彼を見ると酷く息づかいが粗い。そう言えば、刃物におびただしい血液が付着していたってことは……。
「もしかして……刺された……」
「いや、背中を切られただけだ、心配すんな。大したことねえよ!!」
「たっ……大したことって……!!
つかどうして助けたの!?逃げだしたんだよ、あたし……!?」
その問いに彼の声は穏やかな声だった。
「お前がまだここにいる間は殺させるわけにはいかねんだよ。俺がここに連れてきたんだからな……俺の唯一の礼儀だ」
「…………」
「死ななくてよかった。お前を助けられて俺は嬉しいぜ!」
『死ななくてよかった』、最も彼からは微塵も似合わないその言葉を言われて、彼女は……。
“つぅーーー”
「ユノン……?」
涙を流していた。しかしいつもの嫌な気持ちではない。今まで感じたことのない、『嬉しい』とも言える感情から流れた涙だ。
「……なんなのこれ、止まってよ……なんで止まらないのよ……」
否定しようとするも、ラクリーマはそんな彼女の可愛く思い、金属の指で涙をすくった。
「お前……可愛いな……ふふ」
「……あんたにだけはそう言われたくないけど……」
「……それよりどうする?このまま、また逃げるか、俺についてくるか……お前が決めろ」
「…………」
彼女は立ち上がり、傷ついた彼を支えるように腕を肩に通した。
「……答えはそれでいいのか?」
「……助けてもらったし……恩を返さないと……」
「ふふっ……そうか……なら行くか……」
そう言い、彼らはフラフラと帰りを待つ部下の元へ去っていった。
……………………………………
仕事が終わり、大量の戦利品と共に彼らはエクセレクターへ帰艦した。
すぐさま宴会が行われ、部下たちはワイワイ騒いでいる最中、ユノンは通路をさまよっていた。
(……あいつ、どこいったんだろ?)
いつもなら参加するはずの彼は場所に宴会場にいなかった。彼を探しに歩き回っていた。
……彼女は礼が言いたかったのだった。宴会どころではない。
すると、
「あんた、見かけねえツラだな。誰だ?」
「……?」
彼女は一人の女性と出会う。白衣を見に纏い、メガネをかけて、ポニーテールの美人である。しかし、ポケットに手を突っ込んで歩き方ががに股に近いなど女性の品ではなかった。。
歳は自分より幾分年上に見える。
――サイサリスである。
「……あの……ラクリーマは……」
「ああ?宴会にいなかったか?なら司令室で寝てんじゃないのか?」
「司令室?」
「知らねえのか?なら私が連れていってやるよ。ついてきな」
彼女の手招きに応じ、ついていく――。
長い通路を二人は並んで歩いていく。
「あんた、ここに来て何日目だ?」
「……昨日……」
そう彼女はボソッと口にした。
「昨日!?わはははっ、そりゃあわかんねえよなぁ!!」
「…………」
バカ笑いするサイサリスに対し、眉をひそめるユノン。
「ワリィワリィ。だが昨日きたあんたがあいつになんの用があるんだ?大事なことか?」
「…………」
「言えねえか。もしかして、あいつの恋人になりてぇのか?」
「なあ……!」
藪から棒にそんなことを言われて首をブンブン振る。
「……しかしまあ、美人のあんたが彼女になってくれれば、あいつの心の傷も癒せるんじゃねえのかなってな」
「え……心の傷……?」
「……実はな、あいつ、つい最近最愛の彼女を交戦で亡くしてんだ」
「なっ……なんですって……」
「その子、敗退したこの艦を守るために敵の母艦に特攻したんだ。いわゆる名誉死ってやつだ。
それ以来、あいつも以前と違い、元気を無くしていてな」
そんなことがあったなんて……。てこはレクシーの言っていた元カノの部屋ってまさかその女性の……。
しかし、じゃあなんであの部屋をあたしに使わせたんだろう。
最愛の人のなら使わせたくないハズだが。
「こんな暗い話はもうやめとこう。
そうだ、言っておくぜ。あいつ、かなりの女たらしでイタズラ好きだから気をつけな……クックック」
それを聞き、彼のイメージが一瞬で崩れ去った。
――そして司令室につき、サイサリスと別れた。
彼女は一呼吸置いて、ドアへ足を踏み出した。
中に入ると広く感じるが、ついているのがコンピューターの光位で暗く、あまり見えない。
「……ラクリーマ……いる?」
………。
呼びかけるが、全く返事がない。奥に進み、周りを見る。
ニオイ的は強いことから彼はここにいる。
そして、奥に唯一明かりが発している所が見えて、そこに向かう彼女。
しかし、すぐに目を疑うものを見ることになる。
「ひいっ!!」
「おわああっ!」
そこにいたラクリーマと、二人とも大きな声を上げた。
「どっ……どうした、お前……」
「ああっ……その傷だらけ…………」
彼はベッドに座っていたが、上半身裸を見て、絶句する。
――至るところに傷で埋め尽くされている。おぞましいってものではない、見てて気持ち悪くなりそうなほど直視できないほどであった。
「これか?ああっ、今までの戦いの証って奴かな。なんならよく見てみるか?」
「…………」
本当なら見たくないものなのだが、今の彼女は自ら進んで見に行った。
全体が機械化された左腕もさることながら、その傷は自分の傷以上だ。さすがにここまではつけない、つけたくない。
それは彼がどれほど死線を潜り抜けてきたのかわかる証拠だ。
「へへっ、情けねえだろ。こんなに傷がついちまって……まだまだ俺は未熟ってこった。
まあ……守るべきものが守れねえで俺はいつまでたっても未熟なのかもな……」
「…………」
守るべきもの……それが彼女が聞いた話と重なりあった。
「で……何しに来た。宴会やってんだろ?」
「……宴会は嫌い。あたしは今日の礼を……」
「礼……ね。助けたヤツか」
「……ええっ……」
突然、
「きゃあっ!」
彼女を両手で掴んで、お姫様のように抱き抱えた。
「…………」
「……ふふっ……」
二人は近い距離で互いに見つめ合う。
彼女は初めてなのか、ただすでに体がカチコチに強ばっている。
「なあユノン、お前も夢や希望がないんだったらここで働いてみないか?
