――しずかは部屋に戻ると言い、のび太とラクリーマから去っていった。
二人ともソファーに座ったまま話をしていた。
「ラクリーマ……ユノンさんが好きだったんだね」
「あんなに美人だと誰でも手が出したくなるだろ?だがな、あいつ今まで男と付き合ったことがなさそうだしな……」
「……そうなの?」
「……あんな性格じゃあ付き合えねえよ。あいつ、人間不信みてぇなとこがあるからな」
「……」
「多分ワケありな人生送ってきたんだろうな。まあ、あいつの過去なんざ知るよしねえし、教えてくれそうにねえし……どうすることも出来ねえンだがな」
「……ユノンさん、何があったんだろうね?」
「……まあいっか。そんなの気にしてもしょうがねえし。
俺もそろそろ司令室に戻ろっかな――」
そう言い、ラクリーマが立ち上がると同時にポケットから突っ込んでいた手を出した。
すると手を出した拍子にポケットから何かが落ち、のび太の足元に転がった。
「……ラクリーマ?何か落ちたよ」
「おっ、ありがとな」
落ちたそれは円く小さいケースだった。まるでプラスチックのように透明な素材で作られたケースの中から見えるのは、敷き詰めた綿と何やら植物の種らしき小さな豆粒が数個入っていた。
「ラクリーマ、これは……?」
のび太の問いにラクリーマはフッと軽い笑みを見せた。
「これか?これ一粒で何十万と言う人間を一撃で消し飛ぶ程の威力を持った素敵でステキな殺戮兵器だよ」
のび太は顔面真っ青となり慌ててそこから後退ろうとしたが、ラクリーマはヘンに高笑いしていた。
「ギャアハハハハッ!!嘘に決まってンだろォ!!
そんなもん俺だって持ちたくねえよ!!」
「……」
嘘をつかれてプンプンした顔で彼を睨み付けるのび太。
だがこの男がそんなヤバイ殺戮兵器を持ってても可笑しくないと思えてくるのだった。
「本当のことを教えてやるよ。これはな、俺の死んだ彼女の形見だ」
「えっ……」
のび太は思い出した。ラクリーマには彼女がいたことを。
しかしその彼女はもう……。
「……確か……ランって人……?」
「なんだ、知ってんのか?」
「前にレクシーさんが話してくれた……」
「あのヤロウ……ペラペラ喋りやがったな……。
まあいい、これは『アノリウム』っていう花の種でな。
あいつの故郷惑星で古代に咲いていた花らしい――」
「……古代に……咲いてた花?」
「ああっ。もう絶滅したと言われたらしいがランが色んな手段を使ってやっとの思いで手に入れたんだとよ。
だがな、その惑星は元々酷かった環境汚染がかなり進んでもはや住めなくなってな、あいつが星脱出の際に持ってきたんだ――」
「……」
のび太はその事実に言葉を失った。
そしてラクリーマは突然、こんなことを彼に告げた。
「――実はな、お前らの惑星、地球に侵略したかった理由の一つに実はこの種を撒こうと思っていてな……」
「えっ……」
「実はこの『アノリウム』が育つ環境を調べた結果、お前らの地球みたいなトコが一番適用してると分かったんだ。
ランは『咲かせたい、早く咲かせたい』といつも口癖のように呟いていたからこれであいつも無念を晴らせるだろうなと思ってな……」
のび太は何か心の中が暖かかった。こんな『花』とか微塵も似合わないような男がこんな真剣に話しているなんて……誰が予想できようか。
しかしラクリーマはそういう男である。少しも可笑しいとは思えなかった。
「だが地球に撒くのは諦めたぜ。地球に撒いても咲くまでにはいられないし、それに……」
「そっ……それに……?」
「宇宙はこんなに広いんだ。地球みたいな星はいくらでも見つかるさ!!
……て俺、何こんなこと話してんだ……こんなのユノンとかに話したら絶対ドン引きされるぜ」
しかしのび太は優しく屈託のない表情をしていた。
「その……ランって人の約束を果たせるといいね……」
「のび太……」
のび太の放った一言に彼はいつものようにニヤっと笑った。
「……ありがとよ」
……………………………………
1時間後、ユノンはタバコを吸いに通路を歩いていた。
すると、曲がり角辺りで、
「ユノン?」
「…………!!」
彼女はラクリーマと出くわす。しかし、彼女は無言のまま通り過ぎようとする。
……まだ怒っているようである。
「ユノン待てよ、まだ怒ってるのかよ!?」
全く無反応な彼女についにしびれを切らしたラクリーマはとっさに彼女の左腕を掴んだ。
「なっ……」
「なあユノン、俺が悪かった。あんなイタズラはもうしねえからよぉ……許してくれねえか?」
「……あんた、またそんなこと言って、やるくせに……信用できないわ」
「なあ、マジで悪かったって!だからな……ん?」
彼女の腕を目をやると何かに気づいた。
「お前……どうしたこの切り傷?」
突然、彼女の顔色が一変し、青ざめた。次第に体もぶるぶる震えはじめ――。
(まさか……見られた……?)
