小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

Side 由紀江


昨日は海斗さんに昼を食べてないということを確認しました。

これはチャンスなのではないでしょうか。
海斗さんにお友達として、お弁当を作っていきましょう。

海斗さん…

お友達になってくださいとお願いしたら、いきなり名前で呼ばれて、他人行儀
になるなって、私の緊張を解いてくれました。

本当に優しい…

思いやりのある人です。
本当に私はお友達として、お弁当を作るのでしょうか。
最近、そんな自信もなくなってきました。

海斗さんと一緒にいたいという気持ちは本当です。
でも、それは友達としてというよりは…



学校に行くと、伊予ちゃんが私に話があるそうです。
それは海斗さんに悪い人たちから守ってもらったというものでした。

海斗さんは自分が優しくないと言い張りますが、やっぱり海斗さんは誰よりも
優しいです。
偽りなんかではなく、心の奥底から滲み出る優しさ。
そんな暖かいものを持っています。

海斗さんは1年生の間で結構人気があります。
そんな素敵な人なのですから、当然のはず…
そこに焦りを感じていた時点で私の中では答えが出ていたのかもしれません。



海斗さんのために作ったお弁当を持って、教室の前に立つ。

この胸の鼓動が、他の人のときのような緊張とは違うのは、自分が一番わか
っていることです。
心臓が刻むリズムが心地よい。

いつからなんでしょうか。
もしかしたら名前を呼ばれたあの時からかもしれません。

私はお友達を望んでおきながら、海斗さんに恋をしてしまいました。

海斗さんはどう思うのでしょうか。
海斗さんには迷惑をかけたくありません。

ですが、この思いをそんなことで消すことは到底できそうにありません。

まずはこのお弁当を食べてほしい。
……私の初めて好きになった人に。


Side out


俺と由紀江は屋上に来ていた。
天気は良好で絶好の弁当日和だ。

教室で食うには、周りからの視線が痛すぎた。
由紀江もあわあわ言ってたしな。


「しかし、どうして急に弁当なんて作ってくれたんだ?」


確かに昼は食べてないと言ったし、由紀江の優しい性格ならば、そういった気
遣いに関しては何も疑問を感じない。
だが、それでも弁当を1人分多く作るなんてな…
朝の忙しい時間にはどう考えても手間だろう。


「それは、海斗さんは私のお友だ……」


何かを言いかけたと思ったら、由紀江は唐突に口をつぐんでしまった。

しばしの沈黙のあと、
赤い顔を左右に振るとこちらを真っ直ぐと見て、言った。


「海斗さんは私の大切な人ですから。」


そんな、最初に友達になったくらいで大げさな。
まあ、大切に思ってくれてるならいいか。


「さんきゅ。」

「あうあう〜」


由紀江が精一杯の勇気を振り出して、変えた表現に含まれた意味は海斗に届く
ことはなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


Side 一子

はぁ、変な意地張って、教室を出てきちゃったけど、気になって戻ってきてし
まった。
でも、教室の席には海斗の姿はなかった。

あれ?おかしいな。
海斗は食堂とかには行かないはずだから、席で読書でもしてると思ったのに。
どこに行っちゃったんだろう。

ていうか、だめ。
今日は海斗のことは相手にしないと決めたのに…
アタシばっかりが気にしてる気がする。

はあ…
こんなのアタシの方が不利に決まってるじゃない。

惚れたほうが負けって、こういうことね。


Side out


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


由紀江から渡された弁当を開ける。
中には色どり豊かなおかずが入っていた。
どうやら和食中心のようだ。

ていうか、マジで美味そうだ。
人に作ってもらった料理を食べるなんて、久しぶり…
いや、初めてか…

はあ、今はそんなのどうでもいいな。
せっかく自分のために作ってくれたんだし、もらうか。
そう思い、箸を持とうとしたら…


「あ、あの…!」


うん、なんか凄まじい速度で箸をとられた。
ほんと、この子強いと思うんだよな。


「あのですね、海斗さん、く、口を開けていただけませんか。」

「ああ、別に構わないが。」


そうして、俺は口を開ける。

そんな俺と弁当箱の間を視線が高速で行き来する。
なんだ、視線で反復横とびでもしてるのか。
思わず、そんなツッコミが出てしまいそうになるほどだった。


「すみません、なんでもありません…うっう」


何を泣いているんだ。
よく分からないまま、弁当を自分で食べ始める。


「うん、美味いな。」

「あ、ありがとうございます。」

「この肉じゃがなんて、味がよく染みてる。」

「あ、それは一回冷まして…」


由紀江が熱心に肉じゃがの説明をしてくれる。

一子といい、本当に不思議だ。
なんで、俺なんかに自分から近づこうとするのだろう。

自分は人とは関われないものだと思った。
だから、距離をあけるのは当然で、嫌な奴と印象づければ、当然、すすんで近
づこうとする奴なんていなかった。

なのに、目の前の由紀江は本当に俺のことを友達だと考えてくれている。
俺を1人の人間として、見てくれている。

だが、それは結局ニセモノ。
俺の本当を知ったら、目の前の少女はどうするのだろう?
友達ではいられないだろうな。

ばれないようにするのが最善。
そんなことは関わりを断ってしまえば、全てが解決する。
ただ、それだけの話。

だが、俺はそんなことを容易に出来なくなっている。
このつながりを失くしたくはない。
本当に変えられているな…

俺はこのひだまりの中にいつまでいることができるのだろう。

目の前の少女を見ると、笑顔で弁当の解説をしてくれている。
その姿を見て、しょうもない考えを頭の隅におしやった。

今は由紀江の美味い弁当を食おう。
そう思ったのだった。

-20-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える