第20話 消してしまった命、守ってきた命
それから3か月後の8月20日午後7時2分。剣介が忘れられない出来事が起きた。
「はぁ、はぁ、たぁ!」
額に汗を滲ませて薄暗い空に舞い上がる人影。その滞空時間はざっと4秒。
トッ。
「・・・・此方か!」
ダンッ!
屋根の瓦が割れるのもお構い無しに跳躍。
ぐんぐん地面が離れていったと思うと今度は迫ってくる。
8m・・・・5m・・・・1m・・・・着地した瞬間に膝を曲げて衝撃を殺す。そして間髪入れず空に舞い上がる。
(何処だ!クソ!探知能力が低すぎて涙が出るぜ!)
思うように目的地へ行けない少年は苛立ち、焦っていた。
そして住宅街を抜け、河川敷に飛び出すと少年の目付きが鋭くなった。
「見付けたぞ!腐った生ゴミ共!」
河川敷に見えた複数の人影。その内3人は人間。他は全てアンデッドでその3人を追いかけている。
「もう死んでいるけど死ねぇ!変換ーー火炎!」
少年の両掌に人魂のような小さな火が出現。そのまま着地すると同時にアンデッドの集団に向けて火を投げ付けた。
「君は・・・・光明君!」
肩で息をしていたスーツの男、西条彰が少年の名を叫んだ。
「下がって下さい!此処は俺が何とかします!」
「「アァァァ!」」
「受け取りな!」
ドボウ!
更に剣介が投擲した火の玉がアンデッドの1体を火だるまに変える。立て続けに火の玉を投げる剣介だが攻撃手段はそれだけ。
「きゃぁぁぁ!」
「しまった!」
西条一家が逃げた先から叫び声。剣介は誰の声かは判らなかったが手前のアンデッドを殴り飛ばして走り出す。
「大丈夫ですか!?」
「光明君!つ、妻が突然・・・・!」
「うっぐぅぅぅ!」
「由妃さん!しっかりしてください!もしかして・・・・彰さん!何か幽霊見たいのを見ましたか!?」
「いや、僕は何もーー」
(悪霊だ・・・・そんな、もう助からない・・・・)
「っ・・・・」
「光明君、もしかして妻は・・・・」
「・・・・俺達が悪霊と呼ぶ魔力を持ったものが由妃さんの魂を喰らっているんです。そいつは一般人は見えなくてーー」
「妻は、由妃はどうなるんだ!?」
「さっきのアンデッドに・・・・」
「そんな・・・・あぁ・・・・」
膝から崩れ落ちる彰。膝を涙がポツポツと濡らし、肩を震わす。
「くっそぅ・・・・由妃・・・・」
「ううぅぅぅっ!!ああ!」
「由妃ぃ!」
〔モウヒトリ・・・・〕
ドクンッ!
「ぬがぁぁ!?あぁぁ!!」
「彰さん!」
「ど、どうやら・・・・僕も・・・・喰われているようだ・・・・ァァァァ!!」
「そんな・・・・クッソォォォ!!」
「ーー僕と・・・・由妃を、殺し・・・・てくれ・・・・!」
「!」
「もう、死ぬのなら・・・・誰かをオソッテしま・・・・うのならっ・・・・イッソココデ!」
「無理です・・・・2人を殺せません!」
「タノム・・・・其処にイルムスメの為に・・・・!」
彰が指を指した先にはさっき叫んで気絶した西条夫妻の娘、静音が倒れていた。
「光明クン・・・・ムスメヲ・・・・お願い・・・・ネ・・・・!」
「ユキ・・・・。光明君!娘を、マモッテクレ!君にならタノめる・・・・信用できる」
「ーー!~~~~~~~~~っ!す、スミマセン・・・・!」
「「ありがとう」」
2人が最後に口にしたのは剣介がぎりぎり聞こえた言葉。
「・・・・変換ーー大地!」
ズズズズ・・・・!
剣介が己の魔力を土属性に変換し、横たわる西条夫妻の周りに壁を作り出した。そしてーー
ドズンッ!
それを一気に2人に向けて倒した。
それらの下敷きとなった2人は潰れ死に、土壁の隙間から塵となって風に流されていった。
「どうして!」
「っ!?」
突然の声に剣介が振り返る。
其処には気絶していた筈の静音が立っていた。
「ぁ・・・・」
「どうして殺したりなんかしたの!何の為に!」
「俺は・・・・くっ!」
ドン!
剣介は答えられず、ただ逃げた。
静音を捲き込まない為、彰との約束を果たす為に何も言わず、逃げた。
◆
「これが真実だ」
「嘘よ、貴方は嘘をついているの!早く本当の事を言って!」
「これが証拠だ」
ピト。
剣介の指先が静音の額に触れる。刹那、静音の頭の中に大量の記憶が流れ込んできた。
(これは・・・・父の記憶?)
彼女がそう感じたのはなんとなくだった。
(やっぱり、そうよ。この約束は父と私しか知らない事の筈)
膨大な記憶が頭の中を駆け巡り、最後に剣介の顔が出てきた。
(光明さん・・・・泣いてるの?)
『娘を、マモッテクレ!君にならタノめる!・・・・信用できる』
『スミマセン・・・・!』
『ありがとう』
(嘘・・・・本当だったの・・・・?)
ブツン!
其処で記憶が途切れた。
「は!私ーー」
静音が気付くと彼女はベンチに横たわっていた。
「大丈夫?」
「あ、私・・・・」
「涙、拭いて。君を泣かしたら彰さんに怒られちゃうよ」
そう言ってハンカチを差し出す剣介。彼の頬には既に涙が流れていた。
「わ、私・・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・・私、ずっと・・・・」
「良いよ、謝らないで・・・・。俺が2人を殺したのには変わらない、恨んでもらって構わないから・・・・もう謝らないでくれ」
「う、ぅぅ!うわぁぁぁぁん!」
「泣かないでくれ・・・・彰さんに、由妃さんに怒られちゃうよ・・・・」
彼女が何故泣いているかわ解らない。
父親の記憶のせいか、彼女が剣介を殴ったせいか、両親が最後の最後まで我が子を助けようとする愛を知ったせいか。それは彼女自身も解っていない。だが、彼女はただ泣いていた。