小説『フェンダー』
作者:あさひ()

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「やったー!!」
はしゃぐ未央のそばで山川の目もとは少しゆるんでいた。



未央はテレビ、ラジオ、新聞、あらゆるマスコミを利用して、ウイルス事件に妹が関わっていたことが分かり不憫で仕方がないこと、姉として妹の気持ちに気づいてやれなかったことへのお詫び、今の思いを世間に公開した。
その甲斐あって、妹から警察署に連絡があり、そのことを聴きつけて妹に関する情報を手に入れた未央は妹のいる島に向かった。佳奈は離れ島でとある家族に養ってもらっていた。

再会し互いに涙を流し抱擁し合った二人は、海岸を前にして塀に座りこんで思い出話にしばらくふけり、未央は
「何かに巻きこまれたとは思っていたけど、こんな恐ろしい事件に佳奈が巻き込まれていたなんて・・・。」
とウイルス事件の話を切り出した。佳奈はうなずいてからその恐ろしい体験について語り始めた。
「私があの場所へ行った時、ワクチンを打たれている人がいたの。」
「!?ワクチンはもうすでに出来上がっていたということ?」
「そうじゃないの。未完成のワクチン。そちらは抗体ではなくて弱毒ウイルスらしくって。人間の血でワクチンが作られるなら弱毒化したウイルスを注入すればその人間を生かしたままワクチンが作れるんじゃないかって考えたのよ。
それが医院長一人で秘密に行った実験らしくって、その人が手術室からドアをこじあけて出てきたもんだから、そのせいで手術室の前にいた看護師たちや周辺の人間たちがどんどんウイルスに感染していったわ。」
「佳奈は耐性遺伝子を持っていたからその難を逃れた。」
「そうよ。あのね、お姉ちゃん、私は一回死のうなんて馬鹿なこと考えてあんなサイト作った人間の言われるままにしてしまったけど、死のうと思ってあそこに行ったんじゃないの。何かしでかしたら警察につきだしてやろうと思ったの。だからナイフや包丁を懐に携えていたんだから。でも、自分がそういう人間だって分かって、一目散に逃げ出したわ。」
「それを聞いて私、ほんの少し救われたよ。もうそんな危険なまねはしないで。
・・・・それに、その人が外に出ようとしなくてもウイルスはきっとばらまかれたわ。ワクチンの効力を確かめるために。」

「あ、そういえば。」
重い空気を消し去るように未央はにっこり佳奈に笑いかけ、ずぼんのポケットに手をやり、中から潜めていたものを取り出した。
「それ・・・。」
未央が佳奈のくりくりした目の前にかざした赤緒のキーホルダーが海を照らす太陽の光できらきら輝いた。
「これと色違いのおそろを肌身離さず持ってる人がいたんだよね。」
佳奈の目が次第に潤んできた。
「そうだ、私そんなものでお姉ちゃんに・・・。」
「私は図太いから大丈夫よ。」
未央は佳奈に手を差し出させて、その手のひらにお守りを置いた。佳奈はそれをしばらくじっと見つめていた。そして
「晃、今どうしてるの?」
とそれを見つめたまま未央に問いかけた。
「うん、フリーターやってて、昔佳奈が見せてくれた写真に写っていた姿とほとんど変わらない。すくすくと成長しただけでね。こんなに年月が経っても佳奈を想ってるんだから、相当佳奈のことが好きだったのね。」
「私すっかり受験勉強で頭がいっぱいになっちゃって。本当は晃のこと大好きだったんだ・・・。」
佳奈は下を向いたまま目をつむった。そして一筋の涙を流した。そして
「お姉ちゃん、ありがとう。」
と更に続けた。
「ん?」
「お姉ちゃんにばっかり苦労させちゃって、私はこんなところに隠れてて、本当に悪かったと思ってるよ。」

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