上へ駆け上がると、堕天使とイッセーが対峙している所――正確に言えばレイナーレによってイッセーがやられている所だった。
俺は気づかれない内にレイナーレを倒そうと、やや大きめの弓矢を創り出してレイナーレに狙いを定める。
弓を引き絞り、矢を放とうとした時、イッセーの声が聞こえた。
「今から目の前のクソ堕天使を殴りたいんで邪魔が入らないようにしてください。乱入とかマジでゴメンです。増援もいりません。足も大丈夫です。なんとかして立ちます。だから、俺とこいつだけのガチンコをさせてください。――一発だけでいいんで……殴らせてください」
それを聞いた俺は弓矢から手を離す。
普通に考えればイッセーがレイナーレを倒すことは不可能だろう。イッセーは深手を負っている上、二人の間にはかなりの実力差がある。
しかし、それを埋める存在が有る事を、俺は知っている。
(赤龍帝の籠手。倒せるかどうかはお前がどれだけ保つかにかかっている。見せてみろ、イッセー。お前がその神器に相応しいかどうか)
俺の目の前でイッセーは立ち上がる。足から血を流しながら、光に身を焦がしながら。
「なあ、俺の神器さん。目の前のこいつを倒すだけの力はあるんだろうな?トドメとシャレこもうぜ」
「Explosion!」
神器の声と共に宝玉が光り輝く。
それと同時にイッセーから感じる魔力が膨れ上がる。その時のイッセーの力はレイナーレの力を遥かに上回っていた。
それを感じたレイナーレは怯えながら光の槍を投げつけるも、イッセーの拳で薙ぎ払われる。
「い、いや!」
翼を広げて逃げ出そうとするレイナーレ。しかし、イッセーはそれを許さず、腕を掴んで引っ張る。
「ぶっとべ!クソ天使っ!」
イッセーの拳はレイナーレの顔面を捉え、彼女を壁まで吹き飛ばした。
「勝負はついたみたいね」
後ろからする声に俺は少し驚いた。
「部長、来てたんですか?」
「ええ。少し前にね」
(これじゃ、下の神父達は全滅したな)
イッセーの方へ目を向けると、倒れかけたイッセーに木場が肩を貸していた。そして、小猫は吹き飛ばされたレイナーレの方へ歩いていく。
「あ、小猫。それ運ぶなら俺がするぞ」
そんな小猫へ声をかけると、彼女は頭を軽く下げた。
「すみません、お願いします」
がれきの中で気絶したレイナーレの襟首を掴んで引きずる。
持ち上げる事も出来なくはないが疲れるのでしない。
「部長、持ってきましたけど、これどうします?尋問ですか?拷問ですか?それとも抹殺?♪」
「まずは起きてもらいましょう。朱――」
「おら、とっとと起きろこの駄烏」
気絶しているレイナーレの頬を思い切り引っぱたく。これには俺のストレス解消も兼ねている。
結局コイツはイッセーが倒してしまったし。
快音が鳴り響き、レイナーレは悲鳴と共に飛び起きた。
「ごきげんよう、堕天使レイナーレ」
「……グレモリー一族の娘か……」
「はじめまして、私はリアス・グレモリー。グレモリー家の次期当主よ。短い間だけでしょうけどどうかお見知りおきを」
部長を睨みつけるレイナーレだが、すぐに表情を嘲笑いのものへ変える。
「してやったりと思ってるんでしょうけど、私に同調し、協力してくれる堕天使も居るわ。私が危なくなった時、彼らは私を――」
「残念だけど、彼らは助けには来ないわ」
部長はレイナーレの言葉を遮り、懐から三枚の黒い羽を取り出す。
「堕天使カラワーナ、ドーナシーク、ミッテルト。彼らは私が消し飛ばしたわ。この羽は彼らの物。同じ堕天使のあなたなら分かるわね?」
それを見たレイナーレの顔が曇る。てか、堕天使の羽って違いあるんだねー。本日の無駄知識。
部長はここに来る前に堕天使に近づいて、この計画が堕天使全体のものでなく一部の者達の計画である事を確認し、消し飛ばしたそうだ。
「つまり、三下が調子乗ってペラペラ喋ったら墓穴を掘って冥土行きと。それにしても堕天使3人を一人で瞬殺ですか。凄いですね」
魔力の消耗具合から察するに、堕天使相手に使った魔力は一撃分だろう。
「部長は滅亡の力を有した公爵家のご令嬢。別名『紅髪の滅殺姫』と呼ばれるほどのお方なのですよ?」
