小説『甲斐姫見参』
作者:taikobow()

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 男は黒装束でいかにも怪しい風体だ。慶次が

 「捨丸、そいつの息はあるか。」

と言った。すると捨丸と言われた男は

 「へい、だんな。こいつの急所は外したんですが。舌を噛み切ってます。」

と言った。しばらくして駿府城から武士が駆けつけてきて

 「甲斐姫様、お怪我はありませんか。」

と気遣った。すると甲斐姫は

 「ありません、それよりこの者の正体は分かるか。」

と黒装束の男を指差した。すると武士は

 「おそらく忍の者でしょうが、誰の差し金で動いていたのかは分かりかねます。」

と言った。すると捨丸は

 「おそらく風魔の忍では、鉄砲の扱いに慣れた忍は限られています。それにこの手裏剣の形は風魔のもので

すぜ。」

と黒装束の男の懐から手裏剣を取り言った。

慶次は

 「捨丸、そいつは駿府城の者に預けろ。それから風魔の忍なら箱根からついてきたことになるが、気がつか

なかったか。」

と言った。すると捨丸は

 「へい、その気配すら感じませんでした。」

と言った。すると慶次は

 「そうか、するとこいつはこの駿府で待ち伏せしていたことになる。これからもこの者の仲間が襲ってくる

かもしれんな。」

と言った。すると捨丸は

 「風魔は厄介ですぜ。何をするか分かりません。」

と言った。すると慶次は

 「そうだな、充分気をつけなければ。」

と言った。

 甲斐姫達は早々に駿府城へと帰っていった。相手がまだ分からない限り、歩き回るのは危険と判断したから

だ。家永は

 「姫、これからの道中。街道は広くなっています。輿の周りに警護を付けましょう。」

と言った。すると甲斐姫は

 「分かった、そうしてくれ。」

と言った。

 駿府城に滞在して三日経ち、甲斐姫一行は出立した。ここからは浜松城のある浜名湖。三河、尾張と行って

そこから京へ上って行く道を辿る。

 しばらくすると大きな湖のある海岸線が見えてきた。そこが江戸時代前の浜名湖である。


 注、現在の浜名湖は室町時代に起こった東南海地震による津波で形を大きく変えている。浜名湖の水を排水

する河口は以前はもっと小さいものだった。そこに太鼓橋を架けて通行できるようにしたのが室町時代であり

、それ以前の通行の方法は分からない。おそらく舟で行き来していたのでないかと思われる。また浜名湖の沿

岸を周る通路もあったのだろう。 

 一行は浜名湖を周る通路を通った。山越えではあるが箱根程ではなく、容易に対岸まで通り抜けた。すると

いきなりドンッドンッという音がして、前方の者が倒された。爆薬を仕掛けられたようだ。

慶次は

 「皆の者、うろたえるな。姫を守れ。」

と言った。すると前方の武士が輿の周りに戻り、後方の武士も駆けつけてくる。街道は混乱を極め、通行する

一般の者は驚いて逃げ始めた。

 慶次は刀を抜き、迎撃態勢に入った。すると爆煙で分からなかったが、確かに火縄の臭いがする。そして

火縄銃の発砲する音が辺りに響いた。

慶次は

 「姫、崖に輿を付けて身を隠してください。」

と言った。すると輿を担いでいる者達が崖側に寄る。それを見越していたかのように崖上から襲い掛かる黒装

束の忍、風魔忍者である。だが甲斐姫はそれを手槍で迎撃した。田楽刺しで一人を串刺しにし、脇差でもう一

人の忍を切り倒した。

 慶次は始めてみる甲斐姫の太刀筋に驚いた。これが鬼と呼ばれた甲斐姫の剣技かと思った。次々と襲い掛か

る忍を慶次達が切り倒し、とうとう風魔の襲撃を防ぎきった。

慶次は

 「姫、怪我はありませんか。」

と聞いた。すると甲斐姫は

 「大丈夫です。少し手傷を負いました。」

と言った。すると切られた傷がどす黒く変色している。

慶次は

 「捨丸、すぐに手当てを。」

と言った。すると捨丸が駆けつけ

 「これは風魔忍の毒。すぐに洗い落として薬を付けなければ。」

と言った。警護の武士が持ってきた水で傷を洗い流した後、捨丸の薬を塗りつける。

甲斐姫は

 「あっ、うううう。」

という悲鳴にも似た声を上げ、意識を失った。

捨丸は

 「これなら大丈夫です。傷は浅いし、すぐに水で洗いましたから。」

と言った。

家永は

 「しばらくここで休みましょう。しかしこうまで姫の命を狙うとは。」

と言った。

 一行は甲斐姫の意識が戻るまでここで休むことにした。そして息のあった忍を攻め立てて口を割らせようと

した。

家永は

 「やはり風魔の忍です。姫の命を狙っているのは伊藤又兵衛です。舌を噛まないように猿ぐつわを噛ませ、

文字を書かせて吐かせました。」

と言った。

慶次は

 「やはり伊藤か、しつこい奴だ。だが何故風魔が加担するのだ。」

と言った。

しばらく経って意識を取り戻した甲斐姫は

 「皆の者、ありがとう。手傷を負った者はおらんか。」

と聞いた。すると家永は

 「前列の者が深手を負いました。三河まで連れて行きますが、それ以上は無理でしょう。」

と言った。すると甲斐姫は

 「そうか、仕方あるまい。三河岡崎城の城主に言って治るまで看てもらいましょう。」

と言った。すると慶次が

 「いえ、甲斐姫様も応急処置はしましたが、しばらく安静にしなければ。」

と言った。すると甲斐姫は

 「そうか、ありがとう。」

と礼を言った。

 甲斐姫の一行はそこから山を降り、三河岡崎城を目指した。なんとか風魔の襲撃を防ぎきったという安堵の

表情を浮かべて。

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