「ああ、興醒めだ。全くもって役に立たない。所詮はたかが旧魔王の子孫か」
クルゼレイがいた場所を見下し、朧はつまらそうに呟く。
「ああ、サーゼクス様。お相手を奪ってしまい、申し訳ありません。残念ながら因縁もあったので、横からかっさらってしまいました。でも恨まないでくださいね? あなたが『蛇』を直接狙うのが悪いのですから」
視線をサーゼクスに向け、深々と一礼する。
「君はどうして『禍の団』に?」
「そこでしか出来ないことがあるのですよ」
「それは一体なんだい?」
「言いたくありません」
自分の事となると、朧一切の口を閉じる。
「それに、聞いたところで意味はないですよ。俺の目的は、ただの独り善がりでしかないのです。俺以外には価値のないため、協力さえも受け入れません」
完全なる拒絶。朧の態度はその一言に尽きた。
「さて、イッセーとディオドラの戦いも終わりそうなので、様子を見に行きましょう。後始末ばかり引き受ける。――ああ、苦労しますね、俺も」
自嘲する朧は足元に魔方陣を展開する。
「オーフィスには手を出しても無駄ですよ。彼女の力を防御に転化するので、全盛期の二天龍でもなければ小揺るぎさえさせられません。――したところで、結局は無意味なんでしょうけどね」
そう言い残し、朧は姿を消した。
「「もう二度と、アーシアに近づくな!」」
一誠とゼノヴィアから拳と剣を突きつけられ、心を折られたディオドラは怯えながら頷いた。
そしてアーシアを結界装置から取り外そうとしたが、手足を縛る枷も、結界装置自体も傷一つ付かなかった。
「無駄だよ。それは――」
「負け犬の分際で、何を話そうとしている」
ディオドラが口を開いた時、転移してきた朧がその口を塞いだ。
「全く、オーフィスの『蛇』を与えられておきながらその体たらく、誇りも何もあったもんじゃありませんね。いや、そもそも裏切り者に誇りなぞ存在する訳も無いか」
ディオドラは踏みにじりながら、朧は吐き捨てる。
「黒縫くん。あなた、何故こんな所にいるのかしら?」
「後始末ですよ、リアス・グレモリー殿。不甲斐なく役立たずで期待外れな裏切り者のねぇ!」
朧が思い切りディオドラを踏みつけると、その口から『蛇』が出て来た。
「お疲れ。こんな奴の腹の中に入れて悪かったな。俺は要らんと反対したのだが、周りがうるさくてな。結果的には餌としては最良だったのだが、別に必要なかったな。所詮下種なんだし。ああ、お前もう消えていいよ」
手の中の『蛇』は優しく袖の中へ、足元のディオドラには小石を相手にするように部屋の隅へ蹴り飛ばした。
「さて、引き継ぎだ。引き継ぎは大事ですからね、何事においても。まずはそう……起動処理からだ」
朧が指を鳴らすと、アーシアを捕らえる結界装置が音を立て始めた。
「おい、これは一体何なんだよ!?」
一誠の叫びに、朧は淡々と答える。
「その結界装置は単一機能を果たす存在。上級神滅具が一つ絶霧の禁手、霧の中の理想郷。神殺しの道具ですよ」
「……その機能は?」
「機能は組み込まれた神器の能力の増幅と反転。効果範囲はこのフィールド上と、観戦室となっております」
それを聞いた面々は顔色を変える。
「ついでに、俺の神器の欠片も追加で組み込んで置きました。俺の神器の構成する物は反転すると光力に近い性質を持つので、悪魔には効果絶大ですね」
朧が結界装置を指差すと、黒い鎖がアーシアの体に巻き付いた。
「アーシアの回復を反転――まさか……!」
「ええ、そうかも知れませんね。あれより先に発想自体は存在していたそうですし。それを元にこの計画が組まれ、それを俺が上塗りしました。罪の上塗りですね。フィールドを覆う結界もさっき俺の神器が活性化した事で強化されましたし。もう北欧の主神でも易々とは逃げられません。ええ、悪魔にはここで一掃します。新旧魔王派、区別せず」
「でも、そんな事すればお前だって!」
「無策では無い。発動タイミングに合わせて反転を発動する。裏の裏は表ってところだ」
結界装置が発する音がだんだん大きくなっていく。
「さて、そろそろ発動ですね。――神さえも、殺して見せよう、神滅具」
無駄に芝居がかった仕草で両手を上げると、結界装置が発する音がより一層大きくなった。
