小説『追憶の歯車』
作者:IRIZA()

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第一話


私がこの中学の生徒会長になって、幾月が過ぎたことだろう。
初めは書類処理さえもあたふたと時間がかかっていたのに、今ではその日の分はその日のうちに終わらせられるようにまでなっている。
……まぁ、初期に溜めた書類のせいで、毎日が戦状態なのは、否めない事実だが。
それでもこんなときは、他の役員がいないのは咎められなくていいなーとか思っちゃったりするわけだ。ついでにこの存在感の無さが、誰にも怒られずせっつかされない、という素敵な状況をつくりだしている。
今期は何故か生徒会に立候補する者が私以外まったくおらず、(これが若者の活力の低下という、現代社会の闇のあらわれか?)信任投票というかたちで私がこの並盛中学校で初の、ぼっち生徒会長になってしまったわけだ。
……まぁ、ほかの役員の仕事もすべて私が引き受けているという過酷な状況下でもあるのだが。
とはいえ会計やもちろん会長は必要職だが、副会長や庶務などの雑務はすべて私に回帰するし、書記などはそもそも話し合いがないのだから楽なものだ。

とまぁそんな様々な要因たちのおかげで、私はこうして今みたいに、時折授業をサボってまで書類たちと駆け落ち……もといフォーリンラブしなければならない。どんだけだ。

「……だれか褒めて」

……なんて言ったところで誰がいるわけでもなし。

そんなことを考えながらただ黙々と作業を進めていたおり、一枚の書類に目が止まった。
それは、書類と呼ぶにはあまりにもファンシーな便箋で書かれた意見書だった。
校舎裏に設置された目安箱。月に一枚から二枚くらいの頻度で投書がなされているが、内容はいつも個人の勝手な横暴ばかりだったのでそれらはすべてコピー&ファイリングの後、破り捨てていた。
そもそも生徒会長を知らない奴らが半ば諦めの気持ちで入れたものだ。重視する必要は全くない。
だがしかしその便箋に書かれていたことは、その乙女ちっくなデザインを大きく裏切って、あまりにも重いことだった。

(私のクラスでは、いじめが行われています。私はこの前、原くんと橋本くんが、佐伯くんを校舎裏に呼び出して恐喝しているのを見てしまいました。みんな見て見ぬふりだけど、私はその子……佐伯くんを放っておけないので投書しました。名も知らぬ生徒会長様、どうか佐伯くんを助けてあげてください。お願いします。

2年B組 匿名希望
)


……どうしよう、確かに重い内容で、きっとこの匿名希望さんは藁にもすがる思いで投書したんだろうけど……すっごく、破り捨てたい。
私は、その手紙をコピー&ファイリングした上でそんな衝動に駆られていた。
いつもの癖が出てしまったのか?……いや、そっちの可能性を考慮するくらいだったら、以下の可能性の方が高い。
匿名希望さんが、すっごくウザい、と……
そもそも、何故こいつは自分自身でその佐伯くんとやらを助けないのだろう。溺れている佐伯くんを助けるために一緒に川に飛び込んであげれば良いものを、匿名希望さんは目の前の佐伯くんを放置して大人を呼びに行ってしまったようだ。……というのはもちろん過大な例えで、実際事態は直ぐに収拾がつく。

……大きな壁もあるが。

とりあえず私は、その手紙(原本だ。なんとか衝動は押さえ込んだ)を携えてある場所を訪ねた。
校則違反や服装の乱れなどオーソドックスなものからチンピラ達の喧嘩まで、およそどんな問題でも取り扱ってくれる委員会……そう、風紀委員会だ。

今まで投書の中にはちょくちょく、(風紀委員長をなんとかして)系のものがあったが、彼はまだ間違ったことをなにひとつしていないので、まぁ多少注意するくらいで終わらせていた。
実際会ったことは数回程度(中央委員会など)だし、この私のことだ、きっと……いや絶対、覚えられてはいないだろう。いや特に問題があるわけではないけれど。

そんな風に思いながら、しかし少し緊張しながら私は風紀委員会の……もとい、応接室の戸を叩いた。

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