小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【第6章】

【第十二話 ゴーレム】

 一方、ティアラたちの囚われている部屋に身を隠していたフリッツは、見張りの隙を突いて娘たちの捕らえられている檻に近づいていた。

「…ティアラ!」

 フリッツは小さな声で呼びかける。それに気がついたティアラが、顔を明るくして格子に飛びついた。

「フリッツさん! …まあ、どうしましたの、そのお顔。悪戯書きでもされたのですか?」

 化粧が取れきれていなかったらしい。フリッツは苦笑いを浮かべた。
 ティアラが元気そうでなによりだが、その安堵に浸っている場合ではない。いつ見張りが檻の前に戻ってくるかもわからないのだ。

「とにかく、ここを出るよ。鍵の在り処なんて、わからないよね」
「いえ、あるにはあるのですが…。フリッツさん、戻って!」

 ティアラに促されるままに、フリッツは先ほどまで潜んでいた物陰へと逃げ戻った。
 黒っぽい服を着、黒い腕輪を嵌めた男たちが檻の錠を外す。中にいた娘たちは無理やり立たされ、ティアラも一緒に檻の外へと出される。彼女たちの足首には鉄製の輪が嵌められており、それらは鎖で四人の少娘たちを繋いでいた。一人では逃げられないようにしてあるのだ。

(…酷いことを)

 フリッツは唇を噛んだ。しかし、情けないことにどうすることもできなかった。
 フリッツが今持っているのは刃渡りがせいぜい剣の三分の一ほどしかないナイフだった。スカートの中に隠すには、これが限界だったのだ。いつも使っている木製の剣も錆びた真剣も、どちらも持ち込むことは出来なかった。対して、男たちは槍や剣を持っている。いくらアーノルド流の強みがその小回りにあるとはいっても、フリッツの得手はあくまで剣であり、ナイフではない。仮に懐に入り込めたとしてもナイフでは満足に戦えない。やられてしまってじゃ特攻をする意味がない。少女たちが連れて行かれるのを、フリッツは黙って見ているしかなかった。
 少女たちは檻から出され、床に直接描かれている魔法陣の前に連れて行かれた。大きな円の中に五芒星が描かれ、その頂点にまた小さな円が描かれている。男たちは、その中にそれぞれ怯える娘たちを配置させた。

「…これは、ずいぶんと物騒な魔法陣なのではないですか」

 ティアラは自分を引っ張る男に尋ねたが、男は笑っただけでなにも言わない。
 フリッツは離れていたが、ティアラがそう言っているのが聞こえた。魔法の心得のないフリッツには、その文様がなにを示しているのかがわからず、その魔法陣が何のためのものなのかわからない。しかし、そこに人を配置する意味。それはおそらく察するに、生贄だろう。彼女たちの命を捧げて、なにか邪悪な魔法を生み出そうとしているに違いない。
 娘の納まる円はあと一つ空いている。おそらくその空白は、フリッツが逃げたために出来たものだ。それならば、五人目の娘がいなければこの禍々しい魔法が発動することはない。しかし、あと一人揃う目処が立ったからこそ、見張りたちは娘たちを外に出したのだろう。時間はあまり残されてはいなかった。

「おい、先ほどの女王の偽者はどうした!」
「それが、ルビアス様がまだ…」
「馬鹿野郎! さっさと連れ戻しに行け!」

 男たちのやりとりが聞こえる。フリッツは少しほっとした。女王の偽者の娘はいない。元々娘などではないのだから、仮にフリッツが見つかったとしても生贄としては使えないだろう。男たちがこのまま五人目を揃えられないことをフリッツは願った。
 しかしその時、どこからか人一人ほどの大きさの光の玉が飛んできた。一つ、そしてまた一つ。二つの光の玉は地面に着地し、静かに消えた。そこから姿を現したのはルビアスと、ぐったりと地面に倒れこんだシェリア女王だった。フリッツは思わず声を上げそうになった。
 まさかここで本物のシェリア女王が連れてこられてしまうとは思いもよらなかった。

「お待たせえ。上玉、確保してきたわよ」

 ルビアスは部下の男たちに軽い調子で声をかけた。波打つ紅い髪の娘を見て、男たちは思わず狼狽する。

「こ、これは。本物のグラッセル女王では」
「生贄としちゃ申し分ないでしょ。ほらほら、敵の勢力も近づいてるし早くしなきゃ。クリーヴくん、だったっけ? すぐにやれる?」
「もちろんです、ルビアス様」

