「のび太君、しずかちゃん!!」
突然入口ドアが開き、複数の駆け足音と共に息を切らしながらプラントルームにかけつけてきたドラえもん達5人。
あの『たずね人ステッキ』の道標が見事、的中したようである。
「ドラえもん、スネ夫、ジャイアン……と、この人達……誰?」
「もう心配したんだか……うわああっ!!」
彼らはそこにラクリーマがいるのに今気づき、顔を引きつかせた。
「大丈夫だよ、もう落ち着いてるから、ねえラクリーマ?」
彼は目を瞑り、クスッと笑う。
「全くお前らはよぉ……だが二人とも、いいダチ持ったな」
誉められて嬉しくなり顔を赤くするのび太としずか。そんなやり取りにキョトンとしている三人。
そんな中、
“カチャッ!”
エミリアが眉間にシワを酷く寄せ、歯ぎしりを立てながら拳銃をラクリーマの頭に突きつけている……。
「……やっと、ここでケリがつけれそうねぇ……」
「エミリア!!」
彼女は今ここで思いを遂げようとしている。
しかし、それでは提督の命令に背くと同時に彼女の積み重ねてきた栄光を全て消すことになってしまうが……。
ドラえもん、ジャイアン、スネ夫、ミルフィの四人に緊張が走る中、のび太としずかはラクリーマの前に立ち、庇うかのように手を広げた。
「撃たないで!!もし撃つなら……代わりに僕を撃って!!」
「のび太、何をいってんだよ!!?」
のび太の発言に仰天する三人だが、
「あたしものび太さんと同じよ。この人の代わりにあたしが!!」
しずかも負けじに言い張る。しかし、エミリアは彼らに困惑しているのかさらに顔を歪める。
「すぐにどきなさい。この男は庇う価値すらない悪人……それほど今までに数えきれない人々を恐怖と不幸のドン底へ叩き落としてきた悪い人間なのよ」
「だからって殺していいわけじゃないよ!!
お願いです、ラクリーマを殺さないで!!」
「あなた達の間に何があったか知らないけど……なんであなた達がそこまでこいつを庇おうとするのか私には全く理解できないわ。
見たでしょ、こいつは反省の色もなければ改心する気持ちがこれっぽっちもないのよ!!」
「それでも、命は命でしょ!!そんなむやみに殺したらあなたも同じじゃない!!」
「…………」
……そんなやり取りにラクリーマはついに動き出した。
「のび太、しずか、もういい」
「ええっ!?ラクリーマだめ!!」
二人を強引に押し退け、エミリアの前に出る。
「確かに俺は改心する気がこれっぽっちもねえんだわ。俺は悪行が死ぬほど好きだからな、今さらよい子ちゃんになるより俺はこっちのほうがずっといい」
「ラクリーマさん……」
「それに俺はどのみち、このまま捕まっても死刑、よくても終身刑は免れねえよ。
俺は待つのが好かないんでな、今すぐ殺ってくれたほうが退屈しなくて済みそうだ」
その時の彼は本当に清んだ顔をしていた。
「しずか、のび太、お前らに教えておくぜ。
生き物全てはいつかは死ぬんだ。
もしかしたら明日には我が身かもしんねえ、ならそれまでどの道転ぼうとも自分の思うようにやればそれでいいと思うぜ。
俺は如何運が悪かったから、ここが俺の『終着点』だ。だが俺は悔いはない、それは最後の最後でお前らに助けられたからな……本当にありがとよ、のび太、しずか」
「「ラクリーマ(さん)……」」
彼らはもうどうしようもないことをラクリーマの言葉で知る。
そして――ラクリーマはエミリアに向けてこう言った。
「やっとその気になったか。さあ、殺りたいなら殺りやがれ。
これでお前の苦労も報われるぞ、それとも……また『撃てません』と泣きつく負け犬になるのか?」
「…………」
拳銃を持つ彼女の腕はブルブルと震えている。
……瞬間、発砲音が数発響いた。その後の静けさ、十数秒だけ続いた。
しかし、
「え………っ?」
エミリアの銃口は真上に向いていた。そしてラクリーマは倒れるどころか怪我一つもついていなかったのだ――。
