小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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―廃ビル内


「なんだ?」

(表にいきなり新たな気が現れた…、何かあったのか?)

「くそ、ここをさっさと終わらせるか。」

「も、もう降参だ、許してくれ!」

「そっちから仕掛けてきておいて、降参はないだろう。もっともっと私の相
手になってもらうぞ。」


百代は戦いに飢えていた。
久々の力を発揮できる舞台に狂喜していたのだ。
そんな百代を前に逃げようとする敵。
もとより実力差は圧倒的だった。
逃がすまいと百代は剛拳を突き出すが、それは二人の手によって止められた。


「そこまでじゃ、モモ。」

「ジジイ、ルー師範代!」


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「ちっ、不良たちが…」

「大和危ない!」


大和を狙う不良に京の正確な援護射撃がヒットする。
だが、


「そんなことをしてる余裕があるのかい?」

「かはっ…」


ノーガードのわき腹を棒で横殴りにされる。
勢いそのままに京は吹き飛ばされた。


「京!くそ…手数が追いつかねぇ…」

「こんなとこで負けるわけには行かないわ!アタシたちは海斗を助けるんだ
から!」

「……海斗?」

(なんで、海斗の名前が出てくんだ?そもそも作戦もあまり聞かされなかっ
たし…ウチが知らないことがあるってことか?)


天使は考える。
特に意識してなくとも、それだけ余裕があるということ。

由紀江は完全に全身フードの対応に精一杯であり、クリスや一子も板垣三姉
妹に悪戦苦闘している。
そのうえ、不良たちにも対応しようとすると、板垣三姉妹がその隙を見逃さ
ず一気に攻めてくる。
風間ファミリーは圧倒的不利な状況にいた。

由紀江の想像以上の力によって、幾分かはましになっている。
1人では抑えきれないほどの実力者、本来由紀江の相手はそういうものだった。
それを他に行かせることなく、攻防を繰り広げていた。

それでも、やはり状況は変わらない。


(姉さんなら一発でこれを覆せる…姉さん、早く来てくれ…!)


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「通報があったから来てみれば…。百代、おぬしは何をやっておるんじゃ。」

「なんだ、ジジイ。ガキの喧嘩にいちいち口を出すな。」

「あー、確かにこれはガキのケンカだヨ。私たちが口出しすることではない
ネ。だが、百代。ただの喧嘩というならば、どうしてここまでやる必要があ
っタ?好き放題に壊すことはケンカではないヨ。」

「なんだと?私はしっかり手加減はしているぞ。」

「ならば、アレはなんじゃ!」


鉄心が指を差した先、それは今まで百代が目も向けなかったほどに目立たな
い部屋の隅だった。
ろくな明かりもなく、夜の暗がりに包まれたその部屋だったが、そこにうっ
すらと物体があるのが確認できた。

目を凝らして見ると、そこにあったのは人。
いや、もはや人とは程遠いかもしれない。
その骨格は複雑に捻じ曲げられており、人としての形を保ってはいなかった。
生き物ではなく、単なる骨肉の塊と成り果てていたのだ。


「あれはあらゆる骨を外す川神流 人水母。あんな荒技を使うのも使えるの
も今や百代くらいしかいないヨ!」

「しかも、玄人との戦いならともかく、力も持たぬ一端の不良たちにそれを
極めていくとは何事じゃ!」

「あ、ああ…確かにあれは人水母を受けたとみて間違いないが、やったのは
私ではないぞ!気づいたのもたった今だし、いくら私でも素人にそんな技を
使ったりはしない。そこら辺はわきまえているぞ!あの物体は勝手に転がっ
ていたんだ!」

「今や川神流で人水母が使えるのは総代と百代だケ。」

「どう考えても、モモ。この場にいたお前の仕業しかありえないじゃろうが。」

「違う、違うぞ!多少暴れはしたが、あれをやったのは私ではない!」

「何言ってんだ!お前が全部やったんだろ。」

「そーだ、そーだ!」


生き残っているわずかな者から野次が飛ばされる。


「ふざけるな!」

「ひっ……」

「完全に怯えているネ。」

「素人に奥義を理不尽に使ったのは罪じゃ。」

「川神院の掟に従い、百代!お前を粛清すル!」

「私を粛清だと?笑わせる!」

「正直、ここまではしたくなかったんじゃが仕方ない。モモ!お前の拳を封
印する!」

「なんだと!?」


次の瞬間、鉄心は百代の背後に移動していた。


「っ!いつの間に…」

「川神流極技!竜封穴!!!!」

「ぐぅ!?」


具体的に何が破壊されるわけでもないその技。
しかし、百代自身は力が抜けていく感覚を味わっていた。


「ジジイ…な、なにをした…力が…」

「この技は己の力と引き替えに敵の力を封じる奥義……よく反省するんじゃ。」

「冗談じゃないぞ!ジジイ!」

「これにて粛清を完了する。」


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「おら、どうしたどうした。まだまだいくぜ?」

「くぅ…」


由紀江と全身フードの男は交戦していた。
由紀江も仲間が気になるのか、やや押され気味であった。
それでも、翔一を守るためそこに立つ。
いつまでもつか分からない、そう考えたときだった。


「あー、撤退命令だ。どうやら、あっちが無事終わっちまったらしい。」

「もう撤退かい。遊び足りないねぇ。」


板垣三姉妹とフードの男は前にあったビルの屋上に飛び乗る。


「逃げていくのか…?」

「おい、なんか人数1人多くないか?」


そこにあったシルエットは5つ。
板垣三姉妹、ローブの男に加えて、もう1人黒いローブを纏った者がいた。
勿論、顔まで全身覆われていて正体は確認できない。
しかし、感じられる異質。


「…!あの黒い人、気が一切感じられません…!」


由紀江が驚いたように叫ぶ。


「え…それって…」


硬直するファミリーにとどめを刺すかのように、ビルの屋上から放られたの
は、銀色のトカゲのストラップ。
一子が一番よく知る物だった。
そして、クリスや由紀江も少なからず目にしていた。
海斗の携帯についていたのと同じものだった。


「ま、待って!!」


叫びも届くことはなく、ビルの屋上から姿が消えた。

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