小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>


【第六話 消えた同行者】

 わりと新しい板でできた看板の前で、フリッツはしばらく立ち尽くしていた。
「ガーナッシュギルド」と達筆な文字が刻まれている。探せど探せど、やはりルーウィンが見つからないので、置いていかれたのかと思い歩き続けた。そしてついには彼女と合流することはなく、ついにガーナッシュまで来てしまった。

 案外あっさりと目的地についてしまい、フリッツは拍子抜けする。もっと感無量になるかと思っていたが、ルーウィンとケンカしたり、路銀を落としたりしたことが最大の苦労であったので、それ以上ひどい目に遭うことはなかった。モンスターや盗賊にも遭わずに済んだ。

 ガーナッシュは、フランのように畑ばかりではなくちょっとした街だった。食材を売る店や食堂や宿屋、職人の工房やアイテム屋が軒を連ねている。そのため、人探しをするにはすこしばかり苦労しそうだった。

 そこで思いついたのが、ギルドに行って協力を仰ぐということだ。ガーナッシュのギルドは四年前、ギルド潰しに襲われている。そのため戦力はガタ落ちし、評判も地に落ちたと風のうわさで聞いたことがあった。しかし四年も前のことだ、ギルドもとっくの昔に立て直して機能しているだろうとフリッツは思った。

 そして、フリッツがギルドの扉に手をかけ続けて数分がたった。中からは昼間から酒でも飲んでいそうな喧騒が漏れ聞こえる。フランでの落ち着いた雰囲気とは違って、こちらは少々荒っぽいようだ。入るのがおっくうでたまらない。

「おっと坊主、邪魔だよ」
「わわわ」

 後ろからやってきた大男がドアを開けると、押されて自然とフリッツも入らざるを得ない格好になった。想像通り、品のなさそうな荒くれ者ばかりがたまっている。まだ昼間だというのにジョッキを激しくぶつけ合う男、寝ているのかぐったりとテーブルに寄りかかる男。フリッツは人の波を縫ってカウンターに辿り着いた。

 幸い、皆ほろ酔い気分のようで、ぶつかっても変に因縁をつけられることはなかった。カウンターで荒くれ者たちの相手をしているのは女性だった。化粧がけばけばしいが、いかついおっさんに比べれば比較的話しかけやすい。フリッツは意を決して話しかけた。

「連れの女の子を捜しているんです。髪がピンクでこう一つにまとめていて、小柄な。見かけませんでしたか?」

 女性は首をすくめて見せる。

「さあねえ。そんな派手な子、いたらすぐにわかると思うんだけどねえ。なんだったら、そのへんのに捜させようか」
「あ、いいです。財布をどこかに落としちゃったみたいで」

 フリッツの後ろでどっと笑いがおこった。最初は後ろでなにかおもしろいことでも起こったのかと思ったが、どうやら原因は自分らしかった。

「な、なんですか?」

 恥ずかしさと驚きの混じった表情で、フリッツは尋ねる。男たちはひとしきり笑った。そのうちの一人が涙をぬぐいながら言う。

「気がつかないのかい、お前さんまんまと担がれたんだよ」
「担がれたって、どういうことですか」
「そのまんまさ。最近多いんだよなあ、そういうの」

 フリッツの近くにいた歯の抜けた男がテーブルから身を乗り出した。酒臭い息がかかって、思わずフリッツは鼻をつまみそうになった。

「かわい子ちゃんに次の村まで同行させて欲しいとかなんとか言われて、気がつけば財布はカラッポ。おまけに彼女もトンズラときたもんだ」
「そんな! ルーウィンはそんなことしません」

 道中あまり気持ちのよい連れでなかったことは確かだが、彼女はそんな人間じゃないという確信があった。ばかにされて、フリッツにしては珍しく腹を立てた。しかし、細面の男は吐き棄てた。

