〜 2 〜
迂遠極まりなかった彼女たちの話を統合すると、こうなる。
──委員長がネット上の友人と同人誌を書くことになったらしい。
──その資料として男性の裸体モデルが欲しい。
──だから、『俺の』を見たい……という。
そんな恥ずかしい要求をしてきたからこそ、彼女たちの話は回りくどいことこの上なく、話の趣旨を俺が理解するのに三十分を超える時間を要したのだった。
「……アホか」
それに対する俺の回答は、僅か三文字……一秒足らずだった。
……当たり前だろう。
正直なところ、俺は男であってそう裸を見せることに抵抗なんてありゃしない。
それでも……何のメリットもないそんな申し出、受けるつもりなんて。
「もちろん、そう言うとは思ってたんよ?」
「だから、報酬も用意してる」
「……平等」
そう言って三人娘が差し出したのは、さっきの温泉の素だった。
──これをプレゼントするから、裸を見せろと?
俺の股間も安く見られたものである。
せめて俺のパンツの中を見たいなら、三星球くらいは用意して貰わないと……とは言え、ブルマが亀仙人に見せようとしたのはパンツだけのつもりだった訳で。
「あの、違います」
だけど、おっぱい様のように精神感応能力を使った訳でもなく、委員長は俺の意思を読み取ると首を横に振っていた。
「甘いな、師匠。
交渉ってのは等価交換が基本やろ?」
突然、羽子はどこかの錬金術師みたいなことを言い出しやがった。
多分、委員長の部屋とかでコミックでも読んだのだろう。
「なら、見せっこでもするってか?」
俺は肩を竦めながらもそう笑う。
そんなこと、あり得ないと思っていたから、だ。
当然のことながら、三人娘は首を横に振る。
「アホ。
そんな恥いこと、出来るかい」
「そうですわ。
私たち、これでも嫁入り前ですもの」
「……エロス」
って、ちょっと待て。
俺はあくまでも等価交換という言葉から連想しただけであって、だな。
そう抗議しようと俺を、羽子は片手を上げて制すると口を開いて続きを語り始めた。
「あたしらは見たい。だけど見せたくない。
ま、それは師匠も同じってことやろ?」
羽子のその言葉は正鵠を射ていたので、俺はしぶしぶながら頷く。
そう。
俺は女体の神秘に興味がない訳じゃないのだ。
ただ……眼前にいる女の子は最大値でもBであり……あまり興味が湧かないのも事実だったのだが。
「だから、勝負しようやないか」
「報酬は私たちの全裸。
賭けのベットは貴方の裸」
「……どう?」
挑発的に笑う彼女たちに向けて、俺の返事は決まっていた。
「……面白い」
そう好戦的に笑いつつも、俺は視線をつい周囲へと向けていた。
だって、今のままじゃ賭けに勝っても所詮はBである。
だったら……上手く話術を誘導して、全裸を見えるというこの賭けの場に彼女を引きずり込んでしまえば……
「……バカバカしい」
しかしながら、生憎と俺が視線を向けた先……二つに並ぶ至高の芸術を誇るお方は、そう吐き捨てるかのように呟くとさっさと食堂から去って行ってしまった。
俺は銀火龍の狩りが終わったのに宝玉を手に入れられなかったハンターの気分に陥っていて、舌打ちを隠せなかった。
「……ボクは、どうしようかな?
賭けの内容を聞いてみないと……」
その視線の隣では、本気でどうでも良いAAの亜由美が何もしていないのに罠にかかろうとしていたのだった。
話を聞けば、その賭けの内容は実に下らない、実に単純なものだった。
この寮の風呂は男湯と女湯に分かれているのだが、男子生徒はたったの二人しかおらず使用するのはそう難しくもない。
その上、湯の温度はボイラー管理室で生徒が自由に調整できる、らしい。
(……この学校、経営資金とかどうなってるんだか)
男子生徒が二人しかいないというのに男湯がある時点で考えるべきだったのだろうその疑問を、俺は今更ながらに抱いていた。
そうして俺がこの学校の経営状態と施設管理について懸念している間にも、羽子の言葉は続く。
「つまり、簡単な熱湯耐久ゲームやな。
この温泉の素を入れて、中身を見えなくした風呂にあたしらが全裸で入るって寸法や。
んで、風呂をどんどんと熱くする」
「熱くなって風呂から出たら、見られてしまいます。
最後まで耐え切ったら、見らることはないという訳ですわ」
「……どう?」
彼女たちの提案を聞いた俺は少しだけ考え込む。
(ものすごく、有利じゃないか、これ?)
──もともと失うものは何もない。
と言うか、ひなた荘なんかで毎週のように発生していた風呂場ドッキリを、必然的に発生させるようなものだ。
ラブコメ展開に憧れる男ならば、そのチャンスを無碍にするのも惜しいだろう。
……どっちかと言うと、熱湯コマーシャルの方が近いんだけど。
──後々、この中の誰かが政治家になってりしてな。
なんて、下らないことを考えていたら、視界の隅で委員長が俯いていた。
彼女はさっきから顔を赤くするばかりで会話に加わろうとしていない。
「と言うか、委員長もそれで良いのか?」
「ええ。元々は私が言い出したことですから」
──もしかして委員長は、三馬鹿娘のノリに無理やり引っ張られたんじゃないだろうか?
そう心配した俺は委員長に問いかけてみたものの、彼女は更に顔を赤くしつつも、はっきりとそう口に出して意思を示していた。
如何なる馬鹿で不利な賭け事であろうと自分の意志でベットをテーブルに乗せようするならば、俺からはそれ以上何かを言うつもりはない。
例え対戦相手が目もしくは耳を賭けようとしていても、だ。
「あの、もしこの勝負に参加して頂けるなら、勉強、お教えしますよ?
超能力、ヤバかったんですよね?」
それどころか、委員長はそんな提案までしてくる始末で、俺の心配はまさに懸念以外の何物でもなかったらしい。
そして、彼女のその提案で、参加と不参加でちょうど釣り合っていた俺の心の天秤は、大きく参加へと傾いてゆく。
何しろ、参加賞だけで俺にとっては十分な利があるのだから。
「この勝負、乗った!」
だからこそ、俺は気合を込めるべくそう叫んで答えたのだった。
「へへへっ。負けないからねっ!」
結局、亜由美は参加することに決めたらしく、俺の肩を叩きながらそう笑いかけてきたのだった。
……しかしながら。
正直なところ、俺にとってはAAの亜由美なんていようといまいと……心底どうでも良かったのだが。