小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【第6章】

【第十三話 王宮地下での攻防】

 ゴーレムは生成魔法陣のあった部屋を離れ、その巨体は通路を進んでいた。
 歩みの速さは人間とほぼ変わらないか、むしろ少し遅いくらいだが、その一歩が大きい。動きはお世辞にも滑らかとはいえなかったが、拳を一振りするだけで多大な被害が及ぶ。
 石造りの支柱を何本壊しても欠けることのないその強靭な拳。顔のない土人形はその器に命だけを吹き込まれ、当てもなくふらふらとさ迷い歩いていた。
 部屋から抜ける通路の天井が低く、直立歩行のままでは通れないと判断すると、ゴーレムはゆっくりと四つん這いになり身体を丸めた。すると、その手足は胴体に飲み込まれ、ただの巨大な土の塊となった。土の球体は高速で回転を始め、狭い通路に飛び込んだ。通路はその質量を飲み込みきれず、高速の土の玉によって無理にこじ開けられていく。石畳が敷かれ、天井もしっかりと補強されていた通路は、ゴーレムの通った後は土がむきだしのトンネルになった。そして別の部屋に出ると、再びゴーレムの四肢は胴体から分離し、何事もなかったかのようにのっそりと歩き始めた。
 ゴーレムの通った通路を前にして、フリッツたちは唖然とした。

「…まじかよ」

 ラクトスは思わず呟く。先ほどラクトスも通ってきた通路は、ただの洞穴と化していたのだ。驚かずにいられなかった。

「これ以上先に進まれたら大変です。急ぎましょう」

 ティアラに言われて、ラクトスは頷く。気乗りのしないフリッツは、ティアラに腕をつかまれて引きずられるように走った。






 王宮地下入り口の広間にて、グラッセル兵と漆黒竜団の戦いは続いていた。床にはすでに何人かの体が転がされている。剣と剣のせめぎ合い、魔法と魔法のぶつかり合い。詠唱中に後ろから敵に斬りかかられる者、またその者を別の魔法使いが放った魔法が襲い、その魔法使いも別の剣士に狙われる。一対一、一対複数、はたまた通り魔的に近くにいる敵を手当たり次第攻撃する者もいる。
 そこはまさに怒号の飛び交う戦場だった。
 隊長がロングソードを振り下ろすと、漆黒竜団の男はその場に崩れ落ちた。隊長は息を吐いて、辺りを見やる。思ったほど戦況は良くなかった。漆黒竜団の戦闘員はは奥のほうから、次から次へと沸いてくるのだ。実力はグラッセルの方が上だが、これではキリがなかった。
 隊長はふと、カタカタと音がするのに気がついた。不審に思って足元を見る。近くに倒れている団員のナイフが、地面の上で小刻みに震えているのだ。
 その震えは止むことはなく、むしろ大きく震え始めた。そしてそれとともに、ズシン、ズシンと、なにか重たい質量が近づいてくるような気配がする。隊長は嫌なものを感じた。
 そして思わず、声を上げた。

「な、なんだ。これは…!」

 そして広間の向こうから、それはやってきた。
 壁の崩れる轟音と盛大な土埃と共に、ゴーレムが姿を現したのだ。








 フリッツ、ラクトス、ティアラの三人はついに標的のゴーレムに追いついた。

「うぅ、とうとうここまで来ちゃったよ…」

 フリッツはラクトスの持ってきた二本の剣を装備していた。木製の愛剣は腰に、もう一方の錆びた真剣は背に。
 グラッセル兵と漆黒竜団が戦いを繰り広げる中、ゴーレムは迷わずそこへと飛び込んでいった。巨大なゴーレムの出現に、戦っていた人々は敵味方関係なく恐怖を抱く。目の前の敵と命の取り合いをしている最中に、突然の乱入者が現れたのだ、動揺するのも無理はなかった。
 ゴーレムがその巨大な拳を振り上げると、どちらの戦闘員も敵に背中を見せて退却した。そこに一振りが落とされる。大きな窪みを作ったその威力に、兵士も団員も思わず息を呑む。

