小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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今日の目覚めはよろしい。
昨日、ストレスを発散できたおかげだろうな。

やはり、悪い奴相手というのは、一番やりやすい。
そりゃぁ、勿論、相手が悪の方が、罪悪感がないというのは、あるのかもし
れないが、俺の言っている点はそこではない。

ああいう奴らは基本、世間から信用されてない。
自分の行いで、わざわざ周りからの評判を下げているからだ。
だから、そんな奴らが誰に何を言ったところで聞く耳はもたれない。
発言に効力がないとでも、言った方が分かり易いか?

故に“自分がこんなことをされた”、“あいつは容赦なく、あんなことをし
てくる”と言ったところで、信じるものなどいないのだ。
所詮はふざけた野郎の戯言だと、無視されるだけ。
これも日頃の行いってやつなんだろーな。

そのおかげで、俺は特に気にすることなく、力を振るえる。
そんなわけですっきりした俺は、いつも以上に早く起きてしまった。
いつもより、時間に余裕があるので、川辺で休憩中だ。

なんか早朝の川って、独特な雰囲気を持ってるよな。
こうして、改めて見ると、心が安らぐぜ。

そう、俺はそのとき、あまりにも安らぎすぎていた。
だから、近づいてくる者に気づくのが遅れてしまった。


「あの…!」


Side 一子


今日も今日とて、朝から修行だ。
ん〜、やっぱり朝の風を受けながら、走るのは気持ちがいいわ。
しゅーぎょうって、すーてきー♪

そう、いつもと変わらない朝。
いつもと変わらないトレーニングメニューをこなして、汗をかく朝。

でも、その日はいつもとは違うことがあった。

川辺に座っている人影があった。
別に人がいることは珍しくない。
知らないおじいちゃんが犬を連れて散歩してたりするのは、よくあることだ。

だけど、違う。
グレーのパーカーを着ている、その姿。
アタシはその姿をよく知っていた。




アタシはほぼ毎日、この川沿いでひたすら、修行をしている。
そりゃ、ファミリーの仲間と一緒に登校したり、天気が悪いときは別だけどね、
それでも、ほとんど毎日。
そして、そのグレーのパーカーの人も毎朝見かけた。

アタシが修行をしていると、何回か、川沿いを通っているのを見かける。
たぶん、この辺をコースを決めて、走っているんだと思う。
アタシが来て、修行を始める前に通ることもあった。
もしかしたら、アタシより、もっと早くから始めてるのかもしれない。

アタシは同じ修行仲間として、興味を持った。
フードを深くかぶっていて、顔は見えないんだけど、男の人で間違いない気
がする。
それでタイミングを見て、何度か話しかけようとしたんだけど。
その人はアタシが近づこうとすると、離れていってしまい、その場所からい
なくなってしまう。
偶然とかではなく、近づくと決まってそうなのだ。

一回、アタシもムキになって、全力で追いかけたことがあった。
でも、その人の足はとっても速くて、追いつけるものじゃなかった。
そのうえ、持久力だってあるから、その差は離れる一方で。
結局、アタシがそのあと、何度挑んでも、結果が変わることはなかった。

アタシも相当修行して、足には自信があったんだけど、考えてみれば、この
人もアタシと同じかそれ以上の修行をしてるのよね。
やっぱり、修行ぱわーって、恐ろしいわ。

そんなことを考えたら、もっと話してみたくなって、今度は何度も通ること
を利用して、待ち伏せ作戦をやってみた。
だけど、アタシが待ち伏せをしているときに限って、まるでアタシのいる位
置が分かっているかのように、上手く迂回していく。
気配はアタシなりに隠しているはずなのに…。
悔しいわ。

そんなんで、良い友達になれそうだと思いつつも、結局一度も話す機会なん
かは訪れなかった。




だけど、今、目の前に座っているのはまさにその人。
休んでいるところなんて、一度も見たことなかったけど、今は完全に川を見
て、ぼーっとしているようだ。
なんか、意外なイメージだ。

って、そんなこと考えてる場合じゃなかったわね。
これはまたとないチャンスだわ。
そう思ったら、話かけるのにためらいは無かった。


Side out


「あの…!」


まずい、完全に逃げるタイミングを見失った。
油断しすぎだろ、俺。
よりによって、一子に絡まれてしまうなんて、一生の不覚。

いやいや、まずは落ち着け、俺。
焦っても、何も始まらないぜ。
落ち着いて偶数を数えるんだ。(←既に落ち着けていない)
2、4、6、8、10…あれ、なんか難易度低くね?
ていうか、俺、0って言ったっけ、なんか言ってない気がする。
あ、じゃあ最初から……じゃなくて!

とにかく、黙ってるのはもっと怪しい。
適当に言葉を返そう。
俺はフードをより深くかぶり、答えることにした。


「な、なんだ?」

「あの、いつもここら辺、走ってますよね!」

「あ、ああ、そうかもしれないな。」

「私、何度か話しかけようとしたんですけど、すれ違っちゃって。」


そりゃそうだよ。
だって、俺全力で逃げたもの。

努力なんて、人に見られた時点で終わりなんだよ。
相手の油断を引き出せなくなるしな。


「そうだったのか、気づかなかったなー…」

「ていうか、凄く足速いですよね。アタシ、全然追いつけなくて。いつも、
どんな練習をしてるんですか?」


そんなに瞳をキラキラさせるな。
直視できんだろーが。
いや、それじゃなくても、ばれないために直視なんかできないが。


「えーと、それは…」

「? あの、アタシたちって、どっかで話したことありますか?なんか、よ
く聞いたことのある声のような…」

「ああー、そうだ!俺の修行方法はね、まず空を見るんだ!」

「え?空」


バッと上を指差す。
それに従い、一子が空を見上げる。


「で、どうするんですか?」


返事が返ってくるのが遅いと思い、顔を戻すと…
そこには、もう一子1人しか立っていなかった。


「あれ、いなくなってる…」


周りには人影すら見えないどころか、今の今までそこに人がいたのかと疑う
ほど、気配まで綺麗さっぱり感じられなくなっていた。



一方、その頃…


「本格的に危なかった。」


危機一髪で思わず、本気で逃げてしまった海斗がいた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



朝こそ大変だったが、今日の海斗は平和だった。
と、そこへ…


「海斗〜、なんかルー師範代が呼んでる。」

「あ?」


突然の来訪者があった。

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