「あたしはあんたを絶対に許さない、一生憎んでやる。本当なら今すぐにでも殺したいくらいに……。
だけど、どうやらあんたみたいな奴でも死んだら悲しむ子達がいるみたいだし……」
彼女はのび太達を見つめると一呼吸置き、銃を弾帯の専用ホルダーにしまった。
「それにどうやら、もの凄く死にたがりのようだからこのまま殺してもあんたのご都合だし、かえってあたしが大損だわ。
……決めたわ、あたしは例え一人だけになろうと裁判であんたを弁護してやる。
絶対に死刑になんぞさせやしない、させるものか。命という重みを……一生かけて無理矢理にでも教育してやる!!」
その断固たる宣言に彼は微笑した。
「くくくっ……馬鹿なこと考えやがって……。
いいのかそれで?俺には拷問しようが何しようが何の効果もないぜ?いくら何でもお前一人だけでするつもりか?」
「そこは提督や色んな人が理解してくれて協力してくれると思うわ。あたしがそうなるようたくさん努力する、それでもだめならさらに努力するわ。
絶対にそのねじ曲がった性根、叩き直してやるんだから。ふふ、改心した時のあんたが生涯一番の見物ね」
「あ〜あっ、やっと死ねると思ったのによ……まあ、無理だと思うがせいぜい頑張れや」
……和解とまではいかないが状況が本当の意味で落ち着き、全員が安堵した。

「……考えたら、宇宙旅行に行きたいと言い出したのが全ての始まりだよな……」
「う……」
「まあ、結果的に未知の宇宙にいけたからいいんじゃないかな?ははっ……」
ドラえもん達は今までの経緯を思い出し、ここまでの苦労を感傷に浸っていた。
(死んでいった仲間よ、すまんがお前らんとこに行くのが先延ばしになったようだわ。
特にユノンにはいっぱい甘えさせてやりたかったとこだが……、まああいつらもいるし大人しく待っとけや)
ラクリーマは見上げてそう想いを送っていた。天の光となった彼らに……。
「上がどうかしたの?」
のび太はそんな彼を不思議そうに見つめていた。
「くくくっ、お前らとは別の形で会いたかったぜ」
「?」
――だがその矢先!!
恐れていた通り、艦内は一気に激震した。大爆発が次々に起こり、内部が次々に崩壊されていく。
オペレーションセンターにいたカーマイン率いる連邦隊員その震動と崩壊に翻弄されていた。
「総員、すぐにこの艦から脱出せよ!!崩壊するのは時間の問題だ!!」
隊員達はすぐに自分達の乗ってきた機体の待機位置へ走っていくが、カーマイン、コモドス、クーリッジらは一向に戻らないエミリアとミルフィ、そして地球人の子供達の安否が心配でならなかった。
(エミリア、何してんだ!!早くしないとこの艦が爆発するんだぞ!!)
(ミルフィ……早く戻ってきてくれ……)
……そしてドラえもん達のいるプラントルームも同じく緊張が走っていた。
「エクセレクターが……この艦が崩壊する……」
0;「何だって!!?」
「ママ〜〜ぁっ!!こんなとこで死にたくなぁい!!」
案の定、パニックに陥るスネ夫達。エミリアとミルフィも挙動不審のように辺りを絶えず見回していた。
「一刻も早く戻って提督達と合流しましょう!!」
「その方がいいわね!!」
しかし、ラクリーマの反応は、
「バカかお前ら!?いつこの艦が全崩壊するか分からんのに今さらオペレーションセンターに戻るとか自殺行為だ。
……もう恐らくテレポーターは使えないだろう。それならここから最短の格納庫にある脱出ポッドに乗った方が安全だ!」
「……言われてみれば確かにそうね。未だに通信機の調子悪いしあちらがどんな行動してるか分からない……提督達はもしかしたら脱出準備に移行しているかもしれないし……」
「それに戻る途中で爆発に巻き込まれでもしたら……」
彼の提案に全員がうんと頷いた。
今は一刻も早く且つ、安全に脱出したほうが妥当である。