 暗い通路からクリーヴが現れた。またもフリッツは驚いた。やはりクリーヴに会ったことをすぐにラクトスに知らせるべきだったのだ。様子からして、クリーヴが漆黒竜団(ブラックドラゴン)側の人間であることは間違いないだろう。しかし、それにしてはかなり体力を消費しているようだった。頼りない足取りのクリーヴに、ルビアスは顔を覗きこんだ。

「あらら、大丈夫? さっきの目つきの悪い子との戦いで、だいぶ体力を削ったみたいね。かわいそうに」
「…大丈夫です。まだ、やれます」

 その声はとても大丈夫という様子ではなかった。しかしその言葉をわざと鵜呑みにし、ルビアスは顔を明るくする。

「あら、そう? じゃあ、頑張って!」

 ルビアスは男たちに視線を送ると、男たちはシェリア女王を無理やり立ち上がらせた。そして五つ目の円に彼女を配置した。
 フリッツは焦った。ティアラも今では手足の自由を奪われ、召喚術などとても出来そうにない。ましてや時間のかかる召喚術を、複数の人間が見張っている中で完成させることなどできるはずかない。今この場で動けるのは、フリッツだけだった。しかし、下手に出て行けば捕まってしまう。それでは結局魔法は完成され、娘たちが生贄になるのに変わりはないのだ。

 クリーヴは荒い息を吐きながら、魔法陣の前に立った。魔法陣の真ん中には、なにやらよくわからない大量の土くれのようなものと、完璧な球体をした宝玉があった。以前ラクトスがコアと呼んでいたものだ。
 三人の攫われてきた娘たちはこれから起こることに怯え、ティアラはじっと佇み、シェリア女王は倒れていた。魔法陣の周りにはルビアスを筆頭に、数人の団員たちがいる。おかしな動きをすればすぐに捕まるだろう。彼女たちには、もはやどうすることもできなかった。
 クリーヴは杖を構えた。そして詠唱に集中するため、目を閉じた。

(…仕方ない!)

 フリッツは、物陰から飛び出した。

「侵入者だ!」
「一体どこから!」

 男たちが口々に叫んだ。どうしようもなかった。フリッツはクリーヴ目掛けて突っ込んでいった。やはりこのまま、何もせず黙って見ているわけにはいかない。クリーヴは突然のことに驚いて目を開けたが、フリッツの動きはすでにルビアスの視界に入っていた。彼女がパチンと指を一つ鳴らすと、近くにいた男がフリッツに襲い掛かる。フリッツはナイフを構えた。しかし、研ぎ澄まされた刃を前にフリッツは一瞬思考を停止させた。ナイフと剣では渡り合えない。やるなら懐に飛び込んだ瞬間に、その歯を相手の身体に突き立てなければ。
 その躊躇いがあった時点で、完全なフリッツの敗北だった。フリッツはその隙をつかれて男に先に剣を突きつけられた。団員の男と目が合うと、男は不気味ににやりと笑った。
 しかしそれをルビアスが見咎める。

「こらこら、無駄な殺生はしない。せっかくのショーなんだもの、みんなで楽しくやらなきゃだめよ」
「…命拾いしたな、小僧。だが、終わりを迎えるのが少し遅くなっただけだ」

 男はそう言って、他の男と共にフリッツを取り押さえた。フリッツは奥歯を噛んだ。
 クリーヴは一度ちらりとフリッツを見たが、そもまま詠唱を続けた。魔法陣が紫に発光を始めた。文様に光が走り、大きな円を光が満たす。娘たちはその禍々しさに恐怖に慄いた。小さく悲鳴を上げる娘もいた。
 そして、眩い光が放たれ、真っ白になった。
 フリッツが次に目を開くと、娘たちは糸の切れた人形のように動かなくなっていた。それを見て、フリッツの顔から一気に血の気が引く。

