適任、ってわけだ」
「あらあなた、言うわね。まあ、そういうことよね、要するに」

 メアリはラクトスの辛口発言にめげもせず、ふふふと笑った。ラクトスがやりづらそうな顔をしているのを見て、フリッツは思わずこみ上げてきた笑いを飲み込んだ。

「しばらくの間あの人とわたしたちのこと、よろしく頼むわね。これからお願いします」

 そう言ってメアリは再び軽く頭を下げたのだった。
 身支度の済んだカーソンが慌しい様子で現れ、マリィがよたよたと駆け寄った。時間がないだろうに、律儀にもカーソンは子供を抱いて高い高いをしてやる。マリィはきゃっきゃといって喜んだ。

「さあ、準備が出来たよ。朝食は?」
「もう包んであります。まったく、安心して寝坊しちゃったのかしら?」
「いつも済まないな。さて、待たせたね。ではさっそく仕事場に付いてきてもらおうか」

 フリッツとラクトスは頷いて腰を上げた。男二人はカーソンに付いていき、ティアラはメアリとマリィと共に家に残る。彼女一人に任せるのはやや不安だが、相手の狙いはどうやらカーソンのようなので、とりあえずのところはその体制でやっていこうという話になっていた。

「じゃあ行ってくるよ」
「いってらっしゃい、気をつけてね」

 カーソンが出て行くと、続いてメアリもマリィを抱えて外に出る。メアリはマリィの小さな手を持ってバイバイと振ってみせた。カーソンたちが見えなくなるまで、メアリはそうして見送っていた。

「…おっさん、すごい生活してるな。いつもこんなか?」

 疲弊しきった顔のラクトスが呟いた。どうしてラクトスが疲れているのか、フリッツにはわからなかった。 カーソンは少し顔を赤くして頭を掻いた。

「いや、見事にいつもどおりでお恥ずかしい。もう少し控えめにしろと言ったんだが」
「すごく幸せそうですね」

 フリッツが言うと、カーソンは照れながらも頷いた。

「本当にこのおっさんが狙われてるのか?」

 ラクトスはフリッツにしか聞こえないように呟いた。
 フリッツは隣を歩いているカーソンを見た。フリッツの顔の横にカーソンの肩があり、頭は見上げねばならないほどカーソンは上背があった。一介の樵にしては、たしかに体つきがいいかもしれない。昔は冒険者をしていたというが、その面影は今のカーソンのどこにも見当たらなかった。

(もしかしたら、この人がダンテさんかもしれないんだ…)

 しかしそれならば、どうして自分の身ぐらい護れないのか。
 どうしてティアラがルーウィンのことを尋ねたときに、何も言わなかったのか。
 フリッツは様々な考えをめぐらせながら、カーソンの仕事場への道を歩いた。









 その道中、フリッツは昨晩の帰り道でのやりとりを思い出していた。
 カーソンがダンテかもしれない。その考えを疑うよりも早く、フリッツとティアラは声を上げた。

「「ええーっ!!」」
「声がデカい!」

 夜の道端で、ラクトスも二人に負けじと大声で叫んだ。二人が一旦落ち着いたのを見て、ラクトスは咳払いをする。

「これは憶測だ。なんの証拠もない。違ったら違ったで、路銀稼いだと思って諦めてくれ。じゃあ」

 そう言ってラクトスは踵を返した。自分でも突拍子のないことを言っているのがわかっているようで、彼にしては珍しくやや恥じ入っている様子だ。

「ちょっと待ってよ!」
「詳しく聞かせてください! 気になります!」

 二人は先へ進もうとするラクトスの袖にすがりついた。うっとうしそうな顔で見返されたが、二人に同じような顔で見つめられては仕方がなかった。ラクトスはあっさりと陥落した。

「おれたちがここへ着いたのは十日ほど前。その少し後くらいから、あのおっさんは何者かの視線を感じるようになった。しかし相手は一向に姿を見せない。そのことが余計に不気味で、おっさんは喉に食事も通らないらしい」

 確かに、カーソンが視線を感じ始めた頃はフリッツたちがステラッカに到着した以降の話だ。そしてルーウィンが姿を消した時期と重なっている。しかしそれだけでは理由にはならない。
 ラクトスは続けた。

