そして8人は長く果てしない通路を走っていった。
もう崩壊の時が近く、通路自体がもう火災とひび割れが発生し、いつ潰れてもおかしくない状況だ。
「はあ……はあ……」
ラクリーマは息を切らしながらも必死で走った。
その痩せこけ衰弱しきった顔、出血多量で最早焦点が合わない虚ろな瞳、誰からも憐れに思われそうである、そんな彼がここまで尽力する強靭な精神力はどこから生まれるのであろうか――。
「ぐあ……げぇえっ!!」
立ち止まりその場で少量だがまた吐血を始め、フラッと倒れそうになるラクリーマを全員が彼を必死で支えた。
しかし、彼は歯を食い縛り、足を踏ん張り、ゆっくりと前に前に進もうとする。
そんな彼をエミリアはもの悲しい眼で見つめた。
「なんで……なんであんたはここまで頑張れるの……。
こんな……男が……どうして人殺しとか侵略とか酷いこと出来るわけ……?」
理解し難い光景であった。幾多の惑星、その文明、そこに住む人々の命をまるで弄ぶかのように手をかけてきた悪党の親玉が今は自分達の脱出のために、いつ死んでもおかしくないような状態の身体を無理して奮闘してくれているのは一体何故か――。
「こ、こっちだ、このまままっすぐ行けば右側に格納庫があるぞ……」
脱出まであと少しという所まで来た。全員は一気に駆け出したが――。
突然の不幸か、通路自体が轟音を上げて二分割に前後に分断。格納庫側にドラえもん、ジャイアン、スネ夫、エミリア、ミルフィ、その向こうにはラクリーマ、しずかと……。
「だっ誰か助けてぇっ!!!」
“のび太(さん)!!?”
彼が分断され、発生した通路の割れ目に落ちてしまった。が、下を見るとかろうじてでっぱりに必死で捕まるもいつ落ちても仕方がなかった。
「大変っ!!何か……何かないかしら!?」
「うわあああっ!!どうしよどうしよ〜〜っ!!」
「ドラえもん、何か助ける道具残ってないのか!?早くしないのび太が!!!」
「えっと……えっと……ど、どれも役に立たないぃぃっ!!」
ドラえもん側はのび太をどう助けるか苦悩していた。
しずかとラクリーマも同様であった。
「ラクリーマさん、のび太を助ける方法はないかしら!!?」
「…………」
こうしている間にのび太の握力が弱まっていき……。
「もう……だめだ……ああっ」
真下は何も見えない真っ黒い空間。落ちればすなわち『死』を意味する。
そんな空間へついにのび太が手が離れてしまい、暗い闇の中へ飲み込まれようとした。
全員が目を塞ぎ、全てを諦めた――。
「あれっ!!?」
のび太は落下していない。何と宙に浮き、少しずつ上昇してきていた。
「……言っただろのび太?お前らを絶対に死なせねえってな……」
何とのび太を引き上げていたのは金属の腕、ラクリーマの義手である『ブラティストーム』がのび太の後ろ襟を掴んでいた。
この光景を全員が刮目、そして喜んだ。
「ラクリーマさんっ!!」
「くくっ……まさか殺戮兵器にしか使わなかった左腕がまさかこんな人助けが出来るなんてな……」
ゆっくりとゆっくりと上げられてついに這い上がるのび太。
「大丈夫かのび太!?」
「ラクリーマ……うん、ありがとう!!」
しかし、喜んでる暇などなかった。ドラえもん達はそのまま格納庫へ直行できるがのび太達、三人は完全に向こう側の通路に取り残されていた。みるみるうちに通路同士が離れ、渡ることなど到底不可能である。
「みんなぁ!!」
「のび太君!!しずかちゃん!!」
彼らは再び離ればなれになってしまった。
「女ぁ、そいつらを連れてもういきやがれ!!」
「あ、あんた達はどうすんのよぉ――っ!!」
「俺らは別のルートを探す、だから早く――」
のび太、しずか、ラクリーマの三人はそこから退避、姿が見えなくなった。
「もう行きましょう!!早く脱出しないと私たちも危ないわ!!」
「のび太達はどうするんですか!!?」
「……あの男を信じましょう。ほら、あなた達も急いで!!」
言われるままに振り返り、すぐに格納庫へ向かうドラえもん一向。
たどり着いた格納庫は戦闘ユニットは宇宙戦闘でもはや無いに等しく、十分広く見渡せるほどである。
その端には脱出ポッドと思わしき小型機が無数に配置されている。しかしその大きさは詰めても数人ぐらいしか入れるほどしかなかったがもはや一刻の猶予もない。
5人全員が簡略化された操縦室の中に詰めて入ったため、空間を無理矢理圧迫していた。
「みんな狭いけど我慢してね!!」
「は、はい!!」
エミリアとミルフィが操縦パネル側に立ち、ちらちらと確認するがボタンやパネルが膨大すぎてどれを触り、どれを動かせばいいのか全く分からなかい。
「どっ……どのボタンを触ればいいの……?」
「アタシもさすがに分からないわ……っ」
完全にお手上げである。ラクリーマに操作方法を教えてもらう前にまた分断されてしまったのだから起動できるハズがない……。
しかし、ついに爆発の被害は格納庫までも及び、爆風や衝撃波が突き抜けて、早くしないとこちらもその餌食となってしまう。
「ドラえもん、残りの道具で何か使えるのはないのかよ!?」
「待って!!えっと、えっと……!!」