「おい、これはどういうことだ!」
「このモンスターはなんなんだ!」
「ゴーレムはおれたちの味方じゃなかったのか?」

 グラッセル兵も漆黒集団も口々にそう叫んだ。これはもはや、小さな人間とちまちま戦っている場合ではないと、その場にいる誰もが悟った。この巨大な物言わぬ乱入者に、いかにして潰されないか。それが何よりも優先する事項となったのだ。

「なるほどな。あれがクリーヴの造ったゴーレムか」

 ラクトスはゴーレムの姿を見て言った。
 それを聞いてティアラは「ラクトスさんはどなたかとお知り合いなのですか?」と尋ね、フリッツは「そんなところ」と答えるだけに留めた。ラクトスとクリーヴとの因縁は、話せば長くなる。
 ラクトスは鼻で笑った。

「ずいぶんとお粗末だな。フレイムバーンはなかなか良かったのに、こっちは期待ハズレだ。おれだったらもっと上手くやるぜ」
「もう、ラクトスさんったら。完璧な成功でなかったから、わたくしたちは無事だったのですよ?」
「そうだな。これが成功してりゃ、今頃お前なんか骨と皮だけのミイラになってたはずだしな」
「そんなダイエットは嫌ですわ」

 ティアラは頬を膨らませた。緊張感のないそのやり取りを見て、フリッツは苦笑する。

「ラクトスもティアラも、ずいぶん落ち着いているんだね」

 広間は阿鼻叫喚で満たされており、自分たちはそこへ好き好んでわざわざ赴くつもりなのだ。フリッツとしては、王宮の兵士も来ているし、ティアラを救い出したのだから自分たちの役目は終わったと思っていた。
 しかし広間のこの混乱を見る限り、一度隊列を乱してしまった王宮兵士たちが落ち着きを取り戻すのには少し時間がかかるだろう。それどころか、この地下空間からゴーレムを出さないようにするのも難しいのではないかと思われてきた。
 それなのに、二人は少しも怖がってはいないように見える。ティアラはフリッツを見て微笑んだ。

「あら、これでも先ほどまでは寂しい思いをしていたのですよ。みなさんと離れ離れになって、とても心細かったですわ。けれども、今はフリッツさんもラクトスさんも一緒にいてくれます。不思議と、なんとかなりそうな気がしてくるのです。ルーウィンさんもいらっしゃれば、もっと心強いのですけれどね」
「…ティアラ」

 フリッツは瞳を輝かせた。一緒に居てくれるから心強い、怖くはないと言われたことが心に染みた。なんと嬉しい言葉だろうと、フリッツはその余韻を噛み締める。

「ま、おれが落ち着いてるのは、単に自分が後衛だからだけどな」
「ラクトス…」

 フリッツは思わず肩を落とした。二人の答えは、あまりにも極端すぎる。フリッツの様子を見てラクトスは少し笑ったが、すぐに真面目な表情になった。

「さて、どうやってあいつを倒すかだが。まずはあいつの動きを弱める。その上で胸のコアを叩き割れば停止するはずだ。ピンピンしてる状態じゃ近づくのは無理だろうから、弱らせるのはおれとティアラでやる」
「でも、それじゃあ肝心のコアは」
「もちろん、物理攻撃に頼る。最終的には、直接懐に飛び込んでくれ」

 ラクトスはにやりと笑ってフリッツの肩に手を置いた。フリッツはさっと目を逸らした。

「無理です」

 視線を外して即答したフリッツに、ティアラは困ったように首をかしげる。

「何を言っているんですかフリッツさん。やる前からそんな弱気ではだめですよ!」
「そうだ。こいつを倒せばおれの内定の確立もぐんと上がるってもんだ。頑張ろうぜ!」
「…でもぉ」

 フリッツはそれでも食い下がった。あんな大きな、しかも得体の知れないモンスターと真っ向勝負なんて、出来れば遠慮したいところだ。正直なところ、今でも早く王宮の兵士たちが形勢を立て直すことを期待している。しかし、残念ながらそこにはまだ至らない状況だった。
 ラクトスは腕を組んだ。

