小説『SWORD ART ONLINE Fifth Crisis』
作者:トモ(IXA−戦−)

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Vol.7 精神蚕食

Side; Real 二〇二二年十二月四日 CC社ブリーフィングルーム
「もう、亮さんたら!」
 起きて早々、千草に亮は怒られた。
 年下なのに、何とも姉さん女房のようである。
 まあ、怒るのも仕方がない。六時間という制限時間を最大限に使ってしまったのだ。脳にも肉体にも、相当な負荷が掛かっている。完全ダイブという最新鋭技術の悪しき点だ。精神的な疲労が異常に激しい。体を使わない、使えない状態というのが、これほどまでに苦痛だとは、想像できなかった。肉体に傷も疲労もないのに、ひどい倦怠感がある。
「時間は……」
「今、四日の午後六時五十分です」
「そっか……」
 体中に駆け巡る倦怠感に耐えながら、よろよろと立ち上がる。
「まだ、動いちゃダメです!」
 回復呪文が使えたら、どれだけ楽だろうか。
 傷も体力も倦怠感も全部まとめて吹き飛ばせるのに、現実では、ちゃんと手順を踏んで、薬を飲んで、体を休ませないと、傷も塞がらないし、体力も戻らない。体中に湧き上がる現実感に耐えて、亮は重いため息を付いた。
「それよりも、トキオは?」
「あ、えっと、彩花さんが付いています」
「連絡取れるか?」
 何か余程気になることが見つかったのか、亮は血相を変えて、千草は彩花宛てに、自分は火野と連絡を取る。二人の通話相手は、怪訝な声で最初は聞いていたが、彼の真剣な声に押されて、一時間後に全員が集合する手筈となった。
「何があったんですか?」
「なあ、この事件の目的って何だと思う?」
「え、えっと……?」
 千草も一ヶ月前、何気なしに見たテレビのニュースで事件の発生を聞いた。
 テレビに出るには華の無い、地味な感じの女性キャスターが沈痛な面持ちで原稿を読み上げていたのは、昨日の事のように思い出せる。一万人の脳と精神を現実から乖離させ、ゲームの中に閉じ込めた茅場晶彦の目的。
 確かに彼は言っていた。この城を作る事が目的だと。
 だが、それならば、デスゲームにする必要は全く無い。難攻不落の天空の城砦にする必要は全く無い。城のデザインだけを誇り、それだけを一般のユーザーに見せ付けてやれば、それだけで、彼の言う目的は完遂するはずだ。
「つまり、彼には、こんな大掛かりなことをする必要がないと?」
「それに気になるのは、どうやって『ナーヴギア』を凶器に変えているか、だ」
 別に『ナーヴギア』は、『ソードアート・オンライン』のために作られたハードではない。多くのヘビーゲーマー達には見向きもされなかったとは言え、精神科医であり、心的外傷軽減などの効果を謳った曽我部隆二の『VRスキャナ』を底本にしているならば、その利用手段は平和的なものだ。知育ソフトや、言ってしまえば、身体障害者のリハビリなど、どちらかというと「遊ぶ」目的なく作られた代物である。
 つまり、この平和的な電気信号をやり取りする代物は、一切罪が無い。
 これを兵器へと変貌させる、『何か』がある。ソフトに内蔵されているペナルティシステムなのか。それともネットワークを通じて流されるウィルスデータなのか。それは判別する事が出来ない。何せ、証拠は全部ネットの中だ。ボタン一つで証拠も残らない。
「同じように被っても、裏ルートから入った俺たちには機能しない……」
「ただの接続機器だから、トキオさんも戻って来れた……」
 その何かを調べたい。調べれば、現実の世界から茅場晶彦に勝つ手段になる。
 警察機構のような捜査権限があれば、楽なのだが。
 生憎とどこまで収益を上げても、所詮は民間企業であるCC社には、そんな権利は存在しない。既に死亡した人間の解剖データや、死亡時のデータなどは、綿密に日本政府の経済産業省と警視庁が管理している。