そう彼は立ち上がると真剣な眼差しで全員を見る。
「俺についてこい、格納庫の脱出ポッドは詰めれても5人しか乗れないが数だけは沢山あるから俺と女、着いたら操作方法を教えるし二機に分かれて脱出だ。
……早く行かねえと下手したらこの艦の空気が外に吸いだされて俺は大丈夫だがお前らは窒息するぞ」
しかしエミリアは彼に対し猜疑心丸出しの目をしている。
「あんたのその言葉……信じていいわけ?」
「別に信じるか信じまいかはお前の勝手だが、俺は脱出ポッドに向かう。
信用できないならこの艦内を死ぬまでさ迷えばいい」
彼女は拳をギュッと握りしめ、コクッと頷いた。
「……なら行きましょう、全員が無事脱出できるよう、みんなで協力よ」
そして全員がプラントルームから出ていこうとした刹那であった。
「ぐっ……ぐぐっ……」
ラクリーマが突然、うめき声を上げてその場に口をグッと押さえて膝をついた。
「ラクリーマ……?ラクリーマァァ!!!」
「どうしたの!?」
彼の聞いたことのない異様な声を聞きつけ、全員が彼の元へ向かった。
「ラクリーマ大丈夫!?」
「ぐえっ、のび太、俺に近づくな……」
今の彼は明らかに異常だ。先ほどの穏やかな顔から一転、顔面蒼白であり、その精気のなくなったような身体を震わせている。
冷や汗も大量の流れ出ていてこれはどうみても『正常』ではない。
「ぐゲェェェっっ!!!がはっ!!がはっ……!!」
大量の吐瀉物、いや、大量の血が押さえている手を決壊させ、溢れ落ち、手を放すとおびただしいほどの血と共にぐらぐらであった歯が数本、その根ごと取れて撒き散らした。
彼の異常に全員が恐怖し絶句した。一体何が起こったのかと。
「ああっ……うああ……」
「なんて……こと……」
するとエミリアは急いで弾帯から何やらトランシーバーのような長方形状のデバイスを彼の身体に接触させた。
「エミリアさん、これは!?」
「これは触れた人の身体状態を調べる物よ。これで今、身体で何が起こっているのか解るわ!」
苦しそうにうなだれるラクリーマ。こんなに多く血を吐くなんてことはただ事ではない。
すぐにデバイスを離し、その小さな画面に映し出された内容を確認すると、瞬間に彼女の顔も青ざめたのであった。
「あ……あっ…あんた……一体……何をしたらそんな状態になるの……?」
「えぇっ、そんなに酷いんですか!?」
彼女は恐怖のあまり唾を飲み込む。そしてその口から放たれた言葉とは……。
「……もう酷いってレベルじゃないわ。
身体中がもうメチャクチャ……一番ひどいのは、症状は重度の放射線障害……、それに加えて肋骨数ヶ所が完全に折れて近くの内臓を酷く傷つけてる……。
はっきり言って、今生きてるのがおかしいくらいだわ!」
その内容に全員、特にのび太としずかは絶望した。
「放射線……障害って……?」
「……被曝したってことよ。あなた達に分かりやすく言えば放射能をたくさん浴びてもう……助からないかもしれない……」
被曝……地球でもよくある原発の事故、核兵器による破壊の次に襲いかかる放射能による恐ろしい被害。身体を蝕み、ボロボロにし、そして苦しませて死に至らしめるという悪魔の産物である。
「……まさか……メレウル班長が使用した核弾頭……」
「お前らが放った核の爆心域……爆発直後に通ってきたからな。どうやらモロに放射能を喰らったらしい……」
エミリアはふとあることに気づいてしまった。
「じゃあ、まさか……あんたはさっき、そんな酷い状態であたしやドラちゃん達と戦ったってこと!?」
ドラえもん、ジャイアン、スネ夫もその意味に気づき、唖然となった。
「あんた本当にバカじゃないの!!
なんでそこまで自分の身体を追い込むの!?」
「……俺には勝つか負けるかしかないから俺の身体状態などどうでもよかった。俺は勝つためならたとえ死んでも勝つ」
「そういう考えがバカだって言うの!!
