小説『フェンダー』
作者:あさひ()

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「私は知っていますよ。あなたが佳奈の恋人だったってこと。」
「お前があいつの姉って知っていたら俺はここには来なかった。どおりでなんとなく似てると思ったんだ。」
「やっぱり。来てしまったからには私の話に付き合いなさい。」
山川は本当は止めさせたいところだったが少し様子を見ることにした。
「私の妹はあなたに冷たくされたせいで自分の人生を台無しにしたのよ!」
「そんなことウイルスには関係ないじゃないか。」
「どうせ日本一の大学に行った自分の兄に嫉妬してたんだわ。プライド高いくせに偏差値の低い大学に行ったそうじゃない。そういう性格してるくらいだから私の妹に憂さ晴らししたのよ、そうじゃない?」
「うるせえ!!お前に何が分かる!」
晃は未央の胸ぐらをつかんで怒鳴った。未央はひるむことなくその手を払いのけた。
「ウイルスだってあんたがばらまいたのよ!」
「未央くん!!」
山川は我慢しきれなくなって未央の肩を押さえて大きな声を出した。
「君、その判断は刑事として間違っている。冷静になれ。君らしくないじゃないか。」
「あんたが佳奈を見張っていてくれてたら・・・。」
そう言って未央は両手で顔を覆いその場で泣き崩れた。
「俺に子守はできない。冗談じゃない。帰らせてもらう。」
晃はすたすたとその場を去って行った。未央はもうそれを引きとめる気にはなれなかった。

「君がしたいのは真実を突き止めることだろ。いつか妹さんには会えるよ。」
山川は震えている未央の肩に手を置き、優しくそう言った。刑事課の人たちの何人かはふうっと安堵のため息をつき、改めて仕事に集中した。
それから、未央は理学研究所での事情聴取に明け暮れた。


―数日後
未央は休日を利用して実家に戻った。しばらく母親との昼食と会話を楽しんだ。未央は大学受験と大学での勉強を励ましてくれた母親とよりを戻していた。自分一人では拭いきれなかった過去の心の傷もいつの間にか癒えていた。しばらくしてから未央は妹の部屋に入った。もしかしたら、何か手掛かりがあるかもしれない、と思ったのだ。妹がウイルス事件に巻き込まれたとは思いたくなかったが、山川の言う通り未央は真実を突き止めてから妹に会いたいと思っていた。

未央は今まで開けたことのない妹のデスクの引き出しを開けた。その中に見覚えのある赤緒のお守りのキーホルダを見つけた。未央はそのお守りを取り出しまじまじと見つめた。
「これ・・・。」
晃が持っていたものとそっくりだった。晃はかばんにそれに似たお守りをつけており、緒の色は青色だった。そして未央はそのお守りの裏側に何か書いてあるのに気が付いた。
「・・・羊の血。」
未央はしばらくその場で考え込んでいたがそれを懐にしまった。母親はリビング隣のキッチンでリンゴの皮をむいていた。
「相手は殺人鬼なんだから気をつけなさいよ。」
「大丈夫よ。」
未央は軽くウインクしてみせた。

「ねぇ、お母さん。」
未央は飲み残した紅茶の入ったコップを手に取り電源の点いていないテレビの前のソファーに座って問いかけた。
「佳奈には西川っていう恋人がいたこと知ってる?」
「ええ、知ってるわよ。」
母親はリンゴの皮をむき終え、それを食べやすい形に切りながら言った。
「どこで知り合ったの?」
「佳奈から聞いてなかったの?」
「うん、恋人がどういう人かっていう話だけしか聞いてない。」
「中学一、二年生の時の同級生だったそうよ。一緒の係りで学校の花壇の掃除したり仲良かったみたいよ。」

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