【第6章】
【第三話 影武者の依頼】
「おっ、おっ、お目にかかれて光栄でございます、女王陛下!」
フリッツはその場に膝を突いて、情けないほど頭を低く下げた。その場に突っ立っているルーウィンを見て、フリッツは腕を引っ張る。
「ほらっ、頭下げて!」
「えー。自分が尊敬してもいない相手に頭下げるの嫌よ。本当いい迷惑」
「いいから!」
ルーウィンはぶつくさ言いながらも、膝をつくことはなかったが少しだけ頭を下げた。ラクトスも不本意そうにだが頭を軽く首を折る。しかしすぐに顔を上げ、怖気づくことなく尋ねた。
「で、うちのヒーラーに何の用だ? ここが王宮なら、治癒師や医者なら間に合ってるだろ?」
「ラクトス! もう、そんな言葉遣いで!」
フリッツははらはらした。そもそも女王陛下やその側近に自ら口を利こうとは思わない。その上、敬いもへりくだりもしないいつもの言葉で、ラクトスはずけずけと物を言うのだ。しかし意外にも、老人の方がその問いに答えてくれた。
「至極端的に答えると、ティアラ殿には姫様の影武者をお願いしたのだ。もっとも、うちの姫様が首を縦に振れば、の話だが」
「大臣! 余計なことをぺらぺらと部外者に言うものではありません」
女王が声を上げる。彼女の口から出た言葉に、またもフリッツは立ちくらんだ。いやにしっかりとした老人だと思っていたら、まさかそんな身分であったとは。
「だ、大臣! というと、そちらのあなたは」
フリッツは思わず、近くに立つ男の方を見た。フリッツと目が合うと男はにやりと笑った。
「グラッセル王宮近衛兵隊長だ」
「なんてことだ。うぅ、頭が痛い…」
層々たる顔ぶれに、フリッツはまともな挨拶も敬礼も思いつかず、頭を抱えた。ティアラは元々知っていた様子だが、ルーウィンとラクトスはさして動揺はしていないようだった。ある程度の予想がついていたのか、それを知ってなお平然としていられるのかはフリッツにはわからなかった。
「で、なんでティアラなんだ?」
「だから、ラクトス…」
またも平気で尋ねるラクトスに、フリッツは泣きそうな声を出してふらふらと寄りかかった。しかしラクトスは気にも留めない。
隊長は大臣よりは寛大なようで、ラクトスの言葉遣いにも目くじらを立てないで答えた。
「城下街でこの方を見て、一目でわかった。この落ち着いた物腰、上品な振る舞い、間違いなく名のある家柄の令嬢が、周囲の目を欺くために若者たちを護衛につけて旅をしているのだと!」
隊長は話しているうちにその時の興奮を思い出したようで、だんだんと言葉に力がこもっていった。
後半の意見は隊長の妄想に過ぎないが、ティアラが目を付けられた理由はわかった。実際、ティアラは深層の令嬢といっても間違いはない。彼女の振る舞いは確かに奥ゆかしいが、それはラクトス曰くとろいとか鈍臭いとかいう類の言葉で表されるものである。しかし見る人が見ればわかるというのは、まさにこういうことをいうのだろう。
ティアラがフリッツたちを振り返って口を開いた。
「皆さんがそれぞれにお出かけされた後、宿に訪ねてこられてどうしてもと。とても困っていらっしゃるご様子でしたから、わたくしのような者でも力になれればとお受けしたんです。ですが…」
ティアラはその後を話さなかったが、大体の予想はつく。人助けだと思ってなんとかとでも言われ、女王の身代わりになるという話を聞かされていなかったのだろう。
「影武者を立てようとするほど危機感を持ってるの? そんなに物騒だとは思わなかったけど」
ルーウィンが隊長に向かって言うと、隊長は微妙な表情を浮かべた。ラクトスはティアラに向かって言った。
「お前が勝手に協力する分には全く構わないぜ。ただし、なるべく早めにカタをつけろよ」
「ラクトスさん…」
ティアラは不安げな表情で呟く。大臣は三人に向かって言った。
「ティアラ殿がこの仕事を終えるまで、お前たちには大人しく待っていてもらおう。ただし、緘口令を出す。このことは一切口にするな」
「どうせそんなこったろうと思った。なんなら口封じの術をかけてもらってもいいぜ」
