小説『甲斐姫見参』
作者:taikobow()

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江は

 「甲斐姫様も大阪で暮らすのであれば私達とはお隣どうし、仲良くしましょうね。」

と言った。すると甲斐姫は

 「はい、江様。大阪に行った時は何も分からないとは思いますが、色々と教えてください。」

と言った。すると秀吉が

 「おうおう、若い女子同士、もう仲良くなって。わしの出番はないのかのう。」

と言った。すると江は

 「もう大殿様はあっちへいって。甲斐姫様がかわいそうです。」

と言った。すると秀吉は

 「江には頭が上がらん。それじゃわしは三成と話があるから向こうへいっとる。何かあったら呼んでく

れ。」

と言った。すると江は

 「はい。」

と答えた。

 甲斐姫と江はそれから女同士の会話で話が弾み、甲斐姫の大阪への不安も解消されていった。


 三ヵ月後、甲斐姫が大阪へ向かうことになった。福井城ではその準備で大わらわである。側室とはいえ輿入

れとなると大変な荷物の数だ。それらを点検し間違いがないかどうかを調べるのは家永である。

家永は

 「この長持ちの中身はなんだ。」

と家臣に言うと

 「はい、姫様の衣装がはいっております。これは正規の物ではなく殿の思し召しとかで。」

と言った。すると家永は

 「そうか、殿の。しかし殿も淋しくなるな。これまでは甲斐姫様がいるからご健勝であられたものを。ご病

気が再発せねば良いのだが。」

と言った。すると家臣は

 「その心配もありましょうが、それは家臣で支えていくしかないのでは。」

と言った。すると家永は

 「そうだな。」

と淋しく言った。

 甲斐姫は輿に乗り、総勢二百人の行列が旅立った。すでに豊臣秀吉によって全国平定が為されたが、野盗や

ゴロツキが横行している状況だ。警護の武士は多いほうが良い。

 陸奥の国、福井城から南下して小山、江戸と下った。その当時の街道の状態は分からないが長い戦で荒れ果

ててはいるが行列が通れない程ではなかったように思われる。江戸は徳川家康が新たな本拠地として城を建て

る計画を立てている。いわゆる江戸城である。その城を中心に屋敷、町人家屋を多く建てることから城下町と

しての様相を為している途中であった。

 江戸に入るとあちこちで工事の真っ最中であり、その間を通って蒲生氏の屋敷に入った。甲斐姫はその屋敷

から見える工事中の江戸城を眺めて

 「あのお城が江戸城か。太閤殿下の住まわれる大阪城にも比肩する程になると言われているが本当か。」

と家永に聞いた。すると家永は

 「はい、徳川様は五大老ですが、いずれは天下を取る勢いを感じます。」

と言った。すると甲斐姫は

 「そうか、わらわが大阪に入れば、いずれ徳川様と対峙することになるやもしれんな。」

と言った。すると家永は

 「御意に。」

とその時、急に屋敷が慌ただしくなった。なんと徳川家康本人が蒲生屋敷に現れたという。屋敷は上へ下への

大騒ぎとなり家康はそれに構わず甲斐姫のいる部屋に入ってきた。

家康は

 「これはこれは、甲斐姫様。徳川家康と申します。これから大阪に向かわれる途中に江戸に滞在されると聞

きまして居ても立ってもいられなくなりました。」

と言った。すると甲斐姫は

 「そうですか、それはご苦労なことです。ところで江戸はこれから賑やかなになるのですか。」

と聞いた。すると家康は

 「そうですな、江戸は東国の拠点として繁栄の道を辿ることになります。」

と答えた。すると甲斐姫は

 「そうですか、それからもう一つ聞きたいことがあります。福井城を出た時から我等を監視する目がありま

した。そなたの手の者か。」

と聞いた。すると家康は

 「さぁ、それは。」

と答えに窮した。すると屋根裏からコンコンという音が聞こえる。それを聞いて家康は

 「甲斐姫様の警護は我等徳川も駿府を過ぎるまで担っております。それは我等徳川の忍、服部半蔵を頭領と

する者達が請け負っております。」

と言った。すると甲斐姫は

 「そうか、輿の中から遠くの方で叫び声が聞こえてきたことがあったが、その服部とかいう者の仕業か。」

と聞いた。すると家康は

 「その通りでございます。さすが武勇に優れた甲斐姫様ですな。」

と言って笑った。

甲斐姫は

 「警護、ご苦労さまです。しかし服部という者は大阪にまでついてくるのですか。」

と聞いた。すると家康は

 「はい、太閤様より警護を任せられたのは駿府までですか、服部半蔵だけは大阪までついてまいります。」

と言った。

 その後は、徳川の屋敷に招かれ甲斐姫は旅の疲れを癒した。徳川家康は上機嫌で甲斐姫を持て成してはいる

が、その目はいずれ天下を取る野望に満ちている。顔は笑っていても目が笑っていない恐ろしい武人の本性が

見え隠れしているのだ。

 翌日、甲斐姫の行列が江戸を出立した。ここからは箱根を越えるなど難所がいくつもある。しかし甲斐姫は

箱根の温泉が楽しみでもあった。そんなことを思いながらついウトウトと寝てしまった。そして夢を見た。

 忍城での攻防戦、成田長親の奇策で豊臣勢を跳ね返したあの篭城の凄まじい戦いの記憶を。

二、忍城攻防戦

 「皆の者、豊臣は本丸に近づいておる。だが横合いを突けば崩れるであろう。今だ我に続け。」

という甲斐姫の号令で成田勢二百騎が本丸に殺到する豊臣勢を迎え撃つ。豊臣勢も一気呵成に本丸を目指して

進撃をしていたところで、思いも寄らず甲斐姫達の反撃に遭った。豊臣勢は散り散りになり、後退して佐間口

から出て行かざるを得なかった。

 甲斐姫は成田家に伝わる名刀「浪切」を抜き豊臣の兵をことごとく打ち倒したのだ。その数日後、豊臣側の

援軍、浅野長政、真田真幸、信繁らが陣頭指揮に立ち、持田口からの攻撃を仕掛ける。それと同時に三方から

の同時攻撃で成田勢は窮地に陥った。そこで甲斐姫は本丸から手勢二百余りを引き連れ持田口に向かった。

甲斐姫は

 「いいか、絶対引くな。ここを守れず城を守れるはずもない。続け。」

と言って豊臣勢の真ん中を蹴散らしていった。するとそこに髭面の武将が仁王立ちしている。

 「我は児島高徳の末裔、三宅高繁と申す。女将軍よ生け捕りにして我が妻としてくれる。」

と大声で言った。

甲斐姫は

 「この戦場でなにを言っている。この不埒者。」

と言って弓を構えビュッと矢を放った。するとその矢は高繁の胸を突き刺し高繁はそのまま絶命した。

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