小説『フェンダー』
作者:あさひ()

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「あぁすぐ署に戻らなくてはならないのでいいんです、ちょっとご兄弟の方に用がありまして。」
「真樹と晃に用ね。ちょっと待っていてください。」
その母親は開いたままの傘を地面に置き、縁側から家の中に入って行った。しばらくするとその母親と一緒に背丈の高い男が現れた。兄である雅彦をよく似て爽やかな顔つきにするどい目つきをしていたがどこかまだあどけなさを残しており、兄よりは背が低く学者らしさのある兄とはその点で大違いだった。灰色の長そでシャツの上に白いパーカーを羽織り、黒ズボンを履いていて質素な服装をしていた。するどい目をきょとーんとさせて未央の方を見ていた。
「今は晃一人しかいませんが。あのう、一つ言っておきますが、この子は人を殺すようなまねをするような子ではありませんよ。」
母親は少し心配そうに未央に言った。
「娘さんは?」
「仕事に出ています。」
「俺はフリーターだから。こういう日に休みになるとはついてないよな。」
晃はけっと吐き捨てるように言い、母親の方を向いて苦虫でも噛むような顔つきをした。
「晃さん、署まで来てもらっていいですか?」
「別に構わないけど、どうして俺だけなんですか?」
「こちらからお話しておきたいこともありまして。」
晃は少し考えてから
「じゃ、母さん、行ってくるわ。」
と母親に手を振って家の奥へと行き、ちゃちゃっと外出の準備を済まし、未央に言われて彼女の車の後手席に乗り込んだ。
「詳しい話は署でします」ということで車の中で未央は黙りっぱなしだった。少し陽気な声で晃は未央に話しかけた。
「hert-85Xって全部消えたんすか?」
少し黙ってから未央は
「そうです。それで金もうけをし続けたらいつかは警察に捕まりますからね。」
と答えた。
「じゃあ犯人の目的は・・・。」
「犯人が見つかれば分かることよ。」
「ま、どうせろくな人間じゃあない。」

未央はそっと晃の目付をバックミラーで確認していた。

そのあとは不況とその男の給料の話で持ちきりだった。未央はあまりきちんと聴いていなかった。

二人は車でおよそ一時間半かけて府川署にたどりついた。未央が晃を引き連れて刑事課の中に入った。その姿を見ていた山川は驚いた顔をして未央のすぐそばに近づいた。
「どういうことだ?」
「西川雅彦の兄弟に事情聴取だそうだ。」
晃が割って入ってきた。
「お姉さんは?」
「お仕事で外出中でした。私はこの男に特別の用があって。」
「おい、客に向けてその言い草はなんだよ。」
未央は晃の言葉を無視して話を続けた。晃に山川は穏やかな口調で話しかけた。
「ところで、君名前は?」
「西川晃」
「お、奇遇だね、僕と下の名前の読みが一緒だ。」
「そんなことどうでもいい話です・・・。ところで、」
未央は若干イライラしながら二人の話を遮った。刑事課の人間たちがびっくりして未央たちの様子を脇目で観察している。
「あなた、緒方佳奈を知っているでしょ?」
未央のその言葉を聞いて晃の顔つきが一気に変わった。
「君・・・まさか妹さんのことをこの男のせいにしようっていうんじゃ。」
「山川さんは黙っててください。」
晃の顔色はすっかり青ざめている。

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