小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【第6章】

【第十六話 ラクトスのこれから】

 朝一番に、一行は呼び出された。
 もちろん呼び出したのはシェリア女王だった。謁見の間の玉座にシェリア女王、その隣には大臣が控え、反対側には隊長がいる。普通に暮らしていればこんな光景は目にすることも出来ないはずだが、フリッツたちにはもはや慣れっこになってしまった。
 ルーウィンはわりとしっかりした顔をしているが、遅くまで飲んでいたフリッツとラクトスはまだ頭がぼんやりとしており、朝に弱いティアラは身なりを整えてはいるが頭はまだ眠っているようだった。

「王宮地下での一件、ご苦労様でした」

 朝の少し肌寒いほどの空気の中、シェリア女王の凛とした声がよく通った。もう何度目かになる謁見の間での呼び出しだったが、朝の清冽な光が窓から差し込み、シェリア女王に威厳を添えていた。あくびをかみ殺していたフリッツは思わず身が引き締まる思いで、姿勢を正した。

「ティアラさん。わたくしの影武者という大役、ご苦労様でした。そしてあなたを護りきれなかったのは、わたくしの油断のせいです。怖い思いをさせて、ごめんなさい。そして、ありがとう」
「とんでもございません。そのような労いの言葉、ありがたき幸せに存じます」

 ティアラはまだぼうっとしているようだったが、それでも優雅な礼をとった。

「ルーウィンさん。視察の際の襲撃も、王宮地下での一件も、あなたはその的確な判断と弓の腕でかなりの戦力になってくれました。あなたがあの場で多くの漆黒竜団を食い止めてくれなければ、わたくしはラクトスと合流する前に捕まっていたかもしれません」
「あたしは大したことはしてないわ。でも、どういたしまして」

 ルーウィンはギリギリの回答だったが、シェリア女王は怒ることなく微笑んだ。

「フリッツさん。あなたがわたくしの身代わりとなって敵地に潜入してくれたお陰で、今回の件はなんとか落着しました。あなたのドレス姿、なかなか…」
「お見苦しい姿を、あの、申し訳ないです」

 女王はくすりと笑った。フリッツは思い出して顔を赤くする。

「わたくしは感情に任せ、女王らしからぬ身勝手な行動をとりました。本来ならばあの場で漆黒竜団に命を奪われてもおかしくはなかった。それをあなたがたは救ってくれた。感謝します」
「って言っても、あんたが生贄になるのを止めきれたわけじゃないんだが」

 窓から刺す明かりが眩しく、ラクトスは思わず顔をしかめて言った。その物言いに、やはり大臣が眉間にしわを寄せる。

「貴様! 姫様をあんた呼ばわりとは!」
「もう、じぃ。少し黙っていて。そしてわたくしのことは女王とお呼びなさい」

 シェリア女王は大臣に向かって言った。その後を隊長が言葉を続ける。

「グラッセルの兵ではどうにもならないところにもきみたちは進み、我々に大変力を貸してくれた。この功績はかなり大きい。本当に感謝している。わたしの目に狂いはなかったようだ」

 隊長がティアラに目配せすると、ティアラはにっこりと笑った。
 女王は再び口を開いた。

「重ねて申しますが、あなたがたには大変感謝しています。しかし、今回のことはこのグラッセルの根底を揺さぶる大きな事件です。引き続き緘口令を出しますが、了承してください。そして、心ばかりですが褒美をとらせます。本当に、ご苦労様でした」
「ありがとうございます」

 目の前のことに気をとられ、ご褒美など考えもしていなかったフリッツは思わずラクトスを見た。彼が一番に喜ぶだろうと思ったからである。しかし、ラクトスは歓声を上げたりはしなかった。そうだったと、フリッツは寂しくなる。いつもは金には目がないラクトスだが、この日はそれよりも大事なものが懸かっているのだった。

「さて、ラクトス。あなたは少しここに残ってください、話があります」

 シェリア女王がそう言い、ラクトスはフリッツに目配せした。その顔には不安も緊張もなく、いつもの調子のラクトスだった。

「時間を取らせて悪いな」
「ううん、頑張ってね」

 フリッツはルーウィンとティアラを見て頷いた。
 三人は謁見の間にラクトスだけを残し、先に退出した。








 フリッツ、ルーウィン、ティアラの三人は王宮の中庭の東屋に座っていた。真ん中に置かれたテーブルにフリッツは突っ伏している。

「はぁ。ラクトス、どうなったかなあ」
「あんたが心配しても仕方ないでしょ。なるようになるわよ」

 ため息をつくフリッツとは対照的に、ルーウィンは出してもらった紅茶をすすりながらくつろいでいた。空いたスペースには三人の荷物が置かれている。
 今日でこのグラッセルともお別れだった。フリッツはラクトスが王宮に召され、今日で彼と一緒にいられるのが最後だという可能性も考えて、出発は明日にしようと主張した。しかしルーウィンはそれに断固拒否の姿勢を崩さなかった。これ以上グラッセルに滞在するのは無意味であり、時間の浪費だと言い張った。結局彼女の言い分に押されてしまい、三人は今日出立することになったのだ。
 フリッツはルーウィンに不服そうな視線を向けた。

