小説『π>ψ』
作者:馬頭鬼()

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 〜 4 〜


「では、序列十七位争奪戦。
 序列十七位針木沙帆VS序列十八位石井レキ。
 始めっ!」

 死人を出しかけた先の騒動を一切無視するかのように始められた次の序列戦。
 レキの相手は針木沙帆という酷く細身の少女だった。
 AA……亜由美にも匹敵するその不毛の砂漠に、俺はため息を隠せない。
 こうなれば、救いはレキのBなのだけど……
 そう思った俺は、レキの方へと視線を向け……思わず固まってしまっていた。

「沙帆の能力は針千本(ハリセンボ)と言います。
 身体のどこからでも親指ぐらいの針を創り出せるという、かなりえげつない……」

 前の試合に引き続き解説を始めた舞斗のヤツも、レキへと視線を向けて……俺と同じように固まってしまっている。
 レキが、体育館の入り口から持っていたのは一本の剣、だった。
 ……だけど。

 ──それは、剣と呼ぶにはあまりにも大きすぎた。
 ──大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎた。
 ──それはまさに石塊だった。

 思わず俺が某狂戦士の一節を唱えてしまったのも、まぁ、無理もないだろう。
 何しろ、レキが持ち出してきたものは……大理石っぽい感じの、巨大な石の大剣なのだ。

「おいおい……あんなの、人間に持てる筈が……」

「……いや、出来る」

 レキの能力は土砂に運動エネルギーを与える能力。
 速度を上げるのは苦手らしいが、その範囲はかなり自由が効くらしく、災害救助訓練の一環として数立方メートルの土砂を動かすような荒業も見せてもらったことがある。
 数トンの土砂を動かせる以上……数百キロほどと推測されるあの剣を振り回すことも、そう難しくはない、筈。
 尤も、小柄な少女が数百キロの大剣を持ち上げている様は、正直、見てみてもあまり信じられない光景だが。

「……えい」

「ひ、ひぃっ?」

 やる気のない声でレキが石の大剣を振り下ろす。
 その速度は少女がバットを振るほどの、あまり早いとは言えない攻撃だった。
 ……だけど。

 ──その大剣の大質量が迫ってくる恐怖に、身体から針を生やす程度の超能力で、一体何が出来たというのだろう?

「ま、ま、ま、参りました〜〜〜〜っ」

 当たり前だが針木沙帆という少女は身体の隣に大剣が振り下ろされても指一本すら動かせず、超能力を発動させることすら出来ず……あっさりとギブアップをしたのだった。

「まぁ、無理もないな」

「……あんな能力に、どうやって立ち向かえば……」

 隣で舞斗のヤツが悩み始めていたが、まぁ、放っておこう。
 しかし。

 ──PSY指数の考え方、おかしくないか?

 あんな大質量を動かせるレキが、自分の身体を浮かせるだけの亜由美や見えない力場を創り出すだけのさっきの遠野彩子って女の子よりも遥かに数値が低いのだ。
 俺がPSY指数というものの考え方に首を傾げている間にも、先の勝利者である雫が友人のところへと駆け寄っていた。

「何処であんなん覚えたのですか?
 必殺技じゃないですか!」

「……頑張った」

 雫が友人の勝利を祝う叫びを上げ、レキも相変わらず表情が変わらないものの少しだけ嬉しそうに目じりを下げている。
 ……っと。
 そんな中、レキがさり気なく俺に向かってVサインを放ってきたから、俺は健闘を讃える意味で親指を突き出してやった。
 それだけでレキは雫に褒められた時よりも、若干楽しそうな笑みを、いや、笑みらしきものを浮かべ……
 そそくさとギャラリーに混じったレキは、さっきまで彼女が決闘していた場所へ顔を向けた。
 そこでは三馬鹿娘の最後の一人……羽子のヤツの序列戦が始まろうとしていた。


「では、本日の三戦目。
 序列二十位戦を始めます」

「っしゃ〜〜〜。待ってたで〜」

 そう叫んだのは我らがクラスで最もやかましく最も考えが足りないと評判の馬鹿オブ馬鹿の扇羽子だった。
 やる気を見せつけるが如く体操服で柔軟をしているが、Aでは揺れも弾みもしない。
 ……見る価値もない。
 そんな彼女の対戦相手はPSY指数がA組で最下位らしい間宮法理という少女だった。