「これは、玲子さんや、曽我部に頼まないと無理だな」
 自分の権力のなさが恨めしい。
 
 

Side; Net 二〇二二年十二月六日 『the world R;X』ザワン・シン討伐イベント
 空前の繁栄を忍ばせる都市の跡地に、甘ロリの服を着込んだ少女に率いられた一団がやってきた。シャムロック、この一癖も二癖もある面々を唯一纏め上げられる人物だ。外見は、可愛らしい、小さい少女だが、これもネット上のアバターだ。真実の彼女の正体は、誰も知らない。若しかしたら、本当に少女なのかもしれない。逆に、とんでもない高齢かもしれない。
 ギルド(八咫鏡)
 この『世界』で最強とも名高いギルドである。伊達や酔狂で、日本神話に出てくる神器の名前を冠しているわけではない。それに相応しいだけの実力者揃いだ。
 彼女らは、難攻不落、嘗て、(フィオナの末裔)と呼ばれた二人だけが突破したという伝説のボスモンスターの攻略に挑もうとしているのだ。それに必要なだけの戦力とアイテムはしっかりと揃えてきたのだが、用心に越したことは無い。
「来るわよ!」
 シャムロックが叫ぶ。
 遺跡の奥から、轟音を響かせ、咆哮を嘶かせ、巨大な龍が現れた。件の最強モンスターザワン・シンである。そのサイズは、メートルでは利かないだろう。キロ単位で表現するべきほどの大きさ。ぐるぐると悪魔のように巻いた角といい、何故、蒼海と蒼天の二人は討伐できたのかと、今更ながらに疑問に思う。
「呪文用意!」
 彼女の指示に、魔道士が攻撃呪文を用意する。
「前衛突撃!」
 更に、指示を飛ばす。
 彼女を肩に乗せている黄金の鎧を着込んだ槍使い以外、大きな剣や刀など、近接戦闘を得意とする面々が、悪龍へと突撃を敢行する。一回、二回、三回、連続で攻撃していく。時間は必要になるが、手数を多くして、出来るだけ死亡するリスクを下げる。一人失うと、それだけ回復の手間が必要になる呪療士も何人か連れてきてはいるが、彼らは攻撃に使う人員である。あまり戦略的に人員配置は変えたくない。それだけ、攻略が遅れる。
「前衛後退! 魔法発射!」
 突撃を敢行した部隊が下がり、魔法攻撃が炸裂する。
 特別属性によるダメージ軽減はないが、流石はシステムが用意した伝説のモンスターである。表示される体力も百万単位で、ステータスも半端なく高い。連続した攻撃でダメージは与えられたが、全体からみれば一パーセントにも満たない。
 龍が大きく息を吸い込んだ。
「ブレス、来るわよ! 全員回避行動!」
 人の身長ほどもある巨大な牙の並ぶ口から、巨大な火の息が放たれた。
先ほどまでシャムロックが居た場所を赤く焼き、コロッセオのようになっている反対側の壁を焼いた。まだダメージ判定があるのか、石畳は赤々と焼けている。
「ダメージ確認!」
 ダメージが無い事を確認して、再度シャムロックは、攻撃を指示した。
 だが、次の瞬間。
 地面に亀裂が入った。
 敵の攻撃、ではない。トラップだ。それも初歩的な落とし穴。誰が踏んだのだろうか。何人かが引っかかって落っこちていく。
「初見殺しのトラップか……」
 シャムロックは苦々しげに、呟いた。
 だが、ついでにザワン・シンも落下していく。
 そして、完全にロスト。
 攻略中止だ。
「うわわわー!」
「もー、アスミの馬鹿―!」
「ははは、楽しいな!」
 穴の底から、女の子三人の叫び声が聞こえてきた気がしたが、シャムロックは助けようとは思わなかった。
 その中に、白い髪の中性的な容姿の剣士が混じっていた。黄色のラインを走らせた白銀の甲冑を着込んでいる騎士然とした少女だ。
 彼女には、見覚えがある。確か…・・・
「情報屋のトービアス……?」
 そんな名前だ。
