小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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空はまだ白みがかるような早朝。
そんな時間から橋の前に佇む少女がいた。
その名はクリスティアーネ・フリードリヒ。
今でこそ小鳥たちも鳴き出すような時間になってきたが、少女はもう数時間
も前からそこに立っていた。
いや、あるいは少女の心が流れる時を長く感じさせているのか。

しかし、少女はどんなに時間が経ってもそこから動くことはない。
ただ1人の男がここを通りかかるまでは。
恋を自覚した少女は待ち続ける。
今までとは違う一歩を踏み出すために。
それは今まで自分自身の心に気づくことが出来なかった遅れを取り戻すため
の一歩。
気づくことが出来たから、求める結果に進もうという一歩。

しかし、来る人を思えば思うほど、体感時間は長くなる。
もとより朝があまり得意ではないこの少女。
人に起こしてもらわなければ、起きれないほどだ。
そんな彼女にとって、長時間の退屈は意識を奪うすれすれだった。
顔を俯かせつつも、重くなってきたまぶたに必死に抗っていたときだった。


「クリス、こんなとこで突っ立って何してんだ?」


クリスの耳に届いたのは待ちわびていた声。
それは聞きなれているはずなのに、いつもとどこか違う。
好きだという自覚が変えたのだろうか。


「海斗!」


少女は叫ぶ。
待ち続けていた男の名を。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


昨日色々あって、流石に疲れた俺は若干いつもより遅いかという時間で通学
路を歩いていた。
といっても、遅刻するかと問われれば、まだまだ余裕なのだが…。
そんな調子で焦ることもなく、いつもの道をいつもの歩調で歩いていると…。
橋のところに誰かいるのが見えた。

別に他にも登校する生徒など、歩行者がいるのは珍しくないのだが、そこに
いた者は明らかに立ち止まって、誰かを待っているような様子だった。
こんな橋の始まりで人を待っているのを見るのは初めてだ。
というか、よくよく近づいて見てみると、朝のそよ風にたなびくブロンド、
一本芯が通ったようにシャキッとした背筋。
それらには見覚えがあった。


「クリス、こんなとこで突っ立って何してんだ?」


近づいていって声をかける。
俯いてはいるが、間違えるはずもない。


「海斗!」

「おう、風間ファミリーの連中でも待ってんのか?」

「いや、自分は海斗が来るのを待っていたんだ。」

「へ?俺のことを?」


なんだ、俺またクリスに怒られるような事したか?
何か正義の道、踏み外したっけ…
クリスの前で特に目立ったことはしてないはずだが。


「そうだ、一緒に学校に行こうではないか。」

「え、俺と二人でってこと?」

「あ、ああ、そうなんだが……ダメだろうか?」

「いや、それは全然いいぜ。」

「そうか!では、行こう!」

(良かった。まずは上手く誘うことが出来たぞ!)


そうして、俺はクリスと並んで歩き出した。
なんだかんだで誰かと登校するのって初めてだな。


「けど、いきなりどうしたんだ?」

「は?何がだ?」

「ほら、俺を待ってくれてる約束なんてしなかっただろ。話でもあるのか?」

「え、えと…それは…」

(まだ告白はダメだ!心の準備が…。それにムードというものもある。)

「海斗と一緒に学校に行きたかっただけだ!」

(待て!今、相当恥ずかしいことを言ってしまったんじゃないか!?)

「そうか、俺も誰かと学校に行くのなんてしたことなかったから、クリスと
一緒に行けて良かった。」

「ぅ…そうか…」

「ま、遅刻するような時間でもないし、ゆっくり行こうぜ。」

「ああ、そうだな…」

(こ、これはとても良い感じなんじゃないのか…!この調子でもっと海斗と
仲良くなれれば…)


だが、世の中はそう甘くはなかった。


「カッイト〜〜♪」

「のわっ」


横から物凄い速さで物体が飛び出してきた。
それは柔らかく……って。
今の声は確実に…。


「小雪…。」

「おっはよー、カイト!」


案の定、それは榊原小雪。
というか、昨日ずっと一緒にいて背負っていたせいだろうか。
聴覚よりも触覚で分かってした自分を罰したい。

ん?
隣を見ると、クリスが肩をわなわなと震わせている。


「なんなのだ、お前は!海斗とどういう関係なんだ!」

「おい、クリス。いきなりどうした?」

「海斗は黙っていろ!」


…何故だか分からないが、相当ご立腹のようだ。
さっきまでは結構機嫌が良いように、俺の目には映っていたんだが…
気のせいだったのか。


「海斗はボクの大切な人だよ〜♪」

「そ、そうなのか、海斗!?」

「そうも何も普通に友達だが…」

「なんだ友達なのか……てっきり…」

「カイトー」


小雪がグイグイと遠慮もなく、俺の左腕に寄り添ってくる。
多分、対象がいなかっただけでスキンシップが激しいタイプなのだろう。


「なっ、ちょっと友達にしてはくっつきすぎじゃないか!?」

「僕はこれが普通だも〜ん。」

「な、なら…」


言葉と同時に俺の右腕がとられる。
見ればクリスも同じように、それを抱きかかえていた。


「あのさ…」

「なんだ、そいつは良くて自分はダメだというのか!」

「別に構わんけど…」

「ならいいな。」


クリスが嫌がらないなら、特に俺としては反論はない。
結局、その日の登校は女子2人に挟まれているというなんとも奇妙な光景が
学校に着くまで続けられることとなった。

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