小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【6.5章】

【第一話 掘り出し物にご注意】

グラッセルを出てはや数日、一行は北に向かって街道を進んでいた。
しばらくは街という街もなく、たいていの旅人はグラッセルが終着点であることが多いため、道を行く人の数はかなり減る。それでもさらに北の街や物資を目的に進む人々は耐えない。旅人の間では、このグラッセル以降の旅路をどう乗り切るかが重要だった。しかしその状況を逆手にとって商売を始める者もいる。
フリッツたちは人々で賑わっている場所に出た。街道の横に少し開けた場所があり、そこには幾つかの露店が並んでいる。食料を売る店、回復薬やアイテムを売る店、一服できる茶屋。冒険者や旅人も何人かおり、それぞれ骨休めしているようだ。
フリッツはあたりをきょろきょろと見回し、露店ならではの賑わいにティアラが目を輝かせた。

「なんだか賑やかだね」
「今日はお祭かなにかでしょうか」

 ティアラの問いに、ルーウィンが答えた。

「青空市よ。街と街との中間点でなかなか物が手に入りづらい地点に、こうして露天商や行商人が集まって市を出すの。確かにこの辺はちょうど色々物がなくなり始める頃だから、商売するにはいい場所かもしれないわね」

街や村を作るほど安全な土地でもないためその場所にずっと滞在している者はいないが、この地点と街とを行ったり来たりして生計を立てている商人は少なくない。そして物資が切れかけ、安息を求める冒険者や旅人たちにはうってつけの休息ポイントであり、多少の割高な価格設定も背に腹は代えられないと皆応じるのだ。

「だからやたらと割高なんだよな。余計なもの買うんじゃないぞ。こんな閑散とした場所で散財しないように、グラッセルで値切りに値切って買いだめしてきたんだからな」

財布係のラクトスがそれぞれに釘を刺した。
時刻は昼時で、陽がほぼ真上に昇っている。昨晩も野営をし、朝からずっと歩き続けてこんな場所を見つけてしまっては休息せざるをえなかった。

「仕方ない。今から少しだけ休憩だ」
「「はーい」」

 ラクトスの言葉に、フリッツとティアラは返事をした。ルーウィンは特に何も言わないが了解したようで、一人でさっそく出掛けていった。もちろん、彼女の目当ては屋台などでおいしいものをつまむことだろう。
ティアラはフリッツの袖を引っ張った。

「フリッツさん、少し見て回りませんか?」
「無駄遣いするなよ、くれぐれも小遣いの範囲でな」

 ラクトスはこの場で読書を始めるつもりらしく、切り株に腰掛け早くも魔術書を広げていた。フリッツとティアラは市を端から見て回ることにした。
グラッセルの市を回った記憶が新しく、青空市にはそう目新しいものがあるわけでもなく驚きもなかった。しかしただひたすら歩く、避ける、戦うといった街道の途中でのこうした休息は貴重だった。旅に欠かせないアイテムや回復薬などの必需品を売る店、手押し車にこれでもかと食材を積み上げる八百屋、古びたまじない符やアクセサリーを売る店など、十店舗ほどの店が軒を連ねている。とはいっても皆一様に簡易の天幕か、地面に敷物を敷いてその上に商品を並べるだけのものだった。
しかしそれでも、同じような景色の続く街道に飽き飽きしていた旅人や冒険者にとっては、眺めるだけでも心楽しくなるものがあった。

「あっ、皆さんじゃないですか。お久しぶりです」

聞き覚えのある声のする方を見ると、ミチルがにこにこと手を振っていた。となりにちょこんと座っているチルルは、フリッツとティアラと目が合うと小さくお辞儀をした。そしてきょろきょろと辺りを見回す。

「こんにちは、ミチル。久しぶりだね。チルル、ルーウィンならあそこだよ。ほら、あの屋台のところ」

フリッツが指をさすと、チルルはおもむろに立ち上がって彼女の方へと駆けていった。そして片手に骨付き肉を握ったルーウィンを引きずってきた。ルーウィンは突然のことに驚いていたが、チルルだとわかると大人しくついてきた。