「どうしたらあいつがパーティを抜けることになるのか、おれはずっと考えていた。お前らに怒ってるっていうのは、多分違う。厄介ごとからおれたちを遠ざけるため、これはあるかもしれないが昨日の時点であいつはまだピンピンしてるみたいだからな。
 あいつが出て行くとしたら、それはここにいることが都合が悪くなったときじゃないかとおれは思う」
「都合が悪くなる、ですか?」

 ティアラはラクトスを見返した。

「おれが言えたことじゃないが、あいつも利己主義者だからな。今まではパーティを組んでいるほうが都合がよかった。それは一人でいるとダンテの弟子だって知ってるやつにすぐわかっちまうからな。
 だが、今は一人のほうが都合が良い、としたら。それは身を隠すためじゃないか、という可能性がある」

 身を隠すため。どうして、何のために? 
 フリッツは思った。

「次に動機だ。あいつが一人で行動しようと思うのは、ギルド潰しのダンテ絡みのことじゃないかと思うわけだ。今までだって道中でダンテのいざこざに遭っても、あいつから助けを求められたことはないからな。自分自身の問題だと、割り切ってるんだろう」

 前回のロブの復讐の一件でも、ルーウィンは三人に何も告げず、たった一人でダンテの偽者を騙る一味に向かっていった。フリッツは現場を見ていたロブから話を聞いていて事の子細を知ってはいるが、そのことについては、ルーウィンの口から一言も触れられていない。それはラクトスも、ティアラも同様だった。
 
 ルーウィンとフリッツが出会ったばかりの頃もそうだった。自分に向かってくる者を、彼女は一人で打ち倒そうとしていた。彼女に助けを求められたことは、一度もない。フリッツはそれを思って、胸がつねられたような感覚に襲われた。
 ラクトスはティアラを見た。

「前にお前、言ってたよな。居なくなったのは、穀潰しが旅の目的を果たしたんじゃないかって。あいつの目的は、師であるダンテを捜すことだ」

 ルーウィンの旅が終わるとき。目的を果たすとき。それはダンテを見つけ出したときと同義だ。
 確かに、話の筋は通らないわけでもない。一人のほうが都合が良くなったから、離脱した。その理由は、おそらくギルド潰しのダンテに関わっている。ここまではむしろ正解かもしれなかった。

「ルーウィンが別行動をするのはダンテさん絡みだっていうのは、当たってるかもしれないね。でも、それだけでカーソンさんがダンテさんかもしれないと思うのは無理があるよ」

 フリッツが言って、ラクトスは嫌そうな顔をした。
「くっ、お前にそれを言われるとは。だから言いたくなかったんだよ」

 ラクトスはらしくもなくため息をついた。

「ここからは完璧な憶測。適当に流してくれ。
 カーソンがダンテじゃないかと思った理由だが、カーソンの経歴にははっきりとしない部分がある。この街に来るまでなにをしていたか店の主人にも話そうとはしないし、もともと流れ者だったっていう話だ。本人は、元冒険者だったと口を滑らせたがな」

 元冒険者。過去の経歴不明。
 そんな人間は今の世の中にごろごろしている。しかしカーソンは、このタイミングで、ルーウィンがいなくなったと同時に付狙われる元冒険者なのだ。その結びつきが推測ではなく、確かなものになれば、その先の答えはおのずと導かれる。
 ギルド潰しのダンテは実は引退していて、彼女は行方をくらませたダンテを追っていたのだとしたら?

