小説『フェンダー』
作者:あさひ()

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「それで、刑事さん、話ってなんですか?」

「お父さんのお勤めになっている会社の従業員の一人が殺害されたのは知ってる?」
「うん、いろんな人に恨まれていた人でしょ?」
「そう。美佳ちゃんは20日の日曜日、どこで何をしていたの?」
「私は、海南江町の美術館に行っていました。これがチケットです。だいたい17時頃までそこにいて、1時間かけて電車を使ってここに帰ってきました。これがチケットの半券。」
美佳は机の上の小さな収納箱から美術館のチケットの半券を取り出し、それを未央に見せた。

「ありがとう。」

美佳は半券を収納箱にしまって未央の方に向き直った。

「絵はコンクールとかにエントリーさせたりしているの?」
「いいえ。」
「なぜ?」
「もうちょっと腕を磨いてからがいいと思って・・・。」

未央は怪訝そうな顔をして美佳を見つめた。そして

「つかぬ事お聞きするけど、美佳ちゃんは真山久さんの本当のお子さんではありませんね?」
と質問を変えた。

「・・・はい、私はここに引き取られました。それがなにか?」

「捜査には一見関係のなさそうなことでも一つ一つ明らかにして全体像を掴んでいくことが、真実をつきとめるためにとても大切なんです。これは犯人のためでもあります。なので、正直に質問に答えてもらっていいですね?」
「私がどうしてここに養子としてここに引き取られたのかということですね?」

未央はうなずいて美佳の瞳をまじまじと見つめた。美佳は溜息をつき、
「私がここに引き取られたのは、お義母さんが不妊症だからです。」
と未央と目を合わさないようにして答えた。美佳の瞳はどこか寂しげであった。
「本当のお母さんとお父さんに会いたい?」

「そうは思いません。私を捨てた人たちに会いたいだなんて微塵も思いません。当たり前じゃないですか。」



「ここも外れかぁ??」

今度は秋山が運転を担当していた。ハンドルを動かしながら秋山は溜息をつきながら大きな声でそう言った。
「真山家の3人にはアリバイがあるわね。ただ・・・。」

「ただ?」

赤信号の前で車にブレーキをかけ、秋山は未央の方を見やった。

「なんだかあの家の美佳ちゃん、どことなく寂しげだったのよね。」

「養子の娘のことね。本当のお母さんとお父さんに会いたいんじゃない?」
「それはないわね。微塵も会いたくないって言っていた。なにか隠しているかもしれないわ。それに・・・。」

「それに?」
「美佳ちゃんの絵は、本当に完成度が高いの。それなのに、コンクールなどで人に自分の絵を見せたりしていない。絵って人に見せるものでしょ?おかしいと思わない?」
「そうね・・・。絵が好きなんだろうけど、描き上げたらそれを人に見せたいと思うのが自然の感情のように思う・・・。」
秋山は再び車を走らせた。

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