「――アーシア、ごめん」
一誠にそう言われたアーシアは静かに目を閉じる。そして、一誠は――
「高まれ、俺の性欲! 俺の煩悩!――洋服崩壊、禁手ブーストバージョン!」
『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』
アーシアの服を結界装置の枷と黒い鎖ごと消し飛ばした。
結界装置からアーシアが外されたことにより、結界装置もその機能を停止し、それを見たグレモリー眷属は歓声を上げた。
「どう? これであなたたちの作戦は破綻したわ」
リアスが胸を張ってそう言うが、朧の耳には果たして届いていたのか。
「……ゲオルグの野郎、手ェ抜きやがったな……。――っても、その程度で壊せるような代物じゃなかったハズなんだけどなァ……」
顔を俯かせてブツブツと呟いていた朧は、顔を上げて手を叩き始めた。
「おめでとうイッセー。君は見事魔王からお姫様を助け出した」
ちなみにこの文言は、悪魔にとっては気を悪くさせる言葉であった。
「そして、迷惑をかけたお詫びのボーナスゲームだ。――ちょっとここで死んでくれ」
そう言った朧は、先日とは比べものにならないほどドス黒いオーラを発する。黒さで辺りが暗く感じるほどだ。
「性欲でそこまでできる貴様は、後々まで生かしておくと面倒なんだよな。研究者の側面を持つ故に、不確定要素はできるだけ潰したくなる」
オーラが剣ような形状に形を変えていき、その鋒が一誠の方を向く。
「俺にとっては余り好ましい事でないのだが、その左腕は切り落として――ッ!?」
言葉の途中でオーラが霧散し、魔方陣が展開された右手を突き出した。
その直後、アーシアが光に包まれ姿を消した。
「シャルバ・ベルゼブブ、貴様一体どういうつもりだ。何故アーシア・アルジェントを次元の狭間へと転移させた!?」
朧が何もいない虚空に視線を向けると、そこには軽鎧を着け、マントを羽織る男がいた。
「知れた事だ。あの娘を殺したのは、偽りの魔王、ひいてはその血族に絶望を与えるためだ」
「……そんなんだから王座を追われたんだよ貴様らは。器が小さすぎるんだ」
朧がシャルバにうんざりした表情で呟く。
「貴公程度に何を言われようが気にもならんな」
「その外面だけ取り繕った二人称もやめろ」
「シャルバ! 助け――」
「ところでシャルバ。貴様がアレに『蛇』を渡した意味がなかったどころか、悪影響しかなかったのだが?」
「それについては反論の仕様もない。まさかあそこまで愚かだとは思わなかったのでな」
「王と名乗るならそれくらい見て分かれ。人の器を見抜くのは王の必須スキルだろうが」
口を挟んだディオドラの命を、黒と光の一撃で刈り取りながら話を続ける。
「まあいいや。計画は破綻したし、自分の手で殺しておこうか――と思ったが、残念ながら無理の様だ。なぁ、赤龍帝?」
朧が一誠を――正確にはその中の存在を見て話しかける。
『そうだな……。――リアス・グレモリー、今すぐこの場を離れた方がいい』
ドライグが皆に聞こえるようにした声で、警告を促す。
「シャルバ、本当に残念だよ。お前をこの手で殺せなくて」
「貴公、何を言っている?」
シャルバは怪訝そうな瞳をシャルバへと向ける。
『そこの悪魔、シャルバと言ったな』
「分からないのなら簡単に言ってやろう」
「『――お前は、選択を間違えた」』
朧とドライグの声が、異口同音に響き渡った時、一誠から莫大な血のように赤いオーラが吹き出した。
そして、一誠の口から彼のもの以外の、老若男女入り混じった呪詛の様な呪文が紡がれる。朧もそれに追従するかのように静かに語る。
『我、目覚めるは――』
「おお、汝らよ。赤龍帝と呼ばれし者らよ――」
『覇の理を神より奪いし二天龍なり――』
「力に飲み込まれ、命を落とした者らよ――」
『無限を嗤い、夢幻を憂う――』
「汝らの願いは尊きものなれど――」
『我、赤き龍の覇王と成りて――』
「世界はいつだってそれを否定する――」
「「「「「汝を紅蓮の煉獄に沈めよう――」」」」」
『Juggernaut Drive!!!!!!!!!!』
「故に、我らは世界を破壊するのであろう」