「おれはクリーヴと闘りあってこんなだし、ティアラだって生贄になって疲れてる。今日まだいいとこなしなの、お前だけだからな」
「一番屈辱的な役割押し付けたくせに!」

 まだ少しきらきらしている瞼を吊り上げて、さすがのフリッツも思わず叫んだ。
 ゴーレムの首が、ぐるりと一回転した。
 フリッツはしまったと口を押さえる。今の大きな声で、ゴーレムがこちらに気がついたのだ。ゴーレムの首だけが不気味に、不器用にフリッツのほうへと向いている。

「よし、丁度いいな。四の五の言わず、とっとと行った!」

 フリッツはラクトスに背中を押され、柱の影から押し出された。グラッセル兵と漆黒竜団の間にいたゴーレムは、ゆっくりとフリッツのほうに向かってくる。のっぺらぼうのゴーレムの顔に目などついているはずもないが、なぜかフリッツは目が合ってしまったかのように思えた。

「…ど、どうも」

 フリッツは凍りついた笑みを浮かべた。
 そしてフリッツとゴーレムの、命がけの追いかけっこが始まったのだ。







 ゴーレムに標的と認識されてしまったフリッツは、ひたすら逃げた。フリッツは必死になって走っているが、もともと運動は苦手であるため、いつまでたっても両者の距離が開くことはなかった。ゴーレムはフリッツを追い、一定の間隔で拳を振り上げ、地面に叩きつける。

「うわああ!」

 それをフリッツは叫びながら、なんとか避ける。そして地面に空いた大穴を見て、身の毛がよだった。しかし恐怖に囚われている暇などなく、ゴーレムは再びフリッツを襲う。フリッツは声を上げて逃げる。その繰り返しだった。
 フリッツは命がけだが、はたから見ているラクトスとティアラにとっては単調で、上手く逃げているように見えていた。ラクトスとティアラは柱の影に身を隠し、フリッツを追うことに集中しているゴーレムを観察する。

「行動パターンを分析したい。所詮は土人形。いくら魔力が流れているからといって、そんなに細かくバリエーションに富んだ動きは出来ないはずだ。あの巨体もあって、体も自由には動かないだろう。少し動きを見る時間があれば、それなりに読めてくるはず」
「でも、フリッツさん、大丈夫でしょうか?」

 ぎゃあぎゃあ叫びながら逃げ回るフリッツを見て、ティアラは心配そうに言った。遠くから見ているだけではなく、もちろん万が一のことがあれば魔法で対応しようとは思っている。
 しかしラクトスは平気な顔をしていた。

「あいつの逃げ足の速さと、攻撃を避ける敏捷さはなかなかのもんだ。あれだけぎゃあぎゃあ言いながら走り回ってるうちは、まだ余裕あるだろ。おれたちは、そのうちに倒す方法を考えねえとな」
「でも、倒し方がわかっても、それが実行できなければ意味がないよね」

 その声を聞いたとたん、ラクトスの表情は険しくなった。別の柱の影から現れたのはクリーヴだった。ラクトスは怪訝な顔をしてクリーヴを睨みつける。

「お前、何しに来たんだよ。もう魔力はスッカラカンだろ? 制御不可能な土人形作りやがって、もっと世の中に役立つもんでも考えろよ」
「制御が利かなくとも、このゴーレムがグラッセルに大打撃を与えれば結果は同じ。まだまだ捨てたもんじゃないって気づいたんだ」

 創り出したゴーレムが制御不能という事実に一度は絶望したクリーヴだったが、彼の中で何かが吹っ切れたようだ。クリーヴはラクトスとの闘いの後、続けてのゴーレム召喚でかなり体力も魔力も消耗している。こうしている今でも減らず口は相変わらずだが、柱に体を預けているので精一杯のようだった。
 ティアラは二人の顔を交互に見てきょろきょろし、ラクトスは眉間に深くしわを寄せた。

「プロ意識の欠片もないな。キャルーメル高等魔法修練所元主席の称号が泣いてるぜ」
「なんとでも言うがいいよ。どうせきみたちにゴーレムは止められっこないんだから」

 ラクトスはクリーヴを一睨みすると、フリッツに向かって大声を上げた。

「フリッツ! ゴーレムは鈍足だ! 普通にやってりゃ追いつかれることはない! あんまり叫んで無駄に体力を消耗するな!」
「それはどうかな」

 クリーヴが意味深に笑った。
 ゴーレムの拳を避けるごとにフリッツの体力は削られていく。それならここで一踏張りして、ゴーレムとの距離を離してみようとフリッツは思った。一度距離を空けてしまえば、やっかいな拳攻撃の範囲から抜け出すことが出来る。フリッツは気合を入れて、彼なりに速く駆けた。その甲斐もあり、フリッツとゴーレムとの距離は開く。