「びっくりした。なんだ、あんたたちか」

 チルルはすっかりルーウィンが気に入っているようで、彼女の腰に抱きついて離れなかった。フリッツにとっては畏れ多い光景だったが、相手がチルルなのでルーウィンは満更でもない様子だ。
後ろの木陰からバタバタと音がした。見ると案の定、パタ坊が木につながれている。今回はまだ特に人目も引いていないようだが、相変わらず不思議な姿をしていた。
ミチルがルーウィンに向かって挨拶をした。

「ルーウィンさんとは特にお久しぶりですね。ステラッカじゃお会い出来ませんでしたから。同じ街にいるのに会えないって、チルルがダダこねて大変だったんですよ」
「へえ、大人しそうなのにあんたもダダこねるんだ。元気にしてた?」

ルーウィンが笑うと、チルルは嬉しそうに微笑んだ。

「あの時は別行動されてましたよね。なにかあったんですか?」
「まあ、色々あったけど大したことじゃないわ」

 ミチルの問いに、ルーウィンはあさっての方を向いて答えた。ミチルは目をぱちぱちさせ、残念そうな表情を浮かべた。

「そうなんですか。ぼくはまた、突然居なくなったルーウィンさんを捜してフリッツさんたちが街を駆け回ったけれど見つからず、滞在費を稼ぐために始めた依頼が手がかりとなって隠れているルーウィンさんと再会、しかし逃げられてそれをフリッツさんが必死になって追いかけ説得、再び旅路を共にする。なんてドラマを期待していたんですけど、なにもなかったみたいでなによりです」

一拍間があって、ルーウィンの表情は固まった。そしてルーウィンはフリッツの方をぎろりと睨んだ。

「言ってない! ぼくなんにも言ってないよ!」

フリッツは慌てて否定するが、ルーウィンの疑いの眼は相変わらずだ。
フリッツたちが集まっているのを見てやってきたラクトスは、ミチルを見て声を上げた。

「げっ、またお前らか」

ラクトスの言葉はすっかり無視して、笑顔を浮かべたままミチルは尋ねる。

「南から来られたということは、グラッセルからですね。どうでしたか、王の都グラッセルは? なにか面白い冒険はありましたか?」
「あるっちゃあるけど、ないっちゃないな」

ラクトスは苦笑した。ミチルはまたしても目をぱちぱちさせ、残念そうに言った。

「そうなんですか。ぼくはまた、ティアラさんかどなたかがグラッセル女王の影武者として抜擢されて皆さんでグラッセル王宮に滞在、そこで国家転覆を目論む謎の組織に出くわし戦いを繰り広げ、ゴーレムなんか出てきちゃってその功績を認められたラクトスさんかどなたかがちゃっかり王宮に内定。なんて冒険を期待していたんですけど、なにもなかったみたいでなによりです」

 ラクトスは一瞬固まったが、眉根を寄せてミチルに顔を近づけた。

「…お前、本当は全部知ってるんじゃないのか」
「いやだなあ、想像力豊かな年頃の子供の戯言ですよ。ぼくって昔から夢見がちなんです」
「こいつ、本当苦手だ」

ラクトスは眉根をぴくぴくと動かした。
ルーウィンの冷たい視線から逃れるべく、フリッツは突然しゃがんでミチルの前に並べられている商品を眺めはじめた。

「へえ、けっこう色んな物売ってるんだね」

フリッツはミチルの前に広げられている品々を興味深く長めた。役に立ちそうなもの、そうでないもの、古いもの、新しいもの。ミチルは箱に並べられている液体の入った薬ビンを手に取った。どうやら回復薬らしい。

「これなんかどうです? ヒトラス製のヨクナールよりは若干劣りますが、類似品の中では一番良く効きますよ。お値段も控えめです。あとこちらはパーリアのアミュレット。ティアラさんに怒られそうなんで、これは教会公認の正規品です。ほら、ここの裏のところに紋が入ってます。守護鉱石のお守りもありますよ。それからドッカン赤色君です」
「…あれ、売り物なんだ」

そこに並んでいたのは、前にステラッカの洞窟でフリッツとミチルが同行したときに使われた簡易手榴弾だった。ミチルはにここにこと勧めてくるが、フリッツは首を横に振って断った。