「そしてあいつが理由も告げず黙っていなくなる理由。それは多分、気持ちの問題だとおれは思う。このへんはかなり憶測だから話す気にもならない。以上」

 ラクトスはそう言って締め括った。
 ルーウィンの行動動機にはダンテが絡んでいるであろう点。カーソンの経歴がはっきりとしていなく、何者であったか不明である点。カーソンが何者かの視線を感じ始めた頃と、ルーウィンのいなくなった時期との一致。
 以上のことから考えて、点と点を繋ぐ。
 その結果が、カーソンはダンテではないかという推論を導いたのだ。

「お話はわかりました。もしかしたら、当たっているかもしれませんね」

 話を聞き終わると、フリッツも納得をせざるを得なかった。たしかにかなり推測ばかりの話であるし、これといった裏づけや証拠は何一つない。しかしルーウィンの考えや行動パターン、現在の状況を考えれば、有り得ない話ではなかった。

「それにしても、直感や憶測で動くなんて、ラクトスさんらしくないですね」
 ティアラが言うと、ラクトスは不快そうな表情になった。

「バイトして疲れて帰って、お前らが辛気臭いツラ揃えて宿屋で待っててみろ。想像を絶するうざったさだぞ」

 それを聞いて、フリッツは声を明るくした。

「通訳すると、ぼくとティアラがしょんぼりしてるのを見るのが辛いってこと?」
「殴るぞ」

 ラクトスは凄んで後ろを向いてしまったが、フリッツとティアラはふふふと笑い合った。

「こんな安っぽい考えとうすっぺらい可能性に賭けるあたり、かなり手詰まりだってことだ。可能性がゼロじゃないからやってはみるが。これでなにもなかったら、もうあいつのことは諦めてくれ。
 この依頼が終わり次第、ここを発つ」

 有り得ない話ではない。それはラクトス本人も重々承知している。
 しかしその「有り得ない話ではない」程度の期待に賭けるしか、ルーウィンを見つけ出す手立てはもはや残されていなかったのだ。










 森の中の伐採の現場に着き、フリッツとラクトスは他の樵たちとも顔を合わせた。若い冒険者に他の樵たちはやや難色を示したが、仕方のないことだろう。初日はこんなものだろうと、フリッツも割り切った。カーソンが仕事の準備が終わり呼びに来るまで、二人はその場に待機していた。

「カーソンさんがダンテさん、か」

 切り株に腰掛けて、フリッツは呟いた。隣で杖を支えに立っているラクトスが言う。

「その考えは捨ててくれ。色眼鏡で見ちまったら、そうとしか思えなくなる。いや、そう思うにもかなり無理のある話だ」

 カーソンはかつては冒険者をしていたという。そして三年ほど前にこの街にやってきた。それ以前のこと、つまり冒険者時代のことは話したがろうとはしない。確かに怪しい点はいくつかある。フリッツはラクトスの方へ顔を上げた。

「でも、ルーウィンはダンテさんの弟子なわけでしょ。どうしてダンテさん相手にこそこそしなきゃならないのかな」
「さあな。ケンカでもして別れて、でもやっぱりヨリを戻したくてここまで来たはいいが、ダンテが普通の生活を営んでいることに気後れして声が掛けられない、とかどうだ?」

 それを聞いて、フリッツはなんとなく嫌な気持ちになり、あからさまに変な顔をした。

「なんか、そんなルーウィンは嫌だ。なんというか…」
「女々しい?」
「そう、それ!」

 ルーウィンはれっきとした女性だが、自分よりも数段漢らしいとフリッツは常々思っていた。フリッツは始めの頃ルーウィンに怒られてばかりいたものの、それでもやはり彼女は頼りがいのある仲間だった。
 あの不遜な態度や言葉の辛らつさや視線の冷たさは、時にナイフのように心に突き刺さる。しかし彼女と共に時間を過ごし、彼女が心を許してくれさえすれば、ナイフは叱咤激励へとその意味を変えるのだ。

「ルーウィンには元気よく、堂々としていてほしいんだ。ぼくたちにしろ、ダンテさんにしろ、言いたいことがあるなら面と向かってはっきり言えばいいのに」
「別におれたちに話すことなんか何もないんじゃねえの?」

 ラクトスの一言に、フリッツは切り株の上で項垂れた。

「へこむな」
「ごめん」

 フリッツは自分の不甲斐なさをひしひしと感じていた。 
 遠くのほうからカーソンが手を振りながらやってきた。手には斧を持ち首にタオルをかけ、完全な樵スタイルになっている。

「さあ、仕事だ。お二人さんもワルモーンが出るまでは手伝ってくれ」
「おお、そうきたか」
「わかりました。よろしくお願いします」

 二人は腰を上げて、その日の仕事に取り掛かった。








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