「ティアラ! しっかりして!」

 声を出すと、男にきつく締め上げられた。フリッツは目を見開く。ティアラもうつぶせになって倒れており、他の娘と同様動かなくなってしまった。
 魔法陣の真ん中に配置された土くれがカタカタと音を立て始める。そしてそれは、ふわりと浮かび上がった。何かの意志が働いているかのように、土くれは少しずつ順を追って宙に浮いていく。フリッツは驚愕し、男たちも何か不気味なものを感じながらその光景を見ていた。
 みるみるうちに土くれは人の形へと近づいていく。しかし、それは巨大だった。人の二倍、いや三倍はあろうかという巨体だ。クリーヴは落ち窪んだ眼を狂気に光らせ、口を半分だらしなく開けたまま声を立てて嗤った。

「やった! 出来た! ぼくはやり遂げてみせたんだ!」

 クリーヴの高笑いが不気味に広間にこだました。そうしている間にも、土くれはどんどん肥大していく。その輪郭は次第にはっきりとしていき、不恰好なヒト型を形成した。

「さあ、グラッセルを更なる恐怖ですくみあがらせてちょうだい」

 ルビアスが紅い口元を吊り上げながら満足げに微笑んだ。最後にコアが浮かび上がり、土人形の胸部に嵌った。そして、コアは紫色に輝いた。
 土人形、ゴーレムに、造りものの魂が吹き込まれた。







 ゴーレムとは、伝説上の動く泥人形のモンスターだ。
 土くれや粘土で作られた器としての身体に、術者が命を吹き込むことで稼動する。魔力を注ぎ込む際その質量は大きく肥大し、巨人かと思えるような大きさに生成される。術者の意のままに操ることが出来るというが、それを実現させるにはかなりの精度の魔法が必要である。そしてその精度を高めるために、娘たちはその身を捧げさせられたのだ。
 目の前に生み出されたゴーレムは巨大だった。ゴーレムはゆらりと、一歩踏み出す。あっけにとられていた漆黒竜団の男たちは、思い出したかのように歓声をあげた。クリーヴも満足そうに笑みを浮かべている。
 
「ゴーレムの完成だ! これでグラッセルは終わりだ!」

 フリッツを捕えている男が唾を撒き散らしながら叫んだ。
 しかし、ゴーレムは不審な動きをみせた。ぶるぶると腕を震わせ、見るからに重量のありそうな腕が振り上げられる。男たちはおお、と歓声を上げた。だが次の瞬間、その拳は団員の男の一人を目掛けて振り下ろされた。
 男は、潰されてしまった。
 ゴーレムの巨大な拳の下から、男の腕がはみ出していた。その手はしばらく痙攣したように震えると、ゴトリと音を立てて地面に落ちた。
 団員たちに沈黙があった。フリッツは息を呑む。ルビアスはそれを見てため残念そうに息をついた。

「あらら。まさか、制御利かない感じ?」
「…そんな。そんなはずは」

 クリーヴは目を見開き、口も半開きで腑抜けた表情に怯えが入り混じっていた。ゴーレムもクリーヴも、使い物にならないと判断したルビアスは静かに嗤う。

「だめねえ、クリーヴくん」

 ゴーレムは再び動き出した。
 男たちは声を上げて逃げ回る。恐怖を浮かべて逃げ惑う者を標的に定めたゴーレムは物言わず動き始めた。男たちの後をゆっくりと巨体が追い、なりふり構わずその拳を振り下ろす。広間の柱も巻き込んで、何本かが豪快な音を立てて圧し折られた。折れた柱の下敷きになった者もいた。
 ゴーレムは土煙を立て、柱を壊しながら広間を出て行った。後には瓦礫の山と負傷し怯える団員が残され、いつのまにかルビアスは姿を消していた。
 あまりのことにあっけにとられていたフリッツだったが、これで邪魔をする男たちはいなくなった。
 フリッツは魔法陣の中で倒れているティアラに駆け寄った。

「ティアラ!」

 フリッツはティアラを揺さぶる。しかし間も無く、ティアラは瞼を動かし、ゆっくりと目を開いた。

「…フリッツさん」
「大丈夫? これ、少しだけど」

 フリッツはポケットから小瓶を取り出した。なけなしの回復薬だ。フリッツはコルク栓を抜いて、身体を半分だけ起こしたティアラの口に流し込む。ティアラは回復薬を少しだけ口に含んだ。

「ありがとうございます。あとは皆さんに」

 フリッツは驚いた。ティアラにと思って持ってきたものだった。こんな少量の薬を分け与えるとは思っていなかった。しかし他の娘たちもぐったりとしたままであり、そこにはシェリア女王もいた。フリッツはティアラの意向通りにすることにした。