 だが、他のギルドが入っている時には、攻略場所へと絶対に入ってこない。弱った得物を横取りしたり、されたりでトラブルが絶えないからだ。下手をすると、それが「リアル」での刑事事件に発展しかねないことは、シャムロックは良く理解している。
 それが、この『世界』で生きていくための暗黙の了解である。
 恐らくは、攻略不可能ボス、ザワン・シンに追い立てられているのだろうが、良い気味だとか、ざまあみろなどと言う暗い気持ちはない。獲物を譲ってやろうというくらいの考えだ。クリアできるなら、という条件付きではあるが。



Side; Real  二〇二二年十二月六日 新宿区中華料理店「シードラゴン」店内
 曽我部の、ネットワークコンサルタントという本業の都合に合わせていたら、会えるのが、一日伸びてしまった。別にそのことに不満は無いのだが、指定された待ち合わせ場所には、さしもの亮もため息しか出てこなかった。
「にしてもなあ……」
 見上げると、古ぼけたビルが立っている。その六階だけ赤く塗りつぶされ、このさびれたビル街の中で、異質に浮いている。
 敢えて、お台場の一等地にあるCC東京本社からは離れた、古びたビルの六階にある中華料理店を曽我部は指定してきた。高級料理店などというものに縁の無い大学生と高校生は所在無さげに、周囲をきょろきょろと見回している。古ぼけたビルの中にある割には、清潔感も半端なく、掛けられている墨画や中国陶器も途轍もない高級品だと、一目瞭然だ。
 丁度、夕食時なので、それなりに暖簾を潜っていく人の数は多い。
「やあ、待っていたよ」
 バイクを走らせて亮が、書類を色々と誤魔化して退院してきたばかりのトキオを連れて、彩花が店の暖簾を潜ったのは、殆ど同時だった。その四人を迎えたのは、一足先に紹興酒のボトルを傾けていた曽我部隆二と、むくれた顔でオレンジジュースを飲んでいるリーリエ・ヴァイス、そして、眼帯をしたまま料理に手を触れることなく、目の前のゲームに興じていた少女であった。
「女二人連れて、対面とは、何とも贅沢の極みだな」
 ハセヲが、皮肉交じりに言う。
「まあ、そう言いなさんな。大体、君も女連れだろうに」
「同感」
 眼帯の少女が一切目線を上げることなく、むすっとした無表情で呟いた。
「クラリネッテ、そろそろゲームを辞めて、食べてくれないかな?」
 曽我部が眼帯の少女を促すと、目の前の一人用の皿に盛られた中華料理独特の味付けをされた色の肉を、無言で頬張った。美味しいとも、不味いとも言わず、咀嚼して、呑み込んで、また食べる。ネットの中でも、無口だが、現実でも無口だ。
「まあ、座んなさいな」
 曽我部に促されて、四人は腰を落ち着ける。
「何、飲む? 大人な亮君はアルコールが良いかい?」
「バイクなんで無理だ」
「そいつは残念」
 トキオと彩花には、有無を言わせずウーロン茶を注文した。
 食前の飲料が届いたタイミングで、亮は話題を切り出した。
「さて、曽我部よ。色々と聞きたい事がある」
「何かな」
 曽我部は低い鼻に乗っているだけというような感じの眼鏡を収まりの良い位置に戻しながら、尋ね返した。アルコールの入った顔はほんのりと赤い。
「此方も、色々とコソコソと嗅ぎ回ったんだ。ネットの中の情報と統合して、一つ答えを出してみようじゃないか」
 そんな風に大人二人が口火を切った隣で、子供たちは運ばれてきた高級料理に眼を丸くしていた。もうどれくらいの値段になるのか解らないような高級そうな食材を惜しげもなく使い、見た目にも楽しく、麗しく、美味しそうだ。
「まず、俺が聞きたいのは三つだ」
「ふむ」
「一、何故、参加者を一万人に限定したのか。二、浮遊城(アインクラッド)は、どこから現れたのか。三、普通のゲームハードである『ナーヴギア』をどうやって殺人機械に変えるのか。火野とも昨日のうちに話したけど、同門だっていうアンタが一番詳しいだろう」