「知ったことか。だいたいお前さん、その娘とどれだけの間一緒にいたっていうんだい」
「…だいたい二日間です」
「じゃあ、お前さんはその娘のなにを知ってる?」

 それを聞いて、フリッツは愕然とした。なにも知らない。フリッツが知っているのは、彼女の名前と、彼女が弓使いであるということだけだった。目の前で笑う男と、ルーウィンと一緒に居たはずの自分の情報量はたいして違わない。

「ほれ見たことか。どうせ名前は偽名だろうよ」

 一同はフリッツの気持ちなど気にせず、豪快に笑いあった。テーブルには酒の空き瓶が何本も転がっている。どうやら相当出来上がっているらしい。

「ルーウィンがぼくや師匠を騙したって? そんなこと」
「おい、そっちのテーブルのやつら! おれは二日酔いで頭が痛えんだよ、大声出すな!」

 部屋の片隅で顔を真っ青にした男が叫ぶ。バケツを手にしていることから、どうやら相当切羽詰っているようだ。壁に片手をおいて身体を支えている。

「なんだと。そんなのこっちの知ったことか」
「やるかァ!」

 誰かが叫んだ。なんだかよくわからないうちに、ギルドの中は騒々しくなった。元々粗忽者の多い場所だ。こういうことが起こっても不思議ではない。このような現実があるからこそ、冒険者を野蛮人だと毛嫌いする人間もいるのだ。そのあたりのことを彼らが理解しなければ、依頼がなくなるという形でいつかしっぺ返しがやってくる。

「くらえ! フライングテーブル!」
「なんの! アルコール爆弾!」

 テーブルが宙を行き交い、酒瓶は豪快にしぶきを上げて飛び散る。しばらく口をぽかんと開けてその様子を見ていたフリッツだったが、飛んできた生卵が耳にかすり、壁に打ち付けられた音でわれに返った。
 足元には無残にも、顔にパイを打ち付けられた人間が転がっている。彼らは彼らなりに、このバカ騒ぎを楽しんでいるようだ。しかし、どこかヤケになっているようにも見える。

 フリッツは壁際に沿って出入り口に辿り着き、誰にも気づかれないようそっとドアを開けた。この分では、ここにとどまってもなにも得るものはないだろう。フリッツはガーナッシュギルドをあとにした。





 フリッツは足取りも重く街の中を歩いていた。さっきの男の言うとおりで、自分はルーウィンのことをほとんど知らない。彼女とは意見が合わなかったが、それでも間違ったことはしない人間だとフリッツは思うのだ。
 ギルドの雰囲気もフリッツを落ち込ませる原因のひとつだった。あまりにも理想の冒険者像とはかけ離れていた。多少の誤差は認識しているつもりだったが、それでも先ほど見た有様は酷かった。世の中には、冒険者をただの粗忽者と見なして毛嫌いする人も多くいる。しかしああいうギルドを目の当たりにすると、それも仕方のないことのように思えた。

「よっ、そこの兄ちゃん!」

 景気のよさそうな声で呼び止められ、最初は自分に声をかけているのだとはわからなかったフリッツはきょろきょろした。

「そこの気のよさそうな兄ちゃんだよ。ほら、あんただあんた」
「え、ぼくですか?」

 まったく面識のない人だった。もしかしたら、さっきのギルドで一連の様子を見られていたのかもしれない。そう思うと、恥ずかしくなった。

「おれたち知ってるぜ。あんたの連れを見かけたんだ。ちっさくてかわいい女の子だろ?」

 その言葉に、フリッツは弾かれたように顔を上げる。

「本当ですか! ルーウィンを見たんですね!」
「ああ。ついてきなよ」

 自分は騙されたんじゃなかったんだ、とフリッツは目を輝かせた。藁にもすがる思いとはこのことだろう。希望を持っていればパーリアの女神は見捨てないものだと、フリッツは嬉々として男たちの後をついていった。今は早くルーウィンと合流して、自分の不安を打ち消したかった。

 男たちがにやりと笑ったことに、フリッツは気がつかなかった。



  

-6-
Copyright ©としよし All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える