大臣に対しても言葉をまったく改めようとしないラクトスに、フリッツは肝の冷える思いだった。このままでは、不敬罪になってしまうのではないかと涙目になる。女王は何も言わずに、椅子の上で成り行きを見ていた。
しかしそんな中、ティアラがおずおずと手を挙げた。
「あの、差し出がましいようですが」
ティアラが言って、皆の視線が彼女に集まった。
「もし仮に、女王陛下がわたくしを影武者にお使いになるというのであれば、わたくしからもお願いがあります。みなさん、どうかわたくしと一緒に行動していただけないでしょうか?」
ティアラはフリッツ、ルーウィン、ラクトスに向き直った。
フリッツはその言葉に目を丸くする。
「ティアラ、これはグラッセルの問題だよ。ぼくたち一介の冒険者が首を突っ込む問題じゃない」
大臣がすかさず口を出した。
「それは無茶です。こんな品のない者どもと、姫の影武者であるティアラ殿が一緒に行動をするのはどう考えても不自然だ。残念ながら、その条件は飲めませんな」
それを聞いて、フリッツは心底安堵した。ティアラには悪いが、こんな心臓に悪い思いはこりごりだった。ここは王宮で、王宮には精鋭の兵士がいる。女王の影武者というのであれば、彼らが護ってくれるだろう。自分たちの出る幕はないのだ。ここは王宮の兵士に任せるべきだろう。国や王宮のことにでしゃばって首を突っ込むなど、フリッツには畏れ多くてとても出来そうにないし、思いつきもしないことだった。
しかし、ティアラは続けた。
「わたくし、このグラッセルへ来たばかりですの。知らない街で見ず知らずの方たちに囲まれてお仕事を引き受けるのは、心細くて。それに影武者というからには、多少の危険はつきまとうということでしょう?」
その言葉に、フリッツははっとした。
「王宮の兵士の方たちを頼りにしていないわけではありません。しかし、命を狙われる役をお受けするからには、わたくしもそれなりに心の準備が必要です。この方々がいれば、わたくしにとっては百人力です。安心して、お役目を引き受けることができます。もちろん、女王様とみなさん、双方の同意をいただかなくてはなりませんが…」
フリッツは、自分が恥ずかしくなった。女王や大臣や近衛隊長や、偉い人間がたくさん出てきてびっくりして、大事なことを見失ってしまっていた。
影武者というのは、単に女王の代わりを演じればいいのではないのだ。要は、『身代わり』だ。女王の身に降りかかる危険を、回避するための手段にすぎない。その手段として、ティアラが抜擢されようとしているのだ。それはティアラに、女王に降りかかるはずだった危険が降りかかることだ。
確かにこれは、グラッセルの問題で、ただの冒険者である自分たちには関係のないことだ。しかし、そこにティアラが関わってしまった以上、それはフリッツたちにとっても無関係なことではない。国の要請とはいえ、彼女がその身を危険に晒している間、自分たちは安全な場所でのほほんと待っていていいのだろうか。
フリッツは、少し離れたところにいるティアラを見た。彼女もまた、不安なのだ。
フリッツが葛藤していると、隊長がぽんと手を打った。
「きみたちはティアラ殿と旅をしておられるのだろう。これもなにかの縁だ。どうだろう、きみたち全員で協力し、我々に力を貸してもらえないだろうか。その間はこちらで食事と寝所の用意をさせてもらうが」
「隊長! なにを勝手なことを」
案の定大臣が食いつき、隊長は苦笑いを浮かべた。しかし隊長はフリッツたちに向き直った。
「ティアラ殿から話は聞いている。きみたち、なかなかの猛者だそうじゃないか。剣士は鞘から剣を引き抜いただけで敵を吹き飛ばし、弓使いが空に向けて矢を放てばドラゴンが堕ち、魔法使いは杖を振り上げると雷鳴がとどろくと聞いていたのだが」
「まったくもって、そうは見えないがな」
大臣が茶々を入れるが、それも仕方のないことだった。ラクトスはため息をつく。
「…いったいあいつの目には、おれたちがどんなふうに映ってるんだ」
フリッツは考えていた。
ティアラは助けたい。しかし、国を巻き込んでの厄介ごとに首を突っ込むなどもっての他だ。
