辺りに虚しいほどの静寂感が漂う中、カーマインはまだ頭を下げているラクリーマの肩に手を置いた。
「顔を上げなさい、男の顔が泣くぞ」
彼はやっと顔を上げて、カーマインの顔を見上げた。その時の彼は平然とありつつもどこか悲しそうな表情をしていた。
「部下の罪の軽減は……多分難しいだろう。しかし精一杯の努力はしてみるつもりだ」
それを聞いたラクリーマは目を瞑り、軽い笑みと共に敬意をはらった。
「……ありがとよ。恩にきるぜ」
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ラクリーマは立ち上がると自分の部下達のところへ向かい、全員に聞こえるよう、こう伝えた。
「……ここにいる全員、アマリーリスはここで解散だ。
俺は……もはや死刑は免れないがお前らが助かればそれで十分だ。もし罪が軽くなって無事釈放できたら俺のことは忘れろ、そして俺の分まで第2の人生を楽しんでくれ。それが俺の最後の命令だ」
仲間の瞳が震えていた。絶対に信じたくないが彼の言葉で現実に戻されてしまう。それほどまでに重みがあった――。
ラクリーマは次にドラえもん達の地球人5人の方へ向かった。
段々近づいてくる彼にドラえもん、スネ夫、ジャイアンは顔を険しくして何があっていいようにすぐに構える。
だが、
「ラクリーマ!!」
「ラクリーマさん!!」
「「「へっ?」」」
のび太としずかの二人だけが心配するような顔をして彼の元へ駆けつける。
ドラえもん達の目が点になっている。さっきまで自分達を殺そうとしていたこの男に二人はまるで仲良しのように気軽に声をかける、それが不思議でならなかった。
「のび太くん、そいつ危ないよ!!」
「早く離れろのび太、しずかちゃん!!」
忠告するがのび太、しずかの方はキョトンとしていた。
「一体この男と何の関係があるの!?」
その問いにのび太は……。
「実は僕達、地球へ送ってもらう途中だったんだ」
それを聞いた者全員が唖然と驚愕する。
「最初は色々あったけど……僕としずかちゃんは楽しかったよ!
ここの人達にはすごく優しくしてもらったし、色んなことを教えてもらったし、ねえしずかちゃん!」
「ええっ。この人達とまた会いたいと思ったほどよ!」
「特にラクリーマは僕にやさしくしてくれたよ。なんかお兄ちゃんみたいな感じでさあ――」
二人の輝く瞳とハキハキと喋る様から全く嘘ついているとは思えなかった。
開戦前、中央デッキでモニター見た二人に傷ひとつなかったのも、怖がっている様子がなかったのもそれなら検討がつく。
「じゃあ……なら別に心配しなくてもよかったってこと……?」
「信じられない……」
「あ〜あっ……今までの奮闘は一体なんだったんだろ……?」
三人はへなへなになり、その場でへたりこむ。安心もあったがそれほどショックだったのだ。
「……のび太、しずか、ワリいな。お前らの大切なダチを殺そうとしちまったぜ。
まあ、俺らは悪行ばっかしてきたからこんなこと思われても仕方ないんだろうな」
「……」
のび太としずかは黙り込む。そんな二人に彼は――。
「おいおい、何意気消沈してんだよ。
やっとお前らは安心して地球に帰れるんだ、少しは喜ばんかい!」
「ラクリーマ、これでいいの……?」
「あの人達は……ユノンさんは一体どうするの……?」
「仕方ねえよ。俺よりあいつらの方が大事だ、こうするしかなかったんだよ。
それからのび太、お前に一つ頼みがある、俺の右ポケットからある物を取り出してくれ」
「……」
のび太はすぐに彼のポケットに手を偲ばすとどこか知っている感触があった。
取り出すと、それは以前見たことのある『アノリウムの種』の入った小さなカプセルであった。
「これはあの時の……」
「……お前にこれを育ててほしいんだ」
「僕に……?」
「ああ、俺はもう無理だ。だからこれを託す。
お前との約束もおじゃんになったがこれが俺とお前の約束にするぜ」
「……」
のび太は腑に落ちない表情でそれを自分のポケットにしまう。
「なあに、お前ならこの花を咲かせることができると信じている。頼んだぜ、のび太。
それにしずか、お前のおかげでユノンが今まで以上に明るくなったことに心から感謝してんぜ」
「ラクリーマさん……」
笑顔でそう言う彼だがなお一層悲壮感が高まる。
――彼らのやり取りに銀河連邦勢全員が呆然としている。
こんな奴だったのか……と。だがそれを受け入れられずに動揺している者がいた。
「……ふっ、ふざけるな……こんなことがあってたまるか!!」
――エミリアである。
「エミリア!!」
なんと彼女は前に飛び出し、持っていたもう一つの銃をラクリーマに向けた。
その震える身体、歪んだ顔の筋肉。彼女は今、気が動転していた。
以前忠告し、カーマインが恐れていたことが今起きたのである。
「い、い、……今まで、その愚かなエゴのために殺された人達、惑星モーリスの、そして殺されたあたしの恋人の仇……今ここで晴らす!!!」
自分の写るラクリーマという男が救いようのない悪人であると、だが先ほどの彼からはまるで180度変わったかのように――彼女は今の彼を受け入れられなかったのだ。
「惑星モーリスだと……お前まさかあの星の生き残りか!?」
「き、貴様達のせいであたしの……大勢の人達の人生が狂わされたんだぁ……!!