「ルーウィン、冷たい」
「これ以上ここでグダグダしててもね。それに万一、あいつの就職が決まったら準備やらなんやらで忙しいでしょ。あんたたちに構ってなんかいられないって」

 それは彼女なりのラクトスに対する思いやりであるのかもしれなかった。それを聞いて、フリッツは身を起こした。

「ラクトスさんのご就職が決まるのは嬉しいのですが、でもそうなるとここでお別れですものね。寂しくなります」
「へぇ意外。ティアラはあいつのこと嫌ってるかと思ってた」

 切なげな表情を浮かべるティアラに、ルーウィンは目を丸くした。ティアラは首を横に振る。

「それは違いますよ、ルーウィンさん。確かにラクトスさんとは最初の頃よく言い合いになりましたが、あれはあくまで意見の不一致によるものです。自分と違う意見というのはまた勉強になりますし、いつ何時もわたくしの意見が正しいということはないのですから。むしろ、鍛えていただいたと思っています」
「あはは、あいつ姑みたいだったもんね」

 ルーウィンは笑って茶菓子に手を伸ばした。ルーウィンはフリッツにも菓子を勧めたが、そんな気にはなれなかった。
 ラクトスがいなくなるのは寂しいし、戦力的にも心もとない。ラクトスといるのが当たり前で考えたことなどなかったが、やはり彼は優秀な人材だった。本来ならあれほどの魔法使いが、無償で冒険者の旅に同行するなどないことなのかもしれない。冒険者としての魔法使いは、せいぜい下位魔法がいくつかと最低限の治癒魔法が少し出来るくらいで、中級魔法や上級魔法の使える者はその辺りにふらふらしてはいないのだ。
 
 それにフリッツにとって、ラクトスは貴重な存在だった。フラン村では年頃の若者たちは街や都に出稼ぎに行ってしまう者が多く、旅に出るまでは同年代の若者と話す機会など滅多になかった。ラクトスは最初のうちは苦手だったものの、同年代の同性でフリッツがはじめてまともに話のできる存在だった。幼い頃は周りにからかわれ対等に扱われることのなかったフリッツにとって、自分を一人の剣士として認めてくれ、行動を共にしたラクトスの存在はなくてはならないものだった。
 改めて、自分にとっては幸運な巡り会わせだったのだと、フリッツはまた一つため息をついた。もう少し一緒に旅をしたいという思いが、どうしても捨てきれずにいた。

「でも、ラクトスには残念だけど、もしこの話が流れたらまた一緒に」
「王宮に就職できなかったからってまだ旅を続けるとは限らないじゃない。あいつの目的はどこの誰、ってわけでもないんだし。グラッセルに留まって働き口探して実家に仕送り、ってパターンもありかもよ」

 ルーウィンは栗の砂糖漬けを口の中に放り込んで言った。後半はなんとも地に足の着いた話だった。フリッツはうーんと唸って再びテーブルに突っ伏した。真横になった視界に、中庭が映りこむ。そして通路の向こうから、黒いローブの吊り眼の青年がやってくるのを見て、フリッツは思わず声を上げた。

「来た!」

 フリッツの声に、ルーウィンとティアラもラクトスのほうを見た。
 ラクトスは片手をポケットに突っ込み、片手で杖を持っている。いつもどおりの彼だ。しかし、その背中にはまたいつものように彼の荷物が背負われていた。ラクトスはすっかり旅支度をしている。
 と、いうことは。
 導かれた答えによって、三人の間にやや気まずい空気が流れた。ルーウィンはなにもないふうを装っているが、ティアラはあからさまに残念に思っているのが顔に出ている。そしてそれはフリッツも同じだった。旅支度が整っているということは、つまりグラッセルからフリッツたちとともに出て行くということだ。そしてそれは『不採用』を意味している。
 フリッツは慌てて言葉を捜した。しかし、なにも思いつかなかった。
 今まであれだけこの中庭で時間を持て余していたというのに、気の利いた言葉の一つや二つ考えておくんだったとフリッツは後悔した。誰も、なにも話そうとしない。空気に耐え切れなくなったフリッツは、言う言葉も決まらない先から口を動かした。

「…えっと。気にすることないよ、ラクトス! きみは昨日すごく頑張った! それはぼくたちがよくわかってる。だから、その…」

 ルーウィンがフリッツを小突いた。何言ってるの、という表情だ。フリッツはますます焦る。ラクトスはやや下を向いていて、その表情は読み取れない。フリッツは口をぱくぱくさせたが、結局うまい言葉は見つからなかった。
 そして、諦めた。ありのままの気持ちを、自分の言葉で伝えようと、フリッツは口を開いた。

