第25話 甘いよ・・・・とっても・・・・
それから私は毎日その公園に行ったわ。
毎日ケンちゃんは公園内の何処かに必ず居て、ある日は木の頂に座っていた時もあったわ。
よく考えるとまだ5歳なのにそんな事が出来たのは能力者だったからだと知れば頷けるわね。
そんなケンちゃんと話すようになってから2週間位した頃、私はケンちゃんに何で何時も居るのか聞いたわ。
「ねぇー、剣介君。どうして何時も此処に居るのー?」
「独りだから。お家在るけど、帰っても誰も居ないんだ。お家は暗いし、何か何時も背中がゾワゾワするから居たくないんだ」
「寝る時はどーするのー?」
「仕方無いからお家の椅子(ソファ)で寝るよ」
「ところでさー。親はー?」
「・・・・だから居ないって。僕はよく覚えてないんだけどパパもママが居たらしいんだ。でも顔は知らないし、それにこの前までお爺ちゃんとお婆ちゃんと一緒に居たんだけどね、お家に置いてかれちゃったんだ。だから誰も居ないんだよ」
つまり、今の話を纏めると、ケンちゃんが物心ついた頃には両親は既にケンちゃんを手離していて、祖父母が育ててきた。だけど、まだ5歳の少年なのに祖父母はケンちゃんを両親同様に捨てた。
「本当に独りなの?」
「うん。麻理ちゃんのママも居ないんだよね?死んじゃったの?」
「うん。私が産まれた時に死んじゃったらしいの」
私もお母さんの顔を見たことがない。
お父さんの話によると私が産まれたと同時に死んだらしい。
原因は知らないけど、大分弱っていたらしくて出産のショックでそのまま。とても綺麗な人だったとお父さんがよく言うわ。でも写真は残されてなくて見ることは叶わないわ。
死後の世界に行くでもしないと。
「・・・・死ぬって、何だろう?」
ケンちゃんが空を見上げる。
段々雲行きが怪しくなっていて雨が降りそうだった。
「帰りなよ。僕はお家に戻るから。ゲームでもして遊んでるよ。じゃあね麻理ちゃん」
「・・・・待って剣介君。私んち、来る?」
「?」
「だから、私の家に来ない?ほら、そのー、剣介君と遊びたいし。ね?」
「良いの?僕、能力者っていう奴で皆が酷いことしてくるんだよ?そしたら麻理ちゃんも酷いことされちゃうよ」
「能力者?なにそれ?・・・・ま、いいやー。早く行こー。雨降るよー」
「あ、待ってよ!」
テクテクと順調な足取りで歩く私の後ろを一定の距離を保ちながらついてくるケンちゃんはまるで子犬の様だった。
◇
「ーーて話。どう?」
「どうって言われてもですね」
「あ、そうだ。キリヤさん、ケンちゃんが出ていったのはあまり気にしなくても良いですよ」
「何でですか?」
「実はね。私も8歳の頃にキリヤさんと同じ事があったの。私が学校でいじめにあってね、家に籠ってたの。それでケンちゃんに毎日傍に居てもらっていたの。そしたらある日ケンちゃんが「シャキッとしてよ!主(あるじ)がそんなんじゃ此方が接待しにくい!」って怒ってね。それで私が黙ってたらケンちゃんがこう怒鳴ったの。「お前はそんなメソメソするような女の子じゃ無いだろ!いじめをする奴は屑だ!そんな屑に負けたいのか!?俺は御免だね!だけどお前が何時までもメソメソしてるなら俺は執事を辞める!なんで俺が執事を辞めるのかは自分で理由を探してみろ!」なんて言って執事を本当に辞めたの。私はショックだった。だけどね、ケンちゃんが辞めて暫くしたあと、お父さんが私に言ってくれたわ。「剣介君はお前の為に怒ったんだ。もう自分で問題に立ち向かい、解決出来るだろうと信じていた。だから執事を辞め、お前をあえて1人にしたんだ。此処で何時までもメソメソしてたら、剣介君は2度とお前の前に現れる事は無くなるぞ?それで良いのか?良くないだろ」って。確かにあの時の私はケンちゃんが執事になってから何でもケンちゃんに頼っていたわ。だからケンちゃんは私を成長させるために1人にしたんだ。そして私は立ち向かったわ。まぁ、既に遅かったんだけどね。兎に角、私が言いたいのは今回はケンちゃんからキリヤさんへの試練ということ」