風呂敷の中にまとめた数少ないひみつ道具を狭い空間で探し始めた。
「ドラえもん、これ……何?」
スネ夫がふとある道具に手をつけた。それは幅の広い、勉強嫌いな人間なら見るだけで気絶しそうなほどの巨大さを持つ百科事典のような道具であった。
「これは『宇宙完全大百科端末機 』だ……もしかしたらこれなら!!」
ドラえもんはその『宇宙完全大百科端末機 』の袖を持つと全てを賭けるほどの気持ちでこれを一気に開いた。
「この脱出ポッドの操縦方法……お願い、出ろ!!」
ついに開かれたページには……。
「嘘でしょ……っ、ちゃんと載ってるなんて……」
そのページにはこの脱出ポッドの構造、操作方法全てが分かりやすく表示されていたのであった。
何と凄い物であろうか、何故ならこれは人物、物体、時代、出来事、果てには全宇宙規模の事柄を全てインプットした『アカシック・レコード』のような物であった。
「ミルフィ、あなたの出番よ!!」
「アイアイサーっ!」
早速、ミルフィはその内容を全て速攻で覚え、直ぐ様操作を開始する。その速さはまさに達人の如く、全く無駄のない手さばきと足を駆使してパネルやレバーを作動させる。
瞬間、ポッド全体がついに起動しライトアップ。前方のハッチが一瞬で開門した。
「全員、脱出するわよ!!」
エミリアが中央のレバーを前に押し込んだ時、一気にハッチの中へ射出された。
ハッチ内の長い専用通路を一瞬で通り、ついにドラえもん達を乗せた脱出ポッドは宇宙空間へ吐き出されるように飛び出した。
この中から見るエクセレクターは崩壊が広がり、外装までもが剥がれ、あちこちに小規模の爆発が起きている。これ程の全長を持つものがもし全体爆発したら……その衝撃波は計り知れない。
「のび太君!!しずかちゃん!!」
全員はその崩壊していく艦を見ながら、ただのび太達の安否を祈ることしかできないことに無力感を漂わせていた。
……そして、あの三人はやはり艦内に取り残されていた。
ラクリーマももはや体力の限界が訪れて、もはや足が朧気であった。
「ラクリーマ……ちょっと休もう!!」
「そうよ!!これじゃああなたがもたないわ!!」
「うっうるせえ、そんな暇があるなら早く行け!!いつこの艦が吹き飛ぶかわかったもんじゃねんだぞ!!」
しかしながら彼はもうのび太としずかに支えられてやっと立っている状態、倒れてしまえば二度と立てなくなってしまうかもしれない。彼はそれだけは避けたかった。
残る気力を振り絞り、ただひたすら前に行こうとしている。
(ここからだと近いのが……第15格納庫か……そこの脱出ポッドは確か交渉時に起動させておいたハズだ)
突然、彼は前方に指を指した。
「……この先にT字路があるからそこを右に行け……そこ真っ直ぐいけば格納庫があるぜ……ここから一番近いのはそこしかねえ……」
「えっ……ここから真っ直ぐ行って……」
「右に曲がって真っ直ぐね。ラクリーマさん、頑張れる?」
「ああっ、それぐらいの体力なら残ってるぜ……へへっ……」
二人は息を乱しながらも無理に笑う彼を見て、悲しくなった。
実際、ラクリーマはのび太達から見ればかなりの大男だが、それに反し二人がかりとはいえ、支えているのに重く感じないのであった――。
何故、ここまで自分達の為にこんなに我が身をボロボロにしてまで……のび太としずかは段々悲愴感にまみれてくるのであった。
――そしてT路を無事に曲がり、あと真っ直ぐ行けば脱出できるポッドのある第15格納庫が待っていた――。
彼が倒れないように左右に支えなからゆっくり歩くのび太としずか、二人に負担を掛けないようになるべく自分で歩こうとするラクリーマ。
幸い、まだここは被害が少なく、ひび割れや所々煙が出ているが通路であると言えるほどの形は保っていた。
ふと前方通路の壁にガラス張りがある。そこは隣の通路が見える、艦内でも数少ないモノである。
そこを通りかかる直前、ラクリーマにふと変な予感がよぎった――。
(なっ……なんだ……このイヤな感は……)
ラクリーマは直ぐ様辺りを見渡したが風景は変わりない。だが不安感が募るばかりで決して穏やかにはいられなくなる。
耳をすましてみると何か『ゴオーッ!!』と何が燃え盛るような音がこちらへ向かってくるかのように段々強くなる。これは一体……。
(……まっ、まさかぁ……っ!!)
ラクリーマは見つめた先はあのガラス張り。そこから何か不吉な予感が彼の勘に共鳴した。
「ふ、二人とも、今すぐここから離れろ――!」
「えっ!?どうしたの!?」
のび太としずかは当然、その『予感』に感知するハズもなく、突然の彼の焦りようと『離れろ!!』という言葉を理解できずあたふたしているだけであるが、ラクリーマはそれに見かねついに彼らを全力で前に押し飛ばした。しかしその急な動きが彼の体に負担がかかり、また吐血しかけて口を押さえた同時に――。
それは瞬間である。ガラス張りが粉砕され、その破片がラクリーマの体に容赦なく突き刺さり、さらに追い撃ちで破壊されたガラス張りの枠からは地獄の業火、爆風、衝撃波が一瞬で彼を包み込み、そして後ろの壁に叩きつけたのであった……。