「…残念だったね。でも、ぼくはまたラクトスと旅を続けられて嬉しいよ」
「ああ、残念だ。まだお前たちと顔を突き合わせていなきゃならないのかと思うと」

 やっとラクトスが話したと思ったら、出てきたのはそんな言葉だった。フリッツは恐る恐るラクトスの表情を覗く。
 すると、ラクトスの口元は吊りあがっていた。
 突然、ラクトスはフリッツの肩を掴む。

「やったぜ、フリッツ! とりあえず及第点だ」

 歯を見せて笑うラクトスに、フリッツは目を丸くする。しかし、目の前のラクトスの笑顔は本物だ。いつもは苦笑いか口元を歪めて見せるだけのラクトスだったが、彼がこんなに手放しで喜ぶのは初めてだった。その笑顔につられて、フリッツも思わず笑顔になった。

「本当に! おめでとう!」
「まあ! おめでとうございます!」

 続けてティアラも両手を合わせて喜んだ。

「で、その荷物はなんなわけ?」

 ルーウィンは冷静に指摘した。確かに、ラクトスは今から旅にでも出るような格好だ。フリッツたちを驚かせるための演出ととれなくもないが、ラクトスはそういうことをする性格ではない。

「話せば長くなるんだが。おれは一応グラッセルの犬っころだ。でも、都には留まらない。魔術書の回収を頼まれたんだ」

 ラクトスは左腕の袖をまくって、フリッツたちに見せた。そこにはグラッセル王家の紋章が刻まれている。焼印というよりは刺青に近く、しかし入れたばかりにしては鮮明すぎるということもない。フリッツはラクトスの腕から目を離し、首をかしげた。

「魔道書の回収?」
「そうだ。なんでも、クリーヴが王宮に代々伝わる代物を持ち出しちまったらしい。最初の任務はそこからだそうだ」

 ティアラが手を伸ばして腕の刻印をよく見ようとすると、ラクトスはそこで袖を下ろした。ルーウィンは眉根を寄せてラクトスを見る。

「とかなんとか言って、ていよく他所に飛ばされたんじゃないの?」
「うるせえな。でもこっちの人間と大して給料は変わらないぜ。まあ、全部実家に仕送りだけどな。で、頼みがあるんだが」

 ラクトスは三人に向き直った。

「おれはグラッセル側の人間だ。これが吉とでるか、凶と出るか、それはまだわからないが、今までとは多少勝手が変わるかもしれない。お前らじゃなく、おれはグラッセルを優先しなきゃならない事態も起こるかもしれない。それでもいいってことなら、おれを旅に同行させてくれ」

 フリッツはすぐさま顔を明るくした。願ってもない申し出だった。
 ラクトスはグラッセルに仕え、まだこれからもフリッツと旅が出来る。こんなに嬉しいことがあっていいのだろうかと、フリッツは目を輝かせた。いや、ラクトスは今まで苦労してきている。それが今になって報われたに過ぎないのだろう。フリッツは手放しに喜んだ。

「いいに決まってるよ! またこれからもよろしくね!」

 フリッツは満面の笑みを浮かべ、ラクトスはいつもの調子でにやりと笑った。
 ティアラからの視線に気がつき、ラクトスは顔を向けた。

「なんだ? おれの顔になんかついてるか」
「いいえ、なんでもありません。これからもよろしくお願いしますね」

 ティアラはにっこりと微笑んだ。

「それでだな。見ろよ、これ」

 ラクトスは荷物の中を探ると、麻の袋を取り出した。フリッツとティアラ、さすがのルーウィンも声を上げる。ラクトスはすぐにそれらを荷物にしまいこんだ。

「現ナマ持ってちゃ逆に危ないからな。今から城下でこれを少し使おうと思う。今日は財布の紐を緩めてやるよ。装備整えるなり、食料買うなり、回復薬やアイテム揃えるなり好きにしろ」

 そして四人は次なる旅路に備えて、グラッセルの街へと繰り出した。






 グラッセルの都には平和が戻った。市場には活気が溢れ、色とりどりの商品が並べられている。
 ルーウィンとティアラの買い物が長く、付き合いきれなくなったラクトスは広場の噴水の枠に腰掛けて待っていた。フリッツは無理やり腕を引っ張られてルーウィンに連れて行かれた。彼女は少し離れた果物屋で、リンゴと洋ナシ、どっちがいいかと真剣な顔をして悩んでいる。疲れ切った様子のフリッツは肩を落とし、近くの出店ではティアラが輝くアクセサリーに目を奪われていた。
 
 ラクトスは脚を組み、平和な光景を眺めた。
 周りに敵ばかりで、隙を見せまいと必死に虚勢を張っていた。たった一人で孤独に走っていたときには、見えないもの、気づけないもの。それが誰かと並んで歩けば、別の景色が見えるようになる。新しい考え方や感じ方が、知らない世界が見えてくるのだ。
 
 自分にあって、クリーヴにないもの。あの時出した答えと、今の答えは違っていた。
 そしてそんな自分になったことを、まんざらでもないと思っている。

「…悪くねえな」

 穏やかな日差しの当たる広場で、ラクトスはそう呟いた。




                                 【第6章 都グラッセルに潜む影】








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