俺らはそういう奴らを歓迎している。ここにいたら新たな生き甲斐が見つかるかもしんねえからよ、強制はしないがどうだ?」
「…………」
「1ヶ月間、ここの全てを覚えてもらう。それからはお前の能力次第でお前のやりたい役割をやらせてやる。メシあり、酒あり、部屋ありと優遇だ。どうだ?」
彼女は数秒後、決意したのかコクっと頷いた。
「……もう戻るとこないんだし、拒否れば死ぬしかないし、やってやるわよ……悪になりきってやる……」
「……決まったな。ならよろしくな、ユノン」
彼は何を思ったか、彼女に顔を近づけるが、当然、彼女は。
「いやっ!」
両手で顔をはねのける。
「へっ……なぜだ。口づけぐらいいいだろ?」
「…………」
彼女は少し怯えている。恥ずかしさからではなく、恐怖だ。証拠に、顔が少し蒼白だ。
彼はあることに気づいた。
「お前……まさか……処女……?」
「…………」
そのまんざらではない顔に、彼の開いた口が塞がらなかった。
「嘘だろ……そんなべっぴんが……っ」
すると、ラクリーマも一呼吸置き、彼女にこう問いた。
「なあ、初めての男になってやろうか?」
「はあ!?なっ……なにいってんのよ……っ」
「だから強制はしない。どうだ?」
「…………こわい……」
彼女がぼそっとそう言う。
誰もが認める女たらし、ラクリーマ。それで納得出来るワケがない。
「……優しくしてやんよ。お前もここままじゃいけねえだろ?俺の女にならなくてもいい、ただお前が美人すぎて欲情してな……」
彼もある意味犬である。そっちに関しては。
すると彼女は顔を赤めらせて……。
「……この際どうなっても……」
「ホントにいいのか?」
「……早くしないとやめるわよ……」
「……ふふっ、最高だぜ!」
そして二人は楽しい楽しい(?)時間を過ごしたのであった。
――長い一夜が明けた。
次の日から、ユノンはラクリーマや部下達によってここのノウハウを教えられた。
しかし、部下達は驚いた。彼女の物覚えが早すぎたのである。
約一週間くらいでほぼエクセレクターのノウハウを全部覚えてしまった。
さすが名門大学を首席で卒業しただけのことはあった。
それに、ラクリーマと部下数人が作戦作成に頭を悩ませている最中、
「…………」
「ユノン?」
急に割り込んで、コンピューターの作成データを覗いた。
すると眉を潜めて――。
「……これじゃあ効率悪すぎだわ……」
彼女は瞬時にコンピューターを動かし、新しい戦略をデータに叩き込んだ。その内容にラクリーマ含めた部下は驚愕する。
「うわあ、すげえ……こんなやり方あったなんて……」
終わると、彼女はその場から退いた。
「……これなら低消費、時間の短縮、そしてリスクを少なくできるわ……」
「ユノン、すげえ。サイサリスと違う意味で天才だ……」
ユノンはなにも言わず、去っていったが、ラクリーマは何か閃いたかのように手をポンと叩いた。
――数日後、司令室。ユノンはラクリーマに呼ばれていた。
「お前、副司令官にならないか?」
「副……司令官……?」
「ああっ、俺の秘書みたいな役目だ。
お前の能力は俺らが予想した域より遥かに上だ。お前の頭脳は多分、ここにいる組織員断トツだ。俺や部下を全面サポートしてくれないか?」
「…………」
彼女はどうするか悩んでいるが、彼は肩に手を置いて真面目な顔ぶりで見つめた。
「かなり優遇だぞ。ちいと忙しいが、権限は俺と同じだぜ。
俺が惑星侵略している最中、このエクセレクターの艦長を努めて欲しいんだ、お前みたいに冷静で頭もいい奴にはうってつけだ。
ちなみに部下達にそれを聞いたら満員一致でお前を指した。
どうだ、自分の能力をフル活用してみたくないか?」
「…………」
彼女はそして――コクっと頷いた。
「よっしゃ、なら頼むぜ!ユノン」
――そして、全員集められて、彼女を中心に取り囲んだ。
「今日からアマリーリスの副司令官を努めるユノンだ!お前ら、よろしく頼むぞ!」
“オオーーっ!!よろしくな副司令官っ!!”