「大丈夫です、なんとか立てそうですもの。ゴーレムの召喚が不完全だったために、わたくしたちは無事だったのでしょう。さあ、あれを止めないと」

 ティアラは重い身体をゆっくりと起こす。それを支えながら、フリッツは目を丸くした。

「…と、止めるの? あれを」
「あれには良くないものが入っています。魔法を使う人間の端くれとして、それはわかりますわ。それにグラッセルの都へあれが出て行っては大変です。そうなる前に、なんとか止める手立てを考えなければ」
「よお、無事だったか。潜入ご苦労さん」

 二人の背後から声がした。聞き馴染んだその声に、フリッツは顔を明るくする。しかしその姿を確認して、フリッツは思わず声を上げた。

「ラクトス! どうしたのその格好、ぼろぼろじゃないか」

 ラクトスは目立った負傷はなかったが、ローブの劣化具合と彼の杖を支えにしている様子から残された体力はわずかであることがわかる。

「話は後だ。あれを止めるぞ」
「ええ、ラクトスまで!」
「あれを放っておいておれの仕事の話がまとまるかよ。見ちまった以上、仕方ない。姫さんもそこにいることだしな。ありゃクリーヴの野郎ぶっ潰しても無駄だろう。術者から対象が完全に独立してる」

 ラクトスは放心状態で立ちすくんでいるクリーヴを見て言った。

「ラクトスさん」

 ティアラは呼びかけると、ラクトスに両手をかざした。ティアラも召喚術の生贄として体力を吸われ、相当な消耗をしているはずだった。しかし、彼女はラクトスに回復魔法を施す。魔法の光が収まると、ラクトスは体力がやや回復したのを感じた。

「悪いな、恩に着る」
「もしかすると、ここで頑張るとラクトスさんがグラッセル王宮で働けることになりますか?」
「意外に物分りがいいな、お前」

 それを聞いて、ティアラは笑った。

「そうとわかれば、張り切らなくては」

 ティアラはシェリア女王の元に行き、彼女にも回復魔法をかけた。ほどなくシェリア女王は目を覚ます。ラクトスはしゃがみこんで、まだ立てずにいるシェリア女王に視線を合わせた。

「おれたちはあれを追う。王宮への抜け道があるんだろ? 他のやつらを連れて戻ってくれ。頼めるか」
「…ええ、わかりました」

 シェリア女王は額を押さえながら、それでも確かに頷いた。しかしその表情にはまだ活気はなく、彼女一人に娘たちを任せるのには少々頼りない。どうしたものかと、ラクトスは顎に手を当てて思案した。

「護衛なら引き受けるわよ。あれ、あたしちょっと遅刻した?」
「ルーウィン!」

 遅れてルーウィンが姿を現し、フリッツは声を上げた。ラクトスは呆れてため息をつく。

「お前なあ、まだこっちに犠牲者がいないからいいようなものを」
「悪かったわよ。女王様だけじゃ心許ないでしょ、あたしがこの子達を王宮まで送るわ」
「よし、決まりだな」

 ルーウィンはシェリア女王につき、フリッツ、ラクトス、ティアラの三人はゴーレムを追う。フリッツは思わずため息をついた。ラクトスの就職活動に手を貸すことには依存はないが、あの不気味なゴーレムに向かわなければならないと思うと身震いがする。ラクトスはフリッツに言った。

「そんなに嫌なら残るか?」
「ぼく一人でここに残ってどうするのさ。行くに決まってるよ」

 フリッツの弱々しい答えに、ラクトスはにやり笑った。そんなフリッツを見て、安心させるようにティアラはそっと微笑む。

「大丈夫ですよ、フリッツさん。一緒に頑張りましょう」
「きみたちはそう言うけど、ぼく前衛なんだけどなあ…」

 フリッツは恨めしそうに呟いた。闘うとなれば、気味の悪いゴーレムに直接向かっていくのはフリッツになるからだ。ラクトスはフリッツの背中をバンバンと強く叩いた。

「まあそう言うなよ。あとでがっぽり賞金貰えるって。やるだけやろうぜ」

 フリッツは大きくため息をついた。

「わかったよ。行こう」

 そして三人は、ゴーレムが消えた通路を走った。





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