「黒縫さん、おかえりなさい」
家に帰って俺と木場を、レイナーレが出迎えた。
「って、どうしたんですか!? ずぶ濡れじゃないですか! グレモリーの騎士さんも一緒ですし……」
レイナーレは俺たちの様子を見て驚いた。急な雨とは言え、俺がずぶ濡れになるなんてことは今までなかったからな。
「悪い、レイナーレ。タオル持ってきてくれ」
「分かりました」
レイナーレがパタパタと足音をさせて洗面所に駆け込んでいく。
「君と彼女は一体どんな関係何だい?」
「家主と同居人が一番正しいな」
「格好を見ていると、そうは思えないけど」
「それは気にしなくてもいいことだ」
「粗茶ですが」
タオルで一通り体を拭いた俺と木場は、リビングの椅子に座ってレイナーレの淹れたお茶を受け取った。
「いただきます」
そう言って木場がお茶を飲んだことを確認してから、俺は口を開いた。
「さてと、そのお茶のお代替わりに聞かせてもらおうか。何故お前がそんなにもエクスカリバーを嫌悪するのかを」
「……言わなくちゃ駄目かい?」
木場は普段とは別人な様な表情で、顔を伏せたままそう言った。
「普段だったら言わなくてもいいけどな、近くにエクスカリバーがある現状では、聞いておきたい」
(まあ、原因は俺なんだけどな)
木場はしばらく黙っていたが、淹れたお茶が冷める頃に口を開いた。
「この話は教会にとっての汚点の話でもある。聞いてしまったら、君が教会に命を狙われる可能性もあるよ」
「魔王の妹が直接管理している土地にいる以上、俺を殺しうるほどの戦力は教会も送り込めないさ。そもそも、どこにでもいるただの人間を殺す暇があるほど教会は暇なのか?」
イメージ的にはずっと暇してそうだが。
「それもそうだね。――黒縫君は、聖剣計画というものを知っているかな?」
「いや、知らないな」
「聖剣計画というのは、聖剣――特にエクスカリバーを扱える者を人工的に生み出す計画で、剣に関する才能や神器を持つ者が被験者として集められたんだ。そこで僕たちは何年も非人道的な実験を繰り返した、まるで実験動物のようにね」
そう言う木場の表情は、無理やり取り繕った無表情だった。
「そんな扱いをされながらも、僕たちは過酷な実験に耐えていた。やがてエクスカリバーを扱えるようになると信じて、聖歌を口ずさみながら。だけど、僕たちは『処分』された。生きながら毒ガスを浴びせられてね。僕は何とか逃げ出せたけど、毒ガスに体を蝕まれていた。もう瀕死の時、僕はイタリア視察に来ていた部長と会って、眷属悪魔に転生したんだよ」
俯いていた木場は顔を上げると、ここではないどこかを憎悪に満ちた瞳で睨みつけた。
「部長は僕に聖剣に拘わらずに生きて欲しいと言ったけど、僕は同士たちの無念を晴らしたい。彼らの死が無駄ではなかったことを、彼らの分まで生きて、エクスカリバーを破壊することで証明したいんだ」
木場がそう締めくくり、しばらくの間雨音だけが響いた。
「木場、この家を見て何か不思議に思ったことは無いか?」
「?」
静寂が部屋を支配する中、朧が口を開いてそう言った。
木場はその質問に疑問を抱きながら答える。
「別に、普通の家だと思うけど……?」
自身なさげに回答した木場に朧は頷く。
「そう、普通の家だ。普通に生きる人間が、家族と暮らす普通の家だ」
それを聞いて、木場は朧の聞きたいことに気づく。
「黒縫君、ご家族は?」
「死んだ。正確には殺された。堕天使にな」
朧がそう言うと、部屋の隅に立っていたレイナーレはその場を立ち去った。堕天使である彼女にとって、これからされる話は決して聞きたいものではないのだから。
「俺の家族は父と母、そして妹がいた。極々普通に暮らしていたよ。あの時まではな」
湯呑を持つ朧の手に力が入る。
「普通に暮らしていた俺の家族は、ある日堕天使によって襲われた。そして父が、母が、そして妹が殺された。それを見たシスコンである俺は大激怒した。そしたら目覚めたんだ。神器がな」
両手に黒い長手袋を出す。
「堕天使たちはそれを危ぶんで襲って来たそうだが、むしろ逆効果で、返り討ちにあった」
「それで、一体何が言いたいんだい?」
朧の告白に驚きながらも、痺れを切らした木場が話を遮る。
「復讐を果たした俺から、未だ復讐の道中にあるお前に一言だけ言っておく――復讐なんて意味はない。少なくとも俺はそうだった」
実体験を伴う故か、重みのある言葉に木場が黙り込む。
「だけど、僕は……」
それでも復讐を捨てきれない木場に、朧はため息を吐いた。
「それでも諦められないなら、とっとと叶えてしまおうか」
「えっ?」
「何だ? 止められるとでも思ったのか?」
木場は頷いた。
「既に復讐を果たした俺が、誰かの復讐を止める権利が有る訳ないだろう。それに対象が物なら何も問題ないしな。教会から命狙われるようになるかもしれないけど」
「えっと……」
「たとえ他の誰かがお前に止めるように言っても、俺は肯定してやる。どうせお前はそれをしないと先に進めないだろうし」
木場は驚いた顔を朧を見て、そして頭を下げた。
「ありがとう」
「何で感謝してるんだよ。俺はお前に何もしてないぞ」
朧はそう言うが、木場にとっては自分のしようとしたことを肯定してもらえたことは嬉しかったのだ。
それからしばらくの間頭を下げていた木場は、朧に気持ち悪いと言われて家の外に追い出された。
雨は、小雨になっていた。