小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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太陽がギラギラと照りつける。


「夏だ!」

「海だ!」

「スク水だあああああああああああああ!!!」


真夏の砂浜に男たちの声がこだました。


「はぁ、これだから、男っていうのは…」

「まあ、こんな天気のいい日に1年に1度の水上体育祭なんですから、はし
ゃいでしまうのは仕方ないですよ。私はお姉さんとして、そんな皆さんをし
っかりと見守ります。」


そう、今日は水上体育祭当日。
海辺には川神学園の生徒たちが一様に水着姿で並んでいた。
勿論、学校行事なので1年から3年まで全ての生徒が揃っている。


「フフフ…、今回の体育祭は例年以上に楽しいことになりそうだ。」


不敵に笑う三年生もいれば、


「うう、初めての体育祭。なんとしても、ここで活躍して、友達を増やした
いです。目標まではまだまだですからね。」


緊張している一年生もいた。


そして…


「へえー、ここが海か。やっぱ、写真とかで見るのとは迫力とスケールが桁
違いだな。いい経験したわ、ほんと。」

「海斗、本当に海来たことないのね。珍しいわ。」

「自分も日本の海はこれが初めてだな。日本の海の波はあのフジヤマを飲み
込むほどだという。流石は侍の国だ。」


なんか確実に“富嶽三十六景”あたりと勘違いしてる雰囲気がそこはかとな
く感じられるのだが、面白いので放置しておくことにする。





それよりもこれが海か…
想像通りの感じだが、なんか複雑だな。
何もかもを全て飲み込むこの広大な“海”。
空から降り注ぐ雨も、流れてくる川の水もな…。



“お前、名前はなんていうんだ?”



はあ、馬鹿みてー。
何、今更思い返しちゃってんだか。
祭りの前にテンション下げて、どうするよ。

いやー、忘れた忘れた!
今日は楽しもう、なんてったって初海だし。
テンションが上がることには違いない。



それに最近、色々なことがあって、気づかされた。

最初はタッグマッチ、次いで川神戦役。
それでいちゃもんをつけられて、クリスと決闘なんてこともあったか。
そしたら、そのバカ親父の軍がやってきて、マルギッテとかいう強い軍人と
も戦って、ちっとばかしハッスルしちまった。
最近では、ストーカー退治や弓道とかの依頼もこなした。

人と関わらないことに固執していた頃からは考えられないくらい、面倒に巻
きこまれている毎日だ。
だが、驚くくらい充実している。
退屈からの脱却、求めていた非日常が実現している。

なにより、力を出せる奴らがいるということは良い。
やっぱり独りでの訓練も悪くないが、人との実戦とは別物だ。
なんだかんだで体を動かすのは好きなんだよな。
ずっと何もしないなんて、ストレスだって溜まる。
運動でもなんでもそうだが、たまにはやらないと、腕もなまるしな。

今までは不良とかで我慢してきたんだが、やはり物足りないという感じが否
めない。
強い弱いとかの話ではなく、あいつら自分が最強だと思って、常に人を見下
してるからな、そのくせ仲間任せだし。
そういう意味では、それこそ真剣の喧嘩でなくたって、よっぽどこいつらの
方が楽しめる。
この学校に入ったのは、正解だったな。


…本当にあの頃とは何もかもが違う。

自分が知りたいと思ったから、入った。
だが、いざ来たら、俺は逃げていた。
変わったつもりが、何も変わっていなかった。
結局どこかで恐れていたんだ、繰り返しを。

それでも、あいつは、一子は話しかけてきた。
俺の対応なんて、冷たいものだったはずだ。
それこそ、二度と関わりたいなんて思わないように。
こいつと話そうと思ったのが馬鹿だったと、後悔するように。

だけど、一子は俺の思惑通りには動かなかった。
俺がそんな接し方をしたところで、他の奴のように嫌悪の目を向けるわけで
もなく、ただ笑っていた。






「流川君、ウメ先生にあんなこと言っちゃダメよ。」

「あ?」

「一応、鞭の使い手で強いのよ。それに大和が年上の人に敬語を使うのは、
“しゃかいつーねん”?だって言ってたわ。」

「で?」

「いや、それだけなんだけど…」

「あっそ。」

「なんか流川君、疲れてて、今話すの嫌かな?ごめんね、無理矢理話しかけ
ちゃって。また今度、話しましょ。」

「いや…」

「疲れはしっかり休んでとらなきゃダメよ。あとは食事も気をつけてね。」

「だから…」

「またね、バイバイ!」






本当におかしい奴だ。
客観的に見ても、悪いのはどう考えても、俺の方だろ。
なのに、謝られてちゃ、こっちの立場がない。
よくまあ、こんな奴に“またね”なんて、言葉が出てくるもんだ。
少なくとも俺なら、今後は近づかないようにするぞ。

でも、その後もたびたび話しかけてきて、俺も遂に相手の名前を覚えるまで
に至ってしまった。
そして、タッグマッチのペアに進んでなってくれた。
そのおかげで、由紀江やクリスと知り合い、俺の日常はガラリと変わったわ
けだ。

一子がいなかったら、今頃俺はどんな生活を送っていたんだろうか。
独りで退屈な日々に飽き飽きしていたのだろうか。
そう考えると…


「おーい、海斗!」

「ん、なんだ?」

「なんだじゃないわよ。いきなり黙っちゃうし。」

「ああ、悪い悪い。」


ちょっと物思いにふけっちまったようだ、俺らしくもねぇ。


「ていうか、今日は暑いんだから、しっかり水分とらないと!はい、海斗、
これ配られてるドリンクだから、ちゃんと飲んでね。」

「ああ、俺の分までわざわざ持ってきてくれたのか。」

「そんなペットボトル1本持ってくるのも、2本持ってくるのも変わらない
わよ。」


そう言って、一子がいつもの笑顔で飲み物を手渡す。
こいつ、自分がどれだけのことをしてるとか、人に影響を与えてるとか、全
然分かってないんだろーな。
それがいいとこなんだろうけどさ。


「一子。」

「ん?なーに?」

「ありがとうな。」

「へ?」


瞬間、一子の顔は真っ赤になる。
その火照りを冷まそうというのか、手に持っている冷えたペットボトルを頬
に当てて、目を見開いている。


「い、いきなり、何よ、もう。飲み物運んできたくらいで大げさよ。」

「はっ、まあそうかもな。」

「まったく…、おかしな海斗ね。」


たとえ、何の感謝かは伝わらなくてもいい。
目の前の少女に対して、言葉にしておきたかった。

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