小説『甲斐姫見参』
作者:taikobow()

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甲斐姫は

 「ありがとうございます。大阪では秀吉様に烏山が良くなるように進言してみるつもりです。」

と言った。すると信雄は

 「甲斐姫様、ありがとうございます。」

と言った。

 甲斐姫は駿府城で二日休息の後、大阪へと向かって行った。暗い森の中不気味ではあったが、伊賀者が守っ

ているという安心感からか甲斐姫はまたうたた寝をしていた。

 そして辺りが明るくなり、盆地のような佇まいの場所に出た。

家永が輿の簾を開き

 「姫、関が原でございます。」

と言った。そこは開けただっ広いだけの場所である。そこが何故古来からの名所となっているのかは分からな

いが、おそらく関が原の合戦以前にも戦場であったのだろう。

甲斐姫は

 「ここは空気が違っているようにみえるな。何故だか分からぬが。」

と言った。すると家永が

 「そうですな、何か起きそうな感覚です。」

と言った。


 注、関が原はこの十数年後、徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍が戦った戦場である。戦いは一日で

終わり、西軍の小早川秀秋の裏切りにより、東軍が劣勢を跳ね返し勝利した。石田三成は逃走し捕まって京の

三条河原で斬首され、首は晒された。この戦いで徳川家康は名実共に天下人となったのである。


 甲斐姫一行は関が原を進み丁度中間あたりを過ぎようとした。すると前方の森から黒装束の男達五人が迫っ

てきた。前方を守る成田譜代の武士、田上助衛門が立ちはだかる。太刀を抜き仁王立ちで向え打つ構えだ。

 するとその手前でドンッ、ドンッという音と共に煙幕が立ち上った。そして煙の中から風魔忍者を討ち取っ

たのは伊賀忍者であった。

田上は

 「ご苦労、まだくるやもしれん。油断するな。」

と言った。すると横合いから迫り来る黒装束の忍。

 それに対応したのは前田慶次である。太刀を抜き一歩も引かぬ構えは仁王のようだ。風魔は六人、飛び上が

って上空から襲い掛かるのは三人である。一人が腰を下ろし組んだ手の上に乗って一人が飛び上がる連係技

だ。それを慶次は太刀の一閃で打ち倒した。なんと斬撃の真空の渦で当たっていないのにスパッと切れる離れ

業であった。

 それを見た成田家の家臣もびっくりして腰を抜かした。だがまだ襲い掛かる忍者がいる。それらは四方八方

から甲斐姫の輿を狙って手裏剣を投げてくる。それを体を張って防いでいる成田家の家臣達。慶次はその様子

を後方からみている武士の風体をした男がいることに気がついた。

慶次は

 「捨丸、あの男を捕らえろ。」

と言った。すると捨丸は

 「へい、しかしこっちの守備は。」

と言った。すると慶次は

 「ここはいい、お前はあの男を捕らえることに専念しろ。」

と言った。

 捨丸は風魔忍者の包囲網を抜け切って男に迫る。手裏剣を投げるが刀で払い落とされ効力が無い。捨丸は大

石の上から跳びあがって男の頭上から撒きビシを投げた。男の周りには無数の巻きビシが散らばっているはず

だが男は平気な顔をしている。しかもその撒きビシの上を歩いていた。捨丸は気がついた。男のわらじの裏に

は巧みに仕掛けられた鋼鈑が敷いてあるのだ。

男は

 「フン、俺にこんなものが通用すると思ったか。」

と言いつつ捨丸に襲い掛かった。捨丸は防戦一方となり脇差で男の太刀をかわすのが精一杯になる。慶次はそ

れを見てホゾを噛んだ。まさか後方で見ているだけの男がこんなに腕が立つとは。

慶次は

 「捨丸、逃げろ。」

と叫んだ。すると捨丸は煙幕弾を爆発させ、逃げることに成功したかに見えた。しかしその煙幕の中から捨丸

の体がスパッと切れる様子が見てとれる。捨丸は背中を切られ、それでもそこから逃げると伊賀忍者が交代し

て男に迫った。

男は

 「伊賀者、なにする者ぞ。我等は風魔選りすぐりの忍軍、寄せ集めの伊賀者など敵ではないわ。」

と言った。

 すると輿の周りを守っていた慶次は、次々と襲い掛かる風魔の忍を切り倒して、ようやく一段落ついたと思

ったその時、地中から手が伸び輿を掴んで倒す者が出てきた。輿の周りにばかり気を張っていた武士達は驚い

て駆け寄ると、その者は地中から飛び上がり襲い掛かってきた。すると輿から甲斐姫が手槍を持って飛び出

すと、その忍者を刺し貫いた。

甲斐姫は

 「わらわをそんなに簡単に葬り去れると思ったか。」

と言った。すると輿の周りにいた成田氏の家臣達は「おおーーーー。」という声を上げ、風魔忍者の攻撃を防

ぎつつ攻勢に出た。

捨丸を切った男は

 「くっ、しぶとい姫だ。一筋縄ではいかんな。引け。」

と言って輿を襲っていた忍者達を引かせた。

 風魔が去ったところで慶次は捨丸の傷を見た。しかし捨丸は鎖帷子を装着しており傷は軽微なものだった。

慶次は

 「こいつ、腕を切られずに良かったな。」

と言った。すると捨丸は

 「へい、悪運だけは良い方で。」

と言った。

 手裏剣で怪我をした者も傷は浅く、このまま出立しても良い状態である。

甲斐姫は

 「皆の者、大丈夫か。それでは出立するぞ。」

と言った。すると勝鬨のような歓声が起こり、一行は大阪に向って歩いて行った。

 甲斐姫一行は関が原から京を目指す。その京の二条城で秀吉の出迎えを受けるのだ。山を越え谷を渡ってつ

いに京の都が見えてきたのは夕暮迫る頃であった。

 二条城に着くと秀吉が出迎え

 「甲斐姫、ご苦労じゃった。また襲われたそうじゃのう。大丈夫であるか。」

と言った。すると甲斐姫は

 「太閤様、大丈夫です。わざわざ出迎えて下さってありがとうございます。」

と言った。

慶次も

 「秀吉様、道中なんとか姫をお守りしました。」

と言った。すると秀吉は

 「慶次か、ようやった。さすがわしが見込んだだけはある。ここでお前はお役御免だ。報奨は三成から貰

え。」

と言った。すると慶次は

 「はい、それから甲斐姫を襲った者の正体が分かりました。あの者、伊賀者から聞いたところ風魔十郎との

ことです。それから裏で糸を引いているのは伊藤又兵衛、浜田将監の家臣だった男です。」

と言った。すると秀吉は

 「そうか、浜田の残党か。しかしこれからは我等の警護も付く、大丈夫じゃ。」

と言った。

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