小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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―S組にて


「ふふっ、エリートという割にはどいつもこいつも口先ばかりの弱い奴ばか
りさねぇ。」


突如として、乱入したオオアリクイは圧倒的な強さを見せつけていた。
S組の生徒は一部を除き、そのほとんどが運動もそれなりにこなすエリート
集団なのである。
少なくとも、群れている不良の下っ端なんかには楽に勝てるくらいで、決し
て弱いなんてことはない。

だが、そんな奴らをオオアリクイの着ぐるみは、次々と倒していく。
そのスピードといったら、速いなんていうものではなかった。
応戦する者がかかっていったら、次の一撃で沈められるという光景の繰り返
し、まさにそんな感じであった。


「危ないですね、ユキ、私たちはさがっていましょう。」

「うんうん〜、そうしよーう。」


葵冬馬や榊原小雪はその強大な力を振るう敵を見て、戦線から離脱した。
実際、クラスメートが軽々とあしらわれている、この現状ではあながち、間
違いではない選択だった。


「馬鹿にしてくれるわ、おい、あずみ、S組の実力を思い知らせてやるのだ。」

「了解しました、英雄様!」


逆に九鬼英雄や忍足あずみのようになめられていることに対して、迎え撃っ
てやろうと考える者もいた。
クラスメートが次々に傷つけられているこの現状では、ある意味、これも当
然の選択なのかもしれない。


(ちっ、かといって、英雄様を危険なあわせるわけにもいかない。ここは戦
士としての誇りよりも、英雄様の安全の方が優先だ。)


この忍足あずみは昔は傭兵だったこともあり、かなりの実力者である。
なので、これだけ強い相手ならば、血がうずくだろう。

だが、今の彼女は九鬼という主人に仕える従者であり、メイドであり、護衛
である。
主人の無事と自分のプライドを天秤にかけるならば、前者を選ぶのに何もた
めらいはないのだった。


「はっ!」

「ふぅ、何かと思えば、ただの目眩ましかい。」


あずみは煙幕弾を投げて、一帯に煙を展開した。
そして、その煙に紛れて、相手の後ろにまわりこむ。


「背中がガラ空きだぜ。」


そして、後ろから当て身を見舞う。
拳は確実に相手に命中した。
だが…


「ふん、効かないねぇ。」

「なに、こいつ…!」


オオアリクイが背後のあずみに向かって、横薙ぎに腕を払う。
ガードは行ったが、かなりの距離を吹き飛ばされた。

このオオアリクイもクマと同様に、プロテクターの下に気の防御を張ってい
たので、あずみの攻撃を通さなかった。
だから、硬直もなく、すぐさま反撃に移ってきたというわけだ。


「あずみ!よくも貴様、我の部下に手を出したな!!」


英雄は自分の配下の者が傷つけられたことに激昂した。


「勝負だろう?何を熱くなっているんだい。」

「黙れ!あずみを攻撃した罪を償ってもらう。」


そう言って、オオアリクイに突進していく。


「そんな直線的な攻撃で、私に届くわけないだろう。」


向かってくる英雄に突きを放つ。
だが、守られる存在である奴だという、ほんの少しの油断があった。
英雄はそれにつけこみ、無理矢理な動きで回避する。


「なんだと!?」

「ほあったぁあああああ!!!」


英雄が使うのは、中国武術が混じった護身術。
お金持ちという温室育ちのイメージがあると、所詮己の身を守る最終手段で
しかないと、軽く思われるかもしれない。
だが、これは武道四天王でもある姉の九鬼揚羽から教わったものであり、そ
の実力も当然のごとく、相応のものとなっている。


「くっ、私に一撃入れるとはね。ボンボンのくせにやるじゃないか。まあ、
それでも気にするほどのダメージじゃないがね。」

「ならば、もう一撃入れてくれるまで。」

「面白いねぇ、そうこなくっちゃ……ん?」


勝負もこれからというその時、無線でサインが出される。
撤退命令だった。


「…仕方ないね、今日はこんなところか。まいったまいった。」


そう言って、オオアリクイはさっさと逃げていった。


「大事無いか、あずみよ。」

「はい、お見事でした。英雄様。」

「うむ。だが、何故退いたのだ。」


「おおかた、やりすぎだと叱られでもしたのじゃろう。」

「確かにそう考えるのが妥当ですね。」


倒されたものは山ほどいたが、ひどい怪我人は出ずに済んだようだ。
こうして、S組の戦いは終わった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「はぁ、なんとも中途半端に終わっちまったねぇ。」


オオアリクイもとい板垣亜巳は物足りなさを感じながらも、撤退命令に従い
釈迦堂や竜兵が待機する場所に戻っていた。
そう、後はそこで合流し、誰にも見つかることなく、ここから去るだけ。
自分のやるべきことはもう先程の場所に向かうことだけだった。

だから、それは本当にたまたまだった。
別に心配だったわけでも、気になったわけでもない。
なんとなく、ただなんとなく、亜巳は天使が向かった2−Fの陣地を見た。


「……は?」


自分が今見ているものが分からなかった。

本来、その目に映るべきは、亜巳自身と同様に同じ目的地を目指して、こち
らに向かってきている姿。
もしくは、自分よりも一足先に行動していて、そこに姿はなく、2−Fの連
中だけが馬鹿面を並べているさま。
そんなところであろうと思っていたのだ。

だが、現実にそこにあるのは、砂浜に転がったクマの着ぐるみ。
その前に悠然と立つ一人の男。

信じられない。
ただ、その一言だった。
亜巳はスピードをあげて、二人のところに戻った。


「どうなってんだい!?あれは」

「いや…、どうもこうもな…、見ての通りだよ。」

「天がやられたっていうのかい、なんでだい、気で守りを優先していたはず
だろう。」

「それすら破られたっつーことだなぁ、おい。あの坊主、見てたが、気もな
いのに相当強いぞ。出来ることなら俺が相手したいくらいな。」

「気がないって。そんな無茶苦茶な話があるっていうのかい。」

「ともかく、回収しないことにはちっとヤベェだろうな。」

「どうすんだい、私がまた行ったら、不自然だよ。」

「ああ、そりゃ分かってるが、俺が行くとそれよりもマズいからな。なにせ、
川神院の人間が結構な数うろついてやがるからな。」

「だったら、俺が行ってやるよ。」


そう名乗りを上げたのは竜兵だった。


「竜、アンタが行ってどうするんだい。」

「別に俺なら顔がばれても困らねぇし、何より天の借りを返さなきゃいけな
いしな。」

「んじゃ、頼むわ。早めに回収してきてくれ。」

「おう、一瞬で倒してきてやる。」


また一匹、怪物が2−Fにはなたれた。

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