仮にも両親から授かった大切な身体と命でしょ!?」
「けっ、俺は物心ついた時から天涯孤独の身。親なんぞまったく知らねえよ」
ラクリーマから放たれたその事実にそのいる全員の心が抉られた。
「第一、『ラクリーマ・ベイバルグ』って名前は俺を拾ってくれた前任のボスがつけてくれた名前だ。本当の名前なぞ俺にはねえんだよ」
「名前がないって……あんた、どこの惑星出身なのよ……?」
「お前がそんなこと知ってどうすんだ……!?」
「答えなさいよ!!そんなに答えづらいことなの!?」
出身を答えるだけなのに言い渋るラクリーマだが……。
「惑星……トラシュだ」
「トラシュ……ですって……」
「ウソでしょ……」
エミリアとミルフィは耳を疑った。
「二人共、何か知ってるんですか!?」
彼女達もラクリーマと同じく言い渋っている。
気を落ち着かせるように一呼吸置き、その口を開いた。
「……そ、その劣悪した惑星環境と凶暴で野蛮な種族ばかりが蔓延り、ついには保護不可能と断定されて銀河連邦からも見放された惑星よ……そこ出身だったの……?」
「けっ、何が見放しただ。『見捨てた』の間違いじゃねえのか?」
「「…………」」
「まあ、別に恨み事をいう気はないぜ。あんなこの世の地獄に生きてきたからこそ、今の俺があるからな、逆に感謝してるぜ……」
「けど……確かあの惑星は2年ほど前に小惑星が激突したって話よ。もう生き物全てが全滅、住めない死の星と化したハズ……」
その情報を知ったラクリーマはクスッと笑った。
「そうか。ついにあの星もおっ死んじまったか。あの星から出たのが約10年前だから少なくとも俺はトラシュの生物より運がいいな」
「10年前って……あんた何歳なの?」
「そんなの数えたことねえし、わかんねえよ。だが……もう二十歳行くか行かないかぐらいだろうよ」
「二十歳ですって!!?
あたしより8歳くらい若いじゃないの!!
じゃあ、あたしの惑星を襲った時はまだ……17歳くらいの時ってこと!?」
……この男はエミリアより幾分若かった。地球人なら成人になったばかりの彼は名が知れる程の極悪人になり、悪の組織『アマリーリス』の頂点に立つ男であったのだ。
そして全員が多大なショックと共に疑問が生まれた。
“今までどんな境遇で育ってきたのか”と。
「考えてみりゃあ、のび太達の歳ん時は本当に凄まじかったな。毎日が侵略と戦闘づくしで血で染まってた。
ガキん時からの興味も『どうやったら相手を簡単に殺せるか』だもんな。
俺がのび太、しずかに言った『お前らとは根本的に考えが違う』とはこのことなんだよ」
平和な世の中でごく普通に生まれ、ごく普通に育ってきたのび太達地球人、エミリア達とは違い、ラクリーマは小さい頃から常に死と隣り合わせで生き残るために、そして殺し合い、戦うためだけに人生を捧げてきた男。
そんな『人生』について価値観が全く違う彼らがこうやって出会ったのであった。
「……もうこんな話はもうやめて今すぐ脱出だ!!早く行くぞ!!」
彼は立ち上がるが完全に身体が弱りきってしまい、よろけて倒れてしまう。エミリア、のび太、しずかは慌てて彼に手を貸して支えた。
「ああっ!!もう動いたら死んじゃうよォ!!」
「もう無理しないでラクリーマさん!!」
「あんた、本当にもう顔からして今にも死にそうじゃない!!」
しかしラクリーマは救いの手を振りほどき、ふらふらながらもゆっくり立ち上がる。
「俺は……のび太としずかを地球へ送り帰すと約束した。
ここで死なすことは命を張ってでもさせねえ!!何故なら――」
“…………”
――たったそれだけであった。しかし彼の発言には聞くものを無理矢理にでも解らせる説得力というものがあった――。
「……行くぞ」
――そしてプラントルームから飛び出し、いつ事切れるか分からないほどに衰弱したラクリーマを頼りにドラえもん、スネ夫、ジャイアン、のび太、しずか、エミリア、ミルフィの集団は最寄りの格納庫を出ていった。