【第5章】
【第六話 ギルド潰しのダンテとは】
「この矢羽だ。どう思う?」
ワルモーンの心臓に突き刺さった矢を圧し折って持ち帰ったラクトスは、ティアラにそれを手渡した。ティアラはそれを大切そうに受け取り、明かりの下でまじまじと眺める。
「ルーウィンさんが使っていたものと同じですわね」
「ああ。ただ、これも既製品だからな。百パーセントあいつの仕業だって決めつけるのは早い」
そうは言っても、おそらくこの場にいる三人ともがルーウィンのものだと考えていた。フリッツは呟いた。
「ルーウィン、ぼくのこと助けてくれたんだよね」
「結果的にはな」
フリッツは肩の傷に触れた。ワルモーンに噛まれた傷は大したことがなかったので、ティアラの治癒術を断り、包帯で巻いてあるだけだ。あまり治癒術に頼りすぎると自分の回復力が弱まってしまうからだ。この一矢がなければ、フリッツは危なく大怪我をしているところだった。
「あの時のおっさんは、尋常じゃなかった」
ラクトスはティアラにも、ワルモーンの襲撃を受けたときのカーソンの様子を詳細に話した。斧による見事な攻撃でワルモーンを撃破したこと、そして「見るな」と言って怯えていたこと。一連の事情を聞くと、ティアラは口を開いた。
「そろそろ、お話する頃合ではないでしょうか。わたくしたちが、ルーウィンさんを捜していること。カーソンさんのこの一件に、ルーウィンさんが関わっているかもしれないことを」
「いや、もう少し待とう。今の状態でおっさんに負担をかけるのは良くない」
ラクトスは奥の部屋に視線を走らせた。カーソンは樵仲間たちと過ごしている間は良かったが、家へと帰ると糸が切れたように崩れ落ちてしまった。カーソンはうなされるように何かに怯え続け、ついに熱を出してしまったのだ。寝室に寝かされ、今はメアリが額に乗せた濡れタオルを換えにいっているところだった。
「それにおっさんを狙っている人物とおれたちが繋がっているとわかったら、聞けることも聞けなくなっちまう。あちらさんも、まだなにか隠してるようだからな。お互い様だ」
「隠しごと、ですか?」
ティアラは尋ね、ラクトスは頷いた。
「あの斧の扱い。あれはそのへんの樵のものじゃない。フリッツも見ただろ」
「うん。あんなの、とっさに出来ることじゃないよ。身体が感覚として覚えていなきゃ、あんなふうに攻撃は出来ないと思う」
カーソンの経歴は不明である。そのことがフリッツもラクトスもひっかかっていた。加えてあの斧の扱いと、あの怯えよう。やはりなにかあるとしか思えない。フリッツは呟いた。
「やっぱり、カーソンさんがダンテさんかもしれない」
なにかの理由があって引退し、今は静かに余生を送っている。過去に冒険者として戦っていたのなら斧での戦い方を心得ていることにも合点が行く。そしてルーウィンが関係しているなら、カーソンはダンテである可能性が高い。自分がギルド潰しであったなどと、一体誰が告白するだろう。
「だめだ。妄想が膨らむばっかりだ」
フリッツは首を横に振った。ラクトスとティアラは何も言わなかったが、二人も同じように考えているのがわかった。メアリの戻ってくる気配がして、三人はその会話をやめた。
「ごめんなさいね。遅くまでつきあわせちゃって」
「大丈夫です。そんなに気を遣わないでください」
フリッツは笑ってみせた。メアリは疲れた顔をしている。いつもは元気いっぱいな彼女なだけに、その様子はいたたまれなかった。
「ワルモーンのこと、本当にありがとう。あの人を危険から救ってくれて、なんてお礼を言ったらいいか」
「おっさんの具合はどうだ?」
「いまはもう落ち着いたわ」
「原因は何だ?」
立て続けに質問するラクトスに、メアリは視線を伏せた。
「ワルモーンに襲われたことが直接の原因ではないみたい。多分、またあの視線を感じたことが原因だと思うわ。主人は見られることに強い恐怖を感じるようなの」
「ごめんなさい。せっかく視線の主がいたかもしれないのに、取り逃がしちゃって」
メアリは首を横に振った。
「いいのよ、そんな場合じゃなかったものね。でも、やっぱりまだ付け狙われていると思うと、ちょっと怖いかな」
謝るフリッツに、メアリは健気にも微笑んだ。
「何かトラウマがあるのか?」
ラクトスはメアリの先ほどの言葉を聞き逃さなかった。視線に恐怖を感じる、という点のついての問いだった。
「はっきりとは、わたしもわからなくて。正面で人と向き合ってお話をしているのは大丈夫なのだけれど、自分の死角から視線を感じることが怖くて仕方がないみたいなの。多分、昔のことが関係しているのだとは思う。