 ──コイツもAかよ。

 スポーツマンっぽいその少女の身体を眺めた俺は、知らず知らずの内にため息を吐く。

「いやいや、兄貴。
 法理はガッカリさせるほど甘い能力者じゃないっすよ?
 そりゃPSY指数は低いんですが、それじゃ計れない強さが彼女にはあるすから」

「……と言うと?」

 俺に語りかけた舞斗の言葉を、亜由美のヤツが突然割り込んできて尋ね返す。
 それに対して舞斗は少しばかり眉を顰めたものの、特に抗議することもなく解説を続ける。

「彼女の能力は軌跡誘導(ホーミングスロー)と言って、投げたものを狙った軌道に乗せる、ただそれだけなんスけど……」

「それの何処が脅威なのよ?」

「いや、その軌道がなかなか凄いんスよ。
 まぁ、百聞は一見に如かずというヤツで……」

 亜由美と舞斗が解説してくれているのを横目に見ながら、俺はA組最弱らしき少女へともう一度視線を向けた。
 ボーイッシュな彼女はショートカットの髪に勝気そうな顔、そして細身ながらも鍛えられた身体をしているのが体操服の上からでも分かる。
 ……特に、あの肩と背中。

 ──厄介、だな。

 勿論、その体格は少女のそれではあるが、それでも……この間宮法理という少女は超能力の上に胡坐をかいただけの小娘ではないらしい。
 しかも舞斗の話から聞く限り、彼女の能力は距離を取って戦うテクニックタイプとのことで……近接格闘と読み合いが得意な俺にとって天敵みたいな相手である。
 そんな彼女が懐から取り出したのはソフトボールの球だった。
 意外と質量があるあのソフトボールの直撃を喰らったなら……まぁ、痛いなんてものじゃ済みそうにない。

 ──さて、羽子はどうやって戦う?

 そう思って俺が羽子へと視線を向けたんだが。

「……何を考えているんだ、あいつは?」

「ちょ、羽子ちゃん! 危ないって!」

 羽子は武器を手にしていなかった。
 いや、それどころか構えを取ってすらいない。
 棒立ちのまま、にやにやと余裕の笑みを浮かべる有様なのだ。

「……何を、考えてるの?」

「生憎と、夕べ閃いたこの技がある以上、あたしは無敵なんや。
 ま、相手が悪かったと諦めてな?」

 しかもよほど自信があるのか挑発までする始末である。

「調子に、乗るなっ!」

 当然のことながらその挑発は効果的だった。
 間宮法理という少女は大声でそう怒鳴ると、下投げでソフトボールを放つ。

 ──早いっ!

 その速球は女子の投げたソフトボールにしてはかなりの速度で……下手したら一〇〇キロ近く出ているんじゃないだろうか?
 その上、投球の軌道は確かに舞斗が言うだけあって凄まじく、水月を狙っていた筈のボール軌道が突如跳ね上がったかと思うと右へと曲がり、そこから壁に当たったかのように跳ね返って羽子の左頬へと一直線に飛び込んで行く。
 しかも、その無茶苦茶な軌道に羽子は全く反応が出来ておらず……
 ……避けきれそうにない!

 ──ガツンっ!

 俺の予想通り、羽子は顔面にソフトボールの直撃を喰らっていた。
 しかも、羽子の頬を打ったソフトボールはその跳ね返った動きで間宮法理のところへ帰って行ったのだ。
 ……まるでそう戻るのが投げる前から決まっていたかのように。

 ──なかなか、キツいぞ、コイツ。

 その淀みない一連の動作を見て、俺は内心で思わず感嘆の声を上げていた。
 正直な話、能力は地味以外の何物でもないが、その応用性たるや……

「へっ。
 所詮はそないな程度かい」

 ……だけど。
 顔面にソフトボールの直撃をモロに喰らったと言うのに……羽子は顔に薄ら笑いを浮かべたまま、ダメージを受けた様子もなく立ち尽くしている。
 確かに所詮はソフトボール。
 一撃必殺とはなり得ないのは分かるが……いくらなんでも。

 ──頭でも打ったんかな?