そもそも、平和なはずのグラッセルの女王が影武者を立てようとするほどなのだ。そして貴族の令嬢から影武者を探し出すことはできないという点からも、この仕事には危険がついて回ることは明白だ。しかし、だからといってティアラのだけを危険に晒すことはできない。
フリッツは覚悟を決め、ごくりと唾を飲んで大臣に尋ねた。
「あの、このお話をお断りするということは?」
そもそも当事者の了承もなく、勝手に話が進んでいるのがおかしいのだ。それに最初、女王はティアラを影武者にするのをしぶっていた。ここでティアラが不採用になれば、自分たちもティアラもこの騒動に巻き込まれることはない。
「そうです、わたくしに身代わりなど」
女王は声を上げたが、大臣はそれを制した。
「いえ、これは決定事項です。さきほどはああ言いましたが、姫様のご意思とは関係なくティアラ殿には影武者をしていただく。これは決定事項だ。王家からの要請を断れば、どうなるかわかっておろうな?」
「なによ、偉そうに。やな感じ」
ルーウィンがぼそりと呟いた。
「一応伺ってもよろしいですか? 断れば、どうなるか」
フリッツにしては、食い下がった。ティアラが不安そうにフリッツを見つめる。大臣の表情は重く垂れ下がった眉や髭で読み取れず、それゆえに不気味だった。重々しい口を、大臣が開ける。
「本当に聞きたいか?」
「…いえ、遠慮致します」
しかしフリッツはあっさりと引き下がった。これ以上我を通しては良くないと思った。ティアラがほっと胸を撫で下ろしたのがわかった。断ることは出来ないと、フリッツは悟った。
引き受けるという一択しかないのなら、フリッツたちに残された返事も一択だった。フリッツは隣のルーウィンとラクトスを交互に見た。
「おれは乗ってもいい」
「ご飯出してくれるっていうんなら、まあいっか」
フリッツはルーウィンとラクトスがあっさり承諾したことを意外に思ったが、考えてみればそれぞれ望むものが手に入るのだから、悪い話ではないのかもしれない。ラクトスはおそらく出されるであろう報酬に、ルーウィンは王宮での寝食に釣られたのだ。
「ティアラ一人を危険な目に遭わせたくはありません。なんとかぼくたちも、傍に控えさせていただくことは出来ないでしょうか。武器はなくとも構いません、小間使いで結構です。お願いします」
フリッツは覚悟を決めて、女王に向かって頭を下げた。ほぼ同時に、大臣の怒鳴り声が飛んだ。
「黙っていればいい気になりおって! お前たち、分を弁えよ! 女王陛下の影武者など、光栄に思うのが当然、その上条件まで提示してくるとは」
フリッツはびくりと肩を震わせた。老人にしては、大した迫力だった。
見かねた隊長が助け船を出す。
「王宮内の者でなく、外部の者にしか出来ない仕事もあるでしょう。なにより、ティアラ殿を見出し、この話を持ちかけたのは自分です。彼女のささやかな要望くらい、叶えてあげるべきではないでしょうか」
「隊長! お前もわからない男だな。そうやすやすと外部の者を王宮に入れてどうする。もし万が一女王陛下の身になにかあれば、ただでは済まないぞ!」
大臣の言うことは最もだった。しかしここで、隊長に負けられては困る。
不安げに佇むティアラをよそに、大臣と隊長の口論は始まった。フリッツたちは大人しくそれを見守り、女王もどうしようか考えている様子だった。
しかしその時、荒々しくドアノッカーが響いた。こちらが返事を返す前に、恐る恐る伝令が扉の隙間から顔を覗かせる。
「なんじゃ! ここは謁見室だぞ、場所をわきまえろ」
大臣が噛み付いて、伝令は思わず首をすくませた。
「申し訳ございません。失礼は重々承知です。しかし、緊急の知らせで」
伝令は扉の隙間から身を滑り込ませ、ひそひそと大臣に耳打ちした。大臣は顔色を変えた。
「なに、アーサー=ロズベラーの親族が訪ねてきたとな。すぐに探せ。やつの居所は知っていそうだったか?」
フリッツの表情は思わず強張った。
まさかここで、こんなときに兄の名前が出てくるとは思いもよらなかった。隣からさりげないルーウィンの視線を感じる。
目を合わせると、ルーウィンは頷いた。
「あ、あのう…」
