小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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【おまけ・一子視点】


―時は放課後

昼休みは見つからなかったので、海斗を待ち伏せすることにした。

なんか、このまま海斗を無視してても、アタシだけが損するような気がする。
海斗なんて、気にもしてくれないかも…
そんなことを考えたら、行動に移すしかなかった。

だけど、その向かい合った状態でだんまりが続く。
当然、アタシからは声をかけられるわけがない。
だから、海斗から話すのを待つしかないんだけど…

海斗はしばらくその状態が続くと、あろうことか、席を立って、教室の外に向
かおうとしてしまった。
話すことが出来ないアタシは無言の圧力を飛ばす。
そうしたら、海斗もなんとか止まってくれた。

これは酷いんじゃない?
確かに今日は朝からアタシの海斗に対する態度が冷たかったけど。
けどさ、それだって全部、海斗が好きだからなのに…


「おい、一子。」


大好きな人の声が自分の名前を呼ぶ。
中途半端で煮え切らないアタシに海斗から声をかけてくれた。

アタシはつい、笑顔で応えてしまいそうになるけど、今までのそっけない感じ
を咄嗟に思い出し、表情を強張らせる。
なんで素直になれないんだろう。


「な、なに」

「なんか怒ってんのか?」

「別に怒ってないわ、私はいつも通りよ。」


そう、海斗は何も悪くない。
ただ、海斗の人の良さが人気につながっただけのこと。
そんなのは分かっている。

分かっているのに、どうしても怒ったような気分になっちゃう。
いらないのに、消せないもやもや。
でも、この怒りを海斗に向けるのは、おかしい。
消せない怒りは素直になれない自分へ。


「一子、一緒に来い。」

「え?」

「菓子買ってやる。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「いや、本当に悪かった。」

「別にいいわよ〜。」


海斗はなんかアタシに買ってくれる予定のものが決まっていたようだったけど、
あたりが外れて、それは手に入らなかったらしい。
そのことをさっきから、ずっと申し訳なさそうにしてる。

だけど、アタシにとってはもうそんなことはどうでもよかった。
海斗がアタシを誘ってくれたこと。
面倒くさい態度をとっているのはこっちなのに、気にかけてくれたこと。
それが感じられただけで、アタシの気分が晴れるのには十分すぎた。
もう、今は海斗の隣で自然に笑みがこぼれる。


「おい、一子、それ何だ?」

「え、これ?携帯電話よ。」


突然、海斗がアタシのポケットを指差して、言い出した。
アタシはそれを取り出し、海斗に見せる。


「一子、これ買いに行くぞ。」

「え!今から?」

「俺は欲しいと決めたら、すぐ行動する。」


急にそんなことを言い出して、びっくりした。
いや、そんな驚きはすぐに忘れてしまった。

次の瞬間、海斗がアタシの手を握って、歩き出した。
アタシの手を…、海斗の手が包んで…
もはや、びっくりを通り越して、形容しがたい衝撃に襲われた。

海斗が自分から、アタシの手を握ってくれてるんだ。
そう考えただけで、体全体は熱を帯び、つい引かれている手にも汗をかいてき
てしまう。
好きな人と触れ合うだけでアタシの体はこんなにも素直に反応してしまう。
そんな反射のような現象は止められるはずもなく。
それを自覚して、さらにアタシの体は熱くなった。

突然、海斗の手が離れそうになった。
アタシの頭は恥ずかしさでいっぱいだったはずなのに、その変化にはいち早く
反応して、考える間もなく、海斗の手を今度はこちらから強く握ってしまった。
本当に欲望に忠実な自分の行動が恥ずかしい。

だけど、海斗はそれについては何も言わずに、また手を握りなおしてくれた。
アタシはそんな海斗の優しさに触れて、海斗が前を歩いているのをいいことに
緩む頬を隠そうともしなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「それでですね、こちらは…」

「へえ。」

「むぅ…」


携帯ショップに入った途端、女性店員が海斗に近づいてきた。
それだけなら、まだしも明らかに距離が近い。

本当に海斗は無駄なくらい人気がある。
確かに海斗は見た目もかっこいいかもしれないけど、アタシは海斗の内面の優
しさだって、知ってるんだから。


「お客さまはどんな携帯をお探しですか?」

「一子と同じ奴がいいな。」

「え!?」


海斗がアタシと同じのがいいって…
それって、お揃いってことだよね。
え、そういうのって、恋人同士とかでするものじゃないの?
いや、アタシは全然構わないっていうか、大歓迎なんだけど。
そんなことを海斗から望んでくれたってこと?


「ちょっと、こっちに持ってこい。」

「う、うん。」

「これと同じやつを頼む。」

「はい、それでしたら、この6色の中から選べますが。」

「黒でいい。」

「こちらになります。」

「ん?」

「よかったじゃない、買えたわね。」

「一子のと違わないか?」

「え、そりゃ色は違うけど…」
「じゃなくて、それが付いてない。」


そうして、海斗が指差したのは、アタシの携帯に付いた犬のストラップだった。
一瞬、理解が遅れるが…


「え、これ?」


なんとか、そう聞き返す。


「それ。」


返ってきたのは肯定。
要するに、海斗がいきなり携帯を欲しいなんて言ったのは、このストラップが
欲しいと思ったからなんだ。
結局、目当てが携帯じゃなくて、これってことは…


「じゃあ、アタシと同じのが欲しいっていうのも…はぁ」

「それが俺の携帯にはないんだが。」

「これは別売りなのよ、アタシが後から買って付けたの。」

「なんだと。」

「あの、お客様、ストラップなら購入した方に差し上げていますが。」

「どういうのなんだ?」


その後も海斗と店員が何かやり取りをしてたんだけど、正直アタシは喜びの丘
から、絶望の谷に突き落とされたようで、あまり内容が頭に入らなかった。
その落差はしっかりとショックに比例していた。

結局、海斗は銀色のトカゲのストラップをもらうことにしたみたいで、早速そ
れを携帯につけると、その場をあとにした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「海斗って、動物好きなの?」

「まあ、そうなのかな、嫌いではないことは確かだ。」

「ふーん。」


でも、なんか海斗って、優しいイメージがあるから、動物好きそう。
好きな人の好みは覚えておきたいものだし。
今日のことはしっかりと記憶しておこう。


「さてと…」

「え?」


海斗がいきなりアタシに向けて、携帯を突き出してきた。
最初、意味が分からなかったんだけど。
次の言葉で全てを理解する。


「最初に教えてやるって約束しただろ。」

「あ……うん!」


海斗は覚えてくれていた。
あの日の約束を。
アタシが海斗のパートナーになれた日の約束を。

些細なことなのかもしれない。
だけど、アタシはそれだけで嬉しすぎて、笑顔になってしまう。
それがとても幸せ。
これからも好きな人の隣で笑っていたいな。

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