小説『フェンダー』
作者:あさひ()

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山川ははっとした。
(・・・覚せい剤で頭がおかしくなった人間の書き込みかと思ってたが・・・)
「警視庁に指定の書類を提出しなくちゃ。今はそこの研究所やらに保存してあるらしい。この用紙をコピーして事情を書き込んで必要な証拠資料と合わせて提出しなさい。」
「分かりました。」

未央は山川に手伝ってもらい、警視庁からいくつかの訂正を強制されながらもなんとかサンプルを手にいれ、車で理学研究所に向かった。
「佳奈は悪人の食い物にされるくらいなら失踪した方がましだと思って遠くへ逃げたんだ・・・。本気で死のうとするなんて・・・。自分にウイルス耐性があるって分かったんだから、きっと佳奈がワクチン作成の犠牲になるところだったんだ。一人であんな最低な場所に赴くなんて・・・。」
未央はこらえきれずに涙を流しながら運転をした。


未央は研究所で血液を採取してもらい、それをウイルスにかませた結果、未央の血はそのウイルスを消滅させるタンパクを作ったということだった。その後分かったことだが、それは、そのタンパクをコードする遺伝子の作用によるのだそうだ。
その翌日の木曜日から日曜日まで、未央は有給休暇をもらった。血を抜きすぎて少し具合が悪くなっていた。未央は緊急でアパートに来てもらった母親に看病されながら四日間寝て過ごしたのだった。


―数週間後
「山川さん、検挙の方はどうですか?」
「お、今日は未央くん調子はどうだ?」
「もうすっかり絶好調です。」
「その意気だ。そっちはまだ洗い出せてないんだが、最近医院長がいなくなったという病院が数か所に絞られたんだよ。」
「山川さんの推測ですか。」
山川は不敵に笑ってうなずいた。
「こちら側から仮設を立てるのも大切なことだ。そのうちの一ヶ所が幾人かの看護師や医師もいなくなっている。」
「それは一体どこの・・・。」
「三重県の矢島病院だ。そっちは刑事に行ってもらう。君には危険すぎるからな。今日はちょっと見学しよう。三島くん。」
そこにくせっけで黒ぶちのめがねをかけ冴えない顔をした暗い青年が現れた。
「セキュリティー担当の三島恒彦くんだ。今日はこの人におとり捜査をしてもらう。この人は刑事見習いの緒方未央くん。」
「よろしく。」
声のトーンも冴えなかった。
「おとり捜査ってひょっとしてあのサイトに書き込みをしようってことですか?」
「違う違う。あれはもうすっかりたたんでしまっているサイトなんだよ。君の血液を使った実験を基に作られた論文を公表して相手のリンクを待つ。君の存在を向こうが知っている可能性があるから論文調査をしているかもしれない。悪いが少し嫌な形で君をおとりにしている。でも犯人が分かり次第すぐにその部分は削除するから。」
「さては情報を盗む、ということですね。相手は手ごわいと思いますが・・・。」
「やってみないと分からないだろ。もう罠仕掛けはしてある。架空の人間を論文の著者にしてあるし君の身辺のことも伏せてあるから大丈夫だ。」
「なんか皮肉ですね。」
未央は思わずつぶやいた。
「捜査っていうのはそんなもんだ。静かな所で捜査しなさい。じゃ僕はこれで。」
そう言い残し山川は自分のデスクに戻った。未央は下向き加減でゆっくりとした歩調で奥の部屋に向かう三島の後について行き、小声で三島に
「相手が被疑者とはいえ、情報盗んで大丈夫なんですか?」
と問いかけた
「君は何を言ってるんだ。ばれなきゃいい嘘もあると知らないのか。」
「え?よく聞こえない。」

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