小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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「ここが学校ってヤツか。」


初めての外の世界は色々と衝撃的だった。
本で知識としては知っていても、やはり生で見るのはこの上なく興味をそそ
られるものだ。
おかげでだいぶ寄り道が多くなってしまった。
この学校に着くまでの所要時間を大幅にオーバーしている。
それでもやっと目的地だ。


「えっと…名前はっと……川神学園か。」


変わり映えのしない名前だが、ここらでいいか。
この学園からは強そうな奴らの気が感じられる。
どうせなら見ていて面白い奴が多い方が退屈しない。
これで拠点も決まった。

さて、問題はここからだ。
どうやってここに入学しようか。

そもそも俺は戸籍も住民票も何もない。
かといって、ありのままの出生を語るわけもないので作ることもできない。
まあ、それが入学に必要なのかは知らないけどな。
だが、仮にも未来を担う施設にそんな正体不明な奴を学校側が受け入れるわ
けにもいかないだろう。

なら、どうするか…。
まあ正攻法なんて最初からないんだから、前読んだ小説に習うか。
俺らしく行こう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


―学園長室


「はぁ、学園長も楽じゃないのぉ。」


トントンと書類を机で揃える。


「生徒が決闘でもしてくれれば、気も紛れるのじゃがなぁ。」

「よぉ、じいさん。」

「ム…」


川神鉄心1人しかいなかった部屋に別人の声が響く。


「おぬし、気が感じられんの。だが、それ故弱いというわけではないらしい。
気配も完璧に消しておった。ワシの背後をとるとは、見事じゃな。」

「そらどーも。けど、その背後を取られた奴にしては、余裕すぎると思うが?」

「あいにくと背後を取られたくらいでは負けはせんよ。」


ヒュッと、その攻撃は刹那。
コンマ1秒で繰り出された拳。

パシッ

だが、その攻撃は同じ速さで止められる。
鉄心は予想外の結果に驚く。


「今の攻撃を止めるか…、気配の時点で気づくべきじゃったが、おぬし只者
ではないな。気もないのに今のスピードとパワーに対応するとは…」

「何言ってんだ。手加減なんてしてるから、止められるんだよ。お前こそじ
じぃのくせに元気な攻撃してくるじゃねーか。どんな老後ライフをおくって
たら、こんな馬鹿みたいな力がつくんだよ。」

「……ふむ?おぬしはワシのことを知らんのか。」

「俺がなんで年配のことを熟知してなきゃならんのだ。」

「おぬし、街の外から来た者か?」

(なんでばれたんだ?こいつ、もしかして有名人か?)

「ああ、そうだけど…」

「ふむ、それならばワシを知らないのにも納得がいくのぉ。外にこんな逸材
がおったとは、ほっほっほ。」

「おい、じぃさん。ほのぼの喋ってんのはいいけどよ、さっさとこの拳の力
を緩めてくんねぇか?押さえんの面倒くせぇんだけど。」

「こっちもやられると困るからの、油断はできんわい。」

「それにしては、さっきからベラベラと喋って緊張感なんて全くねぇけどな。」

「まぁ、それもそうじゃの。」


鉄心が入れていた力を抜く。
それに呼応するように海斗も掴んだ拳をはなした。


「“そうじゃの”って…随分あっさり折れるんだな。」

「おぬしからは戦闘に入った途端、相手を倒そうという上質で鋭い殺気は感
じられたが、不思議とそこに邪気は感じられなかったんじゃよ。あれだけの
殺気に邪気がないとは相当なものだと思っての。」

「何言ってんだか。年寄りの平和的な妄想にも程があるだろ。」

「馬鹿にするでないわ。ワシくらいになれば、それくらいの判断はつく。」

「ただの耄碌じじぃが何言ってやがる。」

(本当にワシのことを知らんのじゃな…)

「それでおぬしが無断で学園長室に入っていたのは何故じゃ?」

「ああ、俺をここの学園に入れろ。」

「……は?」

「この前読んだ小説には、手っ取り早くことを済ませるためには頭を落とす
のがいいって書いてあったからな。誰にも気づかれず、ここに潜入すんのは
少々骨が折れたけどな。」

「じゃが…」


ガラガラ

そこに突然の来訪者。
ルー・イーだった。


「失礼しまス、少し用が……ン!敵!?」

「ちっ…!」

「おい待て、ルー。こやつは…」

「音もなく進入するとは、容赦はしないヨ!」

「そっちが来るなら、自己防衛はさせてもらうぜ。」


ダン!

次の瞬間、ルーは床に組み伏せられていた。
海斗の投げ技によって。


「クッ!ただものじゃないネ…」


ルーも全力で臨んだわけではない。
しかし、その動きから強さは認めざるをえなかった。


「頼むから疲れることさせないでくれ。」

(なんと…こやつは…。今の一瞬でルーの連撃を止めるだけに留まらず、反
撃の一撃で相手の自由まで奪いおった…。この学園は強く信念を持った者は
歓迎しておる。なんらかの事情はありそうじゃが、こやつの立ち姿は…)

「だけど、まだまだだヨ!!」

「ルー、落ち着け!敵ではない。」

「あっ、そうでしたカ…分かりましタ。」

「おぬし、名前は?」

「名前?流川だが…」

「下の名前もじゃ。」

「・・・・・・」


俺の親はあっちの世界に行って、すぐに死んだらしい。
唯一俺が親から受け取ったものは親の身分証明書のようなもの。
そこには“流川”という苗字があった。
だから、俺は“流川”。
親がつけていなかったのか、つけていたが残されなかったのかは分からない。
だが、どちらにしろ俺に名前はない。


「…海斗。」

「む?」

「流川海斗だ。」


捨てた親は確かに最悪だが、恨んではいない。
人の心なんてそいつ自身しか分からない。
俺が同じ立場だったらどうするかなんて分からないんだ。
まあ、だからって捨てた親を大好きだなんて嘘はつけないが。

だから、俺はそんな不甲斐ない親も受け入れる。
“流れる川”を受け止める“海”のように。
それが俺の背負う名前、“海斗”だ。


「では、流川海斗。おぬしにこの学園の受験資格を与える。テストの点数が
規定を超えれば、はれてこの学園の生徒じゃ。」

「ああ、分かった。」


そして、海斗は学園に入学し、新たな世界に入った。






「……全く無茶苦茶な奴じゃ。」


…テストの点数は全て満点だったという。

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