 蓮華にチャーハンをこんもりと乗せて、口へと運び、曽我部は二、三回噛み砕く。
 彼の注文したカニチャーハンである。大衆食堂くらいしか利用する機会の無い亮には見たことの無い、飾りつけが施してあった。立派なカニの身が贅沢に入っている。
 トキオなどは話に参加することも忘れて、「うまい、うまい」と感動の涙を流しながら、食べている。それに比べると流石に女性陣は、皆、食べ方が綺麗だ。
「一番、答えやすいのは二番の質問かな」
「……(アインクラッド)の由来か」
「うーん、ちょっと長くなるけど、聞く?」
「勿体つけてないで、話せ」
 長幼の序など知ったことかとばかりに、厳しい顔で睨みつけながら、話を強引に先に進ませる。その間にも、注文した品は次から次へと届く。明らかに六人で消費するにはおおいくらいだ。まだ、誰か来るのかと思ったが、次から次へとトキオが平らげて良く。
 退院して間もなく、碌な食事を取っていない彼の食べっぷりに二人が関心している中、曽我部はゆっくりと思い出に浸るように、話始めた。
「俺らの大学時代って、ちょうど『The World』の最初。本当に最初の『fragment』が出た辺りだったのよ。そりゃ、はまったさ。世界初の大規模MMORPG、ネット解禁になる前までは、毎日のように、テーブルトークRPGを徹夜して、楽しんで、次の日の講義で教授にこっぴどく叱られるような、お互い馬鹿な大学生だったからな」
 その場のノリと、勢いだけで全部を誤魔化して生きているような男にも大学時代はあったのだ。同門である、今回の事件の犯人と同じ大学時代の思い出が。
「んで、それにのめり込んだ。まあ、黄昏事件とかは置いておいて、普通のプレイヤーだったのさ。だけども、あいつは段々と、自分の世界を欲し始めた。丁度、テーブルトークの時にゲームマスターやってたのがあいつでな。その時のゲームが、ほれ」
 パサッと曽我部は鞄から数枚の紙を机の上に放った。
 緻密に書き込まれた設定、バランスよく書き込まれたキャラクターの数々。乱数を調整するために用意されたサイコロの結果といい、入念な下準備の元で作られた事を想像させられるテーブルトークRPGの結果であった。
 その中に一枚。全員の目を引く設定図があった。
 下手糞なイラストだが、寧ろ下手だからこそわかり易い、空の上を飛ぶ鋼鉄の城があった。タイトルは、そのまま「空を飛ぶ鉄の城」だが、これが現在の彼の世界を作っていることは揺るぎようの無い事実だろう。
「あいつは、小さい頃から、この城を夢に見たって言ってた」
「おいおい、何だ、茅場は妄想癖でもあるのか?」
「そんな事を言ったら、『ぼくのかんがえたさいきょうのせってい』で遊んでた俺たち全員同じようなものさ。何せ、自分とは違う人間を演じるんだからな。青臭くて適わんよ」
 そんな風に自嘲と自重が混じったため息を付く曽我部。
「まあ、こんな風に遊んでいるだけなら良かった。だけどもだ」
「何だ?」
「これからが本題なんだが、あいつは天才に挑戦してみたくなったのさ」
「……?」
 天才量子物理学者であり、プログラマーとも呼ばれている彼が、一体、どの分野の天才に挑もうというのだろうか、少なくとも大抵の物理学者とプログラマーでは、彼に太刀打ちできないことくらいは、殆ど周知の事実であろう。
「ハロルド・ヒューイック、そして犬童雅人」
 何とも懐かしい名前が出てきた。
 現在のネット世界に関わる深奥に存在する二人の名前。
「天才は、更なる天才へと挑むことを至上の命題にしてきた。その結実が、この事件なんだろう。少なくとも俺はそう思っている。いくら天才と呼ばれても、完全な知的生命体をネット上には再現できなかった。どれだけ技術を磨こうとも、犬童に太刀打ちできなかった。そん時からかな。段々と、あいつが研究にのめりこむ様になったのは……」
