Side 由紀江
おかしいです、あの方からは絶対に一般人にもあるはずの気が微塵も感じとれ
ません。
そういう方も私が知らないだけで存在するのかもしれませんが……
今の問題はそこではありません。
その彼は一子さんを守るために二撃を自ら受けました。
いくら強い人といえど、攻撃を正面から無抵抗に受けるなんて、恐怖ですし、
もちろん無事の保障なんかありません。
それこそ、気が０の人が突っ込んだら、その危険はより現実的なものとなるの
は言うまでもないはずです。
それなのに彼は何のためらいもなく、一子さんの前に歩みを進めました。
それだけで、彼がとても優しく、仲間思いの人であると分かります。
気がなくとも、本当の意味で強い人であると……
私も彼のようになれれば、友達ができるのでしょうか？
ですが、その彼にクラスメイトから歓声の１つも上がらないのは、一体、どう
してなのでしょう？
Side out
さて、勝ちにいくと覚悟したわけだが……
こちらから手を出すのは少々危険だ。
だが、これで勝負に負けては、何のためにしゃしゃり出たってことになる。
ざわつく会場は思考の邪魔なので無視する。
如何にして、こいつらを倒そうか。
攻撃手段はこの一子しかいないのだが、作戦に他者の力を入れてしまうと誤算
が生じやすい。
うむ、あまりダメージが蓄積すると、俺もやばい。
なので攻撃を多く受ける前に考えてしまわないとな。
かといって、避けたりしたら、相手を勢いづけるだけだ。
相手もいきなり本気の攻撃なんて仕掛けてこない。
その油断の隙に活路を見出してやる……
「あれれー、おっかしいな〜」
「もう一発くらいやがれ！」
また、二発の拳が……
いや、蹴りが飛んできやがった！
なに、いきなりスイッチ入れてやがんだ、こいつら。
あと三回くらいは拳の流れだろうが、普通は。
避けるわけにはいかないので、そのまま受け……る！？
「流川君！」
……危ねぇ。
蹴りが見事にヒットした。
ハゲが腰に一発と、白髪乙女が首へのハイキックを見舞ってきた。
あろうことか女は俺の意識を刈り取ろうとして来やがった。
しかも、首で一番筋肉がない守りの薄い部分を正確に。
要するにピンポイントで俺の急所を狙ってきたのだ、加えて結構な威力。
俺は誰にも認識されない程度の小さな動きで着弾点をわずかにずらした。
攻撃が当たると、激しく脳が揺さぶられたが、無事気絶ポイントは回避するの
に成功したようだ。
それにしたって、首への攻撃だ、めちゃくちゃ痛い。
ていうか、攻撃が何段階か飛ばして進化しすぎだろ。
階段は一歩一歩を大切に踏みしめて上ってこようよ、お嬢さん。
「あれー、これも効いてないのかなー？」
「こいつホントに痛覚あんのか？」
まあ、それでも俺は声を上げず、表情も崩すことはない。
ていうか、痛がったら、この後ろの少女にもっと心配されそうだ。
あくまで、冷静に作戦を考えよう、……白髪乙女に注意しながら。
「よーし、んじゃ連撃しちゃうよ〜だ♪」
な！？
俺がその声を聞き取った瞬間、拳のラッシュが襲ってきた。
無抵抗の体がサンドバッグにされる。
しかも、こいつら段々手加減がなくなってきてないか。
くそ、少なくともアザだらけなのは確定事項らしい。
「おらおら〜♪」
「流川君！」
はあ、マジで体中がいてぇ。
何で俺がこんなに殴られなきゃいけないんだ。
負けちまえば楽になれるじゃねえか。
このまま後ろに倒れれば、場外に出て、負けとなり、こんな理不尽な一方的な
暴力から解放されるんだ。
そうだ、別に俺が負けたところで何かが終わるわけじゃない。
なら、楽になろうじゃねえか。
こんな状況、真性のＭしか喜ばねえっつーの。
悪いが、俺には一方的にハゲと白髪乙女に殴られる趣味はない。
こんなムカつくことはもう御免だ。
「これでとどめだ！」
大きく伸びるストレートが俺の胸を強打する。
俺は今までのように抗いはせず、力に身を任せて後ろに仰け反っていく。
まあ、我ながら善戦したと思う。
やれる手は全て尽くした。
あと、俺に残された出来ることは……
「な！？」
「おろ？」
……この両の手に握った二人の手首をしっかり掴んでることくらいだよな。
殴られんのはもうウンザリだってーの。
さっさと負けさせてもらうわ。
つーわけで俺と一緒に場外で休憩しようぜ。
「試合終了！流川・川神ペアの勝利」
学園長の判定が静まり返った会場に一際大きく響き渡った。