なんと言うノリの良さだろうか、打ってかわって彼女は恥ずかしそうに顔を俯いている。
「……よろしく……お願いします……」
もぞもぞしている彼女をラクリーマは――。
「なあに恥ずかしがってんだよ!ほれっ!」
“ブー―っっ”
部下達の鼻から一斉に鼻血が吹き出る。
あの男は彼女の履いていたスカートを引きずり下ろしたのだった。
しかもスカートどころか、勢い余って下着までずり下げた。
そう、今の彼女は下半身丸出しである。
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
「ぎゃはははは!」
必死で下着を上げている最中、ラクリーマはバカ笑いしている。
しかし、その時、
「ああっ……ああっ……」
「うわあ……」
全員の顔が恐怖にひきつっている。それ理由は……。
「ラクリーマ……」
「へっ?」
そこには、今まで見たことのないような恐ろしい形相をした彼女が指をバキバキ鳴らして睨み付けている……。
さすがの彼も、危険を感じたのか一気に血の気が引いた。
「……ユノン……まて……俺が悪かった……っ」
しかし、彼女の怒りはそれで治まるハズがない。
「問 答 無 用 ! !」
その日、その場にいた全員は我らがリーダー、ラクリーマがユノンという一人の女性に完封なきまで叩きのめされる『あくむ』を見ることになった。
そして部下達はこの日に誓った。彼女をユノン「さん」と呼ぶことを……。
……………………………………
ユノンはそれを思い出しながらしずかにこう告げた。
「……まあ色々とあったけど、私はここで生きていくことに決めたわ。
少なくともあたしは感謝してる。こうやって、あたしの能力を生かせるとこがあって……」
「……そうなんですか……」
しずかはうんうん頷きながら聞いていた。
「あなたもラクリーマに気をつけなさい。あいつ、仲間やあなたたちみたいに気に入った人間には優しいけど、基本的に悪の塊みたいなもんだから。
それに女たらしでバカで単細胞で……」
そんな悪口を言うユノンだが、しずかはふとこんなことを言った。
「……ユノンさんはラクリーマさんのことになると熱く語りますね……」
“ギロッ!”
「ひいっ!」
しずかに鋭い目付きで睨む。
がすぐに解除し、軽く笑った。
「ふふっ、そうかもしれないわね。あいつと一緒に仕事してて飽きないもの。ネタが尽きないし」
「そうですね、実際あの人と一緒にいたら楽しい気分になれますから」
すると、今度はユノンがしずかに対して質問した。
「ならあたしから聞きたいけど、あなたとのび太くんって一緒にいるけど……もしかして好きなの?」
その問いに、しずかは顔を真っ赤にして手をブンブン横に振った。
「ち、違います。あたしはそんな関係ないです!!」
「あら、顔を赤くしちゃって……。図星……?」
「…………」
黙り込む彼女にユノンは口を押さえて笑いだした。
「フフフ……かわいいわね。ますます気に入ったわ」
「もう……酷い……」
しかしながら何だかんだで、もう打ち解けあっている。最初の緊迫した空気は一体どこにいったのか。
しかし、あのユノンとこうやって話はできるのはある意味、ここでは快挙である。
さらに話はヒートアップし、
「――それで、その地球にいったらその温泉に連れていってくれないかしら?」
「いいですよ。一緒に温泉巡りしませんか?」
「いい酒が飲めそうで楽しみね……フフッ」
話を聞いていると彼女の意外な一面が見えてきた。
自分と同じくお風呂が大好きなこと、好物が酒の他に肉類であること、特に骨付き肉が大好きなことなど、ラクリーマでも知らないことをしずかは聞けたのである。
さすがは誰でも打ち解けられる一面を持つ彼女である。
そんな中、突然、
緊急のサイレンが艦内に鳴り響き、二人とも立ち上がった。
「どうしたのかしら!?」
彼を呼ぶ放送が入り、さらにサイレンがうるさいほどに響く。
一体、そこで何が起こったのだろうか……?