「ミチルさん、これはなんですの? とても由緒のありそうなものに見えますが」

ティアラが指をさしているのは古めかしい一本の剣だった。

「さすがティアラさん、お目が高い。これはですね、熟練の剣士たちの間じゃちょっとした評判の業物なんですよ。一度主人を決めると、一生それに付き従うという剣なんです」

それは古びた剣だった。フリッツの背負っている錆びついた真剣に負けず劣らず年代物で、かなり使われていることが伺える。やや大きめのソードで、その柄は黒く、鞘も黒い皮製で出来ていた。柄飾りに赤い石が嵌めこまれている。装飾もある程度施され、しかし実用向きな、なかなかの業物と見えた。

「へえ。面白いね」
「うっさんくさ」

主人に付き従うという点にフリッツは素直に興味を示し、ルーウィンは眉を寄せて吐き捨てた。ルーウィンは夢がないなあと思いながら、フリッツは腕を伸ばすと、その剣をなんの迷いもなく手に取った。ずっしりと重みがあり、今背負っている真剣よりもやはり質量がある。フリッツはその剣を眺めた。
しかし、ミチルの言葉には続きがあった。

「というのは建前で、本当は一度宿主を決めるとその人間が死ぬまで離れない、呪いの剣だったりするんですよ。だから絶対触っちゃだめですよ。死ぬまで付いてきちゃいますから」
「え?」

フリッツはきょとんとして首をかしげた。その手にしっかりと呪いの剣とやらが握られているのを見て、ミチルは額に手を当てて呟いた。

「あちゃー。なんでもかんでもすぐに触っちゃだめですよ、フリッツさん。子供じゃないんですから」

自分より三歳年下の少年にそう言われ、フリッツは耳を疑った。

呪いの、剣?

フリッツは剣に視線を走らせる。言葉の意味をようやく理解して、唐突に剣を放り投げた。とりあえず手から離れてくれたようで、フリッツはほっと息を吐く。落ちた剣から少し距離をおいて、フリッツはミチルに向かって叫んだ。

「危ないなあ。そんなの店先に置かないでよ!」

 ミチルは頭をかきながら悪びれもなく笑っている。

「すみません。どこかのもの知らずの剣士があわよくば買い取ってくれればいいなあと思って」
「それがぼくになるところだったよ!」

声を上げるフリッツを、ティアラがなだめにかかった。

「落ち着いてください、フリッツさん。大丈夫ですわ、まだ呪いなどかかっていないのですもの」
「それもそうだね。もう、こんな怖いもの近寄りたくもないよ」

そう言ってフリッツはミチルの露店から少し距離を置いた。ルーウィンが振り返って、フリッツに向かって言った。

「フリッツ、あんたその剣気に入ったの?」
「え? 何言ってるの、ルーウィン」

手の中にずっしりとした重みを感じる。フリッツは背中に氷水を流されたような薄ら寒い感覚に襲われた。恐る恐る、視線を下げて右手を見る。そこには今さっき確かに地面に放り投げたはずの剣があった。

「ちょ、ちょっと待って。そんなはずは」

フリッツは慌てて、再びミチルの商品の中に剣を返した。そして剣がそこに置かれているのを確認したまま、ゆっくりと二歩三歩と退っていく。十歩ほど離れたところで背中を向けて駆け出そうとした。
ところがどういうわけか、またフリッツの手の中に剣が戻っているのだ。

「まあ!」
「…おいおい。まじかよ」

ティアラはまるで手品か魔法のような現象に目を輝かせ、ラクトスは苦い表情を浮かべる。
顔を青くして戻ってきたフリッツを見て、ミチルは容赦なく営業スマイルのまま手を差し出した。

「では、代金を頂きます。三十万ラーバルですね、まいどありぃ」
「さ、三十万?」

その金額を聞いて、フリッツの顔からさらに血の気が引いていく。

「…フリッツー」

背後で低く恐ろしい声がした。久しぶりの、地獄の底から響くようなドスの効いた声だ。ラクトスの背景に怒りの炎が燃えているのがフリッツには見えたような気がした。
三十万など、とてもじゃないが一括で払える金額ではない。ラクトスがこうなるのも、当然といえば当然だった。フリッツは声を裏返しながら両手で待ったをかけた。