いい年なのに、困ったものよね。そのこともあって、今回あなたたちに視線の正体を突き止めてもらいたかったの」
メアリは苦笑したが、その表情から心を痛めているのがわかる。しかしラクトスは重ねて尋ねた。
「昔のこと、っていうのはなんだ」
「ごめんなさい。わたしの口からは、ちょっと」
メアリは大きなあくびをした。わざとだと、すぐにわかってしまった。
「やだわ。もうこんな時間、みんなも寝なきゃ。今日は本当にありがとうね。ゆっくり休みましょ」
三人はメアリの見えないところで顔を見合わせた。ラクトスは立ち上がって頭をかいた。
「今日はもう休むぞ。考えてても埒があかねえ。フリッツ、おれ明日少し先に抜けて街に行ってくるわ」
「いいけど、何しに行くの?」
フリッツは首をかしげた。
「胡散臭いけど、ちょっと話を聞きたいやつがいるんでな」
ラクトスは不本意そうに答えた。
翌日、夜が明けるとカーソンの容態は安定した。熱も下がり、普段と変わらない様子だった。仕事もいつもどおりこなし、昨日の様子が嘘のようだった。落ち着いたカーソンをフリッツ一人に任せ、ラクトスは予定通りステラッカの街に出向いていた。
「ギルド潰しのダンテ、ですか?」
ミチルは目をぱちぱちさせた。
「情報屋ではないので、大したお話はできないかもしれませんよ。それで、情報料としての支払いがこれですか?」
ラクトスはミチルとチルルを自分がアルバイトしていた店へと連れてきていた。ミチルとチルルの前にはメニューが広げられている。店の外には案の定パタ坊がいて、その日も通行人の目を驚かせていた。
「お前、足元見てるな?」
ラクトスは苦々しげに呟いた。
ミチルは自分よりずいぶん年下で、この歳で商人などと、胡散臭いのも重々承知している。しかしパーリアやクーヘンバウムなどで、彼の教えてくれた情報は密かに役立っている。
それにおそらく、ラクトスよりもミチルたちが旅を始めたのがだいぶ先だろうと感じていた。ミチルはパタ坊に乗ってあっちこっちを行ったり来たりしている。つまり認めたくはなかったが、ミチルのほうが旅人としては先輩で、経験も多いはずだ。最初に出会ったときも、すでにずいぶんと旅慣れた様子だったのだ。
ギルドで情報を募っても良かったが、ダンテに恨みのある人間に出会ってしまうとまた厄介なことになりかねない。
「ラクトスさんたちには最初に助けていただいたご恩がありますし、まだそれを返していなかったですね。では今回は、ここのご飯で手を打ちましょう。チルル、何か食べたいものはない?」
チルルは目をきらきらさせながら、ステラッカ名物切り株ロールケーキを指差した。一抱えもありそうなサイズの、切り口が切り株の年輪のようにぐるぐる渦巻いている巨大なロールケーキだ。その金額を見て、ラクトスはため息をついた。
「わかったよ、なんでも食え」
「本当ですか? ラクトスさん太っ腹! ありがとうございます! 良かったね、チルル。あ、ぼくは骨付きステーキでお願いしますね。それから…」
ミチルはチルルとともにメニューの隅から隅まで目を通している。なんだかんだ言いながら、しっかりと注文をする気満々だ。
「こいつ…」
ラクトスは悔しそうに拳を握り締めた。チルルがじっと見つめているのを感じて、ラクトスはチルルを見返す。
「なんだ?」
「ラクトスさんは注文しないのか、だそうですよ」
「しねえよ。生憎こっちは懐が寂しくてな」
「それは残念です」
しかしミチルは注文の数を減らそうとはしなかった。店員が注文を取りに来て、ミチルは出された水を一口飲んだ。
「何が知りたいんですか?」
「全部だ。ダンテについてお前の知ってること、全部話せ」
ミチルはどこから話そうか考えているようで、しばらくうーんと言って唸っていたが、料理が運ばれてくるとようやく話し始めた。どうやら時間稼ぎだったらしい。性格悪いなこいつ、とラクトスは思った。
ミチルはステーキにゆっくりとナイフを入れた。
「ダンテ=ヘリオがギルド潰しとして名を上げ始めたのは二十年前ですね。その頃が二十代後半だったといいますから、今はだいたい四十代かそこらということになります。屈強な戦士で、身の丈は高く、大人でも赤子のように千切っては投げ、千切っては投げ、それは凄まじい強さだったそうです」
四十代。カーソンと年齢は一致するなと、ラクトスは無意識のうちに考えていた。