しかし、ラクリーマは不思議そうにその腕を見続けた。
「一つだけじゃねえな……2つ、3つ……なんか不自然な傷痕だな……」
彼女は強引に振り払い、壁に寄りかかった。
「おっ、おい……。どうした?」
彼から見た彼女は顔をひきつって、異常なほどに身体全体が激震していた。
まるで何かに怯えているかのように。
「いや……いやぁ、いやぁぁっっ!!」
「まっ、待てユノン!!」
彼女はなりふり構わずその場から走り去っていった。
「あいつ、何なんだ一体……」
彼は全く理解出来ず、目を点にしていた。
一方、ユノンも部屋につくなり、何かにとり憑かれたのように頭を押さえてへたり込んだ。
(見られた……傷を見られた、見られた、見られた、見られた見られた見られタ見らレタ!!)
震えが止まらない、冷や汗が流れ、一気に嫌悪感の塊に押し潰されそうになり、錯乱したかのように自ら頭をベッドに叩きつけた。
「うう……っ、あああ……っ」
彼女はまた引き出しに手を出し、中からあのナイフを取り出した。
そして、
ついにやってしまった。封印していたハズのあの行為を。
左手首の真ん中に新たな切り傷と共に、赤い血液が一筋の流れを作った。
(まだだ……まだ足りない!!もっと、もっと、もっとぉっ!!)
勢いに任せてさらに一つ、2つと新たな傷を作っていく彼女はもはや、いつもの冷静さを失っていた。
ついには、
「ああっっ!!」
勢いが強すぎて静脈付近を深く切りつけてしまい、激痛と共に夥しいほどの血液が流れ出してしまった。
段々、床や服にも垂れた血液で染めはじめる。
(いっ痛っ!!ヤバい……このままじゃあ!!)
彼女は何を思ったのか、部屋のシャワー室内に向かい、ありったけの水を出してその傷を洗いはじめた。
しかし、一向に出血が止まる気配がない。
(なんで……なんで止まらないのぉ!?)
逆効果である。水はともかくお湯では一向に傷口は塞がらないのである。
頭の良い彼女ならそんなことは認知しているが、それはいつもの「冷静」の時である。今の彼女は完全に「錯乱」している。
次第に彼女の意識が遠のき……朦朧していた――。
「ああっ……あっあ…だっ……誰……か……っ」
……………………………………
十数分後、ユノンが気になって仕方がないラクリーマは彼女を探し回っていた。
「あいつ、どこいったんだ!?こうなったらあいつの部屋へ言ってみるか」
すぐさま彼女の部屋に向かい、中へ入ったが、ソファーにもベッドにもいなかった。
だか、
床を見ると、血痕と思われるあとがある。ほぼ全体が凝固していることがわかることから結構時間がたっていることがわかる。
「これは……まさかあいつの……!?」
彼にとてつもなく不安感が襲い、辺りを見渡した。すると、床には血の痕が部屋のシャワー室まで連れて付着していることに気づいた。
ラクリーマに寒気が襲い、すぐにシャワー室の扉を開けた。
そこには。
「! ?」
蛇口からお湯を出したままユノンがぐったりと倒れている。
周りには血と水が混ざりあった赤い池が彼女を浮かばせているようにみえた。
「ユノンっっ!!しっかりしろっ!!」
彼女を抱き抱えるが、意識がない。顔面蒼白で、そしてお湯を浴びているにも関わらずやけに身体が冷たい。
胸に耳を当ててみると、微かに鼓動はあるが、とてつもなく早い。
――出血性ショックを起こしている。
彼はすぐさま、所持していた通信機を取りだし、焦り口調で喋り出す。
「きっ、緊急事態だ!!大至急、ユノンの部屋にボードを持ってこい!!あと、サイサリスにメディカルルームに行くよう伝えてくれ!!」
“どっ、どうしたんですかリーダー!!?”
「ユノンが大量出血して危篤状態だ、迅速に行動してくれ!!」
“ええっっ!!?
わかりました、艦内放送で伝えます!!”
「頼む!!」
通信を切り、見たところ、出血が弱まっているのでいち早く、彼女へシャワー室から出そうと持ち上げた時、
「あがあああっっ!!」
持ち上げた拍子で彼のあばら骨にまた激痛が走り、ガクッと膝をついてしまった。
「はあああっ!!かはっ!!」
彼は苦痛を交えた表情をしているが、それをこらえてまた彼女をぐっと持ち上げた。
「うぐ‥‥ぐぐぐっ!!」
歩くごとに激痛が走るが、歯を食い縛り、また一歩、また一歩と歩く。
相当な苦痛を味わっているはずなのだが、今の彼には休む余裕などなかった。
――部屋へやっと飛び出した所、ようやく部下達があの移動用円盤に乗り、駆けつけた。
しかし、ラクリーマの腕に抱えられてぐったりとした彼女の変わり果てた姿に表情が一瞬で真っ青となり、言葉を失った。
「おっ……お前ら……早く……ユノンを」
よくみるとラクリーマの様子もおかしい。
大量の汗を流し、今にも彼女を落としそうなくらいに震えていた。
すぐさま、彼女を円盤の上に乗せた瞬間、
彼もその場で倒れ込んだ。
わき腹を押さえて悶絶している。
「リーダー、大丈夫ですかぁ!!?」
「俺は大丈夫だ……。それよりユノンを早くメディカルルームにぃ……急げ……っ」
「…………っ」
心が引き裂かれる思いで、彼の言う通りにユノンを乗せた円盤は猛スピードで通路をかけていく。
果たして、彼女は助かるのであろうか……。