「大丈夫だよラクトス! 怒らないで! 絶対にミチルに返してみせるから」









 それから午後いっぱいかけて、フリッツは奮闘した。

 木の幹に剣を縛りつけ、何度も何度も厳重にロープを巻いたことを確認し、フリッツはその場を離れる。しかし気が付くと、フリッツはその剣を握っている。何度挑戦しても結果は同じだった。フリッツの後を追って移動している瞬間を見ることは出来ず、視線を移したらフリッツの手に握られている、という具合だった。
そうしてフリッツが頑張っているのにティアラは協力していたが、もう陽も傾きかけた頃になると変化のない現状に疲れきって座り込んでしまった。ラクトスはフリッツの行動に目を光らせながら見ているだけで、ルーウィンにいたってはその場にいないという始末だ。
 そうこうしているうちに、市場の商人たちも店じまいを始めた。それを区切りに、ミチルが声をかけてきた。

「どうです? なんとかなりそうですか?」
「…全然だめ」

 フリッツはすっかり肩を落としていた。剣を縛りつけ、その木から離れ、驚き、落胆して再びもとの場所へ戻る。何度同じことをしたのか、もう両手では数え切れなかった。
 落ち込んでいるフリッツに、なんとか励まそうとティアラが言った。

「でもこうして後をついて来るだけなら、なんだか可愛らしくありませんか?」
「そうね、ペットみたいでいいじゃない。一緒に散歩でもしてきたら?」
「…ルーウィン、完全に他人事だと思ってるでしょ」

 フリッツは恨めしい視線をルーウィンに向ける。しかし、そんな絶望的な中で声が上がった。

「そんなわけないだろ!」
「ラクトス、信じてた!」

 他人事ではないと力強く返してくれたラクトスに対し、フリッツは表情を輝かせる。ラクトスは鋭い目を見開いた。

「三十万だぞ、三十万ラーバル! ふざけた骨董品に三十万! そんなバカな話があってたまるか。お前の小遣い前借りしても足りる額じゃねえのはわかってるよな?」
「…期待したぼくが悪かったよ」

 フリッツは深いため息をつき、地面に両手両膝をついて項垂れた。進展がないことを見て取ったミチルは、しゃがんでフリッツに視線を合わせる。

「仕方がないですね。一応返していただくことを前提にしておきますが、額が額ですし、万が一の場合に備えて担保をお預かりします。フリッツさんの背中の真剣、それで手を打ちましょう」
「こ、これ? こんなものでいいの?」

フリッツは顔を上げ、ミチルが神様のように見えた。そしていそいそと背中の剣を解き、ミチルに渡した。マルクスから託された剣であるにも関わらず、フリッツはいとも簡単にミチルに引き渡す。元々真剣など持っていたくなかったのを無理やり押し付けられたようなもので、対モンスター戦では何度か使ったことがあるものの、刃も錆びているし、これといった愛着はなかった。それよりもフリッツにとっては木製の剣の方が何倍も大切で、背中の真剣を渡すことなどなんでもなかったのだ。
ミチルはフリッツから背中の剣を受け取った。

「はい、結構です。ぼくらはしばらくここに居ますから、なんとか頑張ってみてください」
「うん、やってみるよ。良かったあ、これでひとまずラクトスからは怒られなくて済む」

 フリッツは安堵のため息をついた。しかし、肝心なことを忘れている。

「代金にはひとまずカタがついたとして、それよりもそれ、呪いの剣なんでしょ。ただついて来るってだけならかわいいもんだけど、やっぱりなにか実害があるわけ?」

フリッツが怖くて聞けなかったことを、ルーウィンはいとも簡単に言ってのけた。この日のうちになんとか呪いの剣を自分から引き離すことばかりに集中し、肝心の「呪い」の部分はまだ確認していなかったのだ。
フリッツは今にも耳を塞いでしまいたかった。その様子を察して、ミチルは声を潜めた。

「それは、夜になったらわかりますよ」






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