小説『甲斐姫見参』
作者:taikobow()

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 甲斐姫の一行は翌日、三島を立ち東海道を西へと向かう。富士山が目の前に見え、絶景の見晴らしがそこに

あった。そして駿河湾の荒波が海岸線を洗う。甲斐姫はこのような光景は初めてだったが知らず知らずの内に

顔が綻んでくるのが分かった。

甲斐姫は

 「家永、行列を止めよ。」

と言った。

 甲斐姫は輿から降りて、海岸線を見渡した。そして振り返り富士山を見る。こんなに目の前に迫る富士山を

眺めるのは後にも先にもないであろう。一時、甲斐姫はその眺めを見ていた。甲斐姫だけでない、行列を組ん

でいる武士達も歓声を上げている。ここは沼津から少し西へ行った片浜である。

甲斐姫は

 「うーん、気持ち良い。こんな広くて綺麗な場所は初めてじゃ。」

と言った。すると家永は

 「姫様、浜まで出ましょうか。」

と言った。すると甲斐姫は

 「そうじゃのう、そうするか。」

と言った。すると慶次も

 「それは良いですな。私もご一緒しましょう。」

と言って甲斐姫、家永、慶次の三人と数人の取巻きの武士で浜まで出た。

 甲斐姫は砂を掴んで慶次に投げる真似をする。慶次も笑ってそれに応える。和やかな雰囲気がそこにあっ

た。すると浜の向こうから三人の武士が現れ、立膝をついて

 「甲斐姫様とお見受けします。私は駿府城城代の配下で篠崎と申します。駿府城まで我等もお供します。」

と言った。

甲斐姫は

 「わざわざのお勤めご苦労です。しばらく休息の後、駿府城へ向かいます。」

と言った。すると篠崎は

 「はっ、」

と言って行列の中に入り駿府城への道を案内していた。


 注、駿府城とは今川家の居城であったが、織田信長に今川義元が討ち取られその後、武田信玄の侵攻により

今川家が崩壊した。その今川家に人質に取られていたのが三河の松平元康、後の徳川家康である。武田家が織

田信長に滅ぼされると当時同盟関係にあった家康は武田の家臣だった者達を信長に隠れて匿った。それが江戸

時代に幕府を打ち立てる礎になったのだが。そして駿府城は徳川家にとっても第二の居城として使われてい

た。また江戸幕府が薩長に倒された幕末には徳川慶喜が居城したことでも有名である。

 ちなみに徳川家康は晩年、この駿府城に住んで生涯を終えている。鯛の天ぷらに当たったという噂は家康が

駿河湾で捕れた鯛が好物だったということからきているが、本当のことは分からない。

 
 片浜でしばらく休息した甲斐姫達一行は松林の立ち並ぶ東海道を西へと向かっている。ここからはずっと海

岸線が続いていて全く遮るものがない処だ。今まで血生臭い戦に明け暮れていた甲斐姫にとって、このような

美しい海と富士山は心に安らぎを与えていた。

 夕方になって甲斐姫一行は駿府城に入った。

四、伊藤又兵衛の襲撃

 駿府城で持て成しを受けた甲斐姫は、輿で痛めた膝を医師に見てもらった。大したことはないということで

安心し床につくことにした。

 甲斐姫は思った。ここまで来る途中、色々な人にあった。様々なことに出会った。政治とはなんだろう。人

の幸せとはなんだろう。ただ政治をする者の都合で人を苦しめることがあってはならないし、それが天下を

平定することとはとても思えないと思う。だが自身は豊臣秀吉の側室として大阪城に入る。それがどんな意味

を持つのかは、前田慶次が言うようにこれからの自分のやりように掛かっている。
 
 甲斐姫は駿府城で三日、休息を取った。江戸では着いた翌日には出立したから休息は充分ではなかったが、

箱根越えやここまでの長い道のり疲労を考えれば当然と言えた。

 甲斐姫は駿府城の天守閣から町や富士山を見て

 「のう、家永。大阪は良い所じゃろうか。また戦が始まったら私は戦うのか。」

と言った。すると家永は

 「さぁ、それは。豊臣様と徳川様がどのようになされるのかは、私には分かりませんが。」

と言った。すると慶次が

 「秀吉様が亡くなったら、分かりませんな。」

と言った。すると家永は

 「慶次殿、滅多なことは言わないほうが。」

と言った。すると慶次は

 「いや、徳川殿の目的は分かっております。豊臣家は秀吉様が亡くなれば脆弱になります。そうなれば徳川

がそれに代わって天下を取るのは必定、そうでなくてはこの国も滅びます。」

と言った。すると甲斐姫は

 「私はそれを聞くと不安になります。なんとか豊臣の天下が続くことはありませんか。」

と言った。すると慶次は

 「茶々様が側室になってからまだ日が経っておりません。だが御世継ぎが生まれて天下を治めれば、その可

能性もありえます。ただ浅井長政様の血筋が政治向きとは言い切れません、世の中の動向を見る目がこれから

は必要なのです。それは秀吉様の血に掛かっておりますな。」

と言った。すると甲斐姫は

 「わらわのお子が生まれればどうかのう。」

と聞いた。すると慶次は

 「それも良いでしょうな。御世継ぎが多くなればそれだけ存続の可能性もでてきます。」

と言った。

甲斐姫は

 「そうか、なんとかその方行でいけるよう頑張ってみる。」

と言った。

 甲斐姫は城下に出てみた。家永や慶次も連れての散策は楽しいものだ。そんな時、一軒のだんご屋に立ち寄

った。

甲斐姫は

 「美味しいのぅ。忍城に居たとき町屋に出たとき以来じゃ。」

と言った。すると慶次は

 「そうですか、甲斐姫様にはこの二年の月日がどんなに大変であったかが分かります。」

と言った。すると家永は

 「はい、我等も戦いの連続で姫様にはご苦労をお掛けしました。」

と言った。すると慶次は火縄が燃える臭いを感じた。

 「姫様、合図をしたら体を屈めてください。」

と言って遠くの木に手で指示していた。すると「ギャーーーー。」という悲鳴が聞こえ、火縄銃を持った男が

木から落ちてきた。慶次の手の者が手裏剣で倒したらしい。

慶次は

 「もう大丈夫です。火縄銃は撃ってきません。」

と言った。すると家永は

 「今の男は姫を狙っていたのですか。」

と言った。すると慶次は

 「そのようですな。」

と言った。


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