「つまりその力でこの堕天使も滅殺ですか。わざわざ起こしてから滅すとは……恐ろしい」
しかも微かな希望を摘み取るおまけ付き。
「失礼な事言わないで欲しいわ。けど、消えてもらうわ。もちろん、その神器は回収させてもらうわ」
「じょ、冗談じゃないわ!この力は――」
「うるさい黙れ」
創り出した剣を突き付ける。
「このまま突き刺してやろうか?それとも切り裂いて欲しい?」
そう言った時だった。
「俺、参上」
壁の穴からてっきり逃げたのだと思ってたフリードが入って来た。
「私を助けなさい!そうすれば褒美でも何でもあげるわ!」
レイナーレはやってきたフリードに叫ぶ。
「え?それって――」
「口を開くな。下衆な貴様の言う事など聞きたくもない」
持っていた剣を投げつける。
「っと!――戦況不利だし、悪魔に圧倒される上司なんて願い下げさー」
剣を避けたフリードはレイナーレから視線を外してイッセーの方を見る。
「イッセー君。君、素敵な能力持ってたのね。殺しがいがあるね!次会ったらロマンチックな殺し合いをしようぜ?」
「そうなる前にここで息の根を止めた方が良さそうだな」
指の間に鉄の間に二つの菱形を重ねたような鉄片――手裏剣を創出して飛ばす。
それを軽々避けたフリードは壁の穴から逃げ去る。
(今度あったら確実に殺そう)
「さて、下僕にも見捨てられた堕天使レイナーレ。哀れね」
(あれを下僕と呼んではいけないだろうな……忠誠心なんて欠片も無いだろうし)
ガタガタと震えていたレイナーレはイッセーを見ると媚びたような視線を浮かべる。
「イッセー君!私を――痛っ!」
俺は目の前のレイナーレの頭部を思い切り殴りつける。今の俺は結構怒ってるよ!8割くらい!
「おい……いくらなんでもそれはしちゃ人……ではないか。知的生命体としてお終いだろ。お前の辞書に誇りって載ってる?というか生きるために必死過ぎない?いや、それ自体は悪くないんだよ?けどやり方が醜すぎるよ……――部長!」
「な、何かしら?」
「この堕天使の処分は俺に任せてもらえますか?このまま死ぬなんて許せません!」
「一応聞くけど……どうするの?」
「取り敢えず一から人生をやり直させます。少なくとも生まれてきてごめんなさいと言わせます」
俺の信念は堅い。
(この目標を叶えるためなら戦闘も辞さない!)
「私はこれ以上彼女が問題を起こさないなら構わないけど……イッセーは?」
(あー……でもイッセーが許せないって言ったら流石に殺すか)
「俺は、こいつが俺やアーシアにした様な事をもうしないって言うなら構いません」
「うん。俺の命に誓うよ」
「あ、ありが――」
バキッ!
「喧しい、貴様は少し寝てろ」
後頭部を強打して気絶させる。全く、貴様は今現在、奴隷未満の待遇だという事が分からんのか。
「おっと、忘れてた」
背後からレイナーレの背中に手を突っ込んで引き抜く。その手に握られているのは緑色の光。
「聖女の微笑、回収完了。まだ定着する前だったから簡単に取り返せたな」
本来の所有者であればこうはいかない。
緑色の光をイッセーに渡す。
「お前からあいつに返してやれ」
「でも、アーシアはもう……」
悲しみに顔を歪めるイッセーに部長は優しく声をかける。
「イッセー、これなんだと思う?」
部長が取り出したのは彼女の髪と同じ血のように紅いチェスの駒(恐らくはビショップの駒)。それを見た俺はなるほどと頷く。
「それは?」
「これはね『僧侶』の駒よ」
部長はそれを使い、アーシアを悪魔へ転生させる気なのだろう。
部長が呪文を唱えると、駒が紅い光を発してアーシアの胸へ沈んでいく。それと同時にイッセーが持つアーシアの神器もアーシアの体へ入り込んでいった。
少しして、アーシアの瞼が開いた。
「あれ?」
アーシアが何事か分からないといった声を上げる。
「悪魔も回復させる力が欲しかったから私は転生させたわ。後はあなたが守ってあげなさい。先輩悪魔なのだから」
(先輩って言っても数週間くらいだけどな)
そう思う俺の目の前で、イッセーはアーシアを抱きしめていた。
「ま、これにて一件落着っと」