小説『π>ψ』
作者:馬頭鬼()

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 〜 3 〜


 本日四限目の時間は、体育館……待ちに待った超能力の授業である。

「今日も、この時間が来たな〜」

「気合を入れないといけませんわね」

「……頑張る」

 待ちに待ったのは俺だけではなく、羽子・雫・レキの三馬鹿娘も同じらしい。
 しかも今日はA組の教師がインフルエンザにやられたらしく、珍しく一年生全てが合同授業をするということになっていて……
 その所為で……今日の序列戦でA組の人間と当たる予定の三人娘が妙に張り切っていた。

「兄貴は、序列戦、どうするんスか?」

 そう尋ねてきたのはA組の鶴来舞斗である。
 虚空から剣を生み出すという凄まじく戦闘向けの超能力を持ち、序列六位という凄まじいPSY指数を持ち合わせていながら、PSY指数ゼロの俺に一度負けただけで俺を兄貴と呼んでくる変なヤツだ。
 性格は水見式を行うまでもなくヘタレを具現化したようなタイプで、動揺に弱く調子に乗りやすい。
 ……まさに超能力の持ち腐れを人間の形にまとめたようなヤツである。

「そういや、お前は上を狙わないのか?」

「いや、上にいる連中って二年の化け物ばっかりなんスよ。
 そういう連中と戦うのは、どうも……。
 俺は別にテスト結果はそう悪くなかったし……」

 何気ない俺の問いかけに、舞斗は相変わらず腑抜けた答えを返してきた。
 俺はそれに少しだけ「相変わらず……」と心の中で呟くが、すぐに俺にはコイツに返す言葉がないことを思い知る。

 ──そもそもテストの結果が人並みならば、学校側が用意したこの序列戦なんてお遊び……俺たちが付き合う必要はないのだから。

「っと。始まるな」

 舞斗のヤツと話をしていたらマネキン教師が授業を始めるべくこちらに向かって来ていた。
 俺は舞斗に手を一つ振って別れを告げると、教師のマネキンへと足を向ける。
 真っ先に序列戦の予約を取り付けようと思ったからだ。
 ……だけど。

「まず、私が最初にやらせて頂きますね」

「……二番目」

「なら、あたしが三番目かい?
 ま、別に構わなんけどな」

 そこには俺よりも先に三馬鹿娘が揃って序列戦の申請をしていた。
 それぞれの対戦相手が特に不服そうな様子もなく後ろに控えているのを見ると……どうやらA組の彼女たちもそう異論はないらしい。

「ったく。B組の連中はこれだから……」

「まぁまぁ、序列戦って初めてですし、面白そうじゃないですか」

「良い的が出来たと思えば良いんじゃね?」

 A組の彼女たちはそんなことを呟いていて……どうやら負ける気はないらしい。

 ──当たり前か。

 向こうは戦闘向けの一軍とも言うべきA組。
 こちらはPSY指数や能力を見た上で落ちこぼれとされたB組だ。
 端っから敵とも思っていないのだろう。
 どうやら「格下が生意気だから胸を貸してやる」って程度の感覚らしい。

 ──さて、お手並み拝見と行くかな?

 俺は四番目に予約を入れると……序列戦を見物している人の輪に混ざり、自称俺の弟子らしき三馬鹿娘の戦いを見守ることにする。

「隣、良いっすか?」

「……ああ」

 ギャラリーに加わった俺に再度そう話しかけてきたのは、舞斗のヤツだった。
 コイツはコイツで、序列戦に興味がない振りをしている癖に、戦いから何かしらのヒントを得ようと貪欲に待ち構えているらしい。
 一年生全員が見守る中、授業開始と同時に最初に向き合ったのは序列十五位の雨野雫と序列十四位の遠野彩子だった。
 遠野彩子という名のA組の少女は、ちょっと強気そうな顔立ちの少女だったが、所詮はAであり外見などどうでも良いと俺はさっさと興味を失う。
 とは言え雫もAAという最下層住民であり、正直な話、この試合は俺にとってあまり見るべき余地がなく……

「では、見せてもらいましょうか。
 A組の超能力の実力とやらをっ!」

「B組の雑魚が、跳ね返りやがって!」

「始めっ!」

 二人が威勢よく口上を歌い上げたのを見計らってマネキン先生の声が体育館中に響き渡り……今日の序列戦が始まる。

「どっちが勝つと思うっスか?」

「……さぁ、な」

 完璧に観戦モードの舞斗の問いに、俺はすっとぼける。
 予想をしてまで見る気がしない、というのが正しいのだが、正直にそれを口にすればあまり良くない結果が待っていることくらい、この俺にも予想出来る。
 ……何しろ、ちょっと離れた場所に二つ並んでいるおっぱい様の上に付属してある顔が、柳眉を逆立ててがこちらを睨んでいる訳でして。

「俺は彩子の方を推します。
 アイツの能力は力場……不定形にして汎用性が高いっすから」

 舞斗のその声を聞いた訳でもないだろうが、開始の合図と同時に、雫は対戦相手である遠野彩子から距離を取り始めた。

 ──未知の能力に警戒してのことだろう。

 そうして雫は二メートルほどの距離を保った上で、得意の水弾を牽制するかのように三発、正面へと放っていた。

「甘いっ!」

 だけど。
 その水弾が突然、何かに当たったかのように空中で弾け飛ぶ。
 雫は円を描くようにステップしつつその攻撃を続けるが、遠野彩子は身動き一つしないままに攻撃を全て弾き飛ばしてしまう。