今ここで恨みを晴らす……今ここで!!」
それを聞いたラクリーマは笑み、彼女の元へ向かった。
「そうか、ほぼ全員ぶっ殺したと思っていたが、まさか連邦隊員の、しかもこの女だったとはな」
彼女へ向かう彼に全員が警戒する。
カーマインも彼女の前に立ち、彼の進行を遮る。
「お前、まさか彼女を……」
「いや、そういうワケじゃねえ。
この女に詫びいれてやろってな」
「何だと?」
彼をどかし、彼女の前に立った。
「な……何よ!!」
「お前があの惑星モーリスの生き残りなら生かしてしまった俺が悪いな。
なら、仇をとらせてやる」
毅然とした態度でそう言うと彼女を無理矢理引き寄せ、銃口を自らの眉間に当てた。
「さあ遠慮なく撃ってくれ、これでお前が今まで果たしたかった願いが叶うぞ」
「え……ええっ!!?」
彼のその申し出に戸惑いを隠せないエミリア。周りの人間も狼狽していた。
「やめろ!!何を考えてる!!」
「別に罪滅ぼしとは考えてねえよ。ただどの道、死刑になるのは免れねえなら、それまで無駄な時間過ごすぐらいならここで終止符打ってくれたほうがいいかもってな。あと、この女の仇もとれて互いに後腐れがなくなっていいじゃねえか」
彼はまるで死をおそれていないように全く怖がる様子もなく、むしろ嬉々としていた。
「それに彼女は我々銀河連邦の隊員なんだぞ!!彼女がもし撃ったら――」
ごもっともである。もし撃ってしまえば彼女が無抵抗の犯人を殺したことになる。そうなれば彼女は間違いなく『人殺し』になってしまう。
それに死ねば全て済むという問題ではない、何を考えているのかこの男は……。
「へっ、俺はただ仇を討たせてやると言っただけだ、撃つか撃たないかはこいつ次第だ!!
さあ……どうすんだ、撃つか、撃たないのか?」
「あんた……本当にバカなんじゃないの……」
「ああっ、俺は大バカだよ。そんなバカな男の考えた結果がこれなんだ。
だが俺はこう見えても心が繊細なんでね、お前を生かしてしまって反省してんだよ」
「反省……ですってぇ?どういうことよ!!」
「俺は殺す時は徹底的に殺す理由が今お前の抱いている感情にある。
いま俺らに憎しみしかないだろ?今まで、仇を討ちたくてここまできたんだろ?
今まさに俺に復讐して気がすむならそれでいい。だがな、もし今回俺らとお前らが遭遇しなかったらずっとお前は俺……いやアマリーリスに怨みを抱いているだろ?