「あまり知られていないのは、彼の本来の得手が弓であること、ということですね。弓の名手であったのが、ギルド潰しなんかしているとどうしても接近戦になってしまって、その力を発揮することがなかったんでしょう。素手で相手を倒してしまったり、手近な斧や剣や槍なんかをひっつかんで戦っていたということですから。なんでも出来ちゃうオールマイティな人間だったんですね」
弓使い、というのはなんとなく予想がついていた。ルーウィンの弓はダンテから教わったものだろう。ラクトス自身、キャルーメルにいた頃はギルド潰しのダンテの名は知っていたものの、彼が弓を使うとは知らなかった。やはりミチルが言うように斧や槍や、その辺りにあるものや腕力で戦うイメージが強い。
「彼のパーティですが、移動を繰り返しているうちに何度も編成によって変わっていますね。固定の一味、というのはいないようです。ただ、彼には絶対的な相棒であり、弟子がいました。その弟子も大柄な大男で、ダンテと同じように肉弾戦を得意とする猛者であるそうです」
世の中ではそんなふうに伝わっているのかと、ラクトスは思った。同時に、ミチルにはルーウィンがダンテの弟子だと言っていなかったのを思い出す。
「その弟子についてなんですが、さっき言ったように屈強な大男だと言う者が多数である中、別の証言も若干あるんですよね。派手な髪色をして長髪を一つに束ねた若者だそうです。中には女性だと言う人もいて、もうなにが本当なんだかわかりませんよ」
その情報は正しい。しかし世の中で、ダンテの弟子に関してここまで曖昧な認識がなされているとは知らなかった。ミチルは話を続けた。
「一時、ダンテは死んだのではないかという噂が流れたんですよ。確かにぱったりと姿を現さなくなった時期があります。それが確か、三年前になりますかね」
「三年前?」
三年前というと、カーソンの記憶をなくした時期と重なることになる。
「しかし彼はまた各地のギルドに姿を現しました」
「それは確かに本物のダンテなのか?」
「わかりません」
ミチルはオレンジジュースをストローですすった。
「ダンテの名が有名になるにつれ、模倣犯も増えてきていますから。もうどのダンテが本物なんだかわからないほどです。以上が、ぼくの知ってるギルド潰しダンテに関する全てです」
名が知れ渡りすぎたために、虎の衣を借る狐でギルド潰しのダンテの名を騙る者が複数現れたということだ。本物がわかるのは、かつて本物に遭遇したことのある者か、弟子であるルーウィンだけということだ。
「ニセモノって、そんなにいるものなのか?」
「ちょこちょこ居ますよ。テリトリーはそれぞれ別ですけど。少なくともぼくは今までに四、五人くらい見てますね」
そもそも、ルーウィンの師匠であるというダンテが本物なのかという疑問も浮かんだが、おそらくそこは疑わなくてもいいだろう。それよりも、複数居るダンテたちのなかに、今は本物が居なかったとしても不思議ではない。
話を聞き終わり、そろそろ戻ろうとラクトスは腰を上げた。
「だいたいはわかった。悪かったな、時間とらせて」
「とんでもないです。ぼくらこそ、こんなに奢ってもらっちゃって。チルルも喜んでます」
ミチルの隣でチルルもうんうんと頷いた。
「ところで、話は変わりますけど。少し前に、あの宿屋に部屋をとられてましたよね。どうでしたか?」
ラクトスは唐突な質問に眉根を寄せる。
「いや、別に可もなく不可もない。お前たちはあの宿に泊まらないのか?」
ステラッカは特別栄えているわけでもなく、この街には宿屋が一つきりしかなかった。この街に滞在しているにもかかわらず、ミチルたちはどうやら宿に泊まっている様子はない。わざわざ野営をしているようなのだ。
「チルルが嫌がるんですよ。わがままですよねえ、オバケが出るから嫌だなんて」
「オバケ?」
ラクトスはますます眉間にしわを寄せる。ミチルは目を見開いた。
「あれ、言ってませんでしたか? あの宿、いわくつきなんですよ。三年前に、ちょっとあったらしくて。二階の一番突き当たりの部屋、よく西日が差し込む部屋がそうらしいですよ」
「おれたちの泊まってた部屋だな。どうりで格安だと思った」
ミチルは笑った。
「でもオバケなんて出なかったでしょう? 良かったじゃないですか、知らぬが花ですね」
ほら、言ったとおりだったでしょとミチルはチルルに話しかける。それでもチルルは嫌なようで、首を横に振っていた。
ラクトスは再び、椅子に腰を下ろす。
「その話、詳しくわかるか?」