「やった!」

 ここなら拳は届かないと、フリッツは呼吸を乱しながらも顔を明るくした。
 すると、ゴーレムは歩みを止めた。
 ゴーレムはフリッツに追いつくことが出来ないと悟ったのだろうか。諦めてくれたかと思い、フリッツは思わず振り返る。しかしその瞬間、フリッツの血の気が引いた。ゴーレムは球体状になっていた。腕が、足が、頭がない。これからなにが起ころうとしているのか。フリッツは嫌な予感がした。

 予感は的中し、ゴーレムはその場で高速回転を始めた。地面が抉れるほどである。そして着火した大砲のように、恐ろしいスピードでその場から放たれた。
 フリッツは間一髪でそれを避けた。バランスを崩して倒れこむ。ゴーレムは勢いあまって向こう側の壁にぶつかった。巨大な球体は石壁にめり込み、しゅうしゅうと摩擦による煙がたっている。その恐ろしいほどの速さと威力に、広間の端に避難しているグラッセル兵や漆黒竜団からもどよめきが起こった。
 土の球体は不気味に震えると、ゴボッと音をさせて腕や脚、頭が生える。そして再び人型形態になったゴーレムは、ゆっくりと立ち上がった。
 くるりと首を回して、しりもちをついているフリッツと目が合った。

「ラクトスの嘘つき!」

 フリッツは大声で叫んだ。
 ゴーレムの変形を見て、ラクトスは呟いた。

「なるほどな。あれで通路を掘り進んだのか。轢かれたらかなりやばい」
「ラクトスさん、どうしますか?」

 ティアラは召喚魔法の体勢に入っていたが、事態を見てラクトスに意見を仰いだ。ラクトスはティアラに向かって頷く。

「続けてくれ。今はこれしか出来ない。お前はロートルに集中してろ。おれは危ないと思ったらフリッツのフォローも入れる」
「わかりました」

 ティアラは彼女の召喚具である笛を奏で始めた。
 ラクトスは遠くにいるフリッツに向かって叫んだ。

「フリッツ! あんまりゴーレムから離れるな。追いつけなくなるとそいつは球体になって突進してくる! 適度にやつの拳が届く範囲にいるんだ! こっちに飛んでこられたら詠唱が止まっちまう」
「何それ! 攻撃の範囲内にいろってこと!」

 フリッツは叫び返した。ラクトスは容赦なく答える。

「そうだ!」
「ラクトスの鬼!」

 フリッツは涙目になって叫び返した。
 しかしながら、あの球体の速さで体当たりされれば命はない。かといってゴーレムの拳の届く範囲にいれば鉄拳が降り注ぐ。どちらにしろフリッツに残された道は、逃げて逃げて時間を稼ぐことだけだった。

 ティアラの笛の音が止まると、彼女の目の前に静かに水の玉が落ちてきた。ティアラが両手を受け皿にすると、彼女の手の中で水の玉は輝いた。勢いをつけて一回転する頃には、水の玉はロートルの姿に変わっていた。乳白色のすべすべとした体に、桃色の尾ひれ。魚とも水生爬虫類ともとれる姿だが、その表情は感情と知性のある生き物だということを示している。
 召喚条件である演奏を終えた後の召喚は、ロートルに強力な魔力を与える。ロートル自身が意思を持った水となって、その力を行使することができるのだ。

