小説『甲斐姫見参』
作者:taikobow()

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 甲斐姫が大阪城に入って一週間が経った。元々活発な甲斐姫であるため、大阪城の周辺を走り回ってはお付

きの侍達を振り回わす結果となる。

 豊臣譜代の家臣で甲斐姫のお付きを命じられている佐野山幸衛門は

 「姫、少しは休まれた方が良いかと思われます。お疲れでしょう。」

と言った。すると甲斐姫は

 「なんじゃ、もう疲れたのか。しかしこの大阪城は広いのう。まだ知らないところがたくさんある。」

と言った。すると佐野山は

 「少し休ませて下され。大手門から裏門まで一気に走ると息が持ちません。」

と言った。すると甲斐姫は

 「いざ、戦となったら敵は待ってくれませんよ。一気に周りこむことぐらいできぬのでは心もとない。」

と言った。

 それを前田慶次と直江兼継は感心して見ていた。

兼継は

 「やはり、さすがに成田勢の侍大将を勤めていただけのことはありますね。」

と言った。すると慶次は

 「血が騒ぐのでしょう。特に徳川殿の勢力拡大が気になっていると思われますね。」

と言った。すると兼継は

 「徳川殿が、そうですか。」

と言った。すると慶次は

 「姫がこの大阪に来るまでに江戸や小田原の変わりようを見ています。やはり徳川殿の江戸普請拡大と他の

土地の寂れようは、それを危惧するのに充分だったのでしょう。」

と言った。すると兼継は

 「うーん、徳川殿はそこまで。これは上杉としても考えねば。」

と言った。

甲斐姫は

 「ほれ、もう一回戻って走るぞ。」

と言った。すると佐野山は

 「もう勘弁して下され。」

と言ってへたへたと座り込んでしまった。それを見て慶次が

 「姫、私がお供しましょう。」

と言った。すると甲斐姫は

 「前田殿、そして直江殿ではないか。見ておったのか。」

と言った。すると慶次は

 「はい、武士たる者いかなる場合にも対処できるよう日頃の鍛錬は必要ですな。」

と言った。すると甲斐姫は

 「そうじゃのう。しかしこの城は広い。」

と言った。

 甲斐姫と慶次はそれから三回、それを繰返した。それを天守閣から秀吉が見ている。

 「さすが忍城で我が豊臣を跳ね返した成田の姫じゃ。日頃の鍛錬を惜しまぬ姿勢は天晴れじゃな。」

と言った。すると三成は

 「御意に。」

と答えた。

秀吉は
 
 「それに比べて見よ、我が豊臣の者の体たらくを。昼寝をしてる者、茶ばかりすすって何もせん者。ここか

ら見える我が豊臣の者は平和ボケしておる。北条を倒して他に敵なしと思わせたわしが悪かったかのう。」

と言った。すると三成は

 「そうですな、ここはまた鍛錬の重要性を説かれてはいかかでしょう。」

と言った。すると秀吉は

 「そうじゃな、やってみるか。武士が武士で無くなったのではいかん。武士社会を打ち立てた先人にも申し

訳ないことじゃ。」

と言った。

 甲斐姫はその夜、天守閣に招かれ秀吉から直々に言われた。

秀吉は

 「甲斐姫、そちに女子達の武芸習得師範を申し付ける。良いな。」

と言った。すると甲斐姫は

 「はは、申し受けます。」

と言った。

 翌日から三の丸で大阪城に住んでいる女子達、茶々や江も交えての武芸修練が始まった。まずは長刀のあつ

かい方から攻撃や防御の姿勢まで、事細かに教える甲斐姫に皆の心も一つとなっていった。

 それを物珍しさから見ていた武士達もこれではいかんと反省したのか、自らも剣術の修行に励むようになっ

た。やはり武士の魂が揺さぶられるのだろう。女子に負けては武士の孤剣に関わると言ったところだ。

秀吉は

 「どうじゃ、人と言う者は頭から言われても中々やる気にはならんものじゃ。じゃが先頭切ってやる者が現

れればそれに続こうとする。三成も良く覚えておけ。」

と言った。すると三成は

 「はは、良く覚えておきます。」

と言った。

甲斐姫は長刀を上段から振り下ろし

 「えい。」

という掛け声を掛ける。するとそれに続いて四十人程の女子が

 「えい。」

という声と共に長刀を振り下ろす。それが大阪城名物の女子長刀隊の始まりだった。

 甲斐姫の働きもあって女子長刀隊に入る者が多くなり見物する者も多くなった。しかしどこの世界でも不埒

者がいるもので女性の黄色い声を聞くためだけに集まる者もいるのだ。

甲斐姫はその者達に

 「なんですか、見世物ではありませんよ。大阪城を守るために女子といえども鍛錬を重ねているのです。あ

なた方もやったらどうですか。」

と言った。するとそこにいた男(武士)は

 「可愛い顔して言ってくれるね。だが男には叶わないだろう。」

と言った。すると甲斐姫は

 「では手合わせを願います。宜しいですか。」

と言った。

 この男、福田左衛門丈武居という者なのだが甲斐姫の噂を聞き、手合わせをしたいと常日頃から思っていた

のだ。

 甲斐姫と福田は対峙して構える。女子達もそれを遠巻きにして見ていた。

甲斐姫は竹の長刀を構えている。そして福田は木刀を構える。甲斐姫は機先を制する意味で上段から二段打ち

を仕掛けた。福田はそれを間一髪でかわし懐に入ろうとするが、甲斐姫の逆突きに押し返され元の立ち位置に

戻ってしまった。そこへ甲斐姫の電光石火の胴切りが決まった。

 それを見ていた江姫は

 「きゃーーー、やった。凄い凄い。」

と言って飛び上がって喜んだ。

 すると福田は痛む腹を押えて

 「油断したわけではない。これは腕の差だ。」

と呻くように言った。

 

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