 紹興酒の新しいビンを開けて、曽我部は呷った。
「もう、リュージ。いい加減、飲みすぎ!」
 リーリエが怒るが、そんな事は気にせずに曽我部は、また一口飲んだ。
「今、言ったことは、既に八蛇にも警察にも言ってある。んじゃ、次だな。ただのゲームハードを処刑の道具に変えるシステム」
 目下、CC社の技術開発部が必死になっているのは、そのシステムの究明だ。
 茅場はゲーム開始時に、宣言している。ギアの破壊、取り外しという反則行為の禁止を。尤も『重複存在』であるトキオだけは、もう一度、自身の体をデジタライズするという、ゲームマスターにも想像できない抜け道を使うことで、脱出した。
「『死の光事件』を覚えているか?」
「覚えて、は、ないな。まだ物心付く前、こいつらに到っちゃ生まれてすらない」
「ああ、もう歴史のお話になるんだな」
 ジェネレーションギャップに、最年長はがっくりと肩を落とす。
 死の光事件。
 第一次ネットワーククライシスの前。
 二〇〇三年十二月の話。
 コンピューターウィルス「デットリーフラッシュ」が世界各地にばら撒かれた。このウイルスは、文字通り人殺しのウイルスであった。感染した端末に人の生理機能に異常を強引に起こさせる画像と音楽を送り込む事で、吐き気や眩暈などを引き起こさせた。
 死者は、なんと七名。
 パソコンとネットワークという、今まで殺人機械になることなど誰も想像しなかった品物を、その男は処刑台に変えて見せた。結果、アメリカのダレス空港で捕まり、死刑判決を受けている。その後のことは知らない。既に刑が執行されたのか、それとも脱獄したのか、一切日本国内はおろか、世間に、その男の情報は出てこなかった。
「まあ、サブリミナル効果というと語弊があるが、そんなものだ」
「つまり、チップから、神経接続を死ぬようなラインまで引き上げる指令があると」
 彩花が口を挟む。
「多分な。詳しいことは、解体しないと、だが……」
 構造上、非常に疑問だったのだ。
 何故、『ナーヴギア』には、充電電源が占められているのかという事である。
 精神の全てをゲームの中へと飛ばすならば、その間の時間、体は一切動かないことになる。つまり、そもそも『FMD』や『HMD』と違い、嵌めたまま走ったり、話したりということが出来ないということになる。なら、外部電源だけあれば良い。家の中でコンセントを繋いで、使用する。それだけで良い。内部電源を組み込んでやる必要など全く無いのだ。
 この重さは、殺すためのエネルギーなのだ。
 そうなると、次に問題になるのは、殺し方である。
 曽我部の言うように、「デットリーフラッシュ」ウイルスのように、神経刺激で以って人体を破壊するのか、それとも内蔵されているバッテリーで以って、高出力の電磁パルスで脳を焼き切るのか、では、同じ殺し方でも対処法が異なってくる。
 電子レンジに掛けられるならば、解体する必要は無い。
 そして、対処も簡単だ。
 電子レンジの前に立つと、電磁波に晒されるという風聞があるが、大きな間違いだ。電子レンジには、鉄製の網が張られている。これが電磁波を阻害するのである。
 そして、電子レンジで熱を与える方法は、電子線などを放射して、物質の粒子を激しく振動させることによって熱を生むのである。
 つまり、ギアから電子レンジと同様の方法で電磁照射されるのであれば、その電磁波と同質・同量、逆回転の電磁波を衝突させれば、それだけで問題は消える。波が互いに打ち消しあい、物質の振動はなくなる。勿論、反存在を与えなくとも、電子レンジのように、電磁波を防いでし合えば、それだけで「死のリスク」というのは、圧倒的に軽減される。
 電磁波というと複雑な代物のように見えるが、実際は実に簡単に打ち消せる。高々、重めのダンベル程度の重さに内蔵されているバッテリーで出せる高出力など知れている。
