小説『フェンダー』
作者:あさひ()

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―翌日
未央らが朝食を済ました後、おとめのお母さんが言った通り、午前八時に未央の携帯におとめのマネージャーから連絡が入った。普通はマネージャーが車を出すところだが、未央はそのマネージャーから車でおとめを連れてラジオ局に来てほしいと依頼された。未央はおとめを車に乗せ、ラジオ局へ向かった。
「おとめちゃんって普段おしゃれしないの?」
未央はあまりの演歌歌手の服装の質素さに意外であった。ボブヘアをしていてその日の黄色をしたボール型の口の大きいキャラクターのプリントがなされた青Tシャツにデニムの半ズボン、という格好だった。
「変ですか?」
おとめはまゆげのすぐ下にあるくりっとした目をきょとんとさせて未央に言った。
「ううん、芸能界にいる人って子供でも派手な人が多いっていうイメージがあったから意外だっただけ。」
「質素なのはおとめだけ。このキャラクター見てお母さんに買ってもらったんだ?。」
それを聞いて未央は
(そりゃそうだよな)
と思った。
それから
「おとめちゃん、おとめちゃんをちゃんと守るために教えてもらいたいことがあるんだけど。」
と話を切り出した。
「どうぞ。」
「おとめちゃんの本名教えてくれる?素性が分からないと誰かにもし本当におとめちゃんが狙われてたらそれを防ぐことができなくなるんだ。お願いだがら教えてくれないかな?」
おとめはしばらく黙って淋しい顔をしてうつむいていたが、
「絶対私が守るから。」
と未央が強気に言うと、ようやく口を開き
「坂下茜」
と答えた。
「分かった、ありがとう。でもこれからもおとめちゃんって呼ばせてもらうからね。」
おとめはこっくりうなずいた。

およそ二時間かけ、未央らはラジオ局に到着した。都会というほどではないが、レストランや量販店がいくつか道路わきに並ぶ少し開けた人通りの多い街にそのラジオ局があった。ラジオ局にはおとめの控え室があり、扉の脇には「藤崎おとめ様」と書かれた用紙が張り付けてあった。

未央と茜が雑談をしながらそこに控えていると、サラサラな茶色のボブヘアをし、灰色スーツを着た、背の高めの男がお茶の入ったコップを二つおぼんに乗せて「マネージャーの小林です。」と言いながらドアを開けて入ってきた。
「府川署の緒方未央さんですね。藤崎おとめがお世話になっております。」
小林は二人の間にあるテーブルの上にコップを置きながら未央の方を見て
少し明るめの声で話しかけた。小林の声は低すぎもなく高すぎもなく少しハスキーだった。未央は芸能界の人らしい雰囲気のする人だなと思った。
「どうも。」
未央はそう言い、立ち上がって名刺を手渡した。そして
「何か重大なことが起きたり、貴重な情報が得られたら私の携帯に連絡お願いいたします。府川署の刑事課でも構いませんが、おとめちゃんに直接的なことでしたら私の方に連絡いただけた方が有り難いです。」
と申しつけた。
小林は笑顔で
「分かりました。」
と言うとその名刺を懐にしまいながら茜の方を向き、
「たくましいお姉さんで良かったな。」
と優しく話しかけた。茜はにっこりと笑い返して
「うん。」
と言いながらうなずいた。

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