「お待たせしました!」
「よし、やるか」

 ラクトスは詠唱を始めた。ゴーレムに向かってフレイムダガーを放つ。突然火の刃が飛んできたことに反応し、ゴーレムはゆっくりと首を動かし辺りを窺った。しかし、ゴーレムからラクトスは死角になっていて見えない。ゴーレムは標的を再びゆっくりとフリッツに戻す。
 すると、今度はロートルの攻撃の番だった。ゴーレムの頭の上に、巨大な水の塊がふわふわと浮かび上がった。それは一気に重力がかかり、相手を叩き潰すかのごとく降り注ぐ。ロートルによる水の中級魔法、レインドロップ。かわいらしい名前とは裏腹に、標的の何倍もの質量を頭上から一気に叩き落すという魔法だ。通常、土で出来ているゴーレムには有効である。
 しかし、ゴーレムは曲がってしまった首の傾きを直しただけだった。
 クリーヴは口を開いた。

「無駄だよ。もとはただの土くれだけど、動力源は魔力なんだから。そんなちゃちな魔法でどうにかなると思ったら大間違いだ。それに地面や土のモンスターに水の魔法で攻めるのは定石。もちろんそのための防水加工も施されているんだよ」
「でも、所詮は土くれなんだろ? ティアラ、もう一回だ!」

 ラクトスはもう一度フレイムダガーを放つ。続いてティアラもレインドロップを仕掛けた。しかし今度は、ゴーレムは球体になりその場で高速回転を始めた。水を弾いているのだ。回転が止むと、ゴーレムはまったく湿ってもいなかった。苦手分野に対する対策は十分だった。土に水分を含ませ、泥にして無効化にするという作戦は使えない。

 ラクトスは再び詠唱を始めた。やはりフレイムダガーでは押されてしまう。少し長めの、禍々しい詠唱。ラクトスはフレイムバーンを発動させた。ゴーレムの真上で、凶悪な太陽が爆ぜた。炎の上級魔法では、さすがのゴーレムにもダメージはあったようだ。ゴーレムの体はゆっくりとふらついた。しかし、その動きが止まるようなことはない。
 フレイムバーンとレインドロップ、威力の高い魔法が交互に繰り返された。紅い炎が爆ぜ、水の塊がゴーレムを襲う。それはなんとも贅沢な光景だった。遠くから見ていれば、炎と水の幻想的なショーに見えることだろう。しかしそれも、この状況を知る者から見ればなす術がなく、やけになっているとしか映らない。

「無駄だと言っているだろう! ゴーレムは炎に強く、水に弱いがぼくのには効かない!」

 諦めもせず同じことを繰り返すラクトスとティアラに、クリーヴは叫んだ。クリーヴは上級魔法をこれでもかと浴びせられても、倒れることない自分の作品に酔いしれていた。
 しかし、ラクトスの口元はにやりと笑った。

「誰が水の魔法で攻撃するって言ったよ。こいつはあくまで冷却のためだ」

 何度か目のフレイムバーンを終えて、ラクトスはフリッツに言った。

「フリッツ、どこでもいい! ゴーレムに一撃叩き込め!」

 フリッツは二人の魔法が発動する間ゴーレムから離れていたが、それを聞いて木製の剣を構えた。まだロートルのレインドロップの余韻が消えぬうちに、フリッツは駆け出した。近寄りたくはないが、どうせ倒さなければならないのなら、魔法によるダメージの余韻が残っているうちがいい。フリッツは意を決して、ゴーレムの懐に駆け込んだ。そしてまだ膝を突いているゴーレムの脚を斬った。
 そして信じられないことが起こった。思わずフリッツは声を上げる。

「欠けた!」

 フリッツの一振りで、ゴーレムの脚にヒビが走っていくのだ。ピシピシと音を立て、その亀裂は面白いように広がっていく。あれだけの石柱を破壊し、大穴を開け、それでもビクともしなかったゴーレムが、フリッツの一撃で欠けたのだ。

「急激にかなりの高温と冷却をこの早さで繰り返せば、素材にとっちゃかなりの負担になるはずだ。言っただろ? 所詮土くれだからな」

 ラクトスの表情には疲労が滲み出ているが、満足そうに呟いた。攻撃としてのダメージを期待するよりも、ゴーレム自体を脆くする目的で二人は魔法を使っていたのだ。
 ティアラの魔法で多少の体力を回復したとはいえ、ラクトスはもはや限界だった。生贄にされた後でフリッツやラクトスに回復魔法をかけ、召喚術を発動させたティアラもそれは同様だった。上級魔法を惜しげもなく乱発した二人には、もう歩くほどの体力しか残されてはいなかった。 
 
