小説『フェンダー』
作者:あさひ()

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未央はおとめが歌っている間、舞台裏で周辺を見渡したり舞台の方をこっそりのぞいたりしていた。
(はぁ、神経の休まらない仕事だわ・・・。)
未央は初日ですでに少し疲れを感じていた。

未央は事件が解決するまで、おとめの住んでいる家に居候することになっていた。未央は自分の乗用車におとめを乗せて、おとめの家へと向かった。
「お疲れ様、おとめちゃん。」
未央はおとめに優しく声をかけた。
「お姉さんも。」
歌っている時とは違う七歳の女の子らしいがどこか声の調子が大人びていた。
「おとめちゃんは四歳から演歌を始めたそうだね。」
「うん、正確には三歳からお歌を始めて四歳でデビューしたの。」
「へ?、おとめちゃん歌が好きなの?」
「好きだけど、お母さんが歌うと喜ぶのが歌をやってる理由。」
未央は少し黙ってから
「歌、楽しい?」
と聞いた。
「うん、楽しい。いろんな人とも会えるし。」
「そっか。」
未央はそれを聞いて安心した。

未央とおとめがおとめの家にたどりつくと、おとめのお母さんが夕食を作って待っていた。おとめの家はガレージのある赤レンガの飾りが埋め込まれたクリーム色の壁をし、赤茶けた屋根のおしゃれな家であり、閑静な一軒家の住宅地にあった。未央が扉のすぐ傍にあるインターンホンを鳴らすとすぐにおとめのお母さんがドアを開けて
「どうも、刑事の未央さんですね、おとめをよろしくお願いします。」
と大喜びで未央を迎え入れた。

「うちは母子家庭なんですよ。しかも私不妊症で、子供はこの子一人なの。だから私にはこの子しかいなくて。あ、このことは秘密にしてくださいね。」
おとめのお母さんは食卓に料理を並べながら未央にそう言った。
「分かりました。それにしても男手無しに子育てとは大変ですね。しかもおとめちゃん演歌歌手だから、あまり家にいられないんじゃないんですか?」
未央は配膳の手伝いをしながらそう聞いた。
「そうですね、淋しい時もありますが、親ばかといいますかこの子が売れてくれてもう嬉しくって。」
「私がおとめちゃんを守りますので安心してください。」
「ありがとうございます。」
おとめのお母さんは未央に向かってにっこり笑いかけた。
「お母様は何かお仕事をしてらっしゃるんですか?」
「はい、ピアノの先生をしています。土日はスーパーでパートをしています。」
「だから、おとめちゃんの音楽センスが優れているんですね。」
「そんなことないですよ。」
おとめのお母さんは少し照れくさそうな顔をした。

食事が始まると、食卓はおとめの今日のお仕事の話で持ちきりだった。未央はおとめのお母さんの顔をまじまじと見つめていたが、どことなくその顔が憂えていることに気が付いていた。

食事が終わるとおとめのお母さんは食器を片づけながら
「明日は日曜ですが、十時からのラジオ番組におとめが出ることになってるので、お願いしますね。八時頃におとめの事務所のマネージャーから連絡が入ると思います。」
と未央に告げた。
「分かりました。」
未央は食器の片付けを手伝い終えると、自分にあてがわれた小部屋に入ってパソコンを開き、その日の報告書作成を終わらせた。

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