 だが、神経接続による視床下部への攻撃ならば。
「これは、防ぐ手立てがないな」
 聴覚神経、視神経、あらゆる神経に訴えかけて、脳を壊す。
 それが「デットリーフラッシュ」だった。
 今回、同じ方式が取られているならば、防ぐ手立ては無いに等しい。 
 死の間際を見極めて、ワクチンプログラムを打ち込むなどというシビアな事が出来る人間がいるとは思えない。そして、取り外し不可能ということなら、外部からチップ内に搭載されていると推測されるウイルスの駆除も難しい。
 だが、それよりも、問題視しなければならない事がひとつ。
「だけど、そうなるとひとつ疑問が生まれるわね」
「ああ、これだけは、どう考えても説明できないんだが……」
 困ったような顔を浮かべる、曽我部と彩花。
「何だ? 何がもんだいなんあ?」
 そんな二人に、こんがり焼けた肉をほお張りながら、トキオは尋ねる。
「単純に、茅場晶彦がどうやって、手に入れたか、だな」
 ダレス空港で逮捕されて以来の情報が入っていないが、少なくとも死の光事件の犯人と、茅場を結びつける「何か」が存在していないのである。幾ら、茅場が天才とは言っても、ゼロから何かを作れる訳ではない。何かの素地と土台があって、初めて成立するのである。
 彼の専攻は量子物理学とコンピューターである。
 物理学者が、人間の脳神経を弄り回せるだけのウイルスを作ることが出来るだろうか。
 幾ら、物理の天才であっても、生理学の天才ではない。医学分野、特に脳科学に精通しているわけではない。曽我部も、亮も、彩花も、それが疑問だったのだ。
 もし、『ナーヴギア』が『VRスキャン』という、もう一人の脳科学の天才から派生した代物だというのならば、精神を閉じ込めるという事は論理的には可能だ。曽我部隆二が信奉した天城丈太郎の『リアルデジタライズ』理論から発生させているのであれば、『魂』だけを『デジタル』に閉じ込める、『ソウルデジタライズ』とでも言おうか。
 このSAO事件の被害者は、いうなれば植物状態。意識と運動をつかさどる電気信号を別の場所、電脳空間へと人為的に流されている故に、起きている現象である。
「まあ、これは要調査だな。アーガスに頼んで、何台か貰おう」
「解析を任せていいか?」
 亮の申し出に、また一口、アルコールを飲んでから、しばし考えて答えを曽我部は出した。退屈そうに、面倒くさそうに、だけども、どこか楽しそうに。
「……まあ、俺の夢の残骸から、始まっているなら、ケツ拭くのは、俺じゃないとな」
「んじゃ、曽我部は解析だな。俺は毎日、ネットに潜る、トキオ着いて来い」
「おっしゃ、任せとけ!」
 豪快に、それでいて下品に、酢豚の大きな豚肉を食い千切りながら、トキオが吼えた。口を開いたついでに、何か色々なものが見えた気がしたが、誰も何も言わなかった。性格にはいえなかった。あまりにもマナーが成ってなかったので。 
「まあ、妥当な判断だな」
 今回の救出プロジェクトチーム全員に、すでにAIDAの情報は伝わっている。
 AIDAに対抗できる人間を常に一人。六時間のローテーションで(アインクラッド)に張り付いておくべきだろう。意外に人数は少ないので、臨機応変に行きたいところだ。
「なら、クラリネッテとメトロノーム、んで、オルゲルを団長命令で送るわ」
 人数の少なさ、それで更に人員が欠けることを危惧した曽我部が、自身の部下の参加を申し出た。いずれも、シックザールPCの面々であり、トキオとは因縁浅からぬ仲であり、性格的に難のある人間ばかりだが、実力は折り紙付きである。
「了解」
 相変わらず、会話になっていない言葉で、クラリネッテは答えた。

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