俺も嫌だしお前も人生ずっとそんな『不快感』持ったまま過ごしたかねえだろ?」
「……」
「だから俺は殺す時は誰だろうと全力で潰す。
憎しみもたれる前に殺してやったほうがそいつも楽だろ?」
『憎み、一生負の念を持たれるぐらいなら本人のためにも根本的から断つ』。
彼の言っている理屈は正直、狂気の沙汰であるが彼なりの気遣いなのであろう。
「心もとないのなら俺も手伝ってやろうか?」
ラクリーマは彼女を手を貸すように、一緒に銃のグリップを掴んだ。
「……死ぬのが怖くないのか……あんたは……?」
「へっ、当たり前だ。俺は今まで生きるつもりでここまできた覚えはねえよ。
俺はいつも命を狙われているとしか思ってねえ、死んでナンボの人生なんだよ!!」
その言葉で聞く全員が感じたこと。
『異常者』
他にもそれに近い感想だった。
「うっ……うっ……」
震えるばかりで全く思いを遂げようとしない彼女にしびれを切らした彼は――。
「けっ、めんどくせえな、引き金を引いてやるぜ!!」
「ええっ!?待って!!」
手にグッと力を入れて彼女の指が無理矢理引き金が後ろへ下がり――。
「イヤアアアアァァッ!!」
――しかし、弾は放たれなかった。彼女は引かれる前に焦って持ち手を離してしまったのだ。
そのまま放心し、座り込むエミリアに対してラクリーマは無表情であった。
「俺が言うのもなんだがあんた、絶対に兵隊っていう職業には向いてないと思うぜ」
彼は振り向き彼女から去っていく。たが彼の後ろ姿はどこか重々しく感じられた。
「けっ、胸ぐそワリィ。なんで俺はあの時、もう少し確認して生き残り探さなかったんだ……こんなことになるんならな……」
――そのまま彼はある人物の元へ向かった。
「ユノン……」
「あ……あんた……」
彼女も瞳を震わせていた。そして何か言いたそうに。
「すまねえな。お前を十分愛してやれずにこうなっちまって……だがこれでよかったじゃねえか」
「よ……よかったって……!?」
「元々お前は俺らみたいな悪人じゃなく無理矢理連れ込んだ一般人だ。
だから俺は正直お前を幸せにできるのかってずっと思っていてな、だがこれでお前も晴れて自由の身だ」
「………………」
「お前は殺人とかやってねえからこの中で一番罪が軽い……いや、上手くいけば無罪になれるかもしんねえ。
俺らが証人だ、問い詰められても意地を通すか俺の命令で無理矢理やらされたと言えば大丈夫だろう」
「ど……どういうことよ……っ?」
「今のお前なら心配ねえよ。俺よりいい男はこの広い宇宙にたくさんいる、そいつらの一人と一緒になって本当の幸せ掴めよ!」
彼からのねぎらいの言葉とは反対に彼女の顔も少しずつ青ざめていった。
「俺は死ぬまでお前の幸せを誰よりも願っているからな」
そう言い彼は背を向けて去っていく。そしてカーマインの元へ向かい、その気が済んだような屈託のない顔でこう言った。
「もう思い残すことはねえ。連行してくれ、あとあいつらも頼む」
「……わかった。私が彼を……」
数人の隊員とカーマインに捕まれてゆっくり歩き始めたその時であった。
ユノンの悲痛の叫びが響き渡った。
「ああ……あんた……何それ……そんな言葉で……許されると思ってんの……!?」
彼女の今にも倒れそうなくらいにガクガクの足を必死で踏ん張っている。しかしその表情はエミリアと同じく完全に動揺していた。
「なんか言いなさいよ、バカ!!アホ!!」
「…………」
「……い、イヤよ!!あんたが死刑になるんだったら……あたしも一緒に刑を受ける!!一人にしないでよォ!!」
とんでもない発言をするが全く何も返事を返さないどころか反応すらしない彼についに彼女は……。
「ラクリーマ見なさい!!」
「ユノンさん!!?」
なんとポケットからナイフを取り出して自らの喉に突き当てたのであった。
再び緊迫した空気が蔓延する。
「や…やるわよ、今すぐ喉元切って死んでやるわよぉ……また捨てられるくらいなら……自ら命を断ってやるんだから!!」
彼女のワガママにラクリーマはついに、
「! ! ?」
やっと反応したがそれは彼女に対する怒号であった。
「お前、それじゃあ前と何も変わってねえじゃねえか。
少しは今の状況を読みやがれ、何べんも言わせんなや」
そう吐き捨てるとまた歩き出し、彼女はナイフを落とすと同時に力尽き、そのままペタンと座り込む。
「お願いだからそんなコト言わないでよ……あたし、あんたがいない世界なんて……とてもじゃなく生きていけないよォ!!」
ウルウルと涙を浮かべて彼にそう伝えるもやはり無反応のまま歩き去っていく。
「うっ……うっう……うあああああ…………」
――そして彼女は泣き崩れ、その悲しい声だけが辺りに響き渡ったのだ……。
「彼女は……?」
「ああ、あいつは俺が奴隷として捕まえたドグリス人の生き残りの娘だ。可哀想にこの俺に惚れちまったらしい。何もしてねえから無罪にしてやってくんねえか?」
カーマインにそう伝える彼はどことなく寂しそうであった。