 俺はそう心配しつつ、ヤバくなったらまた飛び出そうと少しだけ重心を前に傾けて戦いを見守ることにした。
 ……が、結論から言って、それは全くの杞憂だった。

「これでも、笑っていられるっ?」

 羽子の笑みが癇に障ったらしく、間宮法理は大声で叫びながら、さっきよりも大きな投球モーションで球を弾き出す。
 今度のは確実に一〇〇キロ毎時は出ただろうその直線の速球を、羽子は身じろぎ一つせずに顔面で受け止める。

「へへへっ」

 ──明らかに、おかしい。

 羽子の様子を見てそう思ったのは、俺だけではないだろう。
 ギャラリー全員が、いや、当の対戦相手である間宮法理という少女でさえも、羽子に対して石仮面で生まれ変わった新たな生命体を見るような目を向けていた。

「貴様っ! 一体何をっ?」

「エアバックって知ってるか?」

 間宮法理の叫びに対し、羽子は自信満々に一言だけそう言葉を返す。
 もったいぶる気、満々である。

「……なるほど」

「今ので分かったの、和人?」

 羽子のアドバイスを聞いて頷いた俺に対し、今ので分からなかったらしい亜由美のヤツがそう尋ねてきた。
 周囲を見渡すと誰もが……対戦中である筈の間宮法理どころか羽子のヤツまでもが、こちらに視線を向けていて、解説を行えと無言の圧力をかけてくる。
 俺はその無言の視線に対して肩を一つ竦めると、期待に添うべく口を開く。

「羽子のヤツは、恐らく、圧縮した空気で身体を覆っているんだ。
 その空気が衝撃を拡散・吸収するから……今の羽子には、恐らく……一切の打撃が通じないだろう」

「……そんな、無茶苦茶な」

 そう呟いたのは誰の声、だったのだろう。
 俺自身が聞かされる立場なら、そう呟いていても不思議はなかったと思う。
 それほどまでに、俺はこの羽子の発想力に恐怖混じりの敬意を抱いていた。

 ──ここまで、化けるとは。

 この『夢の島高等学校』に通い始めて以来、ただの無能力者でしかない俺は、超能力者たちの「能力の無駄遣い」を惜しいと思い続けてきた。
 自分だったらこう使う・こう能力を伸ばす……そう思うからこそ、三馬鹿娘から師匠なんて呼ばれるほど誰彼構わずアドバイスを繰り返してきたのだ。
 ……その俺が、この羽子の姿に本当の意味で度肝を抜かれていた。
 先ほどの雫やレキもなかなか上手く能力を使っているものだと感心したものだが、羽子のは文字通り、桁が違う。

「へへっ。
 これは師匠に勝つために編み出した防御技エア・ジャケットや。
 これで師匠の古武術は全て防ぎ切るっ!」

 そう叫びながら、羽子は俺の方へとまっすぐ指を伸ばす。
 ……その所為だろう。

「隙ありっ!」

 見事にアウトオブ眼中を極められた対戦相手である間宮法理が、羽子の視界外から不意打ち同然に速球を叩きつける。
 ……だけど、視界の外から放たれた筈のそのボールは、またしても見えない何かにぶつかって余所へと飛んでいく。

「甘いて。エア・ジャケットは身体中のほとんどを覆えるんやから」

 羽子のその一言が、勝負を決める決着の一言だった。

「……参った、わ」

 圧倒的な実力差を前に……間宮法理は悔しそうな表情で、負けを認める言葉を吐き出す。

 ──ま、仕方ないだろうな。

 正直、彼女の能力じゃ羽子を相手にするには相性が悪い。
 扱う武器がソフトボールである以上、彼女にはもう攻撃の手段がないのだから。

 ──もしも、彼女が別の武器を扱えたなら……
 ──ナイフや拳銃、毒を仕込んだ針など、必中が必殺になり得る武器は幾つも存在するのだから。

 俺はそう考えて、悔しそうな表情のままの少女へそれを伝えようと口を開きかける。
 ……が、流石の俺も、それを口にするほど馬鹿じゃない。

 ──何しろ、俺の序列は現在二六位。
 ──この戦いで序列二一位へと落ちた彼女とは、俺自身がいずれ戦わなければならないのだから。

「……だって」

 ……だけど。
 生憎とこの場には、俺の内心を読んで、それをしっかりと伝えてくれる素晴らしきおっぱい様がいらっしゃったのだった。

 ──厳しく、なるなぁ。

 俺はおっぱい様の助言によって間宮法理の目に希望の光が灯ったのを見て、ため息を一つ吐いていた。
 ……いや、まぁ、何をされてもあの二つの膨らみを見るだけで許してしまうんだけどさ。

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