フリッツは控えめに手を挙げた。
「その、アーサー=ロズベラーというのは、カヌレ村出身の剣士のアーサーでしょうか?」
フリッツは恐る恐る隊長に尋ねた。隊長は大臣との言い合いで眉間に皴を寄せていたが、アーサーという名を聞くと顔を明るくした。
「おお、さすがだな。アーサーの名は、お前のような田舎の剣士にも知られているのだな」
「はあ」
フリッツは、どう思う? とラクトスに視線を送る。ラクトスは首をかしげた。ここでアーサーの名が出てきたのが、吉と出るか凶と出るかはわからない。しかし、黙っていてもいずれ見つけ出されてしまうだろう。そうなれば話がややこしくなる可能性はある。
フリッツは腹を括った。
「ぼくがその、兄を尋ねた親族なのですけれど」
その言葉を聞いて、隊長と大臣が、大臣と女王が目配せをした。
不思議な沈黙があった。
フリッツは目だけを動かし、三人の様子を窺った。しかし、彼らの考えは表情からは読み取れなかった。
水を打ったような空気の中、女王は言った。
「アーサーがここにいた頃、彼にはだいぶ世話になりました。どうでしょう、大臣。ここは一つ、アーサーに免じて彼らがティアラさんと行動を共にすることを認めては。わたくしも、彼女であれば頼みたいという気になりました」
「…姫様がそうおっしゃるのなら。仕方がありませんね」
それを聞いて、ティアラの表情がぱあっと明るくなった。フリッツもほっとして息を吐く。隊長が咳払いをして、喉の調子を整えた。
「そうと決まれば、話を進めさせてもらおうか。最近グラッセルの治安を乱す、不逞の輩が出没している。我々は、その怪事件の犯人を捕まえようとしている」
ティアラも口を開いた。
「最近、グラッセルの城下町で若い女性がかどわかされるという事件が多発しているそうなのです。夜の警備を厳重にしているそうなのですが、それでも攫われる女性は後を絶ちません。
闇の組織の仕業とも、悪魔の所業とも言われているそうなのですが、王宮の方も困っているそうなんです」
次いで大臣も話を始めた。
「この街も以前は夜も賑わいを見せていたのだが、最近では事件のことが陰を落とし、めっきり沈んでしまうようになってしまった。今はまだ昼日中の被害は出ておらぬが、このままではいつそういったことが起きるやも知れぬ。
このままでは民も不安であろうし、事態を収められない国の不信感にも繋がりかねない」
「なるほどな。それで、具体的におれたちはどうしたらいいんだ。こっちで勝手に動くわけにもいかないだろう」
ラクトスが訊くと、隊長が答えた。
「それはこちらから指示を出す。もうすぐ夕暮れだ、ゆっくり休んでいくといい」
フリッツは慌てて言った。
「あの、ぼくたち城下に宿をとってあるんですけど」
「逃げられては叶わんからな。王宮の一角に部屋を設ける。荷物はすぐに運び込ませよう。もう下がるがよい」
大臣が言って、隊長がフリッツたちを退室するように促した。もちろん、ティアラも同様に。このやたら緊張する部屋からやっと出られると思って、フリッツはひどく肩の力が抜けていくのを感じていた。
四人が退出し、隊長もそれについてった。謁見室には、女王と大臣だけが残った。大臣は自分の髭を弄びながら言った。
「アーサー=ロズベラーの弟か。あの様子では、行き先は知っていそうになさそうですな」
「しかし引き止める価値はあるかも知れません。しばらく、様子を見ましょう。それよりも」
女王は脚を組み直して、天井を見上げた。
「あの者。ラクトス、といいましたね」
「そうでしたかな。それがどうかなさいましたか?」
大臣は怪訝そうに女王を見上げた。
「いえ、どこかで聞き覚えがあるのです。魔法使いで、ラクトス…」
女王は首を傾げて、自分の記憶を探った。
「みなさん、本当にありがとうございました!」
フリッツとラクトスにあてがわれた一室で、ティアラは満面の笑みを浮かべた。今すぐに影武者をして欲しいというのではなく、必要な時にということだった。
貴賓室とまではいかないものの、フリッツたちに与えられた部屋はそのあたりの宿屋とは桁違いだった。無駄な装飾はないものの、置かれた調度品のものの良さは比べ物にならない。すでにルーウィンはソファに座り、脚を組んでくつろいでいる。