 フリッツは、二人の術者が全てを出し切ったということを悟った。安全で遠く離れた場所からひたすら指示され、かたや自分は死にそうな思いで逃げ回っていたのにという恨めしい思いはなくなった。二人だって、二人なりに体を張っているのだ。
 フリッツは目の前のゴーレムを見上げた。今まで膝をついていたゴーレムは、ゆっくりと起き上がろうとしていた。鉄壁の護りの体に、一つでもヒビを入れたことは大きい。しかし、それではまだゴーレムは止まらなかった。そしてゴーレム最大の武器、巨大な拳が高く掲げられる。
 
 振り上げたゴーレムの右腕に、矢が幾本か、立て続けに打ち込まれた。子気味良い連続音の後に、打ち込まれた矢を楔にしてみるみるうちにゴーレムの腕に大きなヒビが入っていった。

「遅くなったわね!」

 元気な声と共に現れたのはルーウィンだった。フリッツは思わず彼女の方を振り返る。

「ルーウィン! どうしてここに」
「ちゃんと送り届けてきた。まったく、危なっかしくて見ちゃいられないわ」

 ルーウィンは続けて矢を放った。今度は左腕に矢が打ち込まれる。その狙いは的確で、あっという間にゴーレムの腕にヒビが走る。ゴーレムの体は、確実に脆くなっている。腕での攻撃がルーウィンによって牽制されていることで、フリッツは再びゴーレムの脚に斬り込んだ。またもヒビが入る。
 そして、右脚は崩れた。
 膝から下がなくなって、ゴーレムが落ちてきたようだった。当然胸部の位置も下がり、動力源のコアが丸見えになる。先ほどまではまったく手の届かなかった位置にあったコアは、最高の跳躍が叶えば届きそうな高さにあった。
 ラクトスが叫んだ。

「行けよフリッツ! いいとこ持ってけ!」

 フリッツは痙攣しているゴーレムの懐に飛び込んだ。そして、跳んだ。
 ゴーレムの胸部のコアを突く。剣はコアを貫き、刃の半分ほどまでゴーレムの胸に深々と刺さった。フリッツは胸部に両足をかけ、踏ん張って剣を抜き、同時に胸を蹴ってゴーレムから飛び退いた。
 コアの表面にヒビが入る。それはみるみるうちにコアの奥深くまで走り、貫いた。コアは粉々に砕け散った。魔力が渦巻き、そして爆風を起こす。突然の風圧に、宙を停滞していたフリッツは吹き飛ばされた。

 ゴーレムは吼えた。

 コアのあった胸部にぽっかりと暗闇が空き、渦を巻いた。グラッセル兵や漆黒竜団員たちも、その強風に耐えられず飛ばされた。ラクトスとティアラはかろうじて石柱の影に掴まっていた。ルーウィンは早々に地面に伏せている。息も出来ないような爆風と、禍々しい力。人々はただ、その気配が消えるのを耐えるしかなかった。
 やがて、今までのことが嘘のように広間は静かになった。倒された石柱や、ぽっかりと壁や床に空いた丸い大穴はそのままに、ゴーレムの姿は消えていた。あとには光を失い、粉々になった玉が虚しく転がっている。そしてそのコアの破片も、一瞬にして灰塵になり、砂が風に運ばれるようにして流れていった。
 
 広間は完全に鎮まった。
 気がついた者から仲間の安否を確認し始める。そしてゴーレムが消滅したことを人々が認識し始めた。先ほどまでこの広間の空間を占めていた巨体は、どこにもない。
すると、辺りからは一気に歓声が上がった。

「やったあ!!」
「土の悪魔が消えたぞ!」
「グラッセルは護られたんだ!」

 満身創痍のグラッセル兵たちが口々に叫んだ。

「剣を引き抜くまではまあ見れたのに、そっから先はやっぱりあんたね」

 壁に叩きつけられ、伸びてしまっているフリッツをルーウィンは覗き込んだ。フリッツは完全に目を回している。ルーウィンは笑って、固い石畳に倒れているフリッツの体を起こしてやった。





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