小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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―時は放課後

俺は由紀江の昼飯を食べて、今日に満足して学校を出ようと思った。

だが、目の前からすごい圧力を感じる。
いや、原因は分かっている。
一子が無言でこちらを向いて、立っているからだ。

最初はなんか用があるのだと思って、話し出すのを待っていたのだが、これが
いっこうに口を開かない。
かといって、俺が帰ろうとすると、“むー”とか唸りだして、こちらを見なが
ら、体をぷるぷると震わせる。

一体、どうしたっていうんだ。
今日は朝から機嫌がよろしくなかったが、本当に俺が何か悪いことしたか?


「おい、一子」


しょうがないので、こちらから声をかけてみる。

すると、一子は一瞬笑顔になったかと思うと、すぐさま表情を戻して、俺を睨
みつけてきた。本当になんなんだ…


「な、なに」

「なんか怒ってんのか?」

「別に怒ってないわ、私はいつも通りよ。」


いや、そんな怒った声で言われても…
はあ、まったく。


「一子、一緒に来い。」

「え?」

「菓子買ってやる。」


原因は分からないが、このままはよくないだろう。
ったく、一子には笑顔の方が似合ってるしな。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「いや、本当に悪かった。」

「別にいいわよ〜。」


前に食った動物ビスケットを買ってやろうと思ったのだが、流石は移動販売。
もう他所に行ってやがった。

何が“菓子買ってやる”なんだか。
数秒前の調子乗ってた俺を一発なぐりたい。
今この時間をゆがめて、過去に戻りたい。
でも、今より過去の俺を殴るわけだから、当然今の俺にダメージを与えるわけ
で…ん?逆に考えれば、今の俺を殴っても同じってことか。
いや、時間軸の前に俺の頭がゆがみそうなので、これ以上考えるのをやめてお
くことにする。

だが、何故か一子はそんな不甲斐ない俺に対して、怒っている風ではなかった。
むしろ、さっきのような刺々しさはなくなっていて、機嫌は良いようだ。
今は汗をかきつつ、困った顔で笑いながら、俺の非を否定してくれている。
やっぱり、一子はこうでなくちゃな。

目的は達成できなかったが、問題は解決したので、良しとしよう。

これからどうするかと思い、一子の方を見ると、右ポケットから何かがはみ出
していた。
それは俺の興味を一気に持っていった。


「おい、一子、それ何だ?」

「え、これ?携帯電話よ。」


一子はそれをポケットから取り出して、俺に見せてくれる。
うむ、実にいい。


「一子、これ買いに行くぞ。」

「え!今から?」

「俺は欲しいと決めたら、すぐ行動する。」


そう宣言して、ワン子の手を引き、歩いていく。
さっきは格好つかなかったからな、挽回だ。

ん?
一子の手が妙に汗ばんでいる。
少し、強く握りすぎたか?
そう思って、握る力を弱めると、慌てたようにあちらから強く握ってきた。
何事だと思い、振り返ると、一子は俯いていて、髪の間から見える耳は朱に染
まってい。
そちらを見ても、黙ったままなので、そのまま握って進むことにした。

……あ、


「一子。携帯って、どこに売ってんだ?」


最後まで格好はつかなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「それでですね、こちらは…」

「へえ。」

「むぅ…」


携帯ショップの中では何故か三つ巴が繰り広げられていた。

俺が店に入ると、他の客の対応をしていた女性店員がこちらにやってきた。
こちらが聞く前にどんどん話してくる。
まあ、初心者なのでありがたいのだが、若干近い。

一子は一子で、なんかまた不機嫌になってしまった。
俺にどうしろと。


「お客さまはどんな携帯をお探しですか?」

「一子と同じ奴がいいな。」

「え!?」

「ちょっと、こっちに持ってこい。」

「う、うん。」


さっきまでとは打って変わって、照れたような笑顔だ。
感情の起伏が激しいな。


「これと同じやつを頼む。」

「はい、それでしたら、この6色の中から選べますが。」

「黒でいい。」


そんな色なんかはどうでもよかった。
俺は店員が早く持ってくるのを待った。


「こちらになります。」

「ん?」

「よかったじゃない、買えたわね。」

「一子のと違わないか?」

「え、そりゃ色は違うけど…」
「じゃなくて、それが付いてない。」


そうして、海斗が指差したのは、一子の携帯に付いた犬のストラップだった。
一子も一瞬、理解が追いつかなかった。


「え、これ?」

「それ。」

「じゃあ、アタシと同じのが欲しいっていうのも…はぁ」

「それが俺の携帯にはないんだが。」

「これは別売りなのよ、アタシが後から買って付けたの。」

「なんだと……」


じゃあ、俺は何のために、これを買うんだ。
くそ、俺もその柴犬みたいな奴、ほしいんだよ。


「あの、お客様、ストラップなら購入した方に差し上げていますが。」

「どういうのなんだ?」


一子は“自分で買った”と言っていた。
ということは、柴犬が出てくる可能性はないだろう。


「人気なのは、この十字架とハートになりますが、他にも3種くらい用意して
おります。」


いや、そんな十字架なんて、もらってもしょうがないんだよ。
俺、別に何も信仰してないし、神なんて存在はないと思っている。
占いなんて、絶対に信じないしな。
勿論、運勢が良いときは別問題だ、全力で肯定してやる。

もはや、何の望みも持たず、並べられたものに目を向けると、その内の1つが
目に留まった。
というよりか、目が合った。


「おい、これは?」

「あ、それはちょっと不人気でして、すみm…」
「俺はこれをもらう。」

「え、海斗、それにするの?」

「ああ。」


俺が選んだのはトカゲをモデルにした銀色のストラップ。
なんだよ、良いものあるじゃねえか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ありがとうございました。」


とても満足して、店を出る。
良い買い物ができた。


「海斗って、動物好きなの?」

「まあ、そうなのかな、嫌いではないことは確かだ。」

「ふーん。」

「さてと…」


俺は一子の目の前に携帯を突き出した。


「え?」

「最初に教えてやるって約束しただろ。」

「あ……うん!」


一子は約束を思い出したようで、満面の笑みで頷いてくれた。
一日の締めくくりにふさわしい良い笑顔だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


同日、夕方
某廃ビルにて


「じゃあ、様子見っていうことでいいんだな。」


時刻は一子と海斗が別れた少し後。
一つの机を9人が囲う。


「では、ここに宣言する!」
「風間ファミリーに“流川海斗”を新メンバーとして迎える!!」


男の声が響いた。

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