「本当に、あんたは厄介ごとを持ってくる天才ね」
「すみません。最初は少しお手伝いをするという話だったのですけれど、実際に女王様の衣装を着てみたら隊長さんも大臣様もすっかりその気になってしまって。まさかこんなことになるなんて思わなかったんです。ことが終わるまでは皆さんのところへ帰してくださらないと言うし、それでつい逃げてしまったんです」
「お前に逃げられるなんて、ここの兵士も大したもんじゃねえな」
ラクトスが呆れて言った。それは確かにそうだと、フリッツも苦笑する。
「まあ、いいわ。どこまで待機で、どこまで協力させられるかわかったもんじゃないけど。あんた一人ここに置いてくのも気が気じゃないしね」
「ルーウィンさん!」
ティアラは瞳を輝かせてルーウィンの手をとった。はいはいと、ルーウィンは軽く返しているが、おそらくまんざらでもないのだろう。
それを見て、フリッツは眉を寄せた。こんなに喜んでいるティアラを見て、引き受けて良かったという安堵と、同時にもっとすぐにでも安心させてあげれよかったという後悔が湧いてきたのだ。
「ごめんね、ティアラ。ぼく、すぐにいい返事が出来なくて」
フリッツに向き直って、ティアラは首を横に振った。
「突然のことでしたもの。しり込みしてしまうのは当たり前ですわ。むしろ謝るのはわたくしのほうです。わたくしこそ、みなさんを巻き込んでしまったのですから」
「そんなことない。それにティアラが困ったら、協力するのは当たり前のことだよ。ぼくらは一緒に旅をしているんだから」
フリッツが笑うと、つられてティアラも微笑んだ。
「それによくよく考えてみたら、王宮に入るなんてなかなか出来ない経験だよね」
フリッツは歯を見せて笑った。今腰を掛けているベッドは、座っているだけでも夢のような心地だ。きっとガチョウの白い羽がこれでもかといわんばかりに詰められているのだろう。
ルーウィンは言った。
「あれだけビビってたあんたが言うか。まあ、好都合じゃない? 王宮でお兄さんのことを知ってるやつがいるかもしれないわよ。動けるようになったら、探してみたらいいじゃない」
「そうだね。でも…」
アーサーの情報は、是非とも知りたい。しかし、フリッツは伝令がやってきたときのことを思い返した。ラクトスと目が合い、頷いた。彼もまた同じ考えだろう。
「あいつらは知らないみたいだったな。むしろ、知りたいと思ってるだろう」
「それだけお兄様が優秀だったということですわ。きっと機会があれば、また戻ってきて欲しいと考えられているのでしょう。お兄様の名前が出てきたお陰で、みなさんもこうして協力していただけることになりましたし」
ティアラが嬉しそうにし、フリッツも顔を上げた。
「そうだね。兄さんに感謝しなきゃ」
しかし、ラクトスがすかさず一言付け加えた。
「そのお陰で、おれたちまでこの騒動に付き合わされることになったんだがな」
「「…すみません」」
フリッツとティアラは二人揃って小さくなった。
「まあなんにせよ、あちらさんから指示があるまでは、おれたちは身体を休めておこうぜ。せっかくこんな豪勢な部屋があるんだしな」
「それもそうね。行くわよティアラ、あたしたちはひとまず引き上げましょ」
ルーウィンとティアラは二人の部屋へと戻っていった。女性陣が居なくなって、フリッツはベッドに大の字になって倒れこんだ。
「疲れたあ」
「そんなにか?」
平気な顔をしているラクトスに、フリッツは恨みがましく視線を向けた。
「そんなにだよ。ラクトスもルーウィンも、偉い人に対して全然敬語使わないから、はらはらし通しだったよ」
「悪ぃ。育ちが良くないもんだから、そういうの知らねえんだ」
ラクトスは椅子に腰掛け、荷物を解き始めた。杖を立てかけさせて、ごそごそと荷物を探る。
「それにしても、グラッセルか…」
「何か言った?」
転がったままのフリッツが訊ねて、ラクトスは苦笑する。
「いや、ずいぶん遠くまで来たもんだなと思ってな」
ラクトスはそう呟いて、窓の外の景色を見やった。