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訓練エリアのトレーニングルームでは、なにやら騒ぎが起こっていた。
「てめぇ、いい加減にしやがれっ!!」
「うるせぇっ!!てめぇが言い出したのがワリイんだよ!」
どうやらユーダと戦闘員の一人、シースがケンカをしているようだ。
その他の者は二人を取り押さえたり、仲介しているのだが一向に終わる気配はなかった。
「どうした、お前ら!?」
そして、ラクリーマもやっとここに駆けつけ、全員が彼に注目した。
「リーダー、こいつらが急にケンカし出して、暴れまくってたんですよ!!」
「ケンカだぁ?」
情けなくなり、彼は頭を押さえて落胆した。
溜め息を吐いて、二人を見つめる。
「で、何が原因なんだ?」
「こいつが俺のこと、バカにしたんですよ!!
「弱ええ」だの「カス」だのほざきやがったですぜ?」
「俺はホントのことを言ったまでだ、何が悪い?」
「なんだとコラぁ!?」
ユーダの言葉が彼の怒りを買うことになり、ラクリーマはそんな二人をなだめるように割り込んだ。
「だからちょっと待て、俺が聞きてえのはなんでそんな話になったかだ。落ち着いて話してくれ」
二人から事情を聞いた。
それは前の戦闘訓練にて、この二人が対戦した時のことで、その時はユーダが優勢で結果、彼が勝利した。
それで、今のトレーニング中にその事をユーダが持ち出したために起きた揉め事だと言うのだった。
……ラクリーマはさらに情けなく感じる。まあ、本人達にしたら大事なのかもしれないが、彼からしたらくだらないことだった。
実際、彼はトレーニング中に誰かが大ケガしたとか、倒れたとしか思っていなかった。
……とまあ、ケンカはケンカ、止めないことには解決しないのである。
「……しょうがねえな。実際悪いのはユーダ、お前だ」
口10;その言葉に彼はムスッとした態度をとった。
「こんなケンカしたのも、お前がそんなこと持ち出したのが原因だろ?
弱ええとか言ってても、また再戦したら次はお前がやられるかもしれねえぞ。
実際、俺から見たらお前らの実力は大差ねえんだよ」
そう言われ、いらだちからか、ユーダは拳を握る。
逆に、シースは笑顔でガッツポーズをとり、喜んでいた。
しかし、ラクリーマはシースの方を向くと、睨み付けるような細い眼で彼を見た。
「シース、そんな挑発にのったお前も問題があるぞ。
弱いとか言われたなら、また再戦してこいつを負かせばいいじゃねえか?」
「へ……っへい。言われてみればそうですね……気をつけます……」
指摘されて彼はガクッと落ち込んだ。
「たくぅ……。そんなことで俺を呼ぶんじゃねえよ。ケンカするのは勝手だが、仲間に迷惑をかけるようなことすんな」
そう言い、ラクリーマは去ろうとした時、
“ちっ……、偉そうなこと言いやがって……っ”
“ピクッ!”
誰かの囁きにラクリーマは聞き逃すはずはなかった。
次の瞬間、振り向き、ある男へ向かうと胸ぐらを掴んだ。
「オイ、今なんて言った……答えろ!」
「…………」
その男はユーダである。
“リーダー!!”
全員が驚愕し、止めようとするが、彼はそれを振り払った。
「ユーダ、俺に不満あるんなら素直に言ったらどうだ?」
「…………」
しかし、彼はふてくされているのか視線を反らしている。
ラクリーマにしたらこの上ない嫌悪感を抱くのであった。
「てめぇ、俺をナメるのはかまわんがそんな小声で言わねえで直接言えばいいじゃねえか。
俺に不満をぶつけりゃあ、改善する努力をするぞ。……俺がキレる前に素直に話せ」
「……別にありゃしませんよ……」
「…………」
返事はするが、言い方から全く改めていないユーダ。
そんなナメ腐った態度の彼を、ラクリーマは――。
指をドリルへと変えて、それをユーダの目の前に押しやった。
「最後のチャンスだ。これ以上しらを切るなら、本当にお前を殺るぞ」
「……」
まさに一発触発の状況。その場にいる全員が息を飲んだ。
「だいたいお前、侵略ん時に仲間が危険な目に合ってるって時にわざと見捨てたって情報がいくつかあるんだが……お前、ここの掟知ってんだろ?
そんな奴はどうなるか……知っててやってんのか……どうなんだ!?」
しかし、ユーダはこんな状況にも関わらず、笑みを浮かべていた。
「……冗談はよしてくださいよ。
第一、証拠はあるんですかい?」
「……証拠だと?」
「こん中の誰から聞いたか知らないですけどそんな情報を信じるんですかァ?
もしかしたらそう見えただけかもしれないですぜ?
それにリーダー自身が見てないのにそうやって決めつけるのはおかしくないですか?