「アレが彩子の得意技、念動力っす。
 自由な形の力場を、自由な場所に出現させるという、厄介な能力で……」

 舞斗の解説に俺は軽く頷きを返す。

 ──能力的には繪菜先輩の不可視の腕に似ている、な。

 俺がそんな感想を抱いている間にも、勝負は大きく動いていた。
 水弾を弾かれて焦ったのか雫が距離を詰めた途端、彼女は見えない何かに吊り上げられ、苦しそうにもがき始めたのだ。

「……何だ、ありゃ」

「彩子の必殺技、ネックハンギングツリーっす。
 念動力で首を絞める、文字通りの必殺技っすよ」

 舞斗の声に苦しげな響きを聞き取った俺は、宙吊りになってもがいている雫から視線を隣へと移す。
 そこには首の感覚を確かめるような舞斗の姿があった。
 ……どうやらコイツもあの技の餌食になったことがあるらしい。

「お前は、助かったのか?」

「え、ええ。
 あの技の最中は、アイツも無防備になりますから……」

 舞斗がそう呟いた瞬間だった。
 雫がせめてもの抵抗か苦し紛れか、ゆっくりと対戦相手の顔面に目がけて右手を伸ばす。
 その瞬間だった。

 ──パチィッ!

 そんな、軽く何かを叩いたかのような音が体育館に響き渡る。

「……あれは、雫の一撃、か?」

 状況を考える限り……さっきの音は雫が指先から流水を放ったらしい。
 だが、苦し紛れに思えるその一撃の効果は抜群だった。
 無防備に雫の一撃を喰らった遠野彩子は、雫を拘束し続ける余力すらなくし、まるで陸の上で溺れたかのようにじたばたと暴れ回っている。

「目つぶし、っすかね?」 

「そんな甘っちょろいもんじゃねぇ」

 舞斗の問いかけに、彼女の攻撃の意味を理解した俺は、そう呟くので精いっぱいだった。

 ──顔面に点在する急所の一つ、涙穴。

「それを高速の水滴で鋭打されると……鼻と目から微量の水が流れ込む。
 そうすると……どうなると思う?」

 俺は誰ともなしに言葉を紡ぐ。

「……溺れるんだよ」

 俺がそう呟いたのはほぼ無意識にではあったが、その技の恐ろしさはその場にいたギャラリー全員が理解したらしい。
 ゴクリと誰かが唾を呑む音が聞こえるほど、体育館内は静まり返っていた。
 体育館の中で「溺れる」という俺の言葉が大げさなものでないことは、遠野彩子が未だに何もない空間でありもしない藁を掴もうと暴れ回っていることからも明らかで。
 その間にも、二人の決闘は終わりを迎えようとしていた。
 ようやく窒息から立ち直った雫は、その能力を使って氷の鉈を創り出すと、未だに顔面のダメージから抜け出せず陸上で溺れていた遠野彩子を目がけ、その鉈を……

「ヤバいっ!
 舞斗! 剣を寄越せっ!」

「は、はいっ!」

 俺は舞斗の返事を待たずに飛び出していた。
 だが、幸いにして舞斗の理解力と超能力は俺の期待通りの性能だったらしい。
 俺は眼前に浮かび上がった鋼鉄の剣を手に取ると、横薙ぎに彩子の首目がけて振るわれたその氷の鉈をギリギリで防ぐ。

 ──危なかった〜〜〜。

 氷の鉈の切れ味がどれほどのものかは分からないが……生憎と俺は、素晴らしい渓谷を綺麗なボートが遊覧していた、学園日々の最終回みたいな光景を見たいとは思わない。

「おいっ! 雫っ! 正気に戻れっ!」

「あ、ああ。はい、あ、その……」

 俺の叫びでようやく我に返ったらしき雫は、左右を見回し対戦相手の少女を見下ろし……
 その次の瞬間、雫は幽かには膨らんでいるらしきそのAAの胸に手を当てながら、大きなため息を一つ吐き出していた。
 恐らく……先ほど自分の行った行動を思い返し、人死にが出なかったことに安堵しているのだろう。

 ──まぁ、仕方ないんだけど。

 雫にしても突然、首を絞められたのだ。
 戦闘訓練を積んでもいない、ちょっと超能力が使えるだけの女子高生でしかない彼女が、パニックに陥って無茶をしたとしても……まぁ、情状酌量の余地はあるのだろう。

「えっと。
 この場合、雨野雫さんの勝利で、良いんですよね?」

 やっと現状を把握したらしきマネキン教師が、今さらながらに雫の勝利宣言を告げていた。

 ──役に立たねぇ。

 俺は、生徒の危険を棒立ちで見ていた教師に向けてそう叫びたいのを必死に堪えると、取りあえず舞斗の出した剣をその辺りへと放り捨ててギャラリーたちの輪へと戻る。
 舞斗の剣は役目を終えたと判断したのか、すぐに虚空へと消え去って行った。

「流石ね、和人」

 亜由美がそう親指を立ててくるのを片手で返礼すると、俺は黙って次の決闘へと視線を向ける。

 そこでは、本日二度目の序列戦が開始されようとしていたのだった。

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