「試練・・・・」
キリヤは今まで自分が何をしていたかをよく思い出してみた。
毎日傍に剣介が居て、何か問題があれば剣介に頼めば解決してくれた。何時も、何時も何時も何時も何時も。
「そうか・・・・これは剣介の試練なんですね。でも、剣介は私に何をさせたいんでしょうか?」
「多分、何時も傍に誰かが居る当たり前の事や、朝昼晩にご飯がある事とかの当たり前な事のありがたみを知って欲しいんじゃないかな?」
「当たり前な事のありがたみ・・・・。じゃあ剣介は本当は怒ってないんですよね?」
「それは分からないけど、多分大丈夫。ケンちゃんはなんだかんだ言って優しいから」
(・・・・聴かなきゃよかったぜ・・・・)
麻理とキリヤが話している一方で剣介は2人が話している部屋の外で聞き耳を立てていた。
(人って何処で何を言われているか分からねぇ物だなぁ・・・・。兎に角、キリヤが当たり前である事がどれだけ幸せかを知ってくれれば万歳だが・・・・)
「じゃあ剣介に謝って来ます。まぁ、その前に探しに行かないといけないんてすけど・・・・」
「大丈夫よ。ケンちゃんは家に居る筈だから。さっきの話の続きなんだけど、ケンちゃんが出ていって私がいじめっ子の所に行ったら誰かにいじめを止めろ。ってフルボッコにされたみたいでね。私に謝ってきたわ。んで、家に帰ったらケンちゃんが笑顔で待ってたわ。「これで1つ成長したな」って。だから大丈夫よ」
(たしかそんな事も言ったな。じゃねぇ!キリヤよりも早く帰らないと!)
タタッ。シュ!
庭を飛び越えて塀に着地して更に向こうの家の屋根に跳躍、アニメのワンシーンの如く家に向かう。
「今日はありがとうございました」
「次は遊びに来てねー」
◇
それから50分余りした光明家宅。
キリヤが恐る恐る玄関のドアを開けると甘い香りが鼻腔を擽った。
「甘い香り・・・・」
何かに取り憑かれたようにリビングに足を進めるキリヤ。
ドアを開け、甘い香りがする方に目を向けると包丁を巧みに回す剣介がキッチンに立っていた。
「ぁ・・・・」
「お帰りキリヤ」
「た、ただいま・・・・。剣介?」
「ん?」
「その・・・・さっきはごめんなさい。私、当たり前が幸せな事だって気付いてなかった。今こうして帰る場所があって、迎えてくれる誰かが居る・・・・毎日温かいご飯が食べられる・・・・剣介は、私の為に怒ってくれたんでしょ?」
「・・・・」
剣介はただ黙って聞いていた。
返事をしなければ頷きもしない。それでもキリヤは話続けた。
「今日、麻理さんの所に行って、話を聞いて気付いたの。剣介、ありがとう」
「・・・・“これで1つ成長したな”」
「え?」
「いや、俺もいきなり怒るような真似をして悪かった。でもこれで分かってくれた?普通に生活出来ている事がいかに幸せかを」
「うん」
「よし!じゃあ仲直りの印として、今出来たばかりのブラウニーをあげよう!遠慮せずに食べて」
「良いの?ありがとう・・・・・・・・・・・・・・・」
「しょっぱくないよな?」
背を向けたままの剣介がキリヤに問う。
「ううん、甘いよ・・・・とっても・・・・」
ブラウニーを頬張ったキリヤの両目尻からは止まることなく涙が流れていた。