……ククッ、俺の言ってることは間違ってますか?」
――数秒後、ラクリーマはユーダから手を放し、ドリルの回転を止めた。
どうやら、彼から手を引いたようだがその苦渋の表情からは納得していないようである。
「ああ、確かにお前の言う通りだ……。本当かどうかもわからないことを、疑ってすまなかった……」
素直に謝るなど、ラクリーマらしくないのだが決定的な目撃がない以上、一番立場が上である彼からしたらこれ以上、手出しはできないのであった。
「そりゃあウレシい限りで……」
しかし、ユーダから全く反省の色を示さないままで、表情はさっきと同じであった。
しかし、彼の顔は次第に憤怒の表情へと変えて、ユーダに警告とも言える発言をした。
「だが、そういう情報がある以上はお前の疑いが晴れたワケではねえからな。
今はなかったことにしといてやるが……もし、次の侵略時にお前のそういう所を目撃した暁には……」
「…………」
ここにいる全員はもちろん、さすがのユーダも彼の殺気に恐ろしい寒気が走った。
「ここにいる全員もそういう情報はあったらドンドン教えてくれ!
……そんなことをする奴に情けをかけて隠ぺいするとかなしだ。むしろ、そんなことする奴も即反逆者扱いするからな、覚とけ!!」
そう言い、彼はトレーニングルームから去っていった。
“…………”
黙り込む戦闘員達。しかし、全員の視線はユーダに向けられる。それも冷たい視線で。
「なんだよ、その目は……?」
「ユーダ、いい加減、調子にのってるとまじでリーダーにやられるぜ?」
「へっ、余計なお世話だ」
「なんだと!?心配してんのによォ!」
戦闘員の一人がユーダに突っ掛かるが、本人は軽くあしらった。
「てめえらの『おままごと』みてぇなお付き合いには飽々なんだよ!」
その発言が彼らの気に触った。
「……ユーダ。それはここにいる全員にケンカ売ってんのか?」
「売ってるも何も俺は本心を打ち明けたまでだ。
ならお前らに聞くが、なんでアマリーリスに加入したんだ?
こうやって友達作りするために入ったのかよ?」
「なっ……!?」
その言葉が全員に心に突き刺さった。
そして更に彼は話を続ける。
「殺して、奪って、ここに入る前はここにいる全員はそうやって生きてきたんだろうが。
俺からしてみりゃあ『友達?仲間?なんじゃそりゃ?』だ。
なぜかって?当たり前じゃねえか」
“…………”
彼らに返す言葉が見当たらなかった。確かにその通りだ。
アマリーリスの掟の上で仲良くしているだけであって、元から仲がよいわけではない。
むしろ、普通は互いを敵と思うべき存在だ。
全員犯罪者であり、改心する気もない彼らが同じ時間、同じ部屋に集まっても、そりゃあ気が合う人間がいるかもしれないが、やはり合わない人間もいるわけだ。
全員が仲良くなるのはまずありえないのだ。
普通の人間でもそうなのだから、彼らならなおさらだ。
このアマリーリスという組織はそういう観点から見たら、かなり異質だと言えるだろう。
「へっ、わかったか。俺は元々、こんな素晴らしい仕事ができるから加入しただけだ。
好きなだけ殺して、好きなだけ奪って、これ以上の幸せがあるものか、お前らもそろそろ考えを改めた方がいいぜ」
そう言い、彼もトレーニングルームから去ろうと歩き出した。
しかし、その戦闘員の中の一人が突然、前に飛び出した。
「ユーダ、一つ言っておくぞ。お前の言うその素晴らしい仕事ができるのもこのアマリーリスのおかげだと思えよ。
お前だって、元々死刑囚で刑務所から脱獄して、捕まる寸前でリーダーに助けられたんだから、少なくともあの人の恩だけは忘れるなよ?わかったな?」
「…………」
彼は何も言わず、そのまま去っていく。
しかし、彼の後ろ姿から感じるのは『孤独』、それだけだった。
……そして、ユーダの姿は見えなくなると、気が緩み、何人かはため息を吐き出した。
「あいつ、ホントにわからねえ男だ……」
その言葉はほぼ全員に考えに当てはまっていた。
無論、ラクリーマもである。
一方、彼も休憩広場のソファーに腰掛けていた。
どこか物悲しい目でウインドウ越しの宇宙を眺めていた。
すると、
「ラクリーマ!」
「……お前ら?」
偶然、のび太としずかが彼を見つけて駆けつけてきた。
二人から見たラクリーマはいつもみたいに陽気ではなく、落ち込んだ様子に感じられた。
「……サイレンがなってたけど何かあったの?」
「……なんでもねえよ」
「けど、今のラクリーマさん、なんか落ち込んでるみた――」
「「ひいっ!!」」
つい怒鳴ってしまい、完全に萎縮している二人。
「あっ……ワリィ……っ、ちょっと考え事していてな」
「考え事?」
「まあいい、二人とも横に座れや」
二人は言う通りに、彼の横に腰掛ける。
ラクリーマは二人を見ようとせず、ただ前を見ている。
(なんか……今日のラクリーマは変じゃない……)
(ええっ……。考え事をしてるって言ってたけど……らしくないっていうか……)
二人はこそこそと話をしていた矢先、
「なあ、二人とも。ちいと質問があるんだが、いいか?」
「えっ!?」
二人とも、びっくりしてすぐに振り返った。
すると、彼は依然と前を見たままこう口にした。
「わかりあえない奴と心を通わすにはどうすればいいんだ……?」
「…………?」
その意味深しげな質問に一瞬、戸惑う二人。
「ラクリーマ、どうしたの一体……?」
「いや、わからなければいいんだ。ただそれを聞きたくてな」
「……」
互いに沈黙し合う。
……なんか、いつもの彼ではない。いつも明るくて熱苦しい彼しか見たことのない二人からしたら、不気味だ。
いや、不安という感情さえもあった。
しばらく、誰も声を発しない状況が続き、気まずくなりかけた時、
「……正解かどうかわからないけど、いっぱい接してあげたらどうかしら……?」
「「しずか(ちゃん)……?」」
しずかが沈黙を破り、彼女なりの意見を伝えた。
「わたしならわかりあえるまでその人と接し続けるわ。
……前にそういうことがあったの――」
そう、しずかは思い出していた。
鏡面世界にて、瀕死の傷を負ったメカトピア星のスパイロボット、リルルのことを。
初めは、愛国心が強いゆえに地球人を下等生物扱いし、しずかとの対話もほぼ拒絶するという絶望的な状況だったが、彼女のあきらめない心と労りがやがて、リルルの心を突き動かすことになった。
その結果、ついに攻めてきたメカトピア星の軍隊、鉄人兵団の目的『全地球人奴隷化』を食い止める突破口となり、地球を守ることに成功したのだが……。
「――その人のことを理解することが一番、大事だと思う。
その上で、めげずにあきらめずに優しさを持って接すれば、いつかはその人も……」
「…………」
ラクリーマは静かに目を閉じている。
腕組みをして、考え込んでるようだ。
「……そうか。いい助言聞かせてもらったぜ。礼を言うぜ、しずか!」
「ラクリーマさん……」
お礼と共に微笑みを見せるラクリーマに、彼女は嬉しくなり、もじもじする。
「そういえば、お前らはずっと一緒だな。
まさか、互いに好きなんじゃあ……」
「「なあっっ!!?」」
二人は顔を共に顔を赤くした。これで言われるのは何回目なのか。
のび太はともかく、しずかは同じことをついさきほどユノンにも言われていた。
「だ か ら違います!!あたし達はそんな関係じゃないですっっ!!」
「ちょっ……そこまで否定しなくてもいいのに……」
「クククッ……ワハハハハッ!!
だがよ、お前らほどお似合いなカップルはいねえぜ!!ホントはどうなんだ?」
豪快に笑う彼の問いに二人とも互いにチラ見し、すぐに下にうつ向いた。
「……まんざらでもない顔しやがって。
それじゃあ俺もお前らに教えてやろうか!」
一呼吸置き、恥ずかしがることなく二人にこう告げた。
「俺は、ユノンのことが好きだ」
「「ええっっ!?」」
「もう一度言ってやろうか?ユノンのことが好きで好きでたまらねえんだよ」
「「…………」」
のび太としずかはさっき以上に頬を真っ赤に染めていた。
こうやって恥ずかしがらずに公言するのは、あのジュネと同じだ。
「けどなぁ、あいつ、あんな性格だろ?なかなか伝えづらくてよ。困ってんだけど、どうすればいい?教えてくれないか?」
「えっ……いやっ、ちょっと!」
一方的に質問してくるラクリーマに困惑ぎみののび太達。
告白なんてしたことがないのにわかるわけがない。
「なあんてな、けどまあそういうこった。
俺はあいつのモノに出来ればマジで最高だぜ!」
二人は分かった。彼は本当にユノンが好きだと言うことを。
その屈託のない笑顔をみたら嘘ではないことがわかった。
次第、二人は目を輝かせて……。
「ラクリーマ、僕たち応援してるから!」
「ユノンさんに思いが伝わることを!」
それを聞いたラクリーマは、嬉しくなり二人に向かってガッツポーズをとった。
「お前らはホントに最高だ。殺さずに助けてよかったと切実に思うぞ!!」
そうやって素直に喜べるのは彼の良い部分の一つである。
最初の重苦しい雰囲気が一転したのは、